真相(2)

 そんなこんなでユニットを組む約束をしてしまった私だけれど、何も本気で日向の夢に付き合う気があったわけじゃない。自慢じゃないけど、私は歌もダンスも素人以下だ。幼少期に楽器を習っていたわけでもなければ、友達とカラオケに行った経験もない。その上、体力だってろくにない。小学生の頃の体育の成績は中の下だったし、不登校生活を始めてからはまともに身体を動すことさえしていなかった。

 幸いにも、日向は本気で武道館を目標にしていた。夢の旅路への伴侶とするには、私という人間はあまりにも頼りない。それに気づけば、日向の方から解消を申し出てくれるはず。日向の夢へのひたむきさを信じていた私は、必ずやそうなるだろうと確信していた。

 だけど、日向は諦めなかった。私とアイドルをやるという約束を、何があっても撤回しようとはしなかった。

 日向が断りを入れやすいよう、「私みたいな陰キャには無理だよね」「約束はなかったことにしてくれていいからね」なんて言葉を口にしてみたりもした。それでも日向は動じなかった。アイドルに大事なのはクオリティよりもキャラ立ちだから、なんて正論なんだか屁理屈なんだかわからないようなことを口にして、私を励ましてくるだけだった。

 高校が夏休みに入ると、私たちは毎日のように特訓を重ねた。フリータイムでカラオケに居座って、動画を見ながら二人で一緒にボイトレをした。ゲーセンに置いてあるダンスゲームでリズム感と身体感覚を鍛えた。こうした一般的な練習に加えて、日向は私専用の特別メニューを用意してくれもした。知らない人と会話する訓練にと、スタバで長ったらしい呪文を唱えさせられた。化粧のけの字も知らない私に、メイクのいろはを懇切丁寧に教えてくれたりもした。

 客観的に見て、人生で最も充実した夏休みを送っているのは間違いない。でもこのままじゃ、本当に地下アイドルとしてデビューさせられてしまう。

 本気で焦燥に駆られ始めた私は、ここで一つ、一計を案じることにした。

 アイドルを始めるには最低限、曲と衣装と振りつけの三点セットを用意する必要がある。私はそのうち、作詞を担当することになっていた。ライブの待ち合わせの際に本を読んでいたのを見た日向が、読書家なら作詞もできるでしょ、というあまりにも強引な理屈を押し付けてきた結果だった。頼まれた瞬間は絶望したものだけど、ピンチはチャンスとばかりにそれを利用してやることにした。敢えて酷い歌詞を書いて、自信満々の表情で見せつけてやればいい。そうすれば流石の日向もドン引きし、冷静になってくれるはず。

 その考えの下に完成したのが、怪奇ホラー風味を全面に押し出した厨二病全開の歌詞だった。書き終えたのは深夜零時を回った頃で、既に深夜テンションに片足を突っ込んでいたこともあり、勢いに任せて追加の設定資料集まで用意した。

 翌日、私はすっかり常連と化したカラオケ店の個室で、「これなんだけど」と日向の眼前に三十枚以上ある紙の束をドスンと置いた。

 案の定、日向は目を白黒させた。怖々とした手付きでルーズリーフに手を伸ばし、黙読をし始める。日向の双眸は音もなく震えていた。それを見て私は勝利を確信した。どうだ、これで思い知ったか。

 だけど実際に訪れた未来は、いとも容易く私の期待と予測を裏切ってきた。

「これ、良い! すっごく良い! どう言葉で表現すれば良いのかはわからないけど、すごく新鮮! 柚葉に作詞をお願いして本当に良かったよ……!」

 ルーズリーフを机上に置くと日向は矢庭に立ち上がり、私の両手を力強く握りしめてきた。茫然とする私を他所に、握った手をブンブンと縦に振りながら、興奮冷めやらぬ面持ちで宣言する。

「決めた。私達のユニットは、この路線で行こう」

「ち、ちょっと待ってよ。本当に良いの? 冷静になって考えてみたら、少し、いやかなり癖が強い気がするんだけど……」

「それがいいんだよ。前にも言ったでしょ。アイドルはキャラ立ちが命だって。目新しさのないユニットなんてそれなりに人気が出たとしても、武道館までは絶対に辿り着けない」

「それは、そうかもだけど……」

「大丈夫。自信持って。柚葉の才能はこの私が保証するから」

 翌日、日向から一枚の自撮り画像が送られてきた。

 画面の中の日向は、はにかんだ微笑を浮かべながら指先で前髪を持ち上げていた。その髪は絹糸のように艶のある白色と化し、腰まで伸びていたはずの後ろ髪は肩上で切り揃えられていた。

 この瞬間、私は引くに引けなくなった。

 髪を断った少女の決意には、誰も勝てない。


 ユニットの方向性が決まったことで、衣装や振り付け、お互いのキャラ付けなど、これまで滞っていた作業にも手がつけられるようになった。ステージの上で歌って踊る。そのことを考えると憂鬱極まりなかった私だけれど、衣装や設定についてのアイディア出しをしている時間は嫌いじゃなかった。

 小学生の頃から私は、怪談や民話、ホラーといったジャンルが好きだった。だけどそうした趣味が周囲から理解されることはなかった。からかいや蔑みの対象になったわけではないけれど、変な趣味として色眼鏡で見られることも多かった。私は元々、社交的な性格をしていたわけではないし、他人と好みを共有できなかったところでどうということはない。だけど物好きな変わり者みたいな扱いを受けるのは、少しばかり息苦しい部分があった。

 でも、日向はそうじゃない。私のありのままの感性を、奇異の目で見るどころか前向きに肯定してくれる。その事実は私の日向に対する感情を、明確に好転させた。

 新しい歌詞やアイディアを披露して、日向から良い反応をもらう。その度に、一生この時間が続けばいいと思った。アイドルになんかなりたくない。ステージになんか立ちたくない。このままずっと日向と一緒にアイディアを出し合って、これいいね、きっと売れるねって、無邪気な空想に胸を膨らませて笑い合っていたい。私たちの創り上げたハーンズの世界観を、私と日向のものだけに留めておきたい。

 そんな私の心からの願いとは裏腹に、デビューに向けた準備は着々と進行していった。

 ある日のことだ。カラオケでの練習の休憩中、ちょっと見てほしいものがある、と日向があるウェブサイトのURLを送信してきた。

「……これって」

「アニメとかに出てくるような個性的なデザインの義眼を、オーダーメイドしてくれるみたいなの。折角だから柚葉も、本物の魔眼みたいな義眼を着けるのはどうかなって。前にも話したと思うけど、サビのところで眼帯を外して魔眼を解放するような演出とか、絶対盛り上がると思うんだ」

 この頃にはハーンズの設定も固まっていて、私は眼帯キャラでやっていくことが確定していた。右目が義眼であることも既に日向に打ち明けている。伝えるときには少なからず恐怖したものだけど、日向はケロリとした表情で「知ってたよ」と返してくるだけだった。それの何が問題なの、と言わんばかりの爽やかな口振りだった。

 そんなわけだから、私は日向の前では必要以上に右目を意識することはなくなっていた。オーダーメイドの義眼を入れないかという日向からの提案についても、気を悪くしたりはしなかった。だけど今ここで頷けば、将来的には不特定多数の面前で義眼を晒すことになる。いくら日向の頼みと言えど、即答することはできなかった。

「やっぱり、武道館に行くためには使えるものは何でも使っていかなきゃだと思うんだ。右目に奇抜なデザインの義眼を入れたアイドルなんて、他に誰もいないでしょ。片目が魔眼っていう設定にはピッタリだと思うし、どうかな?」

 私が押し黙ったままでいると、日向は間を置くように飲み物を飲んでから、まあ、と前置きを口にした。

「勿論、強制はしないよ。柚葉の中には、色々と複雑な思いもあるんだろうし。それは義眼を入れたことのない私には、わからない感覚だから。でも私は同じユニットの仲間として、日向が本物の魔眼みたいな義眼を入れてくれたら素敵だなって思うんだ。それをファンの皆が見て、柚葉のことを格好いいって思ってくれたら嬉しいし」

「……それは、わかってるんだけど」

「ひとまず、作るだけ作ってみない? 実際に着けるかは別として。柚葉、もうすぐ誕生日でしょ。私からの誕生日プレゼントってことで、どうかな?」

 こういうとき、日向は存外に狡猾だった。意識的にか無意識的にかはわからないけど、邪気のない言葉選びで外堀を埋めてきて、的確にこちらの退路を断ってくる。そうした強引さに救われたことも何度もあるから、一概に悪いとも言えないのだけれど。

 兎にも角にも、バースデープレゼントと言われては断れない。私は若干の躊躇いを覚えながらも、わかった、と首肯した。

 それから二週間ほどかけて、私たちは魔眼のデザインを完成させた。アイディアを考えたのは私だけれど、デザイン画を描く作業は日向にやってもらった。

 発注から一ヶ月ほどで実物が家に届いた。開封の儀式は日向の家で行った。一人で中身を見てしまうのは憚られたし、だからといってファミレスなどでは騒がしくて落ち着かない。私の家に招待するという手もあったけど、日向の最寄りからは二時間近くかかってしまう。結局、いつものライブハウスからほど近い日向の家にお邪魔させてもらう手筈となった。

 私の家はマンションだけど、日向の家は住宅街の中の一戸建てだった。両親は共働きで、三つ上の姉も大学で不在ということだ。二人きりだから気兼ねする必要はないのだけれど、インターホンを鳴らす瞬間はやけに緊張してしまった。

 日向の部屋は二階にあって、デスク周りにはパソコンとDTM用のキーボードがどんと置かれていた。本棚には教科書や参考書の他、アイドルと音楽関連の雑誌や本がいくつかあった。

 ローテーブルを挟んで差し向かいに腰を下ろすと、私は例の小箱を机に置いた。お喋りも程々にして開封の儀に移る。でも私が梱包されたままの箱に手をかけた瞬間、「あ、待って」と日向が片手を突き出して制止してきた。

「私は部屋の外に出ておくよ。見られたままだと、義眼の取り替えもやりにくいかもしれないし」

 ひょいと腰を上げて、日向が部屋を出ていった。閉じたばかりの扉を眺めつつ、こういうところなんだよな、と心の中でボソリと呟く。普段は強引なくせして、時折、こちらの胸をクリティカルで貫くような優しさを見せてくる。そういうのって、……なんか、たちが悪いと思う。

 若干悶々とした気分になりながら、蓋を開けて赤色の義眼を取り出す。事前に送られていた完成品の画像と寸分違わぬ出来栄えだった。

 義眼の換装自体は手間取ることなく終了した。付け心地も違和感なかった。だけど私は全身鏡の前に立ったまま、しばらくどうすることも叶わなかった。シンプルに恥ずかしくって、日向を呼びに行く勇気が出なかったのだ。

「柚葉ー。まだ着け終わらない?」

「ま、待って。まだちょっと、心の準備が……」

 わかったと答えて、日向は一旦引き下がる。でも私の決意はいつまで経っても固まらなかった。このまま放置したところで準備が終わる日は来ないと判断したのか、日向は結局、私が許可を出す前にドアを開けてきた。

 立ち竦む私を見ると、日向は両目を瞠りながら「おぉ……」という声を漏らした。その「おぉ……」が感動を示しているのか落胆を示しているのかわからなくって、私は顔を俯けた。

「ちょっと、俯かないでよ。一回、ちゃんと顔見せて」

 つかつかと近寄ると、日向は私の頬を遠慮なく手で掴んで、くいと下から顎を持ち上げてきた。目が合う。心臓が跳ねる。日向の表情が綻んで、「似合ってるじゃん」と褒めてくる。私は「……あ、ありがと」と答えながら、両頬から日向の手のひらをゆっくり剥がした。

「凄い。やっぱ、カラコンとは比べ物にならないね。流石はオーダーメイドだわ。あ、そうだ。折角だから、衣装も一緒に合わせてみようか。この前、試作品が完成したばかりだし」

 善は急げとばかりの素早さでクローゼットから衣装を取り出してくる日向。取り出された二着のうち片方は和服で、もう片方はゴスロリだった。

 ちょっと待って。衣装合わせまでするなんて聞いてない。私が躊躇いを覚えたのは言うまでもないけれど、日向が平然と服を脱ぎ始めてしまうものだから今更断ることもできない。誰かと一緒に着替えるのなんて、小学校の体育ぶりだった。私は落ち着かないものを覚えながらも、無闇矢鱈むやみやたらとフリルや刺繍の多いワンピースに苦労して袖を通した。

 一足先に着替え終わっていた日向の姿を見て、息を呑む。日向の衣装は、単衣ひとえの着物を現代風のワンピースへとアレンジしたものだ。銀髪という非日常的な髪色と、白と水色の冷ややかな色合いをした和服がものの見事に調和して、贔屓目ひいきめなしに似合っていた。

 私が気の利いた褒め言葉を思いつくより先に、「……凄い」と日向が感嘆の声を漏らした。正面、横、後ろ、上下と、あらゆる角度から至近距離で私の姿を観察してくものだから、恥ずかしいことこの上ない。

「想像以上の完成度かも。なんか、いい意味で本当の人間じゃないみたい。漫画の中から飛び出してきたみたいっていうか」

「そ、そんな大袈裟に褒めなくても、いいって……」

「大袈裟なんかじゃないよ。私は本気で言ってるよ。今の柚葉、メチャクチャ格好いいもん。そんなに疑うなら、自分でちゃんと見てみなよ」

 日向が私の肩をぐいぐい押して、強引に鏡の前に立たせてくる。

 恐る恐る伏せていた目を上げて――、私は言葉を失った。

 コスプレみたいで小っ恥ずかしいという羞恥もあった。こんなの私のキャラじゃないという葛藤もあった。だけど鏡に映し出される一人の少女を前にして、格好いいな、と感じている自分も確かにいた。

 私は、自分が好きじゃない。見た目も中身も、どちらとも。だけど鏡の向こう側で立ち尽くしているその少女は、どこか自分とは思えなかった。私が瞬きをすれば瞬きするし、指先を動かせば同じタイミングで指先がピクリと動く。にも拘わらず、彼女が私の鏡像であるという実感が湧いてくれない。別の誰かの肉体に意識が乗り移ったような気分でさえあった。

「……これが、私?」

「ほら、だから言ったじゃん。本当に似合ってるって」

 茫然と呟く私に対し、日向は苦笑交じりに言った。私はしばし鏡の向こう側の世界を見つめ続けた後、「あのさ」と言って顔を日向の方へと向けた。

「ん、何?」

「――ありがとう」

 心からの、それ故に何の装飾も許さない、ストレートな感謝の言葉。

 日向は面食らったようにパチクリと目をしばたたいた後、ふっと優しく破顔して、「どういたしまして」とだけ口にした。

 翌日から、私はこの義眼を普段使いするようになった。上から医療用の白い眼帯を着けはしたけど、日向が綺麗だと言ってくれた魔眼がこの奥にあるのだと意識すると不思議と自信が湧いてきた。必要以上に周りの目を気にすることはなくなったし、人前でも以前ほどは緊張しなくなっていた。そうして顔を上げた状態で世の中を眺めてみると、私の目のことなんて街行く人は想像以上に気にしていないのだと思い知らされた。あれほど気に病んでいたのが馬鹿みたいに思えてきて、ちょっと笑えるほどだった。

 私にとって、右の義眼はただのコンプレックスでしかなかった。だけどいつしか、嫌いだったはずの義眼は唯一無二のお守りへと変化していた。不安や恐怖に襲われたときには、眼帯の上から緋色の魔眼にそっと触れる癖がついた。右の前髪を軽くつまんで引っ張る癖は、取って代わられるようになくなっていた。

 私が日向への好意を自覚したのは、この時期だ。

 嫌いで嫌いで仕方なかった自分を、好きにさせてくれた。前向きにさせてくれた。多少なりとも、人と関われるようにしてくれた。

 他人も自分も大嫌いだった私が誰かを好きになるのには、それだけで充分だった。


     /


「――ちょっと、待ってください」

 刑事さんが不意に話を遮った。私の長ったらしい独白を最初は愕然とした面持ちで聞いていた刑事さんは、いつしか神妙な顔つきで話に聞き入るようになり、そして今は真剣さのなかに幾ばくかの戸惑いを潜ませた表情を浮かべていた。

「三神さんには、アイドルへの興味関心も武道館への熱意もなかった。ただ見峠さんの夢に付き合っていただけ。それは、わかりました。……ですが、一つ確認をさせてください。最後に言っていた見峠さんへの好意というのは、友情としてですか? それとも、恋愛として?」

「それは捜査に必要な質問ですか? それとも、ただの個人的な興味ですか?」

 刑事さんは数秒間、思案顔で黙り込んでから「両方です」と静かに答えた。

 私はしばし沈思した後、「知りませんよ、そんなこと」と投げやりな声音で言った。

「私にとって日向は誰よりも特別で、何よりも優先順位の高い存在だった。そして日向にとっての私もまた、そういう存在でありたかった。これを恋だと呼びたいのなら呼べばいいし、単なる幼稚な依存心だと捉えたければ、そう捉えればいい。それだけの話です」

「……そうですか」

 刑事さんはそれきり口を閉ざした。どこか小難しい表情のまま、視線を机の上に落としている。

 ふぅ、と私は小さく息を吐き出した。さっきから喋り通しなせいで、口も疲れたし喉も乾いた。アイドル活動のおかげで声帯の体力は人並み以上についたけど、流石に辛いものがある。取り調べの開始からかれこれ二時間は経っているし、そろそろ解放してくれてもいい頃合いじゃないだろうか。

「とにかく、これでわかったでしょう。刑事さんの言っていたような仮想的な心中なんて、成立しようがないってことが」

「そうですね。勝手な憶測を口にしてしまい、申し訳ありませんでした」

 神妙な面持ちで謝罪して、慇懃に頭を下げてくる刑事さん。

 ややあって伏せていた顔を上げると、逡巡と戸惑いの混ざったような複雑な顔つきで、その、とまたぞろ口を開いた。

「色々と複雑な経緯があったのは、わかります。ですが三神さんは、見峠さんのことを誰よりも深く思慕していた。それは事実なんですよね?」

「ええ、そうですよ。私は日向のことが好きでした」

 さっさと取り調べを終わらせたい一心に、乱暴に言い放つ。そんな私とは反対に、刑事さんはなおのこと混迷を深めた顔になる。

「だとしたら、余計に理解できません。一体何故、見峠さんの首を締める必要があったのか」

 それを聞いて愕然とした。この期に及んでまだ犯行動機に勘づいていないのか、この人は。

「……もしかして刑事さん、現代文の成績とか悪いタイプでした? 手がかりは全て明らかになっていますし、とっくに察しがついていて然るべき頃合いなんですけど」

 日向との出会いから、アイドル結成に至るまでの一年間。活動開始から、事故に至るまでの二年間。その間に起きた主要な出来事も、その時々の私の心理も、何もかも語り尽くした。最低限の読解力さえあれば、この事件のホワイダニットを導き出すのは簡単なはずなのに。

 私は呆れと憐れみと憤りの入り混じったため息を吐いてから、言葉を続けた。

「先程も言いましたよね。私と日向の心が通じ合ったことは、ただの一度もなかったって」

「ええ。三神さんと見峠さんは、アイドルへの情熱や武道館という目標を共有してはいなかった、という意味ですよね」

「三角です。それだけの解答じゃ、部分点しかあげられません。今のは日向の側から見た場合の答えですよね。私の側からの話が、すっぽり抜け落ちてるじゃないですか」

「三神さんの、立場から? ……つまり、見峠さんが三神さんとすれ違っていただけでなく、三神さんも三神さんで見峠さんとすれ違いをしていた、ということですか?」

 そこまで辿り着いていながら、まだ真相に思い至ってないなんて。どうやらこの刑事さん、本格的に人の心に鈍感らしい。

「はっきり言わなきゃわかりませんか? 要するに、何もかも私の独り相撲でしかなかったってことですよ」

 その台詞には、あからさまな侮蔑の念が込められていた。

 蔑みの対象が自分だということは、口を開く前から理解していた。

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