高校1年冬休み

 暫くして抱き締めた腕を弱めると、日和が俺の顔を覗き込んで聞いた。


「先生、やっぱり僕を選んで貰えたり、しませんか?」


 生徒の前で大人気なく泣いてしまった手前、恥ずかしくて直視出来ずにただ小さい声で返事をした。


「I can't...sorry」


 だが翌日、また日和は家に来た。あの後、日和を家に慌てて返していたから、このまま少し冷静になる時間が欲しいと思っていたが、日和は当たり前のように玄関の扉の向こうに立っている。

 玄関を開けたらいけないという理性と、開けたいという心から湧き出る欲望に葛藤していると、日和が小さな声で言った。


「先生、僕昨日忘れ物したから」


 その一言に思わずドアを開けると、日和が悪戯っぽく笑った。


「やっぱり居た。忘れ物、いただいて良いですか?」


「ごめん、家片付けてないから、忘れ物とかあるの気がつかなかった」


 片付けてないと言っても、毛布がリビングに出ているだけだが、もしかしたらその下に何かあったのかもしれない。日和を家にあげると、日和はヤドリギの下で立ち止まった。


「先生、高尾山で約束したこと覚えてますか?」


 高尾山に行った時、テストで満点取ったら一つ願い事を聞く約束をしていた。出来る事ならと答えていたが、テスト後に何も言われなかったのですっかり忘れているものだと思い込んでいた。


「あー、覚えてたのか。うん、まぁ覚えてるけど」


「じゃ、それ今良いですか?」


「何?」


 日和はヤドリギを恥ずかしそうに指差して、俺の両腕を掴んで目を閉じた。

 こんな事を実際にされたのは、生まれて初めてだ。キスは数え切れないほどしてきたし、されてきたが、こういう真正面から純粋に求められた事は一度もなかった。こんな事をされ、激しい羞恥心と緊張感に襲われている自分に引いた。子供相手に、何故心臓がこんなに早まるのだろう?自分が理解出来ない。冷静になろうと思えば思うほど、パニックに陥りフリーズしていると、日和が目を開けて言った。


「ヤドリギの下のキスは、拒否するとバッドラックって知ってますか?」


 それは、知っている。こんな年下に煽られて、何を考えてるんだろう?そう冷静に思う気持ちとは裏腹に、日和が目を閉じる前に日和の目の横に素早く小さなキスをした。日和はすぐに真っ赤になり、物凄く驚いた顔で俺を見つめたが、視線を合わせるのも何故か恥ずかしくなり、茶化すように言った。


「しろって言ったの、そっち。言っとくけど、これ教師的には大分アウトだから誰にも言うなよ?」


 照れ隠しに日和の頭を小突くと、日和は嬉しそうに笑って、はいと答えた。そして、忘れ物を取りに来たと言った癖に、しっかりクリスマスのケーキを持参している事を白状した日和に、諦めの溜息を吐くと座って待つように伝え、紅茶を淹れた。


 奇しくもクリスマスイヴもクリスマスも日和が家に来たおかげで、初めてクリスマスケーキを人と一緒に食べたが、変な気分だった。


「日和、甘いのすきなの?」


「うーん、そうでも無いんですけど、疲れると食べたくなります。先生は?」


「同じ。疲れた時だけバカぐいする」


「バカぐいって」


 日和が笑う、それだけで部屋の空気が少し軽くなる。選んでくれと言われて、断ったのに日和は普通に俺の部屋で、普通の顔をしてケーキを食べて笑って、本当におかしな生徒だ。でも、それを普通に受け入れている俺の方が、もっとおかしい。


「日和、クリスマスに先生の家とか来てて平気なの?親御さんは?」


 弟と母親と一緒に過ごさなくて良いのだろうか?その疑問に日和は淡々と答えた。


「今、母と弟親戚の家行ってて、僕一人なんです。それに」


 持っていたフォークを置いて、日和は俺をまっすぐに見て言った。


「アメリカは家族と過ごすって言うけど、クリスマスは好きな人と一緒にいるのが日本のスタイルです」


 この生徒は、どうしてこうも恥ずかしいことをズケズケ言えるのだろうか?大人しく成績優秀で、とてもこんな大胆な事をいう奴には見えなかったが、告白してきたり、こういう事を平気で言ったり、かと思ったらすぐ泣いたり、本当につかみどころがない。でも、一貫して真っ直ぐで気持ちが純粋だ。俺には、全くない。


「先生は日和の事、全然理解できない」


 ふと本音を吐くと、日和が笑った。


「じゃ、理解出来るようになる為に、お付き合いして下さい」


「日和…前にも言ったけど、それは犯罪。第一、日和の付き合うってどういう意味?」


「exclusiveになるって事です。ダメですか?」


 今まで付き合ってきた中で、初めからexclusiveを口にした女は一人も居ない。


「それな、意味分かってる?」


「はい。僕は先生だけ、先生は僕だけって事ですよね?」


「分かってて言ってんの?あのさ日和、俺、教師だから。しかもお前の担任だから。忘れてるかもしれないけど。いや、そうでなくても年齢的にやっぱアウト」


 日和の事を知りたいと思うが、現実的にそれは不可能な話だとも分かっていた。男同士だからという部分に関しての抵抗感は、思ったよりもなくなっていたが、どうやっても年齢や立場は変えられない。


「じゃあ先生、僕に時間下さい」


「え?」


「僕、大急ぎで大人になります。先生に追いつけるように頑張ります。それまで時間ください」


             ****


 クリスマスプレゼントは携帯の番号が欲しいとせがませ、押しに負けて番号を渡してしまってから、毎日携帯に連絡をしてくるようになった。急いだところで、俺と日和の年の差は一生埋まらないし、この状況は一体どう形容したらいいのか分からないが、日和からくる連絡を拒絶する事なく律儀に返事をし続ける俺も、大分見境がなくなっているように思う。


 <明日、先生は何をしてますか?>


 大晦日、仕事もないので勿論、一人で家に居る。


 <家居る。>


 暫く本を読んでいると、また携帯が光った。


 <伺っても良いですか?>


 良いと言えば、良い。でも、良くないと言えば、良くない。日和に時間をくれと言われて、嫌ですよと言うのも返事として可笑しいと思い、ただ黙って誤魔化した。自分の中でもこの感情を処理しきれていない。時間を与えるということは、どういうことなのだろうか?俺と日和の関係は、一体どうなるのだろうか?

 返事に困っていると、また携帯が光った。


 <午後1時半には伺います。>


 こちらの返信を待たずに来るなら、何故はじめに聞いたのか、今時高校生が理解できない。こういうのをジェネレーションギャップと言うのか、それともたまたま日和がこういうやつなのか、それすら分からない。

 しかし家に来るなら何か食べ物を用意すべきだと思い、身支度をした。


 最高に冷え込んだ夕刻、日和のバイトするスーパーへ行くと、日和が当たり前のように働いていた。


「お、なんだ、今日バイト?」


「はい。先生来ると思わなかったです。なんか、ちょっと恥ずかしい」


「え?何で?」


「さっき、強引に明日伺いますってメッセージ送っちゃったので」


 赤面する日和を見て、また笑ってしまった。意味がわからない。でも、こういうところもなんとなく、可愛く見える。


「明日日和来るから、なんか作ろうと思って。何食いたい?」


 何気なく聞くと、日和はものすごく嬉しそうな顔をした。


「本当ですか?じゃ、あの、一緒に作るとか、ダメですか?」


 家のキッチンは非常に狭い。安アパートなだけに、コンロが2つしかない。


「日和、俺の家何度も来てるだろ?あそこ狭いんだよ。二人キッチンたつとか、無理だろ?」


 俺の言葉を聞いて日和は笑った。


「大丈夫です、僕先生と違ってこぢんまりしてますから」


 日和の言葉に思わず吹き出してしまった。そして大晦日、日和は時間通りに家にやって来た。


「先生、三つ葉持ってきました」


「それって、正月に食べるもんじゃないの?」


「はい。明日一緒に食べようかな、と」


「Wait, what?」


「え?」


 日和は大晦日を家で過ごすのみならず、そのまま正月までいる気のようだ。それは、大分面倒臭い。今まで付き合ってきた女の家にすら泊ったこともなければ、泊めたこともない。なのに、いきなり生徒の日和を家に泊めるなど、常軌を逸している。


「あのさ、日和。まさかだけど、正月までいる気?」


「はい。だって、大晦日って12時過ぎ迄起きてますよね?そしたらその時間に外に出て、家帰るとか寒いですよ?先生車じゃないし。やっぱり、泊まる方がいいかと思って」


「いやいやいやいや、ないぞ、それは。流石に生徒を家に泊めたら俺の教師人生が終わる、絶対帰れ」


 俺の言葉を聞いて、日和が片眉を釣り上げて堂々と抵抗をした。


「大丈夫です、僕誰にも言わないし、バレなければ良いだけですよね?」


 確かにそうだが、そうではない。第一、日和はなぜも急にこんな積極的になったのか、その変化にも戸惑う。あんなに不安げに俺に告白してきたのに、もう泊りに来ようとするなど、意味が分からない。


「じゃあ言うけど、泊まるって事、どういう事かわかる?」


 少し脅せば絶対にやっぱり帰りますという筈だと踏み、わざとそう聞くと、日和はそれに平然と答えた。


「一応。でも、先生はそういう事しないと思います」


「25歳の男の実情をお前は舐めてる。先生な、先生の前に男だから。家に泊まるって事は何もなく帰るって事はないんです。わかったら、ちゃんと夕方には帰りなさい。良いですか、日和君?」


 日和は不満そうな顔をして、ただ頬を膨らませた。


 一緒に料理をするという話は、結局年越し蕎麦を夕飯に一緒に食べることにしたので、特に支度など必要もなくなり、つい数日前に学校の教頭に押し付けられた小さなこたつに日和と潜り、二人で映画を見ることにした。


「先生、この映画初めてですか?」


「いや、一度観てる。てか寒いな。オンボロアパートだから、部屋が温まんない」


 炬燵は暖かいが部屋の空気が冷たい。暖房をマックスにして、炬燵に戻ると日和が隣にピタッとついてきた。


「くっついてたら、あったかいですよ。これ、エコです」


 炬燵の中でしっかり俺の腕にしがみ付き、頭を腕に押し付けられると、抵抗する気力すら湧かなかった。


「You cheeky little bastard...(お前ね…)」


 大人しい顔をして、大胆な行動を取る生徒にヒヤヒヤさせられ、自分自身に苛立つのと同時に、怒る気にはなれない自分に戸惑った。日和はなされるがままの俺の様子を確認すると、嬉しそうに上目遣いで「暖かいですね?」と言った。だが一度見た映画を妙に温かいコタツの中で二人で観ていると、次第に瞼が重さを増して抵抗ができなくなり、気が遠くなっていった。この映画のラストは…。


「先生、先生!お蕎麦出来ましたよ!」


 目を開けると、日和が上から覗き込んで笑っていた。その瞬間に、自分が本気で寝てしまった事に気がついた。


「Oooh my god, I'm soooo sorry! マジで寝たのか、ほんとごめん!あ!蕎麦は??」


 がばっと起き上がると、テーブルに蕎麦が二杯用意されていた。それを日和が指差し「もう出来てます」と答えたので、本気で謝罪した。


「あー、悪い日和!先生作るって言ったのに」


 寝た挙げ句に生徒に飯を作らせるのは、大人としてこれ以上不甲斐ないことはない。頭を下げると、日和は俺の頭を俺が日和にいつもするようにクシャクシャとして笑った。


「蕎麦ぐらい作れるから良いです。でも早く食べないと伸びますよ」


「そっか、じゃあ頂きます。ありがとな、日和」


 日和の作った蕎麦は汁が少し甘く、懐かしい味がした。日和から映画のラストの話を聞こうとしたが、日和は一緒に寝てしまったと笑って教えてはくれなかった。夕飯を食べ終え、食器を片付けた後少し話をしていると、時間が気になった。そろそろ送る時間だ。


「なぁ日和、もうそろそろ下校時間。送るから支度しろ」


 夜の9時、今ならバイクで送れば耐えられる寒さだ。ジャケットを羽織り、日和のジャケットを渡そうとすると、日和は子供みたいにコタツに潜り込んで背を向けた。


「寒いの苦手なんです」


「今ならまだ大丈夫だって。ほら行くぞ」


 コタツ布団をめくると、日和が小さく丸まってかなり抵抗をした。


「ほらーーー行くぞーーー!」


「嫌です!」


「Come on, get up! Let me take you back home!」


「No thanks!」


「You, little brat..」


「I'm sooooo staying!! 」


 日和の抵抗にイラついたので、背後から日和に覆い被さり、顔を近づけた。9つ年上の大人に逆らうとどういう目に遭うか、思い知らせてやろうと思った。

 日和と目が合うと、日和は真っ赤な顔をして、潤を帯びた目でジッとこちらの様子を探っていた。


「日和、今コタツから出ないと後悔するからな」


「しません。僕は先生と一緒に居たい」


 交渉は成立しそうになかったので、実力行使に出ることにした。


「日和、地獄の擽り刑決定」


「え!」


 日和が逃げられない様に片腕と足で体を固定して、日和を容赦なくくすぐった。


「ま、ま!ははははは、待って!あはははは、タイム!ストーーップ!はははは…」


 日和が笑い過ぎて息切れしている所で手を止めて、もう一度言った。


「帰るぞ」


 それに日和は、涙を拭きながら答えた。


「い、嫌です」


「Oh, come on!!」


 また擽ぐると大暴れする日和が笑える程子供で、それを可愛いと思う自分が怖く感じた。しかし、いくら擽っても諦める様子がない。


「日和、擽ぐるこっちも体力使うんだって。目上の人間をもう少し労わりなさい…」


 帰宅拒否を続ける日和をくすぐること40分、笑い続ける日和のみならず、俺も体力を消耗して床に寝転がると、日和が勝ち誇った顔で覗き込んできた。


「先生が諦めないからです。もうすぐ10時だし、僕の勝ちということで」


「だー!もう、お前は押しかけ女房か!」


 顔を覆う腕からジロリと睨むと、日和は照れたように笑った。完全に、日和のペースだ。

 9つも年上でかつ日和の担任教師なのに、何故ここまで押されているのか理解が出来ない。自分がこんなに押しに弱い人間であった記憶がない。勿論今まで付き合ってきた女には、押されて付き合ったものの、いくら泊まっていけばいいと言われても泊まることはなく、別れたくないと言われても普通に別れてきた。何故そういう態度を、日和には取れないのだろうか?教師だから、相手によく思われたいという気が働いているだけなのか、自分でもよく分からない。だが、結局その押しに負け、こたつの中にうずくまる日和の横に座り、こたつの中に入り込んだ。日和はそれを見て微笑んだ。


 年末特番を何となく見ながら、二人で何となく過ごしていると深夜近くに日和が呟いた。


「先生、コタツ入ってたら眠くなってきました…」


「俺も。ヤバイな。お前、そう言えばパジャマとか持ってきたの?」


「いえ。貸して下さい」


 泊まる気で来て、そういう準備はしてこない所にも若干苛立つが、随分前に付き合っていた女にもらった未使用のパジャマを思い出し、クローゼットを漁った。それを見つけて日和に手渡した。


「ほい。これ一回も着てないからやるよ」


「え?なんで一回も着てないんですか?」


「あー、まぁ大人の事情?」


「あー、女の人に貰ったんですね…」


 日和は少し膨れた顔をして、寝室の襖の後ろに隠れて着替え始めた。


「これ、凄い大きいですね」


「そりゃそうだ、俺と日和身長差すごいあるし」


 着替えながら日和に身長を聞かれたので、大学の時に測った身長を伝えると、日和は笑った。


「先生、189cmもあって教壇いらないですよね?」


「だから授業中遠慮してるだろ?窓際の机の上に座ったり、椅子座ったりして。俺が立ってると黒板見えないって教師になって一年目に散々生徒から苦情来たからな」


 笑いながらパジャマを着て出てきた日和は、完全にパジャマに着られた子供だった。余りにダボつかせたパジャマを弄ぶ日和の姿に、笑わずにはいられなかった。


「笑わないで下さい!僕もこれからいくらでも身長とか伸びますし!成長期ですから!」


「悪い、でもお前これは…」


 笑い続ける俺に、余った袖をバシバシと当ててくるので、その袖を掴んでまたくすぐろうとしたら、オーバーサイズのパジャマの首元から肩が抜けてパジャマがはだけた。その瞬間に、得体の知れない感情が湧いてきて、咄嗟に目をそらしてしまった。

 変な空気に胸がモヤっとしたが、それに気が付かないふりをして、就寝の支度をした。日和にベッドを使わせ、自分は炬燵の中で寝る事にした。歯ブラシはしっかり持参していたので歯を磨き、電気を消して暫くすると、日和が妙な小声で聞いてきた。


「先生、寝ましたか?」


「あー、もう爆睡中」


「僕、本当にこっちで良いんですか?」


「良いも何もベッド一つしかないし。いいから寝ろって」


 年明けを待たずに日和をベッドに押し込み、居間のコタツの布団と予備に持っていた毛布を被って丸くなっていると、除夜の鐘が外から聞こえ始めた。


「先生、そっち行っても良いですか?」


「ダメ」


「じゃ、行きますね」


「お前って人の話聞かないよな?」


 コタツから起き上がると、暗がりに日和がこっちにくるのが見えた。ゆっくりこっちに歩いてくる日和は、動きがぎこちない。緊張してる癖に、大胆にこっちに来るそのチグハグさは笑えた。


「先生、アメリカは年明けって何しますか?」


 コタツに足を入れてきた日和が、俺のすぐ横で声を潜めて聞いた。


「踊ってるな。只管踊って、飲み食いして、馬鹿みたいに騒いで年明けと同時にキスするな」


「後10秒で年明けです」


「え?」


「7、6、5、4、3、2、1、Happy new year」


 返事をしようと思った瞬間に、日和がそっと口付けた。部屋の空気が一気に張り詰めた。動けずにいると、日和が一度離した口をもう一度戻してキスをした。今度はもう少しちゃんとしたもので、俺が体を半分起こした変な状態で固まっていると、日和が囁いた。


「これ、僕のファーストキスです」


 何て返事をしたら良いのか分からず、間が空くと、日和が笑い出した。


「先生、9つ上ならもうちょっとリードしてくれても良いと思いますけど?」


 リードも何も無い。これは校則違反どころか自分の中の倫理に大いに反する。急に全身から汗が噴き出してきたのを感じ、普段より声のトーンを落とし混乱した感情を落ち着けながら確認をした。


「Why the hell did you do that? (なんでこんな事した?)」


「Uh, because I like you?(えっと、好きだから?)」


「Uh, it doesn't justify what you just did?(えっと、それは今した事を正当化する理由にはなら無いけど?)」


「Uh, kinda does?(えっと、多分なると思いますけど?)」


「No, it doesn't?(いや、なら無いけど?)」


「Yes, it does?(いや、なりますけど?)」


 日和の返事に苛ついて、日和から最大に距離を取ってから「It certainly doesn't!」と返事をすると、暗闇の中で輪郭がはっきりと見える日和が強気の発言をした。


「先生、キスぐらい今時中学生でもします。だから、ここまではセーフです」


「いや、完全アウトだろ?」


「セーフです」


「アウトだって」


「セーフです」


「絶対に、確実に、間違いなくアウトだ」


「いえ、明確なるセーフです」


 このやり取りを暫く続けるが、日和は譲らなかった。イライラが募り、つい特大の溜息をついた。


「日和、一体お前は俺にどうして欲しいんだよ?首になって欲しい訳?警察に捕まって欲しいのか?」


「首には絶対なって欲しくないし、警察にも捕まって欲しくは無いです。けどちゃんと意識して欲しいんです。僕を見て欲しい…今はそれだけでも良いから」


 大人が誰かをそういう対象に意識してしまったら、それだけでは済まないという事を、日和は全く理解していないのか、理解していて煽っているのか、何方にしても厄介だ。やはり家には上げなければ良かったと、心底後悔した。

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