卒業式(最終章-2-)
「保護者の皆様、先生方、在校生に卒業生。皆様にまず、この場を設ける事許して頂いた事、何よりも感謝しています。心から有難う御座います」
その言葉に体育館内が口笛や冷やかしの「フーーーー」と言う声で埋まると、腑に落ちなくて日和を思わず見て肩を竦めて「What is this?」と口パクで聞くと、日和は口元に指を立ててから、突然壇上に駆け上がった。その瞬間にまた体育館から大きな歓声が上がると、壇上のスピーチ台を職員二人が退け、何もなくなった壇上の中央に日和が立ち、俺をまっすぐに見てマイクに口を近づけた。
「昨日、僕が言ったことは全部本気だってメモ渡しましたよね?」
「…は?」
「優月英人さん、僕はまだ18歳でこれから米国の大学へ進学します」
「…Wait, what's going on? What is this?(ちと待て、何?何これ?)」
声を張ると、すぐに青木と大八木、それにクラスの生徒が俺の両腕をしっかり固めて言った。
「いいから、先生は聞いてあげて!」
「What?」
「ボストンと東京は遠いです。だから、向こうへ行く前に、確約が欲しいです。僕がアメリカに行く前に、ゆ」
「Whooooa, whoa, whoa, waaaaait! Wait a second!!! This isn't happening, this can't be happening!(うぉーーーい、待て待て待て!ちょっと待て!ないだろ、これはないだろ?)」
「Uh, yes it is happening, and why not? I'm not your student anymore.(えっと、ありでしょ?だって僕もう生徒じゃないし。)」
「Just don't! Not now, not here, not in front of every fucking person on earth!! This, this is their moment too! You can't just steal their thunder! Don't jump the gun! I haven't even, you know, uh, oh fuck, this can't be happening!(辞めろって!今じゃない、ここじゃないし、こんな大勢の前じゃないだろ!これは彼らの卒業式でもあるんだって!全員が主役なんだよ!早まるな!てか、ほら俺はまだ、その、あああ、マジでないだろ!)」
パニックだ。大分のパニックだ。人生最大のパニックだ。日和にセックスを迫られた時以上に極度のパニックだ。生徒達に抑えられる腕を解こうとすると、保護者席から声が上がった。
「英人の話、聞いてやってください、先生!」
振り返ると、そこで声を張ったのは日和の父親だった。思わず大きな口を開けてみると、その隣に座っていた日和の母親が笑いながら言った。
「親バカですみません。でも、子供を応援したくない親はいませんよ、先生」
開いた口が塞がらず、大口を開けたまま固まっていると、生徒達が拍手と足踏みでリズムを取って「ダブルエイト!」と掛け声をかけ出し、体育館内が揺れた。頭の整理が全くつかず、ゆっくり日和の立つ壇上に振り返ると、日和がマイクを通して優しく聞いた。
「先生、今、怒ってる?」
「…おこ…怒ってるとかじゃなくて…いや、I just can't get my head around this... is this really happening? I mean, this??(理解が全然追いつかない…マジで?てか、これまじ?)」
「I'm sorry, but yes, and I'm not gonna stop. I've waited for this moment long enough, so I hope you'll at least let me finish what I wanna say.(残念ながらマジです。止める気もありません。十分過ぎるぐらい待ったから、先生も僕が言いたいことぐらい少なくとも言わせて下さい)」
「...No way... buddy, you can't drop a bomb like this. Let's just talk later, okay? We need to respect everyone who's attending this ceremony. We can't make this about us. This is for all the students who worked so hard for 3 years, and they don't deserve this. Now, get off the stage and let's get the hell out of here. The show is over, guys! Go, move, we're leaving!(ないだろ…バディ、こう言う手榴弾投げ込むような事絶対良くない。後で話そ?この式典に参加してる人を尊重しないといけないし、この式典を俺達二人のことにしたら絶対ダメなんだよ。これは3年間必死に頑張ってきた生徒達皆のものであって、こんな事ダメなんだって。な、壇上から降りてこいよ。一緒に退場しよ。はい、見せもの終わり。皆、退場するぞ、移動!)」
必死にこの場を去ろうと促す俺の言葉に、青木が大声で「BOOOOOOOOO!」と叫ぶと、生徒達のみならず、保護者席からもブーイングが飛んだが、それを打ち消すほど大きな声で、日和がマイクを通さずに叫んだ。
「THIS!!! This isn't a fucking show! I'm gambling my whole life at this moment, so don't take it like that. I need you to take me seriously. I know what I'm doing and I know what I want. I only need to know what you really want.(これは!見せ物なんかじゃない!僕は人生全てをこの瞬間に賭けてるんです!だから、そう言うふうに取らないでください。真面目に聞いて欲しい。僕は何をしてるかも分かってるし、自分が欲しいものは何かも分かってる。ただ、先生が本当に欲しいものが知りたいだけです)」
「But why the hell do we have to do this here in front of the whole school?? What's the point?(でも、なんでこんな全校生徒の前でこんな事するんだよ?何の意味があるんだよ、これに?)」
その質問に、日和は少し微笑み静かに答えた。
「知って欲しいからです。この学校に関わる全ての人に、これは僕の意志で、僕が始めたことで、僕が望んでいる事だって。先生は、僕に巻き込まれただけで、いわば被害者そのものです。後で変な噂や誹謗中傷を僕のせいで先生が受けるのだけは、僕が耐えられないから」
その言葉に会場から歓声が上がる中、反論をしようとすると、青木に口を思いっきり押さえられ、日和はそれを笑いながら見て、話を勝手に続けた。
「僕は、先生がいるからこの学校を選んだ。僕は先生がいるからこの学校に来続けた。僕は先生がいるから、人を好きになる気持ちを知った。僕は先生がいるから、人生について真剣に向き合えるようになった。僕は先生がいるから、辛いと思った時も乗り越えてこられた。僕は、先生を初めて見た時から先生のことしか見てない。僕が先生に勝手に恋をして、僕が先生に振り向いて欲しくてなりふり構わず追いかけ続けた。全部、僕が初めから先生をここに追い込む為に押して来た。それを、全ての人に知って欲しいんです。僕の一方的な恋で、先生は3年間、先生でいた事実を知って欲しいんです。好きになってごめんね、先生」
言葉に詰まり、ただ立ち尽くして日和を凝視していると、日和はそのまま続けた。
「初めは振られたし、諦めようと思ったことも何度もあるし、僕みたいな子供で、しかも男で、先生には全く対象外の僕なんか、何血迷ったことしてるんだろうとも思った。けど先生は、僕の気持ちを初めから自然に受け入れてくれた。男だから、同性だからという部分に関しては、全く断る要素にすら考えてないみたいに、人として僕の気持ちに向き合ってくれた。それが本当に嬉しかった。僕は元からこうだけど、先生が違うのは知ってたから、凄く嬉しかった。この人と一緒に生きたいって心から思ったんです。この人と、永遠に共にありたいって」
女子の甲高い悲鳴とジョーのよく通る口笛、周りが騒ぐそんな音よりも何よりも、日和から視線を外せなかった。何も言葉に出来ずにただ見つめ合っていると、日和が壇上からこちらに近づいて来て、よく俺がしているように壇上の端に座った。視線が近くなり、その姿勢で互いに言葉を発せず見つめ続けていると、ジョーが「Ask him already!」と叫び、体育館が再度揺れるほどの歓声に包まれた。その中、日和が照れたように笑うと、マイクを口元に持っていき、甘い声で俺に一直線の視線を投げながら言った。
「優月英人さん、僕は欲張りで頑固で我儘です。だけど、欲しいものは欲しいって言わないと、絶対に手には入らないぐらいは分かってるから、言わせて下さい。僕と結婚して下さい。お付き合いは、結婚してからしてくれたら良いので、まずは僕の正式なパートナーになって下さい」
「…Wha, wait, what?」
「僕、もう18歳だから結婚出来るんですよ。知ってましたか?」
「Yeah, I know that, but…」
「幸せにする自信あります。僕、先生を世界一幸せにします。絶対。後悔させません。一生大事にします。僕と、一緒に生きてくれませんか?僕の隣に、これから先の人生、ずっと居てくれませんか?」
「Holy shit... 」
日和のプロポーズに開いた口が塞がらずにいると、生徒達が俺の背中をぐいぐい押し、日和の手の届く距離に俺を立たせた。いつも俺を見上げている日和は、壇上のエッジに座り俺を見下ろしながら、俺の頬に手を滑らせ、少し首を傾げて可愛い声で決定的な言葉を口にした。
「Eight, will you marry me?」
俺の返事よりも何よりも先に、女子が全員大きな悲鳴を上げたので、男子達が懸命にそれを黙らせていて、笑って良いのか何をして良いのか、やはりパニックとショック状態から抜けられずに無言で立ち尽くしていると、日和が俺の顔を引き寄せ耳元で色気のある声を出して聞いた。
「Please say yes.」
言葉が喉に詰まり、何も言えずにいるのに、勝手に涙だけは溢れ落ち、それを見た女子生徒が「先生感動して泣いてるぅ、可愛い」と冷やかすように叫ぶので耳が熱くなるのを感じた。それでも言葉を発せずにいると、体育館内に「Say Yes! Say Yes!」というコールが始まり、オケ部の曲も”Just Say Yes"に変わっていた。
肌の隙間を埋め尽くすほどの大歓声と、オーケストラのドラマチックな演奏の中、日和が口パクでもう一度「Just say Yes」と言った。その口の動きに言葉より先に、身体が動いた。返事を待つ日和に背を向け、騒ぐ生徒の中を無言で歩き、日和の両親の前まで行き、頭を下げた。
「すみません。僕が先にご挨拶に伺わないといけない所を、こんな大事な式典でこんな形ですることになって」
生徒達が再度大きな悲鳴と歓声を上げると、日和の父親が笑って答えた。
「いいえ、僕達の息子の企みです。大学に受かった知らせを貰った時、一番初めに言われたんです。お父さん、僕は同性愛者です。それで、優月先生が好きです。優月先生が好きだからあの高校を選びました。優月先生が好きだからハーバードに行きたいと思いました。優月先生が好きだから、結婚したいです。卒業式の時、プロポーズしても良いですか?って」
その言葉に体育館内から冷やかしの歓声が上がると、日和の父親は頬を赤らめて笑った。
「自分が家庭をしっかり守れなかったのに、言えることなんてないと思ったんですけど、英人が言ったんです。お父さんとお母さんが居るから、僕がいます。先生がどういう気持ちで親が子供を育てているかよく考えろって言ってくれたから、それに本当の意味で気が付けました。僕の好きになった人は、僕の親を素晴らしい人たちだって言ってくれる人です。まだ18歳だけど、これ以上の人に出逢えない事ぐらい分かってるから、僕に協力して下さい。僕が世界一いい男と結婚出来るように、僕に協力してくださいって。凄いでしょ、僕の息子」
思わず笑ってしまうと、日和がマイクを通して言った。
「Now, he's stealing my thunder, don't you think?(主役の座を奪ってるの、僕の父ですよね?)」
「Hahahaha, just be patient, buddy. I need to ask your parents something.(あははh、ちょっと待って。お前の両親に聞かないといけないことあるから)」
生徒達がまた冷やかしの悲鳴を上げると、日和の両親の目を交互にゆっくり見ながら話した。
「ご子息が僕の事をどういう風に話して下さっているかは知りませんが、実際の僕はきっと彼が話してくれた半分以下の人間です。若さで人が必要以上によく見えている可能性の方が高いですが、それでも、その彼の気持ちは一人の男として大事に受け取りたいと思っています。期待に添えるほどのことが出来るかは、努力して見ないことにはわかりませんが、変わっていけると信じて日々精進して参りたいと思ってます。日本人なのに、敬語も本当は上手に使えず、社会人として恥ずかしいことこの上ないですが、校長にそこは鍛えて貰いながら成長していきたいと思います」
珍しく校長がそれに楽しそうに「ビシビシ行きますよ!」と声をあげ、体育館内に笑いが漏れた。
「年齢も大分離れていますし、高校教師の給与はたかが知れているので、豪邸を将来約束することも裕福な生活を約束することも出来ません。ですが今、この仕事に誇りを持っているので、この仕事は続けていきたいと思っています。その上で、御子息が望む事が現実になるとしても、お二人に異存はないですか?」
俺の質問に、二人は声を揃えて「ありません」と答えた。その答えに体育館内が拍手喝采で大騒ぎになると、日和の父親と母親にハグをし、耳元で「後で改めてご挨拶させて下さい」と伝えた。二人共涙ぐみ、「これからも宜しくお願いします」と会釈をした。
二人の気持ちを確認し、壇上に向き直ると、日和がぽつんと座っていて笑みが溢れた。お預けを食らっている犬のように、物欲しげな表情でこちらを見ている日和に向かって歩き出すと、生徒達が大きな声で俺を冷やかした。だが、俺が戻ってくるのを眺めていた日和は、少し不満げにマイクを通して聞いた。
「終わりましたか?返事、もうそろそろ貰えますか?結構待ちくたびれたんですけど」
「あはははは、元はと言えばお前が悪いんだからな?初めから本当悪い予感しかしなかったけど、予感的中すぎるだろ」
「悪い予感って何ですか?」
「お前入学して来た時から、嫌な予感してたんだよ。意味分かんない質問、答案用紙とか宿題にちまちま書いたり、家の近くで待ち伏せしてたり、職員室で待ってたり、本当…」
俺が日和の行動を暴露すると、皆が笑いながら日和に「フーーー、やるぅーー!」と冷やかした。日和は真っ赤になって俺に文句を言った。
「先生!それここで言う必要あります??」
「リベンジ。第一、こんな事してるけど、俺はお前に一回既にプロポーズされてるからな?」
その暴露に、また皆が悲鳴をあげて日和を揶揄うと、日和が更に赤くなって叫んだ。
「先生!そうだけど!ここで今言わなくてもいいですよね??」
「リベンジその2。今日だって、タックス着てこいって言ったのお前だし可笑しいと思ったんだよ!」
その言葉に再度全生徒が笑って日和を揶揄うので、日和がマイクを通して今度は言った。
「先生、僕のストーカーぶりを暴露するのは結構ですが、返事下さい。心臓バクバクで待ってるいたいけな青年の気持ち、ちゃんと考えて下さいね?」
「あはははは、返事って何に対してだっけ?年寄りだから3歩以上歩いて忘れたかも」
生徒達の間で笑いが起こると、青木が「ひよ、もう一回おっさんに言ってやれ!」と茶々を入れた。俺が青木に中指を立てると、青木も笑って中指を立てた。日和はそれを笑いながら見て、マイクを握り直したので、俺はそのマイクを手から奪い、マイクのスイッチを切って言った。
「大事な事は、一回言えば分かる。でも俺は言葉で表現するのが余り得意じゃないし、特にこういう状況で何が一番正しい言葉なのか全く思いつかない。だから、これが返事」
壇上にマイクを軽く投げ、日和の後頭部に手を回し、随分昔にした時の事を少し思い出しながら、少し濃厚なキスをした。体育館内の悲鳴や騒ぎは耳には一切届かなかった。唇の隙間から塩っぽい液体が流れ込んでくるのを感じ、抱き抱えた日和を一瞬口から離し見上げると、日和がボロボロに泣きながら囁いた。
「I love you(愛してます)」
「I know you do.(知ってる)」
泣きながら笑う日和にもう一度キスをすると、生徒達が俺の背中から、日和の背中から横から四方八方から俺達に抱きついて来て、号泣し始め、その真ん中で日和と俺は笑った。体育館内の大騒ぎをおさめるように、小池先生がオーケストラ部に演奏させた曲は、このクラスが選んでくれた曲だった。”My Best Friend"。友を想う気持ち、この高校内で起きたこの騒ぎの源は、俺のためではなく、日和を想う友のパワー以外の何者でもない。この選曲を大声で歌ったのは、このクラスの生徒だけではなく、卒業生、在校生、教職員、そして保護者全員だった。
I love you. Yes, I do. Yes, I do. Yes, I do... I do
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