不要な想い
雲下うさぎ
不要な想い
そこそこ大きくてそれなりに有名な会社での出来事。
「篠崎君! すごいじゃないか! また営業成績上位だよ」
とある会社。オフィスの一室。壮年で気の良さそうな男性が、一人の若い男性をほめていた。
「ありがとうございます」
篠崎と呼ばれた男性は、上司からの激励に対してそっけなく返した。
「ねえ。ねえ。篠崎先輩ってとってもクールでカッコいいよね」
「うん。分かる分かる。すごいできる男って感じ」
「あの、クールな感じもたまらないよね」
同じ会社の給湯室での出来事。
二人の年若い乙女たちが話をしていた。
彼女たちの話題の中心は、この会社の新エース篠崎裕也の事だ。
「告白したいけど、多分だめだよね」
「うん。望みは薄いかな。秘書課の米井さんの告白断るくらいだもんね」
「そうそう。米井さんは女の私でも魅力的な人だから、篠原さんってよっぽど理想が高いのかな?」
「分からない。一応、今は仕事を頑張りたいからって断ったらしいよ」
「え、そうなんだ。あ、そういえばさ、昨日のドラマの話なんだけど……」
二人の会話は流れる川のように続いた。
それなりに住みやすく、広めなマンションの一室。
オートロックの扉をくぐり裕也は自身の一室へと帰宅した。
そこそこ几帳面に片づけられたその部屋は、一人暮らしの男性にしては整えられているものであった。
裕也はそのままキッチンに向かうと、料理の支度を始めた。
今日、帰りに買ってきたもの、冷蔵庫の残りを取り出して、彼が作るのは豚の生姜焼きだ。
以前の飲み会。そこで、彼の指導係の先輩が好きだと言っていた料理。
でも、裕也は彼の好みの味付けなど知らなかった。
指導係だった藤本先輩は優しくてカッコ良くて、裕也の理想の王子様だったのだ。
その王子さまは、今では優秀な裕也の元を離れ、別の新人の指導係を務めていた。
自分は男だ。裕也は思う。自分が女であればと……。
先輩にこの想いを伝えることが出来た。
叶わなくても、次に進むことが出来る。
何なら普通に恋だってできたはずなのに。
自分には先輩に想いを伝える権利すらないのだ。
これは不要な想い。許されない恋。
最早恋することをあきらめた筈だったのに。
また、恋をしてしまった。
裕也は出来上がった豚の生姜焼きをお皿に盛りつけた。
美味しそうな見た目の完璧に美味しそうなそれ。
裕也の胃袋はキューと小さくしぼむようであった……。
不要な想い 雲下うさぎ @kumosita
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