第2色 迷いの森の中で見た鮮烈な少女
必死に逃げて、逃げて逃げて、僕は足を止めないで草木を走り抜ける。
「はぁ、はぁ、はぁ」
『ゴォォオオオオオオオオオ』
「来るなよぉ!!」
少年の悲痛の声を無視してゆっくりと、そして着実に黒い靄のバケモノは少年を追いかける。金切声にも似て、ラジオのノイズとも感じさせる不穏な声に少年は不安で心臓が押しつぶされそうだった。
「っ、うわ!!」
木の根っこに転んでしまった僕は、膝に痛みを覚える。
膝が擦れて血が出ているが、そんなことなんて気にしていられない。
後ろを確認しつつ、なんとか自分の町まで逃げ込めば他の大人たちがなんとかしてくれるはずだと期待を胸に秘める。
後ろを確認するとバケモノが進んできた後ろの道の周りの色が失われていっている。
「森の、草木の緑の色が……無くなってる?」
その光景を目にした僕は、祖母に昔から聞かされた話を思い出す。
いつも寝る前に必ず見せてくれた童話を読み聞かせてくれる時、必ず祖母が口にしていた言葉だ。
『この世界にはね、色を食べる化け物がいるんだよ』
『色を食べる?』
『そう、宮廷魔法士様たちが倒してくれる
『命の、色?』
『ああ、死ぬってことさ』
そうだ、あの時祖母が言っていた化け物の名前は、
「
本当にいたんだ。そんな、化け物が。僕は急いで、
「誰かぁ! 誰か助けてぇ!!」
必死に喉の奥が痛くなるくらいに叫んで、涙が頬を伝う。
怖い、怖い、怖い。死にたくない。
まだ、僕やりたいことがたくさんあるんだ。
お母さんとお父さんのいる王都に行くためにも、お金を貯めなくちゃいけないんだ。祖母にも、迷惑をかけないように独り立ちできるようにならないといけないんだ。だから、だから――――、
『ゴォオオオオオオオオオ!!』
「え!? うわぁあああああああああああ!!」
僕は大きな声を上げる色死獣の声を聞いて後ろを振り向く。
「うぅ……!」
呻き声をあげながら、必死に
「やだぁ、死にたく、死にたくないよぉ……っ」
顔が涙でぐちゃぐちゃになっているのを感じながら、僕は必死に這いつくばりながらも逃げようと手を動かす。
背中の激痛と膝の痛みで、頭がおかしくなりそうだ。
『ゴォオオオオオオオオオオオ』
「そ、そんな……もう、こんな近くまで?」
追いかけられている時に見た、さっきの閃光が放たれるということだろう。
間違いなく、僕を標的にしている。
――あ、僕、死んだ。
僕、父さんたちに恩返しもできないまま、死ぬんだ。
僕、何もできないままで、死んじゃうんだ。
僕、誰にも知らないところで、死んじゃうの? そんなの、そんなのって、
「やだぁああああああああああああああああああ!!」
少年は声を荒げ、必死に誰にも届くことのの無い手を空に伸ばした。
一瞬、目の前に煌びやかに輝く金髪が見えた気がした。
「逃げてっ! 君!!」
「――――え?」
可憐な少女の声が、耳を掠める。
僕は振り返ると、金髪の塗羽色のローブと帽子を纏った少女が色死獣の前に相対していた。危ない、なんて声を出せる時間などなかった。
怖くて、体が竦んで動けなかったから。
大きな青い宝石がある金色の杖を手に持った少女は構える。
「な、に――――」
緑色の空気が空気中を海の波のように蠢くのを見て、僕は目が離せなかった。
それは、僕が夢見て、憧れていた物、そのものだったからだ。
「――ゼンゼ・ヴィント!!」
緑色の波が、風が、色死獣を切り刻み靄だった体は徐々に霧散していく。
まるで色を食い者にするその化け物が、浄化された、みたいにも見えて。
『ゴォオオオオオオオオオオ……っ』
僕は体中から力が抜けて、脱力感を覚える。
「……今のって、魔法?」
口から洩れた言葉に僕は驚きとトキメキを隠せない。
だって、だって、だって。僕が夢見ていた魔法を使える人々のことを、お婆ちゃんに聞かされて夢だと思っていた物が、目の前に現れたのだから。
「大丈夫? 君?」
小綺麗な衣服をまとった少女に少し怯える自分を彼女はすっと自分の目線まで屈んだ。夕焼けに照らされて瞬く金色の麦穂にも負けていない金髪が揺れたと思うと愛嬌のある柔らかい笑みを自分に向けられる。それは自分を安堵させるための物だと気づくと、体から力が抜けて思わず息を漏らした。
「――――っ」
彼女の輪郭をなぞるとコバルトグリーンの瞳が、自分を見つめていた。
僕が知るその色は、この森の中でも植物を主食とする僕のお気に入りの鳥のコルリアの翼の色と、一緒だった。
僕の大好きな鳥と同じ色。だから、だろうか。
思わず、彼女の瞳に惹かれていた。見惚れた、ってこういう時を言うのかな。
お父さんが言ってた、母さんと初めてあった時に見惚れて息が漏れた、って。
「あ、怪我してるじゃない! 動かないでっ」
「え? あ、うん」
身に纏う衣服はきっと高級そうな素材を使われているのは見ただけでもわかる。
少なくとも、こんな辺境の村の人じゃない格好だとは感じるけど誰なんだろう?
「あ、あの貴方は……?」
「魔法使い、かな? ほら、じっとしてて」
彼女は僕の膝の前に手を翳すと、緑色の輝きが周囲を包む。
さっき、何か魔法の言葉を言っていた気がするけど……魔法って、何もいわなくても使えるの、かな? ……僕、大丈夫なんだ。
膝の血が消え、徐々に傷が言えていく。それを眺めていたせいもあってか、安心感が胸に占めると痛みを堪えていた反動か一気に視界が眩んでいく。
「――――、あれ?」
意識が眩み、目蓋をゆっくりと閉ざし始める。
「――――君っ!」
彼女の声を耳にしながら、安堵感に包まれて意識を飛ばした。
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