第6話 冒険者になろう

 クルミさんは青い顔をして袋をのぞき込んでいた。


「あの……大丈夫なんでしょうか……?」

「え? あ、あぁ……そ、そうだよね。串……くらいは食べれるけど、その後はお仕事しないといけないかなー」

「私でもお仕事はできるでしょうか……」


 山で1人で生活をしていた私に町の仕事ができるのかとっても不安だ。

 クルミさんにもおごらせてしまったし、私ができること……。


 私が悩んでいると、クルミさんは明るく言ってくれる。


「うん。それは大丈夫だと思うけど、なんでこんなに減っているんだっけ?」

「私がきっと食べ過ぎたからだと思います」

「そうだとしてもこんなに減るかな」


 考えている彼女に、私は昨日のクルミさんの言葉を教える。


「あ、後、だいぶ最後らへんですけど、クルミさん。『店の中にいる人達の分まで払ってあげるよー!』って言ってましたよ?」

「え? まじで?」

「はい。大丈夫か聞いたら『減ったらまた稼げばいーんだよー』っておっしゃっていて」

「あちゃ~またやっちゃった」

「また……なんですか?」

「いやーついポーション飲むとテンションが上がっちゃってさー! そういうことしちゃうんだよね!」

「は、はぁ」

「ま、無くなった物はしょうがない! 一緒に稼ぎに行くよ! あ、その前に串2本くださーい!」

「はいよ!」


 クルミさんは楽しそうにいい匂いのする串を買い、1本を差し出してくる。


「はい。ちょっと足りないかもしれないけど、お仕事するには何も食べないのは辛いでしょー?」

「でも私、昨日も食べさせてもらって……」

「そんなこと気にしないでー終わったことだからさ。それなら、一緒に冒険者になってお仕事しよ?」

「いいんですか?」

「むしろ君は冒険者になるのが向いてるよー。あれだけ強いんだし、外で魔物狩ってご飯にして、いらない部分はギルドで売れば丁度いいからさ!」


 クルミさんは笑って言ってくれる。

 彼女がそう言ってくれるのであれば、私が不安な事を言うべきじゃない。


 彼女の言葉に同意して、私ができることをするんだ。


「分かりました。何ができるか分かりませんがやります」

「うん。という訳で一緒に冒険者になろう!」

「はい!」


 私達は串を食べながら町中を歩く。


 そして、大きな冒険者ギルドと書かれた建物にクルミさんはためらいもなく入っていった。


「さ、ここがギルドだよー」

「はい」


 私達が中に入ると、かなりいかつい見た目の人達が多くいる。

 剣や斧、槍を持っている人達が6,7割はいるだろうか。

 他の人達はクルミさんのように魔法使いの服だったり、神官の服を着ていたり、弓を背負せおっていたりする。


「……」

「大丈夫。そんな悪い奴らはいないって。とりあえず登録しよう」


 受付のきれいなお姉さんの所に行くと、少し騒がしそうにしている人がいた。

 白魔導士の服をまとった青髪の背の低い少女で、受付の人に一生懸命お願いをしていた。


「だから、近くまででいいのです! なのでお願いするのです!」

「ですから、その金額ではDランク以上の方向けでなければ、お受けすることはできません」

「でも、わたしにはこれが必要で」

「そう思っていらっしゃる方がいるのは知っていますが、こちらも命をかけてもらう以上、見合った金額を頂かなくてはお受けできないのです」

「……失礼したのです」


 私達の前にいた少女は、近くに置いていた重そうな大きな荷物を背負うと、トボトボと歩いてギルドの中のイスに腰を降ろしてため息をついていた。


 何か問題があるのだろうか。

 声をかけようかと思ったけれど、今はクルミさんのあとをついていかないと。


「……」

「サフィニア。行くよ」

「あ、はい」


 私達が進むと、受付のお姉さんは素敵な笑顔であいさつをしてくれる。


「いらっしゃいませ。ご用件はなんでしょうか?」

「この子、サフィニアの冒険者登録をしたいんだ」

「かしこまりました。字は書けますか?」

「はい。書けます」


 一応は師匠に習っているので、そこらへんはできる。


「ではこちらに記入を」


 差し出された用紙に必要な事を記入していき、それを受付の人に提出ていしゅつする。


「はい。うけたまわりました。では冒険者カードを発行するのに少々お時間がかかるので、その間に冒険者のご説明をいたしますね」


 私はクルミさんの方を見ると、聞いとくようにと頷いていた。


「よろしくお願いします」

「はい。ではまず……」


 冒険者の説明は割と簡単だった。

 最初はFランクからスタートして、EDCBASと上がっていく。

 依頼は自分のランクの1つ上まで受けることができるけれど、実力が足りていないと判断されてギルドから待ったがかかることもある。

 高ランクになればなるほど死ぬような依頼も多くなるので、自分にあったランクをしっかりと把握はあくしろ。

 魔物の素材の解体や買い取りも行っている。

 依頼はギルドを通すこと、じゃないと自己責任でギルドは何もしないし悪質だと判断されたら除名じょめいもあり得る。

 緊急事態には協力要請がかけられることがある、あくまで協力でしかないけれど、できれば応えてほしい。

 違反行為や犯罪行為をするとギルドから懲罰部隊ちょうばつぶたいが差し向けられるから気をつけろ。

 というような事を聞かされた。


 あれ? もしかしてBランクの魔物……ロングホーンバイソンって結構強い?

 とか思っている間も説明は続いていく。


「大体は以上ですね。文字が読める方はあちらのボードに依頼が張ってありますので、そちらからご利用下さい」

「わかりました」

「と、冒険者カードができたようですね。こちらになります」

「ありがとうございます」


 お姉さんが差し出して来たのはFランクと書いてある冒険者カード。

 最初は基本的には皆Fランクかららしい。


「よし、それじゃあ適当に外にいく依頼を受けようか! それで、魔物とかついでに狩って豪華な食事にしよう!」

「はい!」


 Bランクの魔物を狩れるんだから、意外と私だってやれるんじゃないのか。

 それなら、クルミさんの力になれる、そう思うと嬉しくなって足取りは軽くなる。


 私はクルミさんとそんな話をしながら依頼ボードに向かおうとすると、いかつい男が立ちはだかった。


「おいおい。嬢ちゃん達同業者かよ」

「え? あ、はい。私はサフィニアと言います。今後ともよろしくお願いします」

「ご丁寧ていねいにどうも、俺はタンガンといいまして、これから……っていいんだよ。冒険者は荒くれ者がくるところ。嬢ちゃんみてーなかわいこちゃんがくる所じゃねー」

「え……そうなんですか? 他にも女性の方はいるみたいですけど」

「勘違いすんな。あいつらは女じゃねぇ。ゴリラだ」


 タンガンさんがそう言うと、ギルド内の女性から殺気のこもった視線が飛んでくる。


「タンガンさん。足ふるえてますけど大丈夫ですか?」

「き、気にすんな。っていうかてめーらみてーな若造がなるにははえーんだよ。俺が現実を教えてやるよ」

「現実を……ですか?」

「そうだ。俺とあれで勝負しろ」


 そう言って彼が指したのは大きなタルだった。


「あれは……?」

「腕相撲だ。それで勝負して勝てねーんなら外なんて行くのはやめときな」


 私はどうしたものかとクルミさんを見ると、楽しそうにドリンクを飲んでいた。

 いつの間に。


「サフィニア。それくらいなら受けてあげるといいよー。でもケガはさせないようにね?」

められたもんだな。このタンガンさま「いいからさっさとやれや」


 少し離れた所で先ほど殺気を送っていた女性がタンガンさんをあおっている。


 ダンカンさんは冷汗ひやあせを垂らしながら話を進めた。


「……いいから行くぞ」

「はい」


 なんとなく威厳が感じられない。

 でも、こうやってケンカ……いや、でも、相手をするだけだし、クルミさんも敵意を出してはいなかった。


 私は彼とタルをはさんで向かい合うように立ち、手を組み合う。

 彼の手はごつごつしていて、かなり武器を握っている相手だという事が分かった。


 クルミさんが私達の間に立ち、聞いてくる。


「サフィニア、腕相撲のルールは知ってるよね?」

「はい。師匠に習いました」

「おっけー。審判はあたしがやるねー。それじゃあレディ、ゴー!」

「ふん!」

「……」


 タンガンさんは顔を顔を真っ赤にしながら手に力をかけてくるけれど、ロングホーンバイソンの方が力は強い気がする。


「せい」


 ドガン!


 私が彼の手をタルに叩きつけると、勢いあまってタルがバラバラにはじけ飛んでしまった。

 中途半端に力を入れて倒すのはまずいかと思って結構力を入れてしまったのがまずかったかもしれない。


「す、すいません! 大丈夫ですか⁉」

「じょ、じょうちゃん……やる……ねぇ……」


 ガク。


 彼はそう言って意識を失った。


「あわわわわ、す、すいません。どうしよう。揺すったら起きるかな? あ、それともポーションを買ってきて……」

「心配しなさんな」

「え? あ、あなたは……」


 そう言って話しかけてきたのは、先ほどタンガンさんに殺気を送っていたたくましい女性だった。

 ウェーブのかかった濃い金髪を流し、頭を一周するようにバンドで止めていた。

 腰には太めの剣を持っていて、服装は剣士のようだ。


「あなたは……」

「あたしはCランク冒険者のレーナ。そこに転がっているタンガンの妻さ」

「あ、ご結婚されていたんですね」

「まぁね。あんたみたいな小さい女の子達にはさっきみたいに怖がらせておいて、最初からゴブリン退治だーって事をやらせないようにしてたんだけど、すまないね」

「あ、いえ、でもなんでそんな事を?」

「こうでもしないと、無理をして死ぬ新人が後をたたないんだよ。でも、あんたには余計な世話だったね」

「そんなことないです。心配して下さってありがとうございます」

「いいさ。それよりも嬢ちゃん強いね。でも、強いからって無理は禁物だ。命あっての人生だからね」

「はい。ありがとうございます」

「なにかあったら頼りな。困った時はお互い様だよ。タル代はこっちで支払っておくからね。無理に吹っ掛けたのはこっちだし、それじゃ楽しい冒険者ライフを」


 そう言って彼女はタンガンさんを片手で持ちあげて帰って行く。


「最初は怖い人かと思いましたけど、いい人もいるんですね」


 隣にいたクルミさんにそう話しかける。


「そうだよー。さて、それじゃあ依頼を受けに行こうか」

「はい」


 私とクルミさんはタンガンさん達に感謝しつつ依頼ボードに向かうと、先ほどの少女が前に立ちふさがった。


「ん?」

「あの! 少しだけ、お話を聞いて頂けないです⁉」


 そう言って来る少女の表情は、とても切実せつじつそうだった。

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