第16話 ブサメンの矜持(プライド)

パン!

夜中に空間を無慈悲に切り裂く、乾いた銃音が響く。

「真島さん!」

「・・・に・・・げ・・・・て・・」

崩れ落ちる肢体。受け止める間もなく近づいてくる死の匂い。真島さんから流れる、真っ赤な鮮血が、死神がこっちに狙いを定めた証を知らせる。


今度は、俺の番。俺の死。


歩太郎の顔のまま、よくわかんない相手に殺されるという運命。

「うわああああああ!」

そんな運命にあらがう元・イケメンこと池 免太郎の咆哮(叫び)。

『死んで・・こんなところで俺が・・死んで・・・どうする!?』

真っ赤な彼女を抱えたまま、夜の公園をかける。後ろから撃たれる。そんな中で奴の足音が近づく。

ザッザッ

「し・・・・し・・・・」

聞いたことのない心臓の音が、自分の身体の中から自分を音で突き上げる。近づいてくる死。それも彼女も何とかしないと死んでしまう。しかし、戦うという選択肢は元・免太郎の中にはない


『・・・これは・・マンガじゃない・・ドラマ・・じゃない・・・映画でもない


現実(リアル)!!


リアルはだめだ!』


これが漫画なら、戦えたかもしれない。でも、イケメンしか取り柄のない俺が、俺が


俺が!


木の茂みに隠れて、息を殺す。2人とも見つかったら、即・ジエンド。


今度こそ、この物語は終わり。イケメンは秘密に闇の中に葬られ、俺の顔を持った歩太郎は、イケメンのまま、自由に人生を謳歌する。


めでたしめでたし。



「・・・歩太郎様・・ええ・・・標的を取り逃がしました・・」

物語はやっぱり終わらない。やはり、この俺たちの暗殺を指示していたのは、性格がブサメンのままのやつ、元・醜 歩太郎!スマホで連絡を取っているらしい。茂みに隠れた俺たちを狙っている。反社会的勢力か?それともプロの暗殺者?

「・・・・・・・・・・」

息を殺して、しかし、俺たちには時間がない。


元・免太郎は、戦う勇気はない。しかし、逃げる気もない。

「・・・・・・・ちくしょう・・・」


イケメン・・じゃないか・・・おれは!ここで・・・女の子を守るのが・・・俺が今までしたこと!イケメンの矜持(プライド!)


顔はブサメンになっても、心まではブサメンじゃないんだ!


ここで奴(ぶたろう)に屈したら・・


すべて究極のブサメンのまま俺は死んでしまう!!


「・・・・・真島・・さん・・・」

「・・免太郎くん・・」

俺の腕の中で息が荒い真島さんの顔を見て、覚悟を決める免太郎。彼女の手を握る。

「・・・・・・・・・・・」

「俺はイケメンなら・・・真のイケメンならば・・・できるはず!」

「・・・ん・・・?」

何かの気配を感じ取った男が、こっちに視線を向けた。

『来る!』

元・免太郎は、覚悟を決めた。そしてポケットにあったスマホの画面を起動させて、指を静かに動かす。

ドクン・・・・ドクン・・・

ザッ・・ザッ・・・

近づく足音。心臓の音が早くなる。足音と心臓の鼓動が、ゆっくりとシンクロしていく。その頂点(ピーク)に達した、次の時

ウ~ウ~!

「!?」

男の身体が、ピクッと浮き上がる。

パン!

「・・・・・・・・・・」

木の茂みの中で息をひそめていた自分の目線、数ミリ前を、何かが光速に横切るのが、見えたような気がした。それが銃弾だと気づいたのは、少し時間が経ってからだった。

「・・・・・・・・・・・・・」

スマホを持つ手が、びっしょり汗で震えている。小刻みに震えている自分のスマホが、一定のリズムで、音を鳴らしている。

ウ~ウ~

「・・・・・・・・・・・・・」

汗が止まらない。息を吐きだしたら、今、やつに気づかれる。息を止めて、俺は無になる。木の茂みと同化して、あとは、運を神に押し付ける・・・だけ・・・。

「・・・チッ・・・・」

舌打ちが聞こえた。そして

ザッザッザッ

足音が暗闇の中で光速に遠ざかっていく。暗闇の中で男の息遣いが、熱が、徐々に消え去っていくのが、少しづつわかる。

「・・・・・・・・・・・・」

真島を腕で抱きしめていた免太郎は、少し、息を吐いた。もう銃声は聞こえない。

ウ~ウ~

パトカーのサイレンに偽装したスマホの着信音を、ゆっくり震える手で、止める。

「・・・・・行った・・・・か・・・?」

茂みの中から、外の様子をうかがう。暗闇の中で、そこには動く影はない。

「・・真島さん・・・」

「め・・・免・・太郎・・くん・・・・」

自分の腕の中で、真島さんの顔色が薄くなっているのは、気のせいだ。

「・・・助けてくれて・・・あり・・・がとう・・」

「イケメンなら・・当然でしょ!」

「・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・」

「・・・・・聞いてほしい・・・の」

「何を・・・それよりも救急車・・・死んじゃう・・・」


「・・・・免太郎・・・わたし・・・」


「・・・・昔は・・・こんな顔じゃなかったの・・・


じぶんでいうのも・・なんだけど・・・わたし・・きれいだったの・・・・」


「うん・・・自分で自分のこと言いたくなるきもち・・・わかる・・・」

涙を浮かべながら、笑いながら、免太郎は、その真島の言葉を聞いていた


つづく

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