第13色 魔王 ノストリアスゴート

「あ、ああ……あぁああああ……っ!!」


 アノスは絶叫し、深い絶望に心を沈めた。

 ガラスでできた彼の心を悪魔は容易に落とし込む。


「さぁアノス様っ、もっともっと深い絶望を味わってください! それが貴方の覚醒への導きとなるのです!!」


 悪魔の声がする。腕を広げながら、まるで僕が偽善者だったんだって突き付けられているようで。僕は、たまらなく涙を零した。


「アノス君! 飲まれちゃダメ!! 君は宮廷魔法士になるんでしょ!? お婆ちゃんとの約束、破るの!?」

「やく、そく……」


 天使の、声がする。

 僕を救ってくれる、優しい声。


「色死獣になったら、二度と人間には戻れない。でも魂は天国に行けるの! 君が殺さなかったら、お婆さんは色死獣としてずっと誰かを傷つけて彷徨うだけの化け物のままになってたんだよ!? お婆ちゃんにずっと人殺しをさせることよりもずっとマシなことだよ!!」


 彼女の言葉が、正しいのなら。

 ……もし、僕が生まれたことが罪なら。

 もし、お婆ちゃんを苦しめることが定められていたのなら。

 なら、お婆ちゃんの尊厳を守ることは僕にしかできないんだ。


「……許さない」


 目の前にいるピエロを殺してやりたい。

 僕にお婆ちゃんを殺させたことを、この男の死をもって償わせたい。

 脳裏に、綺麗な声と彼の姿を幻視した。


『――いいのか、私よ』

「……うん、後は、お願い」

『「……わかった」』


 僕は目を閉じて、思考を彼に譲り渡した。



 ◇ ◆ ◇



「アノス、君……?」


 アノス君の子供の体が、徐々に大人の男性へと姿を変える。

 本来の赤い瞳から私とよく似た青空色スカイブルーの瞳へ。

 短かった黒髪は流れる白髪なり煌びやかなシルクのような艶のある長髪へ……見目麗しい美男子とは彼のことを指す言葉なのだと直感する。

 露出の少ない白服を身に纏い、まるで御伽噺に出てきた魔王というよりも、月の神と言われても違和感のない美貌だ。

 目の前にいる詐欺師風の男よりも、アノス君……いいや、ノトリアスゴート様はどんな美貌を持った人を軽々と足蹴にしてしまうほどの美しさがあった。


「……久しいな。メフィストフェレスよ」

「ああ、懐かしいでございます! トリアス様っ」

「ああ――――三度、死ぬがよい」


 ノトリアスゴートは指先をメフィストフェレスに向けると、彼の胸元が武器もなく唐突に切り裂かれた。

 メフィストフェレスの傷は治ったかと思えば燃やされた。

 黒焦げになった彼は、体が元通りに戻ったかと思うと彼の首が吹き飛んだ。

 体と首は分断され、ごろり、と血を滴らせながら首は周る。

 ……合計しても間違いなく彼は三度、私たちの目の前で死んだ。


「ああ、あぁ、激しい! たまらないです!! 流石、トリアス様でございますっ。転生体を確認してからずっと焦がれていたのですよぉっ」

「我が子孫の前に無礼だ、舌を抜け」


 首となったメフィストフェレスは恍惚とした表情でノトリアスゴートを見上げる。なんだろう、寒気? いいや、鳥肌が立つって奴かなこれ。

 ノトリアスゴートの呪言で、メフィストフェレスの舌は引き抜かれる。

 部下、とかじゃないのかな? 意外と、ノトリアスゴート様は、苛烈な人なのだろうか。


「……大丈夫か? クリスティアよ」


 言葉だけで私を案じる彼の声は、心配そうに囁いた。

 私は慌ててかぶりを振る。


「は、はい。ノトリアスゴート様」

「それはとうに勇者たちの英雄譚へ捨てた名だ……私の本来の名は、フェイゼノンという。そう呼ぶがいい、我が子孫よ」


 フェイゼノン……か。


「フェイゼノン!? ま、まさかあの生色教せききょうの始祖、フェイゼノン様!? ご、ご本人であられますか!?」

「そうだ」


 無表情に言う彼はそんな言葉すらも威厳を感じられた。

 ……私、そんなすごい人の転生体の子と出会ってたんだな。


「……じゃあ、フェイゼノン様とお呼びしますね」

「様もいらん、ゼノンと呼べ」

「じゃあ、ゼノン様」

「……それで飲んでやろう。なんだ?」


 ちょっとムスっとした初代魔女様の一瞬を見逃さなかった。

 ……意外と、可愛い人かもしれない。


「アノス君の人格は、もう……」

「私はアノスの激情に引き出されたにすぎん。滅多に出てくることは本来ない……我が愛しき子孫を守るためだ。しかたがなかろう」

「は、はぁ」


 ……フェイゼノン、いいや、ゼノンさんのことは師匠は魔女組合にも話しておかないと。アノス君の今後のことも考えたら、気を付けないといけないと思うし。


「……でも、私ゼノンさんの子孫ってわけじゃ」

「ウィッチはすべからく私の子孫だ。ならば、愛さなくてはだろう」

「なんか、極論ですね」

「そう受け取ってもらっても構わない。だが、私はもう一仕事熟すとしよう」

「一仕事?」

「リアベート村を直すんだ、少し待て」


 ゼノンは手を上げると指をぱちんと鳴らした。

 すると、色彩が失っていたはずのアノス君の家が色が戻っていく。

 私は急いで、外に出れば村の燃えた火も、何もかも元通りになっていた。

 流石に色死獣で死んだ人は、違うけど。


「……すごい!」


 これが、初代魔女の実力。

 すごい、桁外れと言ってもいい……宮廷魔法士になるんだから、何かしら技を盗みたい気がするけど、これはレベルが違うな。

 まだ今の私じゃ到底たどり着けない。


「すごい……」


 私はゼノンさんを褒めていると、どこからか緑の風が吹く。


「クリスー!!」

「え? アヴェリ師匠!?」


 師匠は私の横から思いっきり抱き着いてきた。


「心配したんだよー!? 急に初代魔女の魔力を感じたから飛んできたんだからぁ!!」

「初代魔女様なら、この家にいますよ」

「そっか、なら都合がいいね」


 アヴェリ師匠は言うまま、アノス君の家の中へと入って行った。

 私も遅れて後から続いた。

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