高校2年3学期②

「え?」


 職員室の中で自分の声だけが悪目立ちするほど響き渡り、教職員が全員俺を見た。話をしていた校長が、俺に厳しい視線を向けると、話を続けた。


「こう言う事は、今まで我が校では余り起こらなかったので、保健体育の授業以外で性教育に関して敢えて特別に時間を設けた事はありませんでした。ですが、こう言う事態になったので、男子と女子を分けて、しっかり話をしたいと思っています。ただ、保健体育の山岸先生、一人で全ての学年受け持つのは無理ですし、山岸先生は女性ですから、女子を集めた話をして頂き、後は他の男性職員が男子を集めて話をするという形で執り行いたいと思っています」


 青木達の事が明るみになったのかと思ったが、違うクラスの違う生徒間で、妊娠騒動が起きていて、それが親に露呈し学校側に苦情が来た。その説明を聞いて一瞬ホッとはしたが、状況はいいものではなかった。職員室が静まり返る中、小池先生が挙手をした。全員が一斉にその手を見ると、小池先生が質問をした。


「内容はどんな事ですか?具体的な指示がない限り、教師側がその説明の後に何か聞かれても、答えに窮すると思うのですが」


「そうですね、我が校では生徒間でのそう言う行為が如何に危険を孕んでいるか、将来を棒にする可能性を秘めているか、未来に悪影響になる行為であるか、そう言う部分にフォーカスして話したいと思います」


 校長のその言葉に、手も上げずに独り言のように言ってしまった。


「それは正しいことなのかな?」


 全ての職員の視線を感じ、自分の声が大きかったことに我に返ったが、校長は少し引き攣った表情で言った。


「優月先生は米国で高校に行かれていますから、日本の教育方法とは違うでしょうが、我が校は進学率もこの地域ではトップです。勉学の妨げになるような事は控えるように生徒に指導する事を、親御さんが望んでいるのが現状です」


「それは分かります。でも、僕の育った環境とここを比べてそう言ってる訳ではないです。セックスが危険であるとか、未来に悪影響かなんて話したら、大人になる時、子供達はセックスは悪いことだというイメージで、罪悪感を持ってしまい、本当に大事な人が現れても、そう言う行為を楽しめなくなるかもしれませんよね?それって良いことですか?」


 何も考えずにする性行為には意味はない。自分が散々経験してきてそれはよく知っていた。だが、セックスに対する悪いという意識を高校生に植え込むことが、良いことだとは思えない。そう思った事を伝えると、校長は嘲笑うように答えた。


「優月先生、貴方の言葉は全て大人になってから本人達が学んでいけば良い事であって、今、彼らが知るべきことではないでしょう?そう言う行為を楽しめるとか楽しめないとか、そこまで教職員が心配する必要もないですし、まだ未成年の彼らが知っておかないといけないのは、そう言う行為を軽率にすることは周りを巻き込む危険が常にあるという事だけです」


「仰る通りだと思います。ですが、そこと、未来への悪影響という部分は別問題です。教員として話しておかないといけない部分は、生徒を脅してセックスをさせないことではないですよね?彼らも年頃ですし、好きな人が出来たら自然に触れたくなる年頃です。そこを無視して、禁欲して勉強だけしてなさい、セックスしたら妊娠の可能性があって、進学に響くからということではないと思います。どういうふうに、そういう感情を互いの意思確認の上で、どういう手順でステップアップして行ったら良いのか、教えることじゃないですか?彼らは子供じゃない。でも、大人でもない。好きな人に触れることが危険だなんて、僕は話したくはないです。大切なことですから。肌に触れ合う事も、それを望む感情も、悪ではない。注意する点を、責任を取る事がどういう事かをしっかりお互いが同じページで話し合う事の大切さを、大人が話してあげる事のほうが、大事だと思います」


 校長が声を荒げて「優月先生は、何も分かっていない!」と叫んだ直後に、職員室内に拍手が起こった。なんの拍手か分からず、校長と二人で取り残されたように呆然と拍手をする教職員を眺めていると、小池先生が立ち上がって発言した。


「私は優月先生に賛成です。脅して性行為を怖がる生徒を増やすことより、そういう状況になった時、どうしたら良いのか、何に気をつけたら良いのか、オープンに話すことが大事だと思います」


「小池先生までそんなことを」


 山岸先生が校長の言葉を遮って次に発言をした。


「私も、優月先生と小池先生に賛成です。性教育で大切なのは、大人が嘘をつかないことです。私は、高校の時そんな話大人がしてくれた事はありませんでした。だから、ずっと怖かったです。悪い事だと思っていましたし、恥ずべき事だと思っていました。でも生徒達にはそうじゃないって、話してあげたいです。正しい知識と教育があれば、美しい行為だって、教えてあげたいです」


 山岸先生の発言に小さな拍手が起こると、校長は顔を真っ赤にして叫んだ。


「貴方達教員が、こうだからこんな事態になったんじゃないんですか?!今まで、一度だってなかったことが、こうやって起きてるんじゃないんですか?!」


「お言葉ですが、それは時代だと思います。ネットが普及してスマホを持っている生徒が九割以上の今、そういう情報は簡単に手に入ります。でも、彼らは情報過多なのに選び方を知らない。得る情報の中で、何が正しいかを選択する方法を、大人が教えないから、迷子なんです。こういう部分は、ネットの情報としてではなく、大人として、一人の人間として生徒達に話すことで、彼らがこれから得ていく情報の中で何が正しいのか、選んで行く一つの指針にはなると思います」


 校長の時代にはネットは存在しなかった。だが、今の子供は生まれた時からネットがすぐ隣にある環境だ。溢れる情報に埋もれる生徒が、一つや二つの過ちを犯すこともある。それは彼らの責任ではなく、大人の責任だ。携帯を見る時間、大人が子供と目を合わせて話す時間に変えたら、そういう部分も救われるに違いない。だが多忙な親御さんに全てを任せず、こういう教育現場でも積極的に生徒達と話し合う場というのを設ける必要が、本当はあるのだろう。


 職員室での会議はその日、夜10時過ぎまで続いた。それぞれが、生徒達のことを思って、真剣に話し合った。どう話したらいいのか、どういう形態を取るべきなのか。そして、結局、この性教育の男子の部は、俺が受け持つことになった。その話を、その晩電話して来たマイアにすると、マイアは静かな声で言った。


「私も、英人の学校の先生達みたいな人、ティーンの時いたら良かったわ」


 マイアのお腹の中で育つ子供は、もう15週目を迎えていた。


 3年生がちらほら戻り、学校が卒業式と新入生を迎え入れる準備の忙しい3月初め、体育館に男子生徒が1年から3年まで全て集められた。内容はもう性教育であると知っていた男子達は、巫山戯た卑猥な話をしながら話が始まるのを待っていた。それを壇上の下の椅子に座って眺めながら、この生徒の中の一体何名が今日のこの日を大人になるまで覚えていてくれるだろうと考えた。


 女性教職員は全て女子の部へ向かい、男性職員は皆ここに集まっていた。今日に限って野次馬根性でジョーが参加しているのが腹立たしいが、平静を保ちながら壇上に登った。生徒は俺を見てざわざわ騒ぎだし、中から「よ!遊び人!」という声が上がると、笑いと共に調子に乗った生徒が卑猥な声を出し、体育館の中はカオスになった。だが、すぐにその騒ぎを止めたのは、青木だった。


「うっせんだよ!黙っとけよ!先生に失礼だぞ!」


 散々俺に失礼な発言をしていた青木の変貌ぶりに、教師として感動を覚えた。子供はいつまでも子供ではない。青木にマイクを通して「ありがとう」と伝えると、青木は気まずそうに会釈をして座った。静まり返った体育館の中、壇上に用意された椅子に座ったが、何とも居心地が悪いので、そこを降りて壇上のエッジに座り直し、生徒を眺めた。皆、まだ幼さが残っているが、子供ではない。それが良くわかった。


「えーっと、初めに言っておきたいんだけど、教師にこういう話されるの多分、半数以上の生徒は嫌だと思うのも理解しています。お前の性生活とか、貞操観念とかそんなの知りたくねぇって生徒が殆どなんじゃないかって想像します。おっさんの話はキモいとかな?」


 生徒が少し笑うと、手で静かにするように指示し、話を続けた。


「でも、重要な事だから教師としてというよりは、一人の人間として、一人の男として話をさせて貰います。嘘のない話をしたいので、質問があれば、遠慮なく挙手でして下さい。答えられるものは全て答えます」


 そう言った途端に、生徒の一人が手を挙げた。その生徒にマイクを渡すように世界史の鈴木先生に頷いて合図を送ると、生徒がマイクを持って立ち上がった。


「質問です。先生は脱童貞、何歳でしたか?」


 体育館の中が笑いと騒ぎで弾けそうになると、他の教職員達が一斉にそれを制した。暫く続いたその騒ぎが収まるのを黙って眺めていると、マイクを持った生徒がもう一度聞いた。


「嘘のない話、してくれるんですよね?」


「13歳です」


 その返事に、体育館内が騒然とした。一番話したくない所ではあるが、嘘のない話をすると言った手前、嘘はつきたくなかった。大騒ぎする生徒の中で、教職員達も驚いた表情で俺を眺めていると、ジョーが「You rock!(カッケー!)」と叫び、皆が笑った。でも、俺はそれを否定した。


「No, I don't. I was just so stupid.(カッコ悪いんだよ。ただ馬鹿だったんだ)知らなかったから、セックスに意味があるって事を。誰も教えてなんてくれなかった。ただ、流されて気が付いたらそういう行為に及んでただけです。先生は、君達の前にこの話題で立てるとしたら、反面教師としてしか立つことは出来ません。でも失敗ばっかりして来てるから、話せることもあります。他に質問は?ないなら本題に入ってもいいですか?」


 体育館は生徒の息遣いが聞こえるぐらい静かだった。マイクを持ち直し、一人一人の表情を見ながら話をした。


「まず、人は一人では生きてはいけません。だから、人を欲するという感情があるのは自然なことです。幼い頃必要なのは保護者。君達ぐらいの年齢になると、身体は変化していくから異性、もしくは同性を性的に意識し始め、必要だと感じるようになります。それも、自然なことです。彼女が出来た、彼氏が出来たってそんな話題で盛り上がるのも、君達の世代から増えて行きます。そこから、ファーストキスを経験して、その先に進みたいと思うようになる。それも自然なことです」


 生徒が突然大きな声で「先生のファーストキスは何歳?」と叫び、生徒の一人が「3歳でしょ!」と叫び、また笑いが起こった。教職員がまたそれを静止したので、それにも真面目に答えた。


「13歳です。相手は初めて寝た人と同じです。話し続けていい?」


 体育館が騒めく中、気持ちを切り替えて話を続けた。


「セックスを経験する歳がいくつであるべきか、生物学的な部分での意見ではなくて、先生の意見としては、自分がその行為に対してどれだけ本当の意味で理解しているかによると思っています。君達の親御さんは、勿論絶対そんなことして欲しいなんて望んでないし、その気持ちはよく分かります。君達はこれから受験があったり、受験が終わった人はこれから大学生活が待ってるから、そういう行為で間違えが起きたりして、それを棒には振って欲しくないからです。だけど、恋をしたら相手に触れたくなるのが多くの人間が持つ感情です。それは悪いことではない」


 親の気持ちとしては、永遠にそんな事とは無縁であって欲しいがきっと本音だ。生まれて来た赤ん坊の頃から大事に大事に育てて来た可愛い我が子に、孤独でいて欲しいとは思わないのに、そういう性的な部分に関しては抵抗感が強いのは、支離滅裂で矛盾している。だが、親は子供を守りたいと言う感情が強いから、その気持ちを否定することも出来ない。そうやって大事に育てられてきた生徒達の様子を眺めながら、胡座をかいてリラックスすると、自然と顔が綻んだ。微笑んだ俺につられて生徒が少し笑うので、つい校長もいることを忘れて本音が口を突いて出た。


「なんかな、今、皆を眺めてて本当、眩しいなって思ったら顔が緩んだ。本当にこれからが全てのお前達は、最高にキラキラしてる。その一ページに、やっぱ恋とかってあっても良いって先生は思うんだよな。だけど、それに相手の身体が関わる行為が発生する時、男は男で知っておく必要があることが色々ある。それを今日ちゃんと学んで、相手の子とよく話し合ってからどうするか決めて下さい。分かった?」


 男子達の「ウェーイ!」という低い返事に笑うと、校長が引き攣った顔をしているので、わざと親指を立ててから話をした。


「まずな、セックスは二人で初めて成立する行為だから、絶対に相手の同意を待つこと。相手にプレッシャーを絶対に与えないこと。拒否したら嫌われると思って流される子もいると思うんだよな。だから、自分はこうしたいけど、君はどうしたい?って必ず聞くこと。相手も同じように思っているなら、始める前に避妊具の確認をすること。これはお互いすべき事で、相手はどういう避妊方法がいいと思っているか、自分はどう思っているかは話す必要がある」


 生徒の一人が「そんな事したらムードがないー!」と叫び、皆が笑った。その気持ちも分かるので、真面目に答えた。


「そうだな。でも、お互いそこを話せない程度なら、セックスする価値はないと思った方がいい。大事に思ってる気持ちを行動で表したいなら、ここ怠けると自分も相手もその行為が過去のものになって、思い出になった時、いい記憶として残らない。折角好きになった相手なら、それが永遠に続くものでなかったとしても、大事な記憶として互いに留めておきたいだろ?だから、ちゃんと話すように。女子でピルを飲むのに抵抗ある子もいるだろうし、そこは男が完全に制御出来る部分ではあるから、初めの段階でゴムを装着する事と、男が妊娠の可能性があるような終わり方をしない努力を全力でする必要がある」


 すぐに誰かが「どうやってー?」と野次を入れ、生徒がギャーギャー盛り上がったのを、また教員が静止した。少し静かになった所で、それにもきちんと答えた。


「挿入中に出さない。これしかないだろ?お前ら、そこまで言われないと分からない程ネット駆使出来ないのかよ?」


 体育館の中で大きな笑い声が木霊すると、ジョーが「テクニシャーン」と叫び、また笑いが起きた。ジョーを一瞬睨むと、生徒に静かにするようにジェスチャーをしてから話を続けた。


「テクニックでもなんでもない。その瞬間が分からない人間、絶対にいない。100%分かるから、その前に出す。それも出来ない程の早漏はゴム2重ぐらいしとけ。それと相手の子にもぺッサリーつけて貰うとか、工夫しなさい」


 その言葉に、いつの間にか生徒の間で回っていたマイクを持っていた生徒が「男同士もペッサリー要りますか?」と明らかにウケ狙いで聞き、その狙い通り体育館が揺れるほどの笑いが起きた。教職員が多少疲れた表情で生徒達を静かにさせている中、それにも真面目に答えた。


「それは必要ない。妊娠はしないからな。でもゴムは使うように」


 俺の答えに生徒達が「男も経験ありかよーーー!!」と異常なほど騒ぎ始め、ジョーまで爆笑するので、マイクに向かって大きな声を初めて出した。


「経験はないです!でも!これから経験がないかは分からない。それは、皆も同じだろ?絶対可能性がない話は、世の中存在しない。逆に、絶対ないと思った瞬間に全ての可能性はそこで終わる。そんな人生、つまらなくないか?お前達はそれで良いのかもしれないけど、先生はこの年でも自分の可能性をまだ信じたいから、絶対ないとか言い切りたくはない」


 その言葉に、体育館が思ったよりも静まり返った。引かれているのか、反応の意味がわからないが、話は続けたいと思い、その静けさの中に言葉を落とした。


「男女でも、男同士でも、女同士でも、セックスの目的は一つ。相手を誰よりも近くに感じたい、感じて欲しい、それに尽きる。そこまで大事に想う相手なら、望まない妊娠や互いを傷つけかねない行為は、全力で阻止すべきで、お前達にはそれが出来ると先生は信じてます」


 マイクを持った他の生徒が、「先生はそれが出来てましたか?」と聞いたので、正直に答えた。


「先生は、避妊に関しては凄く気をつけてたけど、セックスの目的を知らなかったから、相手を大事には出来てなかった。合意なしにセックスしたことは一度もないし、身体的に相手を傷つけることは一度もなかったけど、沢山傷付けた。本当にどうしようもないぐらい、沢山」


 マイアと別れる時、マイアには自分の適当さを呆れられたのだと思っていた。だが、最近マイアの家にいることが増え、話をしている中で、別れた理由の一つはマイアが俺に抱かれている時、大木に抱かれているようだったからと表現した。心のない、気持ちのない中身のないセックス。十回に一回は愛されていると思う瞬間があったそうだが、他の9回は誰に抱かれているのか分からないぐらい、気持ちがなかった。だから別れたと言われ、心底自分に対して嫌悪感と罪悪感を抱いた。謝罪出来る距離にいるマイアには、謝ることも出来たし、許されもした。だが、もう会うこともない過去に関係を持った女性には、謝ることすら出来ない。胸の痛みが蘇り、胸元で拳を握ると、マイクをしっかり握った青木が聞いた。


「先生は、後悔していますか?初めての相手の事」


「後悔したことは沢山あるけど、彼女が相手で後悔したわけじゃない。自分が何も知らない子供で、自分しか見えてなかったことを、後悔してます。もっと、大切にしたかった。別れても、何処かで会ったら、元気だった?って聞けるぐらい、互いに後悔ない状態でありたかった。そう思います」


 自分の無知と自暴自棄な行為で傷付けた相手を、何人も思い浮かべていた。名前も覚えていられない程いた相手は、今頃誰か大切な人と幸せにしているだろうか?そんな事を一瞬考えると、青木の隣にいた生徒が「これから頑張れよ、先生!」と言い、皆が笑った。生徒に励まされる情けない教師でも、大人としてその声援には応えたかった。


「ありがとな。先生は、これから関係を持つ相手は、これ以上ないほど大事にしたいと思ってます。初めての相手でも、二番目でも三番目でもないこれから可能性のある相手は、先生にとっては初めて大切にしたいと想った相手であるよう、若い皆を見習って心を成熟させられるよう努力します。It's never too late, right?」


 その問いかけに生徒が「その通り!」と可愛く答えると、皆は最高の笑顔で親指を立てた。その中に、泣きそうな表情で壇上の俺を見つめる日和がいた。大事にしたい相手は、何歳かも分からなければ、男か女かも分からない。彗星の如く現れるそういう相手を、見逃すか掴むかは、自分のアンテナにかかっているのかも知れない。


 生徒から矢継ぎにこの後質問が飛んだ。殆どはセックスの手順で、それにも全て真面目に答えた。


「さっきから話聞いてると、皆勘違いしてる所あるから言っておくけど、セックスは男のオーガズムの為にある行為じゃない。これ、初めに頭に入れるように。相手も同じだけの快感を味わう権利があるから、自分の為だけに焦ってすると、相手には苦痛でしかなくなる。もし相手も初めてで、お前達も初めてなら尚更、焦ったいと思っても、相手が準備出来るまで男が努力すること」


 すぐに誰かが「どうやってー?」と叫び、周りが笑うので、それにも真面目に答えた。


「何処にどう触れて欲しいか、言葉で確認する。それ以外に方法はない。勘とか経験値とか、絶対に関係ない。セックスの最中、無言の男程カッコ悪いものはない。相手の目を見てよく相手の言葉と反応に耳を傾けること」


 それに「ずっと気持ちいいとか聞くんですかー?」と聞いた生徒に、皆が爆笑した。若さのある笑いだと思いながら、それにも答えた。


「それはない。それは全然セクシーじゃないから、辞めておきなさい。でも相手の意向を聞けない男は、永遠童貞でいた方が地球に優しい」


 生徒達が爆笑すると、「でもそれを聞かずに、どうやって無言にならずに事を進められるのでしょうか?」と、いつも寡黙な生徒の一人が手にメモ帳片手に聞いたので、笑いながらそれにもしっかり答えた。


「相手を必ず褒めるのと、そう言う行為をしてるのは、相手が特別だからだって言葉でも分かるように、真剣に伝える。女の人は特に脳内で感じる生き物だって言うぐらい、気持ちが乗らないとそう言う行為は苦痛になる。だから、優しい言葉でどう思ってるか伝えたらいい。それに、男が自分がオーガズムに達する事にだけ夢中で、はーはー喘いでたら、向こうは確実にドン引きだ。覚えとくように」


 生徒達が爆笑しながらも親指を立てこちらに「最高!」と掛け声を上げる中、痺れを切らせて校長が壇上に登ってきた。生徒が一瞬盛り上がったが、俺からマイクを奪った校長は、仁王立ちのまま話し始めた。


「優月先生の話は、非常に大人の話でしたが、君たちはまだ未成年です。そのことをしっかり念頭に置き、ここで聞いた話は大学へ行くなりしてから参考にするように」


 体育館内の生徒から一気にブーイングが上がる中、校長が静かにするよう不機嫌な表情で指示すると、再度念を押すように言った。


「現実的に、相手の女性が妊娠した場合、君達は高校をやめて仕事出来ますか?大学へ行く夢を捨てて、中卒で雇ってくれる場所を探して、同級生が大学生活を楽しんでいるのを横目で見ながら、赤ん坊の世話と仕事が出来ますか?現実から目を背けてはいけません。君達は、まだ親の庇護の元生活する子供です!優月先生の話は、今の君達には必要ない!」


 これを言わない約束で今日話をする役目を請け負ったのに、ルール違反だと思った。だが、騒めく生徒の中で、マイクを持った日和が突然立ち上がり、校長に反論をした。


「お言葉ですが、優月先生のお話は、そう言う事態が起こらないようにする為のものでした。男性が気を付けるべきこと、校長先生の言う通り子供の僕達ではインターネットの不確かな情報しか得られない中、実際に大人の先生が話して下さった事で、リアルな知識として学ぶことが出来ました。大人は僕達を子供として扱いますが、そこまで子供でもない僕達にはこういう情報は必要です。知った事によって、性行為がどれだけの意味を持つのかを知れましたし、決して先生が話して下さったことは、そう言う行為を促すものではありませんでした。根底にある、相手を大切にするという部分を、どうやって実行に移すか、相手に伝えるか、知ることが出来ました。僕は先生のお話聞けて、本当に良かったと思います」


 日和の毅然とした態度に、体育館内の男子生徒は大歓声を送った。日和はその中俺を見て、拳を上げた。笑いながらそれにエアでフィストバンプをすると、体育館内でウェイブが起きて笑った。高校生のノリ、元気で明るく全てを輝かせる熱気、この子達は将来どうなるのか楽しみにしている親御さんの気持ちと、教師のそれは酷似しているとその光景を眺めていて思った。校長が静かにするよう声を荒げる中、やむことのない歓声の中、俺はその場で立ち上がり、校長に大きなハグをした。この人も、この生徒達の未来を大事にしたいと思っている大人だ。学校の評判や評価を気にする責任を背負わされている立場の違いこそあれ、校長が生徒を見る目は愛情に溢れている。俺にハグされ「やめなさい!」と動揺する校長に、耳元で「お時間下さって有り難うございました」と伝えた。


 体育館内で大歓声が上がる中、生徒達に最後話をしようとすると、後部の扉が開き、小池先生が顔を出した。男子達が、「ここは女子禁止ですよー!」と子供のような声を上げて騒ぐので、それを一番出せる限りの大音量で口笛を吹き、一瞬の静けさを齎すと、小池先生が大きな声で言った。


「先生、女子達が男の人に聞きたいことがあると言うので、優月先生お時間頂けませんか?」


「…え?僕ですか?」


 その戸惑いに男子生徒が「優月先生はこっちで忙しいからダメですー!」と答え、皆が笑った。小池先生が手招きをするので、校長に「失礼します」と伝え、壇上を降りて先生のところに行くと、小池先生が耳打ちをした。


「私達女教師ではなく、本当の所男性がどう思っているかとか、そう言う部分をどうしても知りたいと。私達だと女目線で、実際はどうか確証がないって言われちゃいました」


「あー…、でも、僕も男代表ではないんですけど…」


「大丈夫です。生徒達もそれは分かっていますが、大人の男の先生に本音を聞けたら、安心すると思うので。来ていただけますか?」


 隣に立っていた鈴木先生を見ると、「行ってきて下さい」と背中を押された。生徒達は大騒ぎだったが、小池先生について体育館を後にした。男が男子生徒に話すのはある意味楽だが、女子生徒に話すのはセクハラとかそう言う部分に何かが引っかからないか、若干不安を感じながら小ホールまで歩いた。


 小ホールに到着すると、さっきまでの男臭漂う体育館とは打って変わり、爽やかな空気が漂っていて、女子達も俺を見るなり小さな声でキャッキャと可愛くはしゃいだ。男子達の低音で大音量の騒ぎとは全く性質の違うその反応に、自分がこの場に相応しいのか小さな疑問を抱いたが、用意されていた椅子に座った。が、やはり壇上の椅子に座ると居心地が悪いので、壇上のエッジに移動しあぐらをかくと、一番前に座っていた女子が手を挙げた。マイクがなくても通る声で、その女子が質問をした。


「あの、男の子はどのぐらいなら待ってくれるものですか?」


「幾らでも」


 即答したが、小ホールは騒ついた。きっと、信じては貰えていないのだと思い、マイクを通して答え直した。


「先生個人の意見だけど、同意を得られずにセックスしても絶対上手く行く訳が無い。だから、お互いに本当にReadyの状態になれないなら、そんな事しない方がいい。付き合うってそこが最終目的ではないと思うから」


「でも、男の子はしたいんですよね?」


 後方から一人の女子が叫ぶと、女子達は少し恥ずかしそうに壇上の俺に目を向けた。男子生徒なら大騒ぎの場面で、静まり返る女子達に生物学的な差だけではなく、精神的にも成熟していると感心しつつ答えた。


「それはそうだね。だけど、それだけがしたいから付き合う男なら、クズだと思って間違えないから、したくないと伝えて相手がイライラしたりしてる様子だったらキッパリ別れた方がいい」

 

 散々クズだった自分を思い起こしながら答えると、女性とはすぐに確認するように聞いた。


「でも本当に好きな人でもですか?」


「好きな人でもだよ。男にある権利は君達の意見を聞くこと。したいと伝えて、その返事を待つ、その権利しかない。そして君達はそれに本心から答える義務がある。嫌だったら嫌だと相手に怯むことなく伝える義務。流されて不本意な行為に及べば必ず傷付く。もし、相手が強要してくるようなら、警察に訴えると言いなさい。君達は男の性の吐口ではない。君達は心のある人間で、君たちの価値は君たち自身が決めることで、相手の男にそれを決めさせるような事は絶対すべきじゃない。言ってること、分かる?」


 女子生徒は皆、大きく頷いた。そしてもう一人、派手目な化粧をしている女子生徒が、少し得意げに質問をした。


「相手が下手だと思ったら、そう言っても良いんですか?」


「勿論。でも、言い方は気をつけてあげても良いかもしれないね?好きで抱き合ってるなら、この下手くそが!とか言われたら男は萎えるからさ、もうちょっとここをこうして欲しいなとか、上手く誘導してあげたらいいと思う。男は女の人の体のことなんて殆ど知らないから、本来ならセックスは女性がリードしてあげた方が、お互いに良い状態まで持っていけると思う。お互いの自尊心を傷つけない優しさが持てないなら、そもそも抱き合う価値はない。そう思います」


 多感な時期に初めての行為に臨む時、完璧になど行かない。お互い不器用で、どうしたら良いのか分からない探り合いだろう。だが、その中でも言葉を明確に交わすことで、二人の中で分かり合えてくる部分が出てくる。それを育てて行けば良い。少しずつ、大事に。


 派手目の女生徒が納得したような顔をし頷くと、その隣に座っていた同様に化粧をしている女子生徒が手を挙げて聞いた。


「女子がリードしたり、積極的だと遊んでるって思われませんか?」


 他の女生徒達がヒソヒソ話す中、その質問にも答えた。


「大丈夫です。むしろウェルカム。ごめんな、先生の意見でしか言えないけど、互いが望んでしている事だってその積極性でわかったら、男は安心すると思う。でも、そうだな、馬乗りになってイーハーとか言われたら、まぁ萎えるかな」


 冗談まがいに言うと、女子生徒が初めて大声で笑った。その声のピッチは、男子生徒とは別物だ。この子達を大事に育てている親御さんが、男子生徒の親御さんよりもこういう話題に敏感なのは、理解が出来た。どうやっても、男のあの力には女子は敵わない。この世界に存在する男と女の生物学的な差異は、埋まることはない。それを女子も男子も、しっかり知っておく必要がある。女は男に力では敵わない。男は女より力がある分、女を大事にして守る義務がある。時代錯誤という人もいるだろうが、現実的にそこを見る事が出来ない男は、永遠に童貞でいた方が世界は平和だ。それは大人が脅しではなく、きちんと話しておく必要があると感じた。


「あのさ、今の時代こういう事言うと、時代錯誤とか言われるかもしれない。だけど、現実として頭に入れておいて欲しいのは、男の力には女性がどれだけ頑張っても敵わない。つまり、二人の状態になって、君たちが本当は望まなくても、相手が本気でしたいと思えば、無理矢理にでも行為に及ぶことは容易なんだよ。それを、君達自身がしっかり頭に入れておく必要がある。その気もないのにそういう状況になりそうな場所には、絶対に行かないこと」


 話している最中に、少し体格の良い女子が「私は柔道してるから大丈夫です!」と叫び、周りが少し笑った。その自信満々な様子を潰したくはないと思ったが、正直に話した。


「うん、君はそう思うかも知れないね。きっと柔道も強いと思う。だけど、それでもやっぱり男の腕力には勝てない、そう思ってて欲しい。この世の中で一番強い人間はさ、絶対に危険な場所に行かない人なんだよ。自分を守ることは、自分の周りの人間を守ることに繋がる。そうするには危ない状況に絶対に身を置かないことと、襲われそうになったら相手を倒すという無駄な労力使う方ではなくて、全力で逃げること。自己防衛の根本は、いかに逃げる動線を確保するかが大事なんだ。襲って来た男にお灸をすえるのは、男がすればいい。戦ってやろうとする必要はない。逃げることが、君たちが出来る最大の戦い方であるべきで、そしてそもそも逃げなくては行けないような場所に、環境に絶対に身を置かないで欲しい。君たちの親御さんは、君達が思ってる以上に君たちを大事に思ってる。それを忘れないで、自分を大事にして下さい」


 付き合い始め、互いの家に行くことが増え、二人になる機会もあるだろう。だが、相手の部屋に行くと言うことは、常にそういう状況を生む危険を孕んでいる。まだそういう行為を望まないなら、初めから行くべきではない。そう伝えると、女子生徒は皆大きく頷いた。


 最後に一人の生徒が高校生でヴァージニティを捨てることは、男からは軽い女に見えるかという質問をされた。


「これは、ヴァージニティとかそういう問題以前に、聞きたい。どうして男の意見をそこまで気にして、君たちが大事な判断を下す材料にしないといけないんだろう?もし男が高校生でヴァージニティを失った女はスラットだとでも言ったとしたら、その男がクズなだけで、君たちの問題ではない。Nobody gets to judge you. You decide who you are, not some random guys. 言いたい奴には言わせておけばいい。もう一回言うけど、自分の価値は自分で決めること。好きで好きで仕方ない相手に高校生活で出会って、身も心もそう言うことするのに自分自身がReadyだと感じたら、抱き合えばいい。それを止める権利は誰にもない。だけど、自分を簡単に相手に許すことは愛ではない。それもしっかり覚えておいて下さい。まず初めに女性が考えるべきは相手の気持ちではなくて、自分自身の気持ちだから。男は馬鹿だからそういうの分かんないからさ、言ってやって。ちゃんと、まだしたくないから待てって。それで待てない相手はバイバイしたらいい。主導権は、常に君達女子にあるって、よく理解しておくように」


 妊娠をしない男に、性行為を迫る権利はない。提案は出来ても、その行為を決断するのは常に女性であるべきだ。その点を真面目に話すと、女子生徒達は納得したようだった。小ホールから出ると、外で遊んでいた男子生徒が「何の話したのー?」とわざとらしく叫び、それに一人の女子が「男がどうしようもない馬鹿だって話ー!」と返事をし、笑いが起きた。このぐらい、女子達の感覚が成熟しているなら、そこまで心配しなくても早々間違いは起こらないのではと思い、職員室に戻った。頬を掠める風に、春の香りが微量に混ざっていた。

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