第6話
誕生会の夜、知沙の元に蒼佑からお礼のメッセージが届いた。知沙は問題集のお礼と楽しかった旨を簡単に伝えて、やり取りは終わってしまった。以後は特に伝えることもなく、通知音が鳴るたびにがっかりする日々を過ごした。
知沙にはもうひとつ気がかりなことがあった。優花が蒼佑と連絡先を交換したことを言わないのだ。知沙も知っていると思って言わないのか、それとも故意に隠しているのか知沙にはわからなかった。そのせいで胸のもやもやがどうにも晴れなかった。
テストを翌週に控えた土曜日、知沙の家で勉強することになって優花がやって来た。ふたりとも蒼佑に貰った問題集を開いて勉強を始めたのだがどこかぎこちなくて気持ち悪くて、知沙から蒼佑の話を持ち出した。
「最近、蒼佑先輩と話した?」
知沙には優花がギクリとしたように見えた。
「え、うん、いや、なんで?」
この瞬間、知沙の心に黒い何かが生まれた。
「こないだの誕生会で連絡先交換したんじゃないの? 私はねえ、貰った問題集のことで色々と相談したりしてるよ。優花は?」
知沙はこんな嘘がスラスラ出て来る自分に驚いていた。優花が少しほっとしたのがわかる。
「ああ、そうなんだ。偉いなあ。私は毎日寛人君とばっかりお喋りしてるよ」
「へ、へえ。寛人君は随分優花に懐いてるんだね」
「へへ、ちっちゃい子にはモテるんだよね」
優花がいつものように可愛い笑顔を浮かべたのを見て、知沙の中の何かが壊れた。
「優花、ごめん、何か急にお腹痛くなってきた。お昼食べ過ぎたかも?」
下手な芝居だと思いつつ、知沙は腹を押さえて呻いた。
「大丈夫? トイレ行く? それとも寝る? おばさんに電話しようか?」
「大丈夫。ちょっと寝るね。ごめん、勉強できそうもないから今日は帰ってくれる?」
「うん、わかった。お大事にね」
知沙が嘘をつくなどと微塵も思っていないのだろう、本気で心配しながら優花は帰って行った。こんなことをしたのは初めてだ。痛くもない腹を押さえるのをやめて、カーテン越しに帰って行く優花を見送った。小さくて愛らしくて誰からも好かれる優花。一方で背が高くてガリガリで蜘蛛女と呼ばれる知沙。知らぬ間に涙が頬を伝っていた。
暫くするとインターホンが鳴った。知沙は無視したのだが、玄関の方から自分の名前を呼ぶ声が聞こえて慌てて下りていった。
玄関を開けるとそこには遼太が段ボールを抱えて立っていた。
「大声で名前呼ばないでよ、恥ずかしい」
「居留守使う方が悪いだろ。窓開いてるの見えてたからな」
遼太は何のためらいもなく靴を脱いで台所へ直行した。
「これ、親戚から送ってきた野菜。おばさんには連絡してあるって」
遼太は来た時と同じスピードで玄関へと戻った。そして靴を履きながら言った。
「お前、何かあった?」
「え?」
不意をつかれて知沙はどぎまぎした。
「な、なんにもないよ」
「そか。ならいい。でも、俺もいるぞ」
遼太は振り向きもせずに玄関を出て行った。遼太が優しいことは知っているが、今は何の役にも立たないと知沙は思った。
その晩、優花から着信があった。知沙の体を気遣ってのことだったが、他にも言いたいことがあるようでなかなか電話を切らなかった。知沙もまた昼間の嘘を謝りたい気持ちとできない気持ちで揺らいでいた。
「知沙、もやもやするからやっぱりハッキリ言う。私ね、蒼佑先輩のことなんか何とも思ってないからね。これからも全力で知沙を応援するから。それだけ。おやすみ」
それだけ言うと、優花は一方的に電話を切ってしまった。知沙はどこかホッとしたような、けれどますます迷路に迷い込んだような複雑な気持ちになった。
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