第4話

 数日後の昼休み、知沙のクラスに手芸部の三年の先輩がふたりやって来た。部活のことでちょっと話があると言われて知沙がついて行くと、何故か校舎のいちばん端にある書道部の部室に連れて行かれた。そこには優花が数人の女生徒に囲まれて涙ぐんでいた。


 知沙が優花に駆け寄ると、中学生にしては派手な感じの女生徒が突然怒鳴り始めた。


「あんたたち、最近ちょっと調子に乗ってるみたいね。あたしたちに断りもなく蒼佑に近づくとはいい度胸じゃないの。だいたい背が高いだけで蜘蛛みたいな女と、ちんちくりんのデブを蒼佑が本気で相手にすると思ってんの?」


 優花が知沙の腕にしがみついた。知沙が来るまでにもこうして脅されていたのだろう。知沙ははらわたが煮えくり返る思いだったが、ここで反論して火に油を注ぐのは得策ではないと考えて堪えた。


「さあ、もう二度と蒼佑に近づかないとここで誓いなさい。ほらほら、早く言えよ。言えっつってんだよっ!」


 女が手を振り上げ、知沙と優花が目を閉じた瞬間、入り口の引き戸がガラガラと勢い良く開いた。そこに立っていたのは生徒指導の鬼と呼ばれている体育教師だった。


「お前らここで何してんだっ」


 途端に女生徒たちは部屋の隅に整列した。


「私たちは別に何も……ちょっと話し合いを……」


「話し合いだ? 外まで声が聞こえてたんだよ。ごまかせるとでも思ったか。どうせまた蒼佑絡みだろ。お前ら三年生全員、放課後生徒相談室な。逃げたら親呼ぶぞ。内申に書かれたくなかったら今すぐ教室に戻れ!」


 女生徒は蜘蛛の子を散らすように走り去って行った。呆然と見送る知沙と優花に先生が声を掛けた。


「災難だったな。あいつらには釘を刺しとくから許してやってくれ」


「先生、またって、こんなこと以前にも?」


 すすり泣く優花の肩を抱きながら知沙が尋ねた。


「去年は髪を掴んでの乱闘騒ぎがあったくらいさ。蒼佑も罪作りな奴だよ」


「蒼佑先輩は悪くありません!」


 知沙と優花が同時に声を上げたので、教師は苦笑いするしかなかった。


「それより、井田に礼を言っとけよ。不穏な気配があるからって弁当食ってた俺を無理やりここまで連れてきたんだからな」


「遼太が?」


 教室に戻ると遼太はいつものように机に突っ伏して昼寝をしていた。タイミング的に狸寝入りなのは明らかだ。それにしても、どうして遼太は自分たちが怖い目に遭うとわかったのか。知沙は不思議に思いつつもメモ用紙を取り出し「ありがとう、助かったよ」と書いて遼太の腕の下に差し込んだ。


「突然すみません、三年の矢部蒼佑です」


 唐突に教室のスピーカーから蒼佑の声が流れ出した。学校中が騒然としているのがわかる。遼太もがばっと起き上がった。


「僕はこの中学が大好きです。先生も友だちも、そして普段から部活に応援に来てくれる皆さんもとても大切に思っています。ただ、これまでも何度か僕のせいでトラブルが起こっていると聞いています。そんなこと僕は耐えられません。もし今度同じようなことが起こったら僕は転校することをここに宣言します。以上、お騒がせしました」


 始まった時と同様、放送は突然ぷつんと切れた。しんと静まり返っていた生徒たちは我に返って再び騒ぎ始めた。それから暫く、校内はその話題で持ちきりになった。

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