第7話

 テストが終わった日の夕方、知沙は優花と一緒にファミレスにいた。結果が出る前にご褒美のパフェを食べに来たのだ。


「うわー、美味しそう! また太っちゃう」


「大丈夫、いっぱい勉強したから痩せてるよ」


 幸せそうにアイスを口に運んでいる優花は同性の自分から見ても本当に可愛いと思う。知沙はついさっき優花と会う前に蒼佑から来たメッセージを思い出していた。


「ねえ、優花」


「ん? 何?」


「優花の好きな色って何?」


「好きな色? そうだなあ、昔からピンクが好きだけど、最近はちょっとくすんだ感じのピンクが好きかなあ。でも、何で?」


「ん、来月誕生日でしょ? 何か欲しい物ある?」


「ある! 首から下げるスマホケース。予算オーバー?」


「大丈夫だと思うよ。わかった。楽しみにしてて」


 あれから優花とは蒼佑の話はしていない。敢えて避けているのだ。先輩を好きな気持ちに変わりはなかったが、どう考えても報われるとは思えなかった。そしてとどめの一撃が届いた。


「こんなこと知沙さんに聞いていいかわからないけど、優花さんって好きな人いるのかな?」


 知沙は既読をつけてしまったことを悔やんだ。画面の向こうで固唾を呑んでいる先輩が浮かんだ。知沙は歯を食いしばって返信を打った。


「いますよ。相手は蒼佑先輩です。自分では言わないけど間違いありません。来月の四日が優花の誕生日なんです。欲しい物聞いておきます」


「それ本当? ありがとう! よろしくお願いします」


 これでいいんだ。知沙は自分に言い聞かせた。



 優花と別れた後、家に帰る気になれなくて高台の公園に向かった。ここからは夕焼けがきれいに見える。子どもたちはもう帰ったようで、広場には誰もいなかった。


 今日は特別綺麗な夕焼けだと知沙は思った。心の中までオレンジ色に染まったみたいだ。そんなことを思いながらブランコに座ってゆらゆら漕いでいたら、両目から涙がこぼれ出した。拭いても拭いても落ちてくるから拭くのをやめた。何に泣いているのか自分でもよくわからなかった。


 日が落ちてもなかなかブランコから降りられない知沙に人影が近づいた。


「もう暗くなるから帰るぞ」


 遼太の声だ。知沙は振り向かなかった。薄暗がりできっと涙の跡も見えないだろうから拭いもしなかった。


「もうちょっと」


「ん。じゃ、あと五分な」


 遼太は黙って隣のブランコに座って勢いよく漕ぎ出した。鎖が小さく軋む。知沙も負けじと強く漕いだ。知沙のブランコもギシギシいった。


「五分経ったぞ」


 遼太がブランコから飛び降りて歩き出した。知沙は最後に大きくひと漕ぎすると、勢いよく飛び降りて遼太に並んだ。遼太はまた少し背が伸びた気がする。


「ねえ、遼太は背の高い女子とちっちゃい女子ならどっちが好き?」


「そんなのカンケーねえよ」


「関係なくないよ。男子はやっぱり自分よりちっちゃい方が好きなんでしょ」


「ばあちゃんが言ってた。『蓼食う虫も好き好き』って」


「何それ?」


「蓼の葉っぱって毒があるんだってさ。それでも好きで食う虫がいるって意味」


「私は蓼なんだ」


「違う。みんながみんな同じもの好きなわけじゃないってことだよ」


「例えが下手だねえ」


「うるせえ」


「でも、ありがと」


 急に遼太が立ち止まった。つられて知沙も立ち止まる。


「知沙、俺去年から五センチ伸びて一五九センチになった。この調子だと再来年あたりには知沙に追いつくと思う」


「う、うん」


「そしたらお前に告白するからそれまで待っとけ」


 そう言うと遼太はあっけにとられている知沙を置き去りにして一目散に駆け出した。


 知沙は暫く呆然としていたが、何だか可笑しくなって笑いだした。


「だーれがあんたなんか」


 知沙もまた勢いよく駆け出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

のっぽだって恋をする いとうみこと @Ito-Mikoto

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ