高校3年2学期⑤
「今日からお世話になる黒川です。宜しくね」
「こちらこそ、本当に助かります。有難う御座います」
お孫さんのいる黒川さんに仕事復帰した初日お会いし、話をしてすぐにこの人だと思った。ボランティア活動にも積極的に携わっていて、夕方は学童にいるのでそれ以外の時間帯ならばと言ってくれたので、午前中の3時間、週に2−3回でも良いので来て貰えないか話し、承諾して貰えた。二人の状況や瑛人の話もしっかりしたが、全く動じる事もジャッジする事もなく、すんなりと受け入れてくれた。家もたまたま近いので、通いやすいからと翌週の月曜の朝、早速来てくれた。マイアと瑛人の写真は見せていたが、実際に二人が会うのは初めてなので立ち会いで玄関に一緒にいたが、マイアは黒川さんを見るなり肩の力を抜いているのが分かり、胸を撫で下ろした。これは良いご縁だったと取っても良さそうだ。
「すみません、俺はもう出ないといけないから、宜しくお願いします」
「はい、いってらっしゃい。瑛人君、早速黒川さんが抱っこしましょうかね?」
「有難う御座います。でも、今何処に何があるのか説明したいので、その後でお願い出来ますか?」
「あら、大丈夫よ。歩きながら抱っこするわよ。おいで、瑛人君」
黒川さんが自然な手つきで瑛人を抱くと、瑛人を愛しそうに眺める黒川さんの後ろで、マイアが口パクで「I love her!」と言い、それに俺は自分の胸を指差し、その後2のサインを送った。マイアが親指を立てるのを見てから玄関を出ると、腕時計を確認し慌てて車に向かった。
学校に復帰しまだ1週間だが、大きな変化に気が付いた。それは生徒一人ひとりのスイッチがしっかりと切れ変わり、クラス全体が受験モードに突入した事だ。文化祭の準備などは3年生でもあるが、皆効率よく話し合いも進め、無駄な時間を校内で過ごさず帰宅する様子は、今まで見られなかったものだった。友達といるほうが楽しい、学校にいる方が楽しいと思っている生徒が多くいる恵まれた環境だからこそ起こる現象かもしれないが、比較的今までは放課後になんとなく直帰しない生徒達が教室に見受けられたのが、皆素早く家の近くの図書館や、家、塾に向かうようになった。更に今まで質問をするときに躊躇していた生徒達でさえも、分からないと思うことはその場で手を挙げて聞いてくるようになった。他の誰かが自分が疑問に感じる部分を聞いて笑うかもしれない。そういう自尊心を傷つけかねない心配や不安を、ティーンは抱えているものだが、それを取っ払っても今この瞬間に聞いて解決し、自分自身の試験に備えたいと言う本気の姿勢がそこにはあり、こちらも気の引き締まる思いがした。それだけ、本気で自分の未来を勝ち取りに向かってると言うことだ。それには全力で応えたい。
もう一つの変化は、校長の態度だ。俺を脅したりしてくることが一切なくなり、受験生のサポートに徹しているのがよく分かる。校長個人として俺のことを本当はどう思っているかなど分かりようがないが、校長がこの学校の事を本心から大事に思っている気持ちに嘘はないのは感じていたので、今は自分の評価を気にするよりも、校長と同様、教師としてのプロ意識を研ぎ澄ませたいと思った。
日和に関しては全て書類も出し終わっていたが、合格通知が来た場合に備え、週に2回、放課後ジョーと3人で時事問題などトピックを決めて米国のクラス方式で話が出来るように特別授業を30分だけ設けていた。しかし、それ以外で小テストの下にメッセージを書いてくることも、英語教員の部屋に俺に会いにくる事も無くなった。意識的に俺を見ないようにしている様子はよく伺えたので、それなりにお互い意識をしない努力を意識的にしていると言った方がいいかもしれないが、今は何事もなかったように目の前の高校生活半年が、ここに通う生徒全てにとって充実したものになるよう意識を集中したい。
「Well done. That was really good. もうこれ以上ないぐらい、準備万端ってとこだな?」
日和とジョーとディベートを終えて思った事を口にすると、ジョーが笑った。
「Sorry, but I thought you were kidding when I first heard you would apply to fucking Harvard. (悪い、でも俺がお前がハーバード行きたいとか言ってんの聞いたとき、ジョークかと思ってたんだよ)だけど、スッゲェじゃん?なんか、スッゲェじゃん?こんな本気で攻めてく生徒だとは思ってなかったからさ、正直今だに驚きが半端ない。ずっとエイトに憧れてるヒョロっこい男子みたいなイメージしかなかったから、こんなしっかり自分の意見とか言えて、議論を交わせるようなメンタル持ってると思わんかった。夢物語だと思ってたけど、可能性なくはないって本気で今は思う。結果が楽しみだな?俺に生徒をハーバードに送り込んだ教師といういう箔を付けてくれ。給料交渉に使うから、な?」
「アハハハハ、ジョー先生!アメリカ人ぽい発想ですね?」
「だって俺アメ人だしな?給料は交渉してなんぼだ。てかさ、エイトも給料、上がるんじゃね?」
「あははは、よし、日和、お前の進学にはこの薄給教師の未来が掛かってる。頼むぞ?」
ふざけてジョーのジョークに乗ると、日和が笑って「じゃあ僕にも見返り下さいね?」と言った。ジョーがそれに「何が欲しい?」と聞くと、日和は少し考えて満面の笑みで答えた。
「卒業式、ジョー先生がスピーチするのと、優月先生はタキシードで参列する、どうですか?」
「えええええ、俺、スピーチ、無理だよー!エイトがやれよ、それ。俺がタックス着てくから!な?俺、タックス着るとディカプリオ見たいって女子に騒がれるんだよ、良いだろ?」
ジョーの返事に日和と一緒に声を揃えて笑ってしまった。ディカプリオには全く似ていないジョーが変顔で応えると、日和はさらに笑った。暫くジョーは本気でスピーチは無理だと言い張っていたが、日和が給料交渉に貢献するのだからそのぐらいの見返りは欲しいと押すと、肩を落として「仕方ねぇか…。てか、エイト狡くね?俺より楽じゃん、タックス着るだけって」と最後までブツブツ言った。俺がタキシードを着るというのは誰も得しないので、他にないのか聞いたが、日和はただ「それだけでいいです」と答え、俺の目を一瞬だけ見てすぐに身支度を始めた。なんとなく腑に落ちないが、3人で帰り支度を始めると、教室のドアに青木が立っていた。
「お?珍しいな、この時間まだここにいるの。どうした?」
「あ、いや、先生には用無いんで。ひよ、帰ろ」
最近大八木といつも一緒にいた青木が、わざわざ日和の帰りを待っているのは珍しい。無意識に片眉を上げ日和を見下ろすと、日和はやはり一瞬だけ俺を見上げてからすぐに青木に返事をした。
「ん。じゃ、先生、さようなら」
なんとなく浮き足だったようにはしゃいだ様子で走り去る二人の背中を無言で見送っていると、ジョーが横で小声で言った。
「何だ何だ?男の子同士のあれか?」
「は?」
「文化祭前、狙ってる女子の話し合い的な?あー、でも青木は彼女居たっけ?日和の相談にでも乗ってんのか?あのヒョロっ子、案外女子にモテるからな」
「…日和が?マジか?」
思わず真顔で聞くと、ジョーが俺の顔を見て爆笑した。
「だーっはっはっは!Come on, Eight!! He might be popular, but he's obviously a fucking gay! Can't you see that??(ジョークだって、エイト!やつ、モテるかもしれないけど、間違いなくゲイだろ?明白じゃない?)」
「What??なんで逆にそう思う?」
「お前を見る目。単なる憧れじゃない。俺はそういうの、すげぇ鼻が効く方だから。初めから日和はエイトに好意しかない態度だった。でも、まぁエイトはゲイじゃないし、生徒に手を出すようなクズでもねぇし、特に忠告することでは無いかと思って直接言ってなかっただけ」
無意識にまた顔が引き攣ると、ジョーが俺の顔を見て少しだけ真顔で言った。
「つか、手は出すなよ?エイトがご無沙汰でも相当緩いの知ってるからな。未成年は犯罪だからな?アメリカでやったら完全刑務所行きだぜ?知ってると思うけど。まぁ、マイアと付き合ってたぐらいだから、流石に男でしかもこんなお子ちゃまにエイトが行くとは思えないけど。てかさ、エイトってどんな女が好み?やっぱ豊満なの?」
居た堪れない気持ちになり、必死に無表情を保ちながらその質問に適当に答えた。
「…いや、別にこれと言っては」
「はぁ?あるだろ?俺は豊満な方がいい。全体的に丸みが欲しい。でもなぁ、猪田先生細いだろ?でも胸はあるんだよ、それがめっちゃ良い。エイトは?」
「お前、彼女どうした?」
「いるけど、それとこれは話が別だろ?エイト、猪田先生狙うなよ?俺が目をつけてんだから。分かった?俺が!目をつけた女だからな?」
「いや、お前、マジでクズだな?彼女の連絡先教えろ。俺が今すぐ電話してお前の正体をバラしてやるから!」
「Noooo way!!! She's like totally in love with me and we are doing okayish.(辞めろ!てか彼女俺に夢中だし、まぁまぁ上手くやってるから)でもなぁ…猪田先生、やっとどう見ても良いんだよなぁ…。知れば知る程さ…。文化祭で奴ら見習ってアタックするかな?」
「Sure, go ahead! 告って、その場でこっ酷く振られてろ!つか、こういうの学校内で話すのタブーだからな?それと日和のこと、他の人間に言うなよ?」
「あ?何が?ゲイだってこと?俺が誰に言うんだよ?しかもゲイとかそうじゃないとか、俺にはどうでも良い。日和は日和って生徒、それ以上でもそれ以下でもない。それにこの学校、エイトと猪田先生とマミ以外、俺をスルー人間ばっかなのに、こんな話する友達なんていねぇから」
ジョーが友達がいないと言う言葉を口にしたのを初めて聞いて、思わずジョーを見ると、ジョーは若干珍しく照れ臭そうに言った。
「結局、日本に来てこの仕事してたら、声掛けてくるのは外人好きの女か、英語話したい人間だけだろ?お前みたいに普通に話せる奴、俺には同じ状況の外国人の友達しか出来ない。日本人は、中々外国人を根っこの部分で受け入れない」
「…そっか。なんか、ごめんな?俺はジョーと同じ感覚で居たけど、俺は日本人に変わりはないし、状況は全然違うよな。辛かったな…ごめん、気が付けなくて」
学校で顔を合わせば冗談を言い合う、同僚というよりも同郷の仲間的な意識が強かった相手だが、ジョーにとって日本は異国そのものだ。俺とは違う。俺は日本人にしては相当大きい方で一般的とは言い難いが、日本語が自然に話せるようになったのは父親との会話でやはり基礎がしっかりあったからだ。ジョーの日本語は、どう聞いても外国人だ。見た目も外国人で、発音も外国人で、全く英語に被らない言語の国で暮らしているジョーを、ただチャラい遊び歩いているアメリカ人ぐらいに思っていたが、本人は本人なりに悩みを抱えている。自分がアメリカに越して随分苦労した部分を、ジョーは日本で経験している。そんな事にも気が付いてやれなかった。
酷く罪悪感に駆られ、ジョーをハグすると、ジョーが俺の背中をバシバシ叩きながら言った。
「俺はゲイじゃ無いからな?偏見ではなく、マジ男は無理でしかない。ましてやエイトとか、萎えしか無い。萎え」
ジョーの死んだ顔芸に笑い、一応乗っておくことにしたが墓穴を掘った。
「…俺、結構床上手だけど?」
「ダハハハハ!ご無沙汰の癖に偉そうに言うなよ!」
「ご無沙汰ご無沙汰言うなよ!早くそのご無沙汰汚名、風化してくんねぇかな?つか、珈琲飲んでく?一杯ぐらい薄給ながら、奢ってやるけど?」
「何だよ、俺をデートに誘う程飢えてるのかよ?仕方ねぇな。奢られてやっても良いけど、俺はスタバよりタリーズ派だぜ?」
ジョーの言葉に「タリーズなんか近くにねぇよ」と答えながらも、自分が周りをいかにきちんと見られていなかったのか、痛感していた。日和の事を通して学んだ大人としての責任や、立場というものが意味する事、それだけではなく自分がこの場所で立っている意味、周りの人一人一人に対する配慮の重要性、そういうのが全てではないにしても、少しずつ見えて来たような気がする。
母は、見えていたのだろうか?胸の中に浮上した疑問を上から蓋をするように、自分に言い聞かせた。母の脳内は永遠に覗くことは出来ない。でも、そんな事に捉われる必要はもう一切ない。俺は、俺という一人の人間で、人間は一人一人、自分自身の選択から多くの経験を通して学び、変化して行く。絶え間なく。日和が言っていた通り、俺たちは永遠の子供なのだろう。大人になろうと上を向いて、変化して行くことを望む、子供。
その日、マイアに1時間予定より遅くなる旨を連絡し、ジョーと近くの喫茶店でコーヒーを飲んだ。飲み会で話したことも、今までくだらないことを話したことも沢山あるが、1時間半、ジョーと話したのは今まで話して来たようなことではなく、互いの生い立ちだった。聞いた事も、聞こうとした事もなかったジョーの生い立ち。父親が幼い頃に家を出て行き、母子家庭で育っているジョーは弟が二人いる。弟達はLAとシスコで暮らしており、母親は今でもナースとして仕事を現役で続けている。父親は音信不通で何処にいるのかも生きているのかも分からない。アメリカでは珍しい話ではないと笑ったジョーは、少し寂しそうだった。日本に来たのは、大学で日本人の留学生に恋をしたからだそうだ。とにかく可愛かったらしい。その女子を追いかけて日本に来たが、日本に来てすぐに振られて、それから腐って女遊びが酷くなったそうだ。アメリカではモテなかったが、日本では嘘みたいにモテたからと自虐的に笑ったジョーを、責める気にはならなかった。日本に来ると遊ぶ外国人は沢山いる。でも、それは彼ら自身も必死に居場所を見つけようとしているからで、人として繋がるよりも外人として持て囃される自分の立場が自分の求められている事ならば、その状況の中で自分を模索して行くしかないと思う落とし穴に足を取られるからだろう。遊びたいから遊んでいるというよりも、そういうシチュエーションに流される方が、居場所が見つけやすいから。遊ぶには遊び相手が必要だ。その相手になる方も、この状況を生む要因でもある。今の彼女は、遊び相手というよりはちゃんと付き合いたいと思って付き合いだしたらしいが、最近本当はうまく行っていないらしい。言葉の壁、相手の英語をいじる事は一切無いのに、ジョーが日本語で話すと発音が外人だと鼻で笑われるのが酷く傷付く。俺もジョーの日本語は散々いじって来たので、申し訳なかったと頭を下げると、ジョーが笑って言った。
「エイトの弄りは笑えるんだよ、別に俺もちゃんと話そうとしてないし、野郎同士の弄りはどうでも良いんだよ。でも、彼女は別だろ?本気で付き合ってるなら、サポートしてくれても良いのに、英語の上達に俺はすげぇ貢献したと思うのに、俺の日本語いじってくるとか、なんか違うと思うんだよ。俺だって自分の女に笑われたくて日本語話してるんじゃ無いからさ。発音直してくれるとか、言い方直してくれるとか、そういうのあってもいいと思わね?でも、日本に何年住んでるの?酷くない?とか言われたら自尊心ズタズタだろ?俺のこと、本当に好きなのか疑問に思うんだけど、その割に甘えて来たりするんだよ。理解が出来ない。俺が英語で話してたら機嫌が良いのに、下手な日本語は話すなってか?ってさ」
「俺もあったわ、それ。二人ぐらい。付き合って、俺は日本語が話したいけど、相手は英語で話したくて俺といる感じで、すげぇもどかしくて結局別れた。お互いの助け合いにならないって不毛だよな?」
「それな?俺は英語を学びたいって言ってくれる子、大歓迎なんだよ。でも、俺もそれと同じだけ日本語学びたいわけ。それは無視しないで欲しいんだよな。いつも英語で話してって言われるの、俺は?ってなるんだよ」
「だよな。ジョーはまぁ、見た目でもう分かるから余計だろうな。俺はもう見た目に関しては日本人だから、完全にさ。むしろ英語話せば、英語話せるんですか?って驚かれる方で、損なことって言ったら、校長との面談での敬語関係で評価絶対下がってるって感じる時ぐらいで」
「アハハハハ!俺はその点、得しかない。日本語無理なんでって外人札を切り続けて面談、すぐ終わる。けど、俺を見てくれる女には中々出逢えない。外人の俺を見る相手ばっかで、俺という人間を見ては貰えない。なんか、このまま日本居てもどん詰まりな気がしてきてる」
ジョーの言葉につい「帰るのか?」と聞くと、ジョーは少し残っていたコーヒーを飲み干してから微笑んで答えた。
「帰らない。今のところは。なんかさ、この学校、結構面白いなって近年思ってて、特に日和の代が入って来てから、面白い生徒がいっぱい居てさ、日本の高校っていいなって思うんだよ。自分が経験出来なかったティーン、高校時代を生徒を通して経験させてもらってる感じで、正直楽しい。それと、猪田先生。落としてみたい」
「ダハハハハ、お前、本気で言ってんの、それ?」
「What do you think? She's super cool, and goddam sexy. She doesn't care about me, and I like that a lot. It's kinda hot, isn't it? (どう思う?彼女すげぇクールだし、超絶セクシーだろ?俺のことなんて気にも留めてない感じ、好きなんだよなぁ。なんか、ホットじゃね?)」
思わず吹き出すと、 ジョーは「Let's see, shall we?」とウィンクをして席を立った。
約束したより大分遅くに帰宅すると、瑛人は珍しくもう寝ていて、マイアも寝ていた。音を立てないように二人の様子をそっと覗いてから、仕事のやり残しをリビングで暫くしてから眠りについた。
翌朝、早朝5時から泣いていた瑛人を引き受け、マイアに眠るように促すと、マイアは珍しくそれを断り、一緒にリビングに来て珈琲を淹れた。
「ディキャフだけど、良いわよね?」
「良いって言いたいけど、俺は申し訳ないがカフェイン強めじゃないと今日は起きてられないから、自分で淹れる。てか、寝なくて大丈夫か?」
マイアの横で自分のコーヒーを準備し始めると、カゴの中でプスプス言っている瑛人を眺めながら、マイアは穏やかに答えた。
「うん、昨日、黒川さんに午前いっぱい瑛人お世話して貰ったら、今日は体が楽なの。本当爆睡したわ。黒川さん、瑛人寝かしつけるだけじゃなくてね、お昼ご飯まで普通に作ってくれてたの。洗濯まで綺麗に畳んでくれてたの。びっくりしちゃって、こんな事してくれなくて大丈夫ですって言ったら、瑛人が寝ちゃって暇だったからやっただけだから、気にしないでって。信じられる?しかも、お料理がすっごく上手なの。もう、結婚してくださいって言いそうになっちゃったわよ」
「最高!すげぇ良い人に出逢えたな?」
「本当、こんな事ってあるのね?明日も来て下さるから、ケーキ買っておこうと思って。黒川さん、お子さん4名お育てになって、今はお孫さん10名いらっしゃって、本当プロよ、プロ。瑛人、黒川さんが抱っこすると気持ちよさそうな顔するのよ。分かるのね、この人は安全だって」
「凄いよな、子供の野生の感。俺も礼に何か買っておく。あ、昨日、帰り遅くなってごめんな。風呂、どうした?」
「お姉ちゃんが夕方寄ってくれて、入れてくれたから大丈夫。で、昨日はジョーと何話したの?」
個人情報になるようなジョーの生い立ちの細かいことなどは勿論伏せて、生い立ちの話をしたとか、日本で外国人として生活して行くことの苦労話とかをしたと話したら、マイアは淹れたばかりの珈琲を啜りながら呟いた。
「誰でも何処に行っても苦労するのに、なんか忘れちゃうのよね、他の人も自分と同じだけ苦労してるって事…。私も日本来たばっかりの時、同じように思ってたのに、すっかり自分は外人枠じゃなくなった気で、ジョーの事、結構ひどくあしらっちゃったから、今度会ったら謝るわ。ありがと、思い出させてくれて。こういうの、忘れたらダメね?」
「ん、俺もそう思った。ジョーはバカだけど、悪い奴じゃない」
「バカだけどね、確かに」
二人で目を見合わせて笑ったその気持ちの根底は、もう友情そのものだ。同じ国から来た、人種もバックグラウンドも違う俺たちは、立場も求められるものも全く違う。だけど、同じ人間で、同じ心を持って今日を必死に生きてる同志。その日、学校に到着すると、机に一枚ポストイットが貼り付けてあった。
<Thx 4 the coffee.こんどはオレがおごってやるぜ。You're welcome! J>
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