第4色 初めての飛行術

 朝目が覚めて、僕は重たい目蓋を開ける。


「おはよー、アノス君」

「おはよう、ございます。クリスティアさん」

「ご飯できてるよ、食べる?」

「用意してくださったんですか?」

「うん、魔法使いは早起きだからね。今回はパンとフォレストラビットのソテー、飲み物にアマンジのジュース、デザートにロゼベリーがあるよ」

「あ、ありがとうございます」


 彼女の気遣いに素直に感謝して朝食を摂る。フォレストラビットのソテーに関しては野性的な味かなと予想していたが、村でも食べたことのない濃厚な味付けに舌が唸った。しっかりと味付けが施されていて満足感を覚える。


「……っ!」

「おいしい?」

「はいっ!」


 クリスティアさんのお勧めで一部をパンに乗せて食べるとさらに最高に美味だ。

 パンとソテーを交互に食べながらフルーティーなアマンジのジュースを口にする。


「アマンジって、ここより遠い国の果物ですよね?」

「そうだね、アマンジに関しては王都でも手に入る代物だよ。この場で見るより王都に行った時の楽しみに取っておくのもいいんじゃない?」

「そうですねっ」


 アマンジは遠くの国の物なのは祖母から見せてもらった冒険譚の話に出てきた果物でもある。どんな形なのか、すっごく気になるけど……ここは我慢しよう。

 デザートで食べるロゼベリーは舌に優しい。森がある国なら、大抵は自生している木の実だ。僕の村でも使われたりする木の実だから、知っている。

 僕が夢中で食事を頬張っている中、クリスティアさんが微笑みながら食事をするのにすこし照れつつ二人で朝食を完食すると暗い森から出ていくために準備をしていた。


「アノス君、君高いとこ怖くない?」


 クリスティアさんが魔法を無詠唱で道具をしまうと尋ねてくる。

 ここは、素直に答えるべきだよな。


「鳥になれたら、って憧れたことがありますよ。今もそうですけど」


 男にしては、もっとカッコいい夢を持ってていいと思うけど……でも、魔法使いになったら、一番にしてみたいことの一つといえば、これだろう。

 クリスティアさんは、くすっと笑った。


「……じゃあその夢、叶えてあげる」

「え?」


 クリスティアさんはそういうと、魔法の詠唱を始めた。


「我、願う。希う。シルフの呼び声よ、我が指先に大輪の花を咲かせ! ヴァンデルン!!」


 彼女の手には金色の杖が現れる。青色の巨大な宝石と白い羽が使われていて、手の掴む部分に赤いリボンを巻いている。きっと自分の村の少女が見たら、ほしいと言いたくなるほどの完成美に魅了される。

 だが、それは間違いなく自分も含まれている。


「――っ」


 だって、魔法使いを夢見る自分にとって、憧れてやまない道具の一つなのだから。


「……すごいっ!!」

「あはは、この魔法は魔法使いの中でも初級魔法だよ?」

「そうなんですか?」

「そうだよ。それじゃ、この杖にまたがってくれる?」

「はい! ……え?」

「ほら、いいから!」


 クリスティアさんは俺の腕を引っ張って、彼女自身の金色の杖に跨がされる。


「あ、あの、クリスティアさん? 何を、」

「我、願う。希う。シルフの息吹よ、我が爪先に明日への翼を授けたまえ! フリーゲン!!」

「っ、うわぁ――――」


 緑色の風が輝いたと思うと、僕とクリスティアさんが乗った杖は浮遊を始める。思わず僕は声を上げた。


「え!? え!? 嘘!?」

「嘘じゃないよ、君、私の魔法は見てたでしょ?」

「で、でも」

「ほら、行くよ!」

「え!? う、うわぁああああああああああ!!」


 杖は浮上し、それに乗っている僕たちも空高く飛んだ。

 あんなに細い杖なのに、軽々と僕とクリスティアさんを浮かせている。


「うわぁあああああ……っ」


 望んだ景色はまさに爽快な、蒼空だった。

 空気が頬を撫でるのが同じように思うのに、こんなにも違う。

 走って息を切らせる時とも違う、空気の波が僕たちの周囲に流れていく。

 雲がこんなにも近く、はっきりと感じに見えるのも。

 鳥たちが横を通り過ぎていく様を間近で眺めるのも。

 大きく見えていたはずの森たちが小さく見えるのも。

 本物の鳥のように自由に羽ばたいていると思うのも。


「す、すごい……!」


 ワクワクする、ドキドキする。本当の本当に初めてだ!!

 本で見た、魔法使いが空を飛ぶ時のシーンみたいに、軽々と飛んで見せるなんて……すごい! すごいっ……魔法は、本当にあるんだ!!


「それで、道はどっちかな。アノス君」

「え!? 知らないんですか!?」

「私、ここの大陸には来たばかりだからよく知らないんだよね。地図はなるべく見ないで旅をしているから……その方が、旅っぽいじゃない?」

「確かに!!」

「あはは、君も男の子だねっ」


 クリスティアさんは喜色で溢れた笑顔で笑い飛ばすと、「で? 君の村は?」と尋ねられる。


「あ、えっとに西の方角に向かってくださいっ」

「わかった! しっかり捕まっててね」

「は、はい!」


 アノスが指を差す場所を目指して、クリスティアはアノスの住む村へと飛び立つのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る