第2話 示談交渉?
『拡散されちゃってんですよ! スクショ送りますから! ほら見てくださいよ!』
俺はしぶしぶ送られてきた画像を開く。ユナ様の放送は録画してあるから致命傷ではない。が、リアタイの機会は唯一無二だ。それを奪われた。
「はあ、何がそんな……えー、フ○ーザの猿真似してるナオって配信者マジでキモい。許せない。猿真似しかできないゴミ。昔の配信から住所特定したしガソリンぶっかけて焼き殺すわ……ちぇ。小学生かよ」
『それでも200RTもされてますよ』
「たった200だろ」
昔ならぶっ飛ぶようなRT数だが、俺の中で何が変わってしまったんだろう。やはり530000くらいのスケールでないとダメなのか?
『こういう輩は甘く見ないほうがいいです。承認欲求満たせるって学習したらもっとエスカレートしますよ! しかもこいつ、捨て垢でずっとナオさんへの誹謗中傷を書き殴ってるんです!』
「じゃあ……どうすりゃいいんだよ?」
ようするにY君には結論があるようだった。
彼は大学の元後輩で、俺にも下手に出てはくれるが、内心で見下してるのがバレバレだ。新卒で電通の子会社にも入った一端の社会人だ。ニートで配信者なんかしてる俺を「常識をわかってない奴」みたいに扱ってくる。
でも、いい。俺みたいな怠惰な人間に切り抜きも編集もできない。今みたいにエゴサでやばいツイートを見つけることもできない。結局は持ちつ持たれつなのだろう。
『弁護士に相談しましょう。悪質なアンチからは示談金を取って反省させたらいいんです。示談も拒んだら起訴ですよ』
「別にそこまでは……面倒だし……」
『大学のOBで弁護士の知り合いがいます。僕の方で面倒なとこはやっときますよ』
結局はそれが決め手になった。やってくれるならいいや、と。
それに今は聖なるユナ様への祈りの時間だった。それを邪魔した罪は重い(電話をしたのはY君だけど)。そんな奴は裁かれて然るべきだ。ようはタイミングが悪かったんだろう。だって殺害予告しちゃうようなアンチ、どう考えてもチー牛の同類だ。そんな奴の首根っこをとらえて引きずり回すのは本来の俺なら、気が引ける。
「じゃあよろしく」
『承知しました! アンチに粘着されて大変だと思いますが、今日も配信お疲れ様です! やっぱエルデンはいいですね! 今回も面白かったですよ! ではまた報告します!』
通話が切れた。俺なんかの機嫌を取るのも大変だな。
Y君を見ていると俺はいつも地を這う蟻を思い出す。律儀で真面目な蟻さんがトコトコしてるイメージだ。俺には出来ない生き方。正直、羨ましい。
それから一時間後、Y君の動かしてる俺の広報アカウントが更新された。
『いつも応援してくださる皆様にお知らせです。例の殺害予告ツイートについて非常に悪質なケースと考え、正式な訴訟を行うことを決定しました。弁護士の方にも相談済みです。ぜったいにゆるさんぞ虫ケラども!!!』
器の小さいフ◯ーザだった。俺はSNSをブクマから消した。
……そしてY君とのやり取りから一ヶ月が経ち、二ヶ月が経った。俺はもう訴訟のことなんか忘れて、またいつもと同じ義務配信とゲロと悪夢とセフレ女のお情けみたいなセックス、自暴自棄、唯一の心の救いたるユナ様コンテンツの補充、そんなことを続けていた。
ただ昨日は薬を飲まなかったせいで金縛りにあったみたいに動けなくて、配信開始の赤いボタンがついに押せなかった。後で見たら、機材トラブルで捨て垢中止したとY君がフォローしてくれていた。間違いじゃない。俺も機材みたいなものだ。重要なのはフ◯ーザの声を出しながらゲーム配信ができる存在であって、俺という個性が求められてる訳じゃない。視聴者はフ◯ーザが死にゲーでキレるというコンテンツを求めるのであって、32歳鬱病持ちのおじさんを求めるわけじゃない。この頃はAIが完璧な声真似をできるらしいし、たぶん俺の命って数年もてばいい方だろうな。
そんな風にまたベッドの上で希死念慮と遊んでいたら、Y君からLINEコールが来た。
『お疲れ様です。体調どうですか?』
「うんちっすわ」
『……えーと、こないだの件について報告です』
「なにそれ?」
『殺害予告の件ですよ』
「あー、そんなんあったね……」
ボケ老人みたいな俺の応答にもY君は癇癪を起こさず対応してくれる。社会人ってすげえ。
『あれから弁護士の方にも相談して、アンチのアカウントの開示請求を行いました。明確な殺害予告含みだったので早かったですね。今は向こうの両親との調整もして、正式に示談交渉を行う段階に入ってます』
思ったよりずっと進展していた。俺はSSRIの副作用もあって現実感のないふわふわした気分で聞いていたが、両親って言葉が気になって、訊いた。Y君はあっけらかんと、
『ええ、相手は高校生だったみたいです。世も末っていうか、バカっていうか……』
俺は勝手に、犯人は同類のチー牛ニートだと思ってた。だっておっさんの配信にキレる奴はおっさんだろう。
しかし現実は違った。夢と未来のある高校生が俺みたいなクズのアンチになる、なぜ?
「なあ、その」
『はい?』
「示談の交渉って俺も行くのか?」
『基本は弁護士さんに一任する予定ですけど……行きたいんですか?』
どうなんだろうか。正直いえば面倒だし、相手は殺害予告までするアホだ。現実で会えば何をされるかわからない。だが興味もある。俺みたいなののアンチになって、長い人生棒に振ろうとする高校生はどんなは男なのか。
「行けるなら、行きたい」
あるいは単に刺激が欲しかったのかもしれない。配信や女から逃げる口実が欲しかったのかも。
Y君は電話口でなにやらぶつぶつ言っていたが、「弁護士さんと相談してみます」と言い残して通話を切った。
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