第2話 ヘアゴムとスマホ

 なんだかんだあったが、転生してからの日々はなんとも充実した日々を過ごしていた。

 赤子に働けなんていうやつはいないし、かと言って家にいるなら家事をしろなんてこともない。

 自堕落に漫画やYoutubeを視聴し、好き嫌い関係なく全てのアニメを毎日欠かさず見て、お腹が空いたらご飯を食す。

 なんとも夢のようなセカンドライフを送っていた。

 

 そんなこんなで月日は流れあっという間に5歳を迎え、季節は冬。

 

 人付き合いに疲れていた俺は無理に幼稚園や保育園には行かなくていいとのことだったので、電気も付けずにパソコン前の椅子に電気毛布にくるまりながら体育座りをしていた。


「どうしようかなぁ。買い替えたほうがいいかな」


 今の俺には二回りほど大きいヘッドセットをつけながら、ネットショッピングに勤しんでいた。

 勿論、生前に貯めていた俺が稼いだ金でである。

 俺は先日にあったことを事細かに思い出す。




 前世の俺の趣味をガン無視した、それはもう愛らしい服や小物の数々を買い与える両親。

 それを着れば可愛いだの天使だの褒めちぎりまくる。

 正直嬉しいけど、恥ずかしさが勝る。

 妹も妹である。

 もう氷彗も11才になり、わがまま盛りのはずなのに……


「あきちゃん、私のこれあげるからつけてみて」


 そう言って妹はお気に入りのはずのヘアゴムを渡してきた。

 それは雪の結晶を形どった物が二つ付いているゴムだった。


「いや、これはお前が大事にしている、っていうかあきちゃん言うな」

「へへ。いいの! あきにぃに絶対似合うと思うし」


 氷彗は俺の背後に回ると自分のクシで俺の髪を梳かし、右サイドにまとめあげる。


「見て! 私とおそろだよ!」


 ニコッと微笑むと手鏡を俺たち二人の前に持ってきては、頬をピトッとくっつけた。


 なんというか、これはあれだ。

 気が引ける、というやつだ。

 俺ばっかり色々与えてもらってばっかりなのに。

 これじゃどっちがお姉ちゃんかわからない。

 俺、お兄ちゃんなのに。


 俺が言うのもなんだけど、俺ばっかりがこんな目にあっていて将来氷彗がグレないか心配なんだが。

 しかも、極め付けに去年の誕生日だ。


 俺は“そろそろパソコンを買い替えたいなぁ”と何気なく呟いただけだった。

 それだけなのに、普段は寡黙な父親が家を何も言わずに出て行き、そして数時間後両手いっぱいの段ボールを抱えて帰ってきた。

 これだけ言えば想像できよう。


 それはパソコンとモニター、その他周辺機器まで全てが揃っていた。

 正直なことを言うと、俺は少しだけ怖くなった。


「これでいいか?」

「……」


 前世の父さんってこんなキャラだっけ?


 父親はあろうことかパソコンを買ってきたのだ。

 どんなパソコンでもそんなに安くはないであろうパソコンを俺がひとつ呟いただけでこれである。


 ウチは貧乏とまでは言わないが、特別裕福な家庭でもない為少なからず罪悪感だって抱いた。

 こんなことが許されるのだろうか? と。

 普通は5歳児にパソコンを買い与える親はいない。

 まぁ中身は置いといて。


「い、いいの?」

「あぁ。まぁお前は一応元大人だし、使い方も間違えたりしないだろ」

「あ、ありがと」


 俺は眉を八の字にしながら、引き攣った作り笑顔を父親に向ける。

 それを見て、少しだけ耳が赤くなった父親は、


「あぁ」

 とだけ答えた。


「いいなぁ」


 新品のパソコンを見ながら、氷彗は呟く。


「ひーちゃんにはまだ早いんじゃない?」

「でもママ、私もこういうの欲しいよ? スマホとか」


 その言葉に両親は困った表情を浮かべながら顔を見合わせた。

 いやまぁ、両親の思うところはわかる。

 不安や心配事はネットでは事欠かないことが有名である。

 でも、だからと言って肉体年齢が下の俺はパソコンを持ってて、氷彗はないなんてあまり納得しないだろうし、俺の時代と違って小学生がスマホを持っていてもおかしくない時代だろ?

 それに久しぶりに聞いた氷彗のおねだり。

 ここはお兄ちゃんとして、氷彗の肩を持って威厳を取り戻すか。


「ねぇ母さん」

「ん?」

「氷彗にスマホ買ってあげれば? 俺と違って友達も多いだろうし、連絡できないのは不便だよ」


 俺は夕飯の唐揚げをフォークでひとさし、口に運んだ。


「だいたい、俺にはネットがあるのに氷彗には持たせないなんて納得しないでしょ? ね?」

「う、うん!」


 妹へアイコンタクトすると、それに呼応するかのようにコクンと頷いた。


「ま、何か困るようなことがあったら俺が助けよう。なんたってお兄ちゃんだからな」


 その小さな体では少し大きな唐揚げを頬張りながら俺は妹の頭に小さな手をポンと乗っけた。

 これぞ二次元的お兄ちゃん、理想像だろう。


「そ、そうね」


 母さんはもうひと推し。父さんは母さんが否定しないなら恐らくすぐに行動を移すだろう。

 なんせ、前世の頃から父さんは妹にゲロ甘いからな。




 しかし、この時の秋斗は知る由もなかった。




 本当はお姉ちゃん? として秋斗に優しく、そして学業も習い事のサッカーも優秀で頑張っている氷彗に数日後の今年のクリスマスにサプライズで両親が前から欲しがっていたスマホを買い与えようとしていたことを。


 そして後日、俺の説得が功を奏したと思っている哀れな秋ちゃんはショッピングモールでいじり倒される未来が待っていることを。

 そして今世での初めての友達に出会うことも。




   ※



 朝、俺の部屋の扉がバンっと勢いよく開いた。


「あきちゃんおはよーっ!」

「ま、眩しい」


 そこには普段着とは少し違うちょっとおめかしをした満面の笑顔の氷彗がいた。

 久々のパソコンに触れたせいでいつの間にか徹夜してしまっていた俺は、テンションの差を感じながらも返答する。


「今日お出かけだよ! 早く準備しなきゃ!」

「まだ朝10時じゃん」

「もうだよ!」


 返答と全く準備をしていない俺の姿に頬をぷくっと膨らませながら、氷彗はズカズカと部屋に入ってくる。


「私も手伝うから、準備しよ?」

「……はい」


 今日、俺は家族でお出かけをする。


「このヘアゴム、今日つけてね!」

「わかったって。手引っ張んないで、自分で立てるから」


 氷彗の手にはあの氷の結晶のゴムが握られていた。

 それは今も俺の妹の頭で輝く氷の結晶の片割れだった。

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