第18話 キスとため息

「ねぇ・・なんで・・キス・・してくれないの・・?」

隣で、女の声がする。甘い、猫のような声で

「いや・・・僕・・いや・・・俺たち・・・まだ付き合ったばかり・・だし」

イケメンとして完全体となった今、自分の野望を叶えるために生きている元・歩太郎は、美崎愛の部屋にいる。いや、ベットで2人で座っている。

「・・免太郎くん・・」

「なに・・?」

バレた!?

「・・・可愛い・・・」

自分の腕に抱きついてくる美崎愛。

「・・あっ・・・・あはは・・・」

これで正解だったのか?わからないけど、笑顔の彼女を見ていると、まあ、どうでもいいやと思えてくる。それにやけに身体に熱いものがみなぎってくる。性格までイケメンになった今、俺に恐れるものは、なにもない。そう、確信するものはあった。

「・・・最近、免太郎くん・・学校で見ないけど・・何かあった・・?」

「休学届・・出しているんだ・・」

「えっ?聞いてない」

不満顔を膨らませる愛。まるで海の中にいるハリセンボンのようにほっぺたが丸い。

「・・別に言ってないし」

不満顔の彼女も、ちょっと可愛いと思う歩太郎。

「私には言ってよ。免くんの彼女でしょ?」

「・・・免くん・・?」

急に、距離を詰めてくる美崎愛に変なあだ名をつけられる元・歩太郎。

「心配かけたくないし」

「心配するじゃん」

「・・・それより・・醜 歩太郎・・・くん・・学校で知らない・・?」

真剣な顔になる。

「ああ・・アレのこと?」

急に言葉遣いと態度が男っぽくなる美崎愛。やけに男らしくてワイルドな一面をもっているなと思った。

「同じクラスだけど、急になれなれしく挨拶とかしてくるからさ、アイツ。嫌いなんだよね」

「へぇ・・・で、知らない?」

「知らないわよ。急に免くんみたいな態度とるからさ・・現実を教えてやったんだよ」

「なにを?」

「お前、自分の顔見て出直せって。ナンパとか100年、早いって」

「言いすぎじゃない?」

「えっ?」

元・歩太郎は、そう言って、ハッと我に返る。

「どうしたの?」

「・・いや、今の言葉は忘れて」

自分の意思(脳)とは関係なく、つい、発作的に『過去の自分』を擁護する言葉が出てくる。これで何度、女の子の機嫌悪くさせたか。性格がよくなってもこれだ。なぜ、これも矯正されないんだ!

「・・・どうしたの・・?」

下唇を前歯で噛む元・歩太郎。

「いや・・・なんでも・・ない」

「免くん・・・そんなクセ・・あったっけ・・?」

「・・・・・・・・・」

「・・・・今日は帰る・・・・」

コートをスーツの上から着て、美崎愛の部屋(ベット)から、何もしないで出ていこうとする、完全体のイケメン、元・歩太郎。

「・・・・なにも・・・しないんだ・・」

吐息のような、ため息のような、そんな雲ったい言葉を自分の背中にぶつけてくる、愛。その言葉の中に『キスくらい・・してよ・・・』という、無言の圧力みたいなものを感じた。

「・・キス・・する・・?」

振り返ってセリフを言う、元・歩太郎。精一杯のイケメンの雰囲気(オーラ)を、体中から、出して。

「・・・・・・・・・なんか・・・違う・・・」

美崎愛は言う。

「・・・・なにが・・?」

聞き返す元・歩太郎。

「・・・はぁ~」

ため息をつく愛。もう、ロマンティックな時間は、終わった。

「・・・・・・・・」

「・・・・・・・・」

女心が、全然、よくわからない。イケメンの完全体になっても、闇の深い性格が、改善されても、好きな女(子)と満足にキスもできない。そんな現実が、突きつけられていた。

「・・・・・・・・・」

無言のまま、美崎愛の部屋を出て、大豪邸の家を後にする。

「・・・・・・・・・・・・」

『お前は俺の顔になってとっくに気がついているはずだ・・本当は外見さえよければすべてが上手いく・・・それこそが幻想だと』

免太郎の言葉が、急に頭の中に、フラッシュバックする。

「・・なんでだ!・・なんでだよ・・!」

誰も聞いていない夜の帰り道。どこかに電話をする元・歩太郎。

「・・ああ・・・金はいくらでも払う・・」

相手の男はメモをしている音がする。

「そうだ・・死体を持ってこい・・2人の死体をだ・・」

元・歩太郎のその顔は、キツネのように人を信じる目ではなくなっていった。


つづく




「どこか身体でも悪いの?」

「そうじゃないけど・・やりたいことがあるから・・」




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