第2話
その週末、
そんな充実した一日を過ごして、夕日に照らされた道をバス停に向かって歩いていた時、優花が駐車場から続く広場にあるベンチを指差した。そこには幼稚園くらいの男の子が足をぶらぶらさせながら所在なさ気に座っていた。近くに保護者らしい人影は見当たらない。
「おうちの人とはぐれちゃったのかもね」
そう言うと優花は何のためらいもなく駆け寄った。普段はおとなしい優花だが、こういう時は驚くほど積極的だ。
「こんにちは。ここでおうちの人を待ってるの?」
少年はちらりと優花を見たが、再びうつむいて首を横に振った。
「もしかして迷子になっちゃった?」
少年はずっとこらえていたのだろう、両袖で代わる代わる目をこすり始めた。
「大丈夫だよ。お姉ちゃんたちがおうちの人を捜してあげるから一緒に行こう」
少年は少しためらいを見せたが、やがて差し出された優花の手を握り返しベンチから立ち上がった。
ふたりは少年を中央にして手を繋ぎ、迷子センターに行くために今来た道を引き返し始めた。優花が少年の顔を覗き込むようにして名前を尋ねた。
「私は小林優花、このお姉さんは戸塚知沙っていうの。あなたのお名前は?」
「やべひろと」
うつむき加減に少年が答えた。
「ひろと君ね。ひろと君は今日誰と来たのかなあ」
「お兄ちゃん」
「そっか。じゃあ、お兄ちゃんを探そう! おー!」
そう言って拳を突き上げる優花を知沙は眩しい思いで見ていた。ふたりの弟妹がいる優花には当たり前のことなのだろうが、ひとりっ子の知沙にはこんな対応はできそうもない。きっと優花はいいお母さんになるんだろうなと知沙は思った。
もうすぐショッピングモールの入り口というところで、遠くからひろとの名を呼ぶ声が聞こえた。その声に反応して、ひろとが駆け出す。その先に夕日を背に背の高い少年が立っていた。知沙にはそれが
蒼佑は駆け寄ったひろとを慣れた手つきで抱き上げ声を荒らげた。
「ひとりでどこかへ行くなってあれほど言っただろう!」
「ごめんなさい」
蒼佑の首に腕を回してしがみついたままひろとは何度も謝った。その背中をぎゅうと抱きしめる様子から、蒼佑がどれほど心配していたのかがひしひしと伝わってくる。
優花もひろとの兄が蒼佑だと気づいたようで、知沙の腕にしがみつき、その陰に半分身を隠した。前に押し出された形になった知沙のもとへ蒼佑が大股で近づいて来て、ひろとを抱いたまま深々と頭を下げた。
「寛人がお世話になりました。ありがとうございます」
「いえ、全然……」
知沙は胸の前で小さく手を振った。同じ中学にいながらこれまではどこか実在の人物とは思えなかった憧れの人が今目の前にいる。知沙は初めて近くで見る蒼佑に心が震えた。
「迷子の店内放送してたんだけど、外にいたから気づかなかったんだと思う。見つかって良かった。助かりました。ふたり、
「え?」
なぜ蒼佑が自分たちのことを知っているのか、知沙と優花は顔を見合わせた。
「迷子センターに行かなきゃ。近いうちにお礼します。本当にありがとう。じゃあ、また」
風のように走り去る蒼佑の背中を目で追いながら、知沙と優花は手を取り合って「眼福だねえ」と言った。そして帰りのバスの中でなぜ蒼佑が知沙たちのことを知っているのか話し合ったが結論は出なかった。日没後に帰った知沙が叱られたのは言うまでもない。
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