第19話 同窓会前の静けさ

1月15日。西中岡市の朝。その日は厳かに幕を開けた。成人の日だ。

雲一つない快晴。日本晴れというにふさわしかった。

ニュースで紹介されるまでもなく、晴れ着で着飾った新成人の女性たちや初々しいスーツ姿の男性たち。

そしてオラオラと派手に闊歩する袴姿の男性たち。

彼ら彼女らが西中岡の将来を担うべく市民文化会館前に集合していた。


「相変わらず成人式ってのは物騒だよなあ。新成人が会場で暴れたとかよ、西中岡ではマジ勘弁してくれって話だよなあ」

市民文化会館前の広大な駐車場前で大勢の新成人の集まりの中でスーツ姿の雅敏は深いため息をついた。

「大丈夫だよ。私は西中岡の若者を信じるよ。彼ら彼女らには悪い人はいない。希望を感じるよ」

麻美は鮮やかな晴れ着に身を包み新成人を称賛する。

「そんなもんかねえ」

雅敏がぼやく。

「まあ、今日は西中岡の新成人の旅立ちの日だ。素直に祝おうぜ。この後の夜は我らが中学の同窓会が始まるじゃないか!雅敏君。絶対に成功させような!」

同じくバリっとしたスーツに身を包んだ弘樹が両拳を握りゲキを飛ばす。

「ああ、そうだよな。僕は同窓会の幹事。絶対に成功させるさ!新成人の門出祝おうな!」

雅敏もテンションが戻ったようだ。

「二人とも羨ましいなあ。弘樹さん・雅敏さんとは違う中学だったし。今日は私の中学の同窓会なんて予定ないよ。まぁ当時は団結力も何もなかったクラスだったからなあ。バラバラで喧嘩ばっかりでさ・・本当に嫌になる。この後、私は友人たちと愚痴大会に入るかもしれない。どこかの店に退散するわ」

あんなに明るかった麻美までぼやきだした。

弘樹や雅敏は苦笑いしてなだめるしかなかった。

(後で中学時代の愚痴を聞いてやるか・・・。)

弘樹は麻美の彼氏としてこう誓うのであった。


西中岡市民文化会館の大ホールでの市長による講演が始まった。

市長による祝辞も新成人に向けての訓示も空回りする事態に。

案の定、新成人たちは市長の講演中もおしゃべり尽くし。

勝手に席を離れる者も続出した。

大ホール外では我が物顔に新成人らがギャーギャーと大騒ぎしていた。

市長は一通りしゃべると呆れるようにさっさと壇上を後にした。

「あ~あ」「一生に一度の貴重な体験なのに」「子供みたいだね・・・」

真面目に市長の話を聞いてしっかりと着席していた弘樹ら3人はドン引きしていた。


夕方の西中岡駅南口。

スーツ姿で待つ弘樹の姿があった。

「待ったあ~?」

一人の晴れ着ではないパーティー用の装いに身を包んだ新成人のポニーテールの若い女性がさっと弘樹の下へ駆け寄る。

「いや、さっき着いたばかりだ。いよいよだな。美帆子。中学同窓会、楽しみだな

!」

「うん!副幹事として失敗なんてあり得ない。ガッツで乗り切るよ!」

「おう!」

二人はガッツリと拳を合わせて気合を入れる。

「あと幹事の雅敏がしっかりと準備整えてくれたからな。万全だろ」

「うん、雅敏君」は頼りになる。あと弘樹君もね。早く会場の西中岡グランドホテルに行って最後の準備をしようか」

二人は気恥ずかしそうに同窓会の会場のホテルに向けて一緒に足を運び始める。うん

女性の名は林美帆子。弘樹とは同じ中学の同級生であり元カノであった。

中学時代、同じソフトテニス部でありダブルスも組んだ仲で深い絆で結ばれていた。

そんな切磋琢磨した美帆子は弘樹と交際するまで時間はかからなかった。

美穂子は中学時代はベリーショートのバリバリの体育会系女子であった。

活発なショートヘアー女子である美帆子に弘樹が憧れるのは当然であった。

麻美といい、僕はやっぱりショートの子が好みなのかな・・

弘樹が思うのも当たり前か。

今はポニーテールをするまでに髪を伸ばしている。

もちろん、今の髪型の美帆子も弘樹は嫌いではなかった。むしろ新鮮であった。

「どうだ、美帆子。芸大のほうはうまくいっているか?」

「うん、ぼちぼちって感じでうまくやっているよ。学生も先生も熱心な人でね。芸術の海に皆で溺れているって感じで。このまま溺れるのも悪くないや。気持ちいい」

両手をユラユラとかかげて語る美帆子。

「芸術家らしい答えだ。さすが美帆子だ。ソフトテニスも芸術も一生懸命で元カレとして誇らしいよ」

「ふふ・・弘樹も相変わらず温厚な熱血漢だね。羨ましいわ。見習いたい」

「ハハハ」

美帆子は小学時代から図工や美術が得意だった。

中学でも同じだった。スポーツ女子でありながら美術が優れていた。

まさしく絵になった存在であり、本当に絵画の中の少女として描かれたこともある。

その絵は中学母校の廊下に厳かに飾られている。

当然、高校は芸術関係に強い都心の高校に進学した。ソフトテニスのスポーツ推薦もあったが断った。入学した高校でもソフトテニス部に入って頑張っていた。しかし心は芸術に傾きつつあった。弘樹との交際もしばらくは続いていた。しかし高校間は結構離れていた。東京は狭いようで広い。物理的な距離もさることながら畑違いという事も大きかった。しばらくして弘樹と美帆子との関係は自然消滅した。遠距離恋愛の悲哀である。

しかしお互いに希望の大学に進学して充実したキャンパスライフを謳歌した。

そして今回の同窓会関連で二人は再開して意気投合した。

もちろん幹事の雅敏も含めて。


西中岡グランドホテルに到着。大きくて荘厳な白いビルが目を引く。

私たちは中学同窓会の幹事と手伝いだとフロントに告げて会場に向かう。

あれ?

「雅敏君?」

二人同時に声を出す。

既に雅敏が同窓会の舞台となる大広間で準備万端の状態で椅子に座って待機していた。





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