第27話 夢の中でまた会えたら
人間の顔を変える錠剤、ウマレカワルの発売日。その初日から、
この世のすべてが変わった。
恋愛という駆け引きが。いや、人の幸せがすべて、その日から変わってしまった。
ただ飲むだけで、人間の外見(顔)が変わる薬『IK20231015 ウマレカワル』が薬局で発売されると、すぐに売り切れを起こすお店が続出。すぐにウマレカワルの噂は日本中に広がっていった。それを飲んで、いきなり顔を変えた人たちの『いいね!』は、街中やSNS(ネット)で広がり、さらにウマレカワルを求めてお客が殺到。悪質な転売ヤーが横行し、値段は10倍以上にまで跳ね上がり、それでもなお、ウマレカワルを求めて、人々はお金を振りまいていた。
『自分の顔が、自然なイケメンの顔になるなんて最高!』
『これは絶対に買い!整形する必要なし』
『飲んで24時間後に、彼氏ができました!早くみんな飲んで!』
SNSでのみんなの評価は、一見、サクラ(ステルス・マーケティング)に見えたとしても、その効果をみんな、試さずにはいられなかった。それだけ、みんな自分の顔(外見)に何かを求めていた。求めずにはいられなかった。
「・・・すごい・・・すごいぞ!」
ウマレカワルを開発したスタートアップ企業の『ライト・アップ』は売上を伸ばし続け、株式市場に上場。さらに資金を集めて、代表取締役CEOのイケ・メンター氏(仮名)は新たな新薬の開発を宣言し、時代の寵児に一気に駆け上がった。
「みんな、ウマレカワルでなりたい顔になれる。ノーリスクで。もう、外見で不幸になる時代は終わりました。コンプレックスと整形という言葉自体をこの世から完全になくすことを私は宣言します!」
そのイケ・メンターの言葉通り、美容外科クリニックはどんどん潰れていった。整形するよりもはるかに値段が安く手軽になりたい顔になれる。そんな薬がこの世に出回れば、整形をするメリットは、もはや何もなかった。政治家に働きかけてウマレカワルを規制する法律策定ややネガティブキャンペーンをする暇(時間的猶予)もなく、政治家に先に根回しをしたライトアップがすぐに法律を廃案にし、ウマレカワルの安全性を強調。さらにウマレカワルは日本中に広がっていた。
「あなた・・頭いいわね」
美崎愛がワイングラスを片手に、イケメンターこと、元・醜歩太郎に話しかける。
「そんなことないよ。運が良かっただけさ」
バラ色の夜景の見えるホテルの一室。俺も確かに酔っている。現実という夢に。ホテルの窓に映る二人。美男美女の二人。どこにでもいる、勝ち組の二人。まるで自分が自分でないような感覚。
「それで・・お金いくら儲けたの?」
もはや、キスができなかったあのころの俺ではない。ウマレカワルで莫大な金を得て俺はこの女を完全に落とせた。その自信が、元・歩太郎であることを、この夜は、忘れさせてくれた。
「そんなこと・・どうでもいい・・」
元・歩太郎は、美崎愛の身体を自分の方に手で引き寄せる。
「ん・・」
キスは自然だった。だが、あまり、気持ちのいいものではなかった。歩太郎はそう感じた。思っていたよりも良くはない。自分は妄想をこじらせていたのだろうか?もっとなんというか・・・ワインの味じゃなくて・・・
「どうしたの?」
美崎愛が、見つめてくる。イケメンになった俺の顔をまっすぐ。それは俺に恋をしている目、そのものであった。
「ああ・・片付けなければいけない仕事を思い出した・・」
立ち上がる俺。
「そんなの・・今は・・どうでもいいじゃない」
バスローブを引っ張ってベットにとどめようとする愛。
「あとで・・・いいじゃない・・・」
「ああ・・」
すべてが・・自然だった。
「ごめんね・・・」
息が荒い女は、身体を引きづりながら、ゆっくりと俺の元へ近づいてくる。だが、俺の身体は動かない。真っ暗な暗闇の中で、耳だけが覚醒(起きている)。
「・・・あなたを・・・こんな目に合わせて・・・」
泣いている?それとも?俺は彼女に・・・何をしたのだろう・・・?
「・・・でも・・楽しかったよ・・・・君との・・」
「・・・・・・・・・」
硬いベットの上に寝かせられている。金縛りにあったかのように動かない俺の身体。
「・・・もう大丈夫・・・検視官は行ったから・・・」
検視官?何のこと?
「・・・・あなたは一度死んだ・・・もう、あなたに敵は来ない・・・死んだことになった。この世界で・・もう・・自由・・だから・・」
俺に近づいてくる女の吐息。それは恋をしているもの・・・ではなく・・・
「私は気づくのが遅すぎた・・・私も・・もうすぐ・・・」
疲れているわけではない・・・彼女は・・
「免太郎さん・・・あなたは自由になって・・・」
俺の本当の名前を呼ぶ声。それは自分のそばまで近づいて、そして
「・・・ん・・・」
俺の口に何かがそれは、唇の柔らかい感触。そして
「・・・・・・
免太郎、本当に好きだったよ・・・・夢の国でのデート・・・ありがとう」
女は、そう言って口の中に何かを入れて、俺の中にそれを流し込む。
「ん・・・」
俺はそれを夢か現実のあいだで、感じ取っていた。
あれは夢?俺は・・・
つづく
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