32歳、チー牛、ドルオタ、物真似ゲーム配信でバズる。鬱病になる。推しに殺害予告される。
くらげもてま
第1話 殺害予告された
「ザー○ンさん! ド○リアさん! 本日もナオチャンネルへよくきましたねェ! 話題のエル○ンリング実況、初めていきますヨォ!」
仮説トイレなみに狭くて蒸し暑い防音室で、ナメック星を滅ぼしそうな甲高い声をマイクに向かって吐き出す男がいる。たちまちコメントビューアが滝のように流れていき、同時接続者数を示すメーターが勢いよく回りだす。
その男は無精髭も剃り残した顎にじっとりと汗をかきながら、とうていクリアできる見込みもない高難易度ゲームを血眼になってプレイする。がちゃがちゃ、反響するゲームパッドの操作音。がちゃがちゃがちゃがちゃ、がちゃ、ドン! 画面いっぱいに表示された「YOU DIED」の文字に男は口角を尖らせ、数秒、視聴者の期待を溜めてから叫ぶ。
「ぜっっったいにゆるさんぞこの虫ケラどもッ!! じわじわとなぶり殺しにしてくれるッ!!」
もはや似ているのか似ていないのかさえわからないが、とにかくコメントは盛り上がる。「待ってました」「きちゃああああああああ」「草」「やっぱこれだね」「い つ も の」「親 の 声 よ り 聞 い た 物 真 似」など、脳死で打ち込まれたであろう定型句が表示されては消えていく。心なしか今日は流れもはやい。やはり人気ゲームの力だろうか。
その間に男は水を飲み、涸れた喉をいたわり、息を整え、32を過ぎてもう肉体が全盛期を下り始めていることを自覚しながらゲームパッドを持ち直す。投げ銭への感謝を述べる。自己主張の痛々しいものはできる限り素早く読む。1万も2万も投げ銭をしてくれる視聴者の滑り倒したコメントに辟易し、100円に添えられた塵芥みたいなネタコメントに少しだけ救われる。
「今のはいたかった……いたかったぞ……!」
義務感に背中を押されてゲームを再開する。だがもとより男の動体視力もモチベーションも衰えている。男の戦闘力は530000には程遠かった。死んで、叫んで、死んで、叫ぶ。気の利く視聴者のアドバイスを受けなかったらもっと続いていただろう。何とかボスを倒し、男は配信を切る。ため息をつく。ぐったりとゲーミングチェアに寄りかかって、もうピクリとも動かない。男の役目は終わった。
「何やってんだ、俺……」
思わずそんな言葉が口をついて出て、俺はさっきの配信の投げ銭を計算してみる。それを時給に直す。3時間配信して4万前後。これにアーカイブの収益も加わる。ああ、そういやメンバーシップ限定配信もしなきゃいけねえ。時給を考えるのを止めにする。そんなことをしても仕事の苦しみが緩和されることはない。俺はずっとニートだったからそんなことも最近になってようやく知った。
「ナオヤ、配信終わったん?」
防音室越しにくぐもった女の声が響く。「ああ」とぶっきらぼうに返すと「エステ行ってくるから夕飯ウーバーせえよ」と吐き捨てられた。返事を探してる間に奴は消えた。俺はなぜあんな女と同棲してるんだ?
全ての答えはシンプルだ。俺は運が良かった。大学中退職歴なし能力なしコミュ力なしのチー牛の俺が3000万近い年収と、胸とケツのでかいセフレと、何万っていう投げ銭をくれる視聴者を手に入れられたのは、全てただ運が良かったからにすぎない。
『ちょwwwフ○ーザが死にゲーやってるwww』
俺の平穏な配信ライフを終わらせたのは、どっかのインフルエンサーのそんなツイートだった。俺のフ○ーザ声真似配信はその時平均視聴者数が10から多い時で30とかだったが、そのツイートをさかいに1000とか2000という見たことのない数字になり、ハイエナのようなコラボ実況者たちの影響力もあって数字は更に伸びた。ようするに俺は「バズった」のだ。
あれから何もかも変わった。将来の不安が消え、自分に存在価値なんか無いんじゃないかという恐怖も遠のいた。はずだ。だというのにこの頃
買いだめたエナドリでSSRIを流し込む。またどこかの親切な人がコラボしたがっているとDiscordの通知がお知らせしてくれる。死ねや。何が「フ○ーザ様こんど雀魂コラボしましょう!」だ。宇宙の帝王を麻雀に誘うてめえは誰だよ。ベ○ータ王かよ。
だが宇宙の帝王を演じない俺に価値など無い。そんなことはわかっている。ずっと……
「ってもう21時かよ!?」
アラームの音で慌てて飛び起きた。腐りきっていた心に火が灯る。毎週水曜21時は聖なる祈りの時だ。俺の最推しアイドルであるユナ様が主役を務めるドラマの放送時間なのだから。
「やばっ……マジ……はぁ……」
防音室に備え付けたモニタに映し出されるユナ様。シナリオはまあハッキリ言って面白くないが、ユナ様の魅力を全面に押し出すことに注力されている。その点でこの番組のプロデューサーは有能と認めて然るべきだろう。彼女の演技から迸る若々しいエネルギーと情熱といえば、くだらん脚本など不要なくらいなのだから。
とはいえユナ様の魅力は演技力にも宿る。彼女はどんな役でも素晴らしく熟すことができる。俺のようにただ一つのネタを擦ることしかできない凡人とはそもそもの出来が違うのだろう。
さらにユナ様の魅力といえば……
――ピロピロピロピロリン!
出し抜けのコール音が俺の意識をユナ様から引き戻す。即切りしようとしたが、相手は俺のライブの切り抜きや編集を担当しているY君だった。しかもよく見るとコール履歴がかなり溜まっている。気が付かなかったのか、無意識に無視していたのか……。
『やっと出ました!? 昨日から連絡してたのに!』
「すまん、ちょっとその……あー……で、なに?」
『殺害予告ですよ! リスナーが話題にしてませんでした?』
「知らねえよそんな……誹謗中傷とかいつもだろ」
『拡散されちゃってんですよ! スクショ送りますから! ほら見てくださいよ!』
そこまで言われて仕方なく、俺は送られてきた画像を開いた。
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