執筆01 とりあえず魔王は倒さない
「そして俺は伝説になった」
私はキーボードを打つ手を止めた。両手を頭の上で組んでグッと腕を伸ばし、白が煤けてベージュになった天井を見つめながら思う。そうではないな、と。異世界ものは読んだことも観たこともない私だけど、さすがに分かる。これは違うと思う。
伸ばした腕をおろした。いつの間にかバンザイをしても腕を耳に付けられなくなった。たぶん40歳を過ぎたあたりからだと思うが定かではない。
改めてノートパソコンの画面に映った文章を見る。果たしてこれが物語と言えるのか。「そして俺は伝説になった」って。終わってしまったよ冒険が。6行。空白行を抜かしたら4行だ。ヨンギョウ。和尚か。どこぞの宗派の高名な和尚かよ。拙僧はヨンギョウと申す者でございます。
それはいい。和尚はこの際目をつむるとして、何がいけなかったのか。決まっている。とにかく設定が雑すぎた。これはもう異世界ものを知ってるとか知らないとかそういう問題ではない。いわゆるひとつの「異世界ってレベルじゃねぇぞ!」的な状況だ。
では何から書き出せばいいものか。主人公の名前、性別、年齢、どうして転生したか。いや、それらはもう少し後でもいいかもしれない。最初から全ての情報を開示するのは物語として面白みに欠ける気がする。
私はタバコに火をつけた。大きく吸い込み、ゆっくりと煙を吐く。とりあえずこれだけは確実か。魔王はまだ倒さない。なぜなら物語が終わってしまうから。そしてもうひとつ。どんな世界に転生したのか。
「よし」
まだ半分以上残っているタバコを灰皿でもみ消し、私は再びキーボードの上に手を置いた。あえてよしと言葉にしたのは、自分で自分を勢いづけるためだ。
両手を頭の上で組み、腕を伸ばした。相変わらず腕は耳に付かない。すっかりおっさんになってしまったが仕方ない。私はとにかくこの小説を書き続けなければならないのだから。
異世界ものなど読んだことも観たこともない私が異世界ものを書いてみたけどこれで合ってる? 決咲 無花(kisaki nabana) @nb999
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