高校2年2学期②
「日和、ちょっと来い」
「…部活なんですけど、これから」
「その前にちょっと。いいから」
青木に宣戦布告をされ、高校生の実情は思ったよりも切実で甘くは無いと実感し、ここはこちらが折れる方が正しいと踏んだ。日和を教材室に連れ込み、ドアの鍵を閉めると、日和は膨れた顔をして俺を上目遣いで見た。
「はぁぁぁ…。お前の勝ちだよ、日和。俺が悪かった。もう拗ねるの辞めてくんない?」
「拗ねてるんじゃ無いです!怒ってるんです!拗ねてるって表現、訂正して下さい!」
「…はい、怒ってるね。すみませんでしたぁー」
「今の言い方!全然反省して無いですよね??」
「してるしてる。悪かったって」
日和の顔を覗き込んだ俺に、日和は瞬時に赤面し、顔を逸らした。こういう瞬間、本当に堪らなく唆られた。17歳の男だという事実を忘れて、一人の人として可愛いとどうしても思ってしまう。
日和の頬に手を当てると、日和は潤みを帯びた大きな瞳でこちらを見て、少し顔を上げ目を瞑った。学校内では絶対にしないと決めたのに、脆くもその決意を忘れ、日和の唇にそっと口付けた。どのぐらいしていなかったのか、もう思い出せないぐらい、していなかったのを実感したのは、少しのキスではお互いに収まらなかったからだ。日和が乱れた息を鼻と口の隙間から漏らしては、それでも必死にこちらの唇を求めてくるその熱量は、週末青木が俺にぶつけた物にも負けないものがあった。
「んん…先生…も…無理かも……」
「ん?…何が…?」
日和のまだ柔らかく純粋無垢なその唇を堪能して居ると、日和がシャツの中に手を入れてきた。慌ててその手首を掴んだが、日和はその手を振り払ってパンツのジッパーをいきなり下ろした。
「Jesus Christ! What the hell are you doing?(おい!!何やってんだよ!)日和! ダメだって!」
「無理です!先生、我慢してたら死ぬ!僕だって男なんです!17歳なんです!もう我慢してるの限界です!」
「いや、だから!17歳だから!無理だって!こっちが無理だって!」
「触りたいんです!!!触るだけで良いから、触らせて下さい!!」
「不味いって!ここ学校!マジで駄目!Just stop right there!!(そこで辞めとけって!)」
「I don't wanna!!! Just a little bit!(止めたくないです!ちょっとだけで良いから!)」
「Are you fucking kidding me? Stop it! Right now!!!!(嘘だろ?!辞めろって!いますぐ!)」
日和の手を振り払い、資料の棚に思いっきり仰け反ると、日和は泣きそうな顔をしていた。本当に、17歳の切実さを分かっていなかった。頬の赤らんだ日和が凄く色艶のある表情で、俺を見据えて聞いた。
「先生は、平気なんですか??この状況で?」
「…平気じゃ無い、です。でも平気じゃ無いといけない。大人だから。教師だから」
「教師だって恋愛ぐらいしますよね?恋したら触りたくなりますよね?先生は気が付いてないかもしれないけど、僕は先生が思う以上にもっと色々したいんです。先生の僕に対するイメージに応えようと思って、我慢してましたけど、本気で限界です。先生にその覚悟が無いから、僕は余計苦しいんです。友達を泊めるのは簡単に決められるのに、僕が17歳で、生徒だからって躊躇する先生に、苛立って仕方がないんです!」
日和にこんな事を言われるとは思わなかった。俺の言い分を無視される事はよくあったが、それでも今まで適度な距離感で来られたと思っていた。だが、日和は日和で本当は思って居ることがある事に、正直驚いた。
日和が言った事を頭の中で復唱して居ると、ふと簡単な疑問に行き着いた。
「…あれ?お前、俺がマイア泊めてんの知ってるの?」
「当たり前です。僕のリサーチ力、舐めないで頂きたいです」
「…怖っ…」
「何がですか?泊めてるの知ってるのに、僕は黙ってたんですよ?年下の僕の方が先生より大人だと思いませんか?僕に何も言わないで、誤魔化そうとしていた先生より、それを知ってて黙ってた僕の方が!」
「確かに…。お前、意外に男前だな、そう言う所。悪かった、言わなくて」
「本気で悪いと思ってますか?」
「思ってる。今、大分本気で反省してる」
「じゃあ触っても良いですか?」
「いや、話がそれとこれは別だろ?」
慌てて棚に背中をつけて日和から遠ざかると、日和は負けじと俺ににじり寄って来た。
「じゃあ、家でしますか?」
「いや、話聞けよ!するのは簡単だけど、絶対しない方がいい!後悔するぞ、お前?」
「金曜日の夜、伺いますから。あ、チェーンとか掛けたら、玄関前で大騒ぎしますから」
「…Seriously?」
「Yes。では、今日はここで失礼します。部活あるので!」
日和が資料室を出て行った後、一人暫く放心した。17歳にこんな形で言い包められるとは思っていなかった。日和が少し開けたままにしていたドアから、廊下を生徒達が走る足音が響き渡った。拗ねていたと思ったら、今度はこれ…。理解が追い付かない。
その晩、マイアに事の流れを説明すると、マイアは机をバンバン叩いて大爆笑してくれた。
「OMG, this is fucking hilarious!! Your boyfriend's really something else! (凄過ぎるわね、貴方のバンビーノ!やるじゃない!!)金曜日ね、オッケーよ。会社の側のホテル取るから!てか、シーツ取り替えてよね、終わったら」
「No way...(いや、マジでない。)俺、逮捕されたくないし」
「馬鹿ねぇ、本人がしたいって言ってるんだから、乗っかれば良いのよ!今更ビビってんの?」
「いや、ビビるだろ、普通?未成年とか、普通にありえないだろ?それに卒業までまだ一年半あるし、その頃まで無の境地を築き上げようと思ってた矢先に、夜来ますって。教員免許、結構苦労して取ったんだけど、俺」
「覚えてるわよ。英人、遊んでたからね、大学で。単位落としそうになって、教授に直接懇願しに行ってわよね」
「レポート半分、落とさないで下さいって懇願文章で埋め尽くしたクラスもあったな」
「バレなきゃ良いんでしょ、要は」
そんな簡単なものだろうか?教師と生徒が肉体関係を持ち、学校に絶対見付からない、誰にも見付からないと言うことは。第一、まだ先の話だと思っていたので、男同士は具体的にどうしたら良いかなど、一切調べてもいない。日和は知っているのろうか?
腕組みをして項垂れていると、マイアが俺の両肩に手を置いて言った。
「調べて置いた方が良いわよ、男同士のエッチ。英人、知らないでしょ?」
「…つかさ、俺がそれ知ってる方が怖くねぇか?」
「年上なんだから、そこは調べてあげるのが大人ってもんよ。頑張れ!」
「お前、他人事だからって適当な事言うなよ!てか、お前女同士って経験ある?」
「ある訳ないでしょ?私、ヘテロセクシャルど真ん中よ?でも言われてみれば、女同士もどうするのかしらね?指?」
「生々しいな、なんか…」
「セックスが生々しい行為なんだから、そりゃそうよ。男同士は、あれでしょ、きっと。手か口かって感じじゃ無い?」
「グロいな…でも多分そうだよな…。経験者として堂々としてたけど、まずいな。あんま細かいところまで考えて無かった。てか、俺そもそも男相手に出来んのかとかも考えてなかった…」
日和を可愛いと思う気持ちで、触れたいと思う気持ちは確かにあったが、男が男を抱くと言うのは、身体の作りが違うのでまず無理があると言う基本的な所を、見ていなかった。腕組みをしながら、考え込むとふと我に返った。
「てか今、普通に日和の提案に乗る感じで話してるけど、乗らないからな?」
「勿体無い。貴重な経験出来るかも知れないのに。童貞17歳とベッドインなんて早々出来ないわよ?」
「すげー犯罪臭しかしないな、それ。しかもキモイな、言葉にすると…俺、ロリじゃなから想像すると只管自分への嫌悪感しかない…」
教員になって、1週間がこんなに早く過ぎたのは初めてだった。授業も心ここにあらずで、青木の宣戦布告すらもすっかり忘れ、金曜日の放課後は、もう方針状態に陥っていた。
「Knock knock, are you there, Eight?今日の英人、オカシイヨ。カノジョとワカレタ?」
ALTに弄られる程、気が何処かに行くなんて、可笑しい。昔から散々色んな女と寝て来て、こんなに動揺した事は一度もない。ただ、日和は恐らく本気でその気だから、それをどう上手く諭したら良いのか、それが全く思い付かずに当日になった焦りで頭がパンクしそうだ。
そもそも、本当に卒業まで待つべきなのだろうか?と言う、非常に自分への言い訳に近い疑問すら頭を密かに掠め始め、家に向かう足は異常に重たく感じた。ちゃんと我慢出来るのか、断れるのか、どうしたら納得して貰えるのか。あれだけ駄目だと説明して来た上での、これだから、どう言ったら良いのかが分らなかった。
家に到着すると、マイアの荷物は綺麗に片付けられていて、机には小さなメモが置いてあった。
<Follow your heart, Eight!(心に従いなさい、英人)>
そんな事をして許されるのは、日和と同じ舞台にいる17歳の生徒だけだ。例えば青木。あいつなら日和がしたいと言う事を、簡単に叶える事ができる。
青木が青木の方が日和を幸せに出来る、と言った事はあながち嘘では無い。日和が俺を好きだと言う気持ちに頼り過ぎて、日和の幸せを考えられていないのかも知れない。
夕飯も喉を通らず、呆然と伸びきったうどんを眺めていると、玄関のドアが開いた。
「お邪魔します。来ました」
「おー…。あのさ、やっぱ帰れば?」
「無理です。シャワーお借りします」
「え?いきなり?」
「はい。じゃ」
玄関を入り、リビングに来る前にある日和は風呂場に入り、内側から鍵を閉めた。台所と風呂、この配置をこの時程呪った事は無かった。止める時間すらなかった。益々状況が悪化している。
いきなり真っ裸で出て来られても困ると思い、取り敢えずドアノブにタオルを掛けた。
「日和、俺、ちょっと買い物行ってくる」
「逃げるんですか?」
「違う!タバコが切れた」
俺の言葉に、中に入っていた日和がドアを勢いよく開けて言った。
「禁煙して下さい!タバコ吸った人とキスした時の味、どんなか知ってますか?」
タバコを吸う女と付き合った事は何度かある。なので、知っている。と言いたいところだが、俺もタバコを吸っていたので、お互いがタバコの味で、別に気にならなかった。そんな事を考えていると、ドアの隙間から見える日和は、既に下着一枚である事に気が付き、思わずドアを閉めてしまった。
「風邪引くから!ドアは閉めておいた方がいい」
「先生、今日28度でしたけど」
「ん、まぁ、夜は秋っぽくもなって来た気もするし」
タバコを買いに行くのを諦め、リビングに引き返したが、何をして待ったら良いのかも分らない。携帯でマイアに連絡をした。
<来た。風呂入ってる。お前、帰ってこれば?>
マイアからはすぐに、爆笑している絵文字とメッセージが送られて来た。
<日曜まで帰らないわよ!大人の余裕、ファイト!>
こんな状況で、大人の余裕など一切ない。どうするのが正解なのかが分らないのに、風呂場から聞こえてくるシャワーの音に焦って仕方がない。今まで散々色んな女と寝て来て、こんなに人がシャワーを浴びてる間、緊張した事は無かった。いつも、早く出てこねぇかなと思っていたが、今、日和にあそこから永遠に出て来ないで欲しいと願っている。経験豊富の大人の筈なのに、風呂場の童貞より童貞感。マイアが新しく持って来た、大きなビーズクッションに顔を突っ込んで独り言を言い続けた。
「Calm down... nothing's gonna happen...流されない…絶対流されない…」
独り言が大き過ぎたからか、日和が風呂場から出て来たのに全く気が付かず、クッションに埋もれて体を揺らしていると、肩をタップされた。思わず背筋を伸ばし振り返ると、タオルを腰に巻いた日和が赤らんだ顔でこちらを見ていた。
「準備完了です。ベッド行きましょう」
そう言って俺の手を引く日和について、ベッドに向かう途中で足が止まった。
「てかさ、無いって。何で俺ついて来てんだ?日和、まず話そう。取り敢えず落ち着こ」
「話すのは後で。こっちも色々考えて準備して来てるから、ガッカリさせないで下さいね?」
「いや、マジで。日和、俺、結構頑張って教員免許取ったから、これ失うのはやっぱりキツイ。後たった一年半で俺はお前の教師じゃなくなる。それまで、とにかく待て」
「確かに始めに待つ約束はお互いしましたけど、臨機応変って大事だと思います」
こういうのを、臨機応変とは言わない気がする。日和の期待に満ちた瞳に、流されたくないという気持ちがしっかりと固まるのを感じた。ここで流されるのは簡単だ。セックスと言う行為自体が悪いことではないが、日和の年齢と自分の立場は、やはり無視できない現実だ。一つ息を吐くと、日和の肩を抱き寄せ、耳元でその気持ちを伝えた。
「あのな、こうなりたいのは山々だし、お前がそうしたいと言ってくれるのも有難い話なんだけど、やっぱり卒業までは待ちたい。待つべきだと思う」
「…じゃあ、その間ずっとこの拷問に耐えないといけないんですか?」
「拷問って…。まぁ、確かに拷問だな。俺にもお前にも。でも、仕方がない。お前は17歳で、俺が教師である現実はちゃんと受け止めたい」
「どうして仕方がないんですか?絶対に何があっても、バレないようにします!」
もうこうなったら、バレるバレないの問題では無かった。17歳の日和の青春の一ページに、男性教員と肉体関係を持つという記憶を、載せるべきではないとどうしても思えた。日和を一人の人間として可愛いと思えても、やはり俺の中で日和は生徒の一人に違いは無かった。その生徒の今しかないキラキラした時間を、俺の忍耐の無さで汚したくはない。
日和の体を離し、額に一つキスをした。
「日和、お前は俺に時間をくれって言っただろ?だから、今度は俺にそれ言わせて。俺にも時間くれる?お前が卒業するまで。この関係が本物なら、その時間は絶対に待てる筈だし、大事なものだと思うから」
日和がこんな事をしようとしたのは、以前と同じようにもしかしたら俺がまたマイアを泊めているからかも知れない。でも、もしそうだとしたら、一時的な感情で、こんな大事な事をするのは間違っている。
日和は俺の胸に額をつけて、大きなため息をついた。
「知ってますか、先生?男同士って、結構面倒なんです。僕、それちゃんと調べて準備して来たのに、ここで断られると、僕の努力は水の泡です」
「…悪い。敢えて内容聞かないでおくけど、お前の努力はちゃんと気持ちとして受け取っておくから。有難う」
日和の頭をゆっくりと撫でると、日和は俺の背中に手を回して言った。
「先生って、僕より頑固ですよね。大人のくせに、絶対譲ってくれない」
「譲った方が俺も大分楽だけど、大事なものは大事にしたい」
日和が顔をあげて俺を見据え、俺はもう一つ言わないといけない事を続けて伝えた。
「大学行ったら一緒に暮らすってのさ、やっぱ無しにしよう」
「え??何でですか??あの女の人とは暮らせるのに、僕じゃダメって事ですか?」
「そうじゃない。でも、一人暮らしは人生で一回はした方が良い。大変だけど楽しいから、お前のそういう時間、奪うのは違うと思った。考えなしで発言して悪かった」
日和は少し考えてから、ベッドに座り込んだ。俺はその横に腰を掛けて、日和の返事を待った。
「触るのも駄目、一緒に暮らすのも駄目、駄目なものが多過ぎて、辛いです」
「駄目なんて言ってない。触るのは良い。でも、下以外な?」
「…そこ以外触ったら、結局そこを触りたくなりませんか?」
「じゃあ触らなければ良い。でも俺が駄目だと言ったからじゃない、それはお前の選択って事になる」
「うわぁ、ズルイ言い方ですね、それ!」
「大人はズルイもんだ。嫌になったか?」
「なりませんけど!一緒に暮らすのはでも駄目って事ですよね?」
「駄目じゃない。でも、お前の自由を奪いたくない。これは教師としてじゃなくて、一人のお前の人生の先輩として言いたい。お前の親御さんがそれを許してくれる環境にあるなら、絶対に一度は一人暮らしを経験した方が良い」
大学生の頃の一人暮らしは、本当に楽しかった。あの時間を、日和が俺と暮らす事によって失うのは、絶対に俺も日和も後々後悔する事になるだろう。親の目が無くなり、急に生活の全てが自分の手に委ねられる、あの感覚。それでも社会人とは違うから、無責任に遊べるあの時間。良い事だけではないけれど、間違いなくあれ程自由な時間は無い。日和は両膝を抱え顔を伏せたまま呟いた。
「何で僕、先生を好きになっちゃったんだろう?」
「それな、俺も疑問。何で?」
「…秘密です。ふぅ…先生も早く僕を好きになってくれたら良いのに…」
「いや、日和。俺、多分、お前の事好きだと思う」
「多分、ですよね?まだ」
「いや、これだけ大事にしたいと思える相手を好きじゃなかったら、何を持って好きだというのか俺には分からない」
俺の言葉を聞いて、日和は俺の目を探るように見詰めた。
「じゃ、じゃあ、ちゃんと言って下さい。言わないと、伝わらない…」
日和が最後まで言う前に、日和の口に静かに口を重ねて伝えた。
「好きだ」
俺の言葉を聞いて、日和の大きな瞳から生暖かな涙が零れ落ち、思わず笑ってしまった。
「泣くなよ、すぐに。俺が悪者みたいだろ?」
「…だ、だって…あの、も、もう一回…」
日和の両頬をそっと持ち上げて、しっかりと両目を見据えてもう一度伝えた。
「日和が好きだ」
この年になって、初めて人に好きと言う言葉をハッキリと伝えた。一人で考える時間が増え、自問自答する日々が続いた中で、自分の考えの拘りの根元が、一体何処なのかを考えた。突き詰めて考えた時に、行き着いた先が、これでは無いかと思った。
側から見たら変わらない。俺は教師で、日和より9歳も年上で、散々適当に暮して来て、家族の縁が薄い男。でも赦されるなら、何となく芽生えたこの感情を無駄にはしたくなかった。
母親の呪縛から離れたいのに、生徒にこんな感情を抱いた時点で、あの日に消えた母親の後を悪い意味で確実に辿っている恐怖はあった。それでも、日和は一緒に生きたいと言ってくれたから、恐らく母親の様な事にはならない。そこから離れて、自由になれる。自分の人生は、自分の力でコントロール出来る。そう実感し始めていた。
日和が家に押し掛けた夜、結局日和は泊まって行った。でも、別々の部屋で寝た。人生で初めて、意識した相手を家に泊めて何もなかった。初体験のその時から、ベッドに誰かがいれば当たり前の様にしていた行為をせずに、眠りに落ちるまで話をした。日和の部活の話なんか聞いていると、あいつはまだ17歳で高校生だとよく分かる。それでも、未来に一緒に居られるなら、こんな時期を一緒に楽しむのも悪くは無い。
翌朝家の近くまで送ると、日和は初恋人と朝帰りと妙にティーンな発言をした。
「…恋人、なのか?」
「そうです。もう、絶対にそうです。両想いならそれ以外、表現のしようが無いと思いますけど」
「あー…そっか。うん、まぁ、そうなのかもな」
「何ですか、その反応?僕のこと好きって言ったのに」
「いや、うん。そうなんだけどな、なんか変な感じだな、やっぱ」
今迄付き合って来た女の事を、恋人と言う言葉で表現したことが無いから、妙にレトロなその響きに笑えるだけなのかも知れない。それでも、その言葉を躊躇することなく口にする日和は、やはり思った通りに穢れを知らない紛れもない17歳だ。
別れ際に、日和が俺の小指をそっと握って呟いた。
「外で手も繋げなければ、キスも出来ないから、時々はウチにあげてくれますか?」
上げるのは良いが、好きだと言葉で伝えた相手を家にあげ続ける事が正しい事だとは思えない。日和はそれが分かっていて、試すように聞いたのが分かったので、真面目に答えた。
「一年半後にしよう。きっとあっという間だ。今は自分のすべき事、今しか出来ないことに集中しなさい。日和のご両親は、今、ここにいるお前そのものを全力で支えて来た。一人で生まれて生きてきた訳じゃない。それ、無駄にするような事だけはするな。お前の未来は希望しかない。俺にも、ちゃんとその未来の基礎になる工程をサポートする先生でいさせて欲しい。後、一年半は」
「…僕の受験が終わったら、そしたら卒業前でも家に行っても良いですか?」
「…I'll think about it.じゃな」
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