第5話 転校生は超絶美少女(2)

 ダンジョン系配信者の中でも一番の人気を誇り、男女問わず抜群の知名度を持つ雨宮凛音が転校して来た私立夜桜高校は大騒ぎになった。学校内ではそれこそ一瞬で話が広まり、一限目の授業を終え、二限目に入る前の短い休み時間の間に、学校中の生徒が凛音を一目見ようと集まって来たぐらいだ。その日の午前中はとても授業にならず、対応に追われる事態となってしまった。

 学食とカフェも兼ねている広々とした食堂は、昼食時には多くの生徒が集まる。伊月も普段はここの学食で昼食を済ませているのだが、今日は全く落ち着いて食べられるような状況ではなかった。


「美味しそうですね。私、夜桜高校に転校してくる前に調べたんですけど、ここの学食はレベルが高いって生徒たちに評判らしいですね。八雲さんも普段はここで食べているんですか?」

「うん、そうだけど……でも今日はちょっと、食べづらいかも……」

「? どうしてでしょうか?」


 伊月が座っている隣の席に腰掛け、日替わり定食が乗ったトレイをテーブルの上に置いた凛音は不思議そうにしている。同じく日替わり定食を頼んでいた伊月だが、いつもは美味しく食べられる学食を前にして、その表情は浮かない。


 何故ならばこの食堂内にも、凛音を目当てに生徒たちが押し寄せて来ているのだ。普段は学食で食べていない生徒も多く見受けられ、食堂内は非常にごった返している。話しかけることが出来ないのならばせめて写真だけでもと考えたのか、至る所でスマホのカメラで撮影が始まっていた。だが凛音にとっては特に気分を害することでもないようで、落ち着いた様子で日替わり定食を食べていた。箸を使うその仕草も様になっているな、と伊月は横目に見ながら思った。


 伊月が凛音と一緒に食堂に来ているのは、単純に隣の席になったため一番話す機会が多いからである。「学食で食べてみたいです」と凛音にお願いをされて案内したのだが、これはむしろ正解だっただろう。教室内で弁当で済ませていた方が広さの面で、更にごちゃごちゃしてしまったに違いない。


「美味しいですね。これから、毎日こんな美味しい学食が食べられるのは嬉しいです」

「あー、まあ、夜桜市は海沿いの街で港もあるし、水質も良いらしいから。魚だとかお米だとかが結構有名らしいよ」


 と凛音に説明をしながら伊月も日替わり定食を食べるが、やはり味に集中できない。周りを取り囲む生徒たちは自分ではなく凛音にしか興味がないと分かってはいるのだが、どうにも気分が落ち着かなかった。


「凛音ちゃんめっちゃ可愛い! 2ショットとかお願いできないかな?」

「顔小っちゃ……同じ生き物とは思えないよね」

「なあ、もしかしたら俺らも凛音ちゃんの配信に出れるとかある?」

「同じ学校の生徒ってことしか共通点ねーじゃん、無理だよ無理」

「これ他の学校の奴らにもすぐ伝わるよな」


 様々な話し声が伊月の耳に入ってくる。あまりにも情報量が多すぎて、伊月の頭がこんがらがってきた頃、凛音が「八雲さん」と顔を覗き込むようにして声をかけてきた。


「大丈夫ですか? 気分が悪いとか……?」

「え? ああ、気にしないで。まさか雨宮さんがうちの高校に転校してきて、しかもクラスメイトになるとか思ってもいなかったから。まだちょっと混乱してるかも」

「そうなんですか? でも私も転校してくることには正直、不安はありましたけど。でも八雲さんみたいな親切な方が隣の席で、良かったです。八雲さん可愛いですし、ちょっと緊張しちゃいますけど」

「あ、ありがとう……?」


 伊月はお礼を言いながら、思わず疑問符をつけてしまう。どう考えても社交辞令というかお世辞だろうが、今まで画面越しにしか見たことない有名人である凛音にそんなことを言われるとは思ってもいなかった。だがこれも自分に絶対的な自信があるからこそ言えるんだろうな、と伊月は思った。これに関しては何の根拠もない勘だが。


「でも雨宮さん、この時期に転校してくるなんて珍しいね。まだ新学期始まったばかりなのに」

「ええ、少し事情がありまして……」


 ふと伊月が言った言葉に対して、凛音はやや歯切れが悪い。これに関しては伊月も根掘り葉掘り聞くつもりなどはないので、「そうなんだ」と頷いてこの話題を終わらせた。だが、伊月の頭の中ではそれが続いていた。


(家族関係とか……それとも他の事情? 夜桜市のダンジョンを攻略するため、わざわざここまで引っ越してきたとか……)


 と考えた伊月は、凛音ならば本当にあのダンジョンを攻略してしまうのかも知れない。だけどそれではシツツメの立場が──と思ったところで、その考えも終わらせる。


(シツツメさんはそう言うことには興味無いもんね。気にし過ぎか)


 それから少しして昼食を食べ終わった二人だったが、群がる生徒たちの対応を凛音がしていたら食堂を出るまでにかかった時間の方が、昼食を食べている時間よりも長かった。昼休みはいつも教室内で友人たちと話したり図書室で本を読んでいたが、しばらくはそんな暇はとても無さそうだなと伊月はこれからの学校生活に思いを馳せていた。



 ◇



「おーい、これから雨宮さんの歓迎会するから時間ある奴参加な」


 凛音が転校してきた賑やかな一日を終えた放課後、琉衣が教室内でそう声をかけた。クラスメイト達の反応を見れば全員その歓迎会に行きたがっているようだったが、委員会や部活動でどうしても参加できない人間も中にはおり「マジかよー、部活サボろうかな」「二回目の歓迎会は休日にしてよね」と残念そうな言葉を残し、教室から出て行った。


「歓迎会? 良いんですか、私のためにそんなことまで」

「勿論! 今日一日もうバタバタで、クラスの中にもまだ雨宮さんと話していない奴もいるし、雨宮さんにも早く慣れてもらいたいからさ」

「ありがとうございます──とても嬉しいです」


 にこりと凛音は笑い、琉衣にお礼を言う。超絶美少女とまで言われる彼女、その容姿や仕草はまさに肩書通りである。身長も伊月よりやや高く、百六十半ばほどはありそうで胸と言った女性的な膨らみもあり発育は良好。非の打ち所がないと言っても良い。

 そんな凛音の笑みを見て、琉衣は誰が見ても分かるぐらいに浮かれている。男子どころか、女子からも羨ましがられていた。


「でも、歓迎会って言ってもどこでやるの? 授業終わったけど、雨宮さん目当ての生徒がまだ大量に学校内にいるから移動に手間取りそうだけど」


 伊月がそう言うと、琉衣はまだ場所を決めていなかったのか「うーん……」と腕を組んだ。そこからクラス内で場所の提案が始まる。


「駅前のファミレスとか、カラオケ店は?」

「この時間に雨宮さんを駅前まで連れて行ったら、それこそパニックになるんじゃね?」

「あ、この前できたカフェは? 雰囲気も良いし」

「そんなに大勢入れないでしょ、あそこ」

「じゃあ海に行くとかは? 皆で夕日に向かって叫ぼうぜ」

「この時期の海とかまだ寒いだろ。雨宮さんが風邪引いたらどうすんだよ」


 それぞれ歓迎会の場所を挙げるが、なかなか候補の場所が決まらない。当の凛音はその様子を楽しそうに見ている。このまま長引きそうな予感が漂い始めた頃、琉衣が何か思いついたのか「あ」と声を上げた。


「シツツメさんの所は? あそこなら人もそんなにいないし、雨宮さんが夜桜市のダンジョンを攻略するためのアドバイスとかくれるかも」

「この大人数で行ったら、さすがにシツツメさんに迷惑じゃない? それにいつ、シツツメさんがあのダンジョンに呼ばれるのかも分からないし」


 琉衣の提案にすぐさま反対意見を出したのは伊月だ。それを聞いた琉衣は「あー、まあそうだよなあ」と頭を掻く。いっそ食堂でも借りようかと琉衣が言おうとした時だ。


「シツツメさん? 皆さんの知り合いですか?」


 とクラスメイト達にそう聞いた。琉衣は「まあね」と頷く。


「夜桜高校の近くで、シツツメ商店って店をやってる人だよ。まあいつもは少しぶっきらぼうなお兄さんって感じなんだけど、夜桜市のダンジョンから戻れなくなったり、行方不明になった人を探すこともしてるんだよ。しかもボランティアで」

「この高校にもちょくちょくいるよね、シツツメさんに助けて貰ったって奴」

「チャンネルを作ったりもしてなければ、配信もしていないしな、あの人。あのダンジョンをあれだけ自由に行き来できる人間、シツツメさんしかいないだろ? めちゃくちゃ有名になりそうだけどな」

「興味ないんじゃね? 昔の話もあんまりしないしさ」


 話題がシツツメのことになり、わいわいと盛り上がる。話の内容的には脱線している上に転校生の凛音にとっては何のことか分からないだろう。だが凛音は誰にも聞こえないぐらい小さな声で「シツツメ……きっとその人だ」と呟く。凛音の瞳には隠し切れないぐらいの興味の光が宿っており、まるで目当ての玩具を見つけた子供のようだった。

 その凛音は「皆さんさえよろしければ」と、楽し気な笑みを見せる。


「そのシツツメさんがいる所まで、案内してもらえないでしょうか?」

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