第18話 狼狽と地ビール

「うあああああ!!!」

すごい形相で激しい叫び声を上げて発狂した。

とめどなく溢れる涙。

博さんが自分に乗り移って無念の叫びをあげているようだ。

都心に近い九由里駅が近づいている。乗客は満席に近い状態になっていた。

乗客らの視線が一斉に弘樹を突き刺していく。

「お客様!大丈夫ですか!」

ちょうど弘樹の乗る車両に車掌が巡回していた。車掌はすぐに弘樹に駆け寄る。

「はい・・大丈夫です・・申し訳ありません。大丈夫です・・」

無理に苦笑いを作り両手を軽く上げて問題ないというアピールをする。

「お気分が悪いようでしたら医療機関へ御連絡致しますが」

「ちょっと感情の失禁がありまして・・もう大丈夫です。心配をおかけしました。ありがとうございます」

「ならよろしいのですが・・また何かありましたらお知らせください」

「はい」

車掌は一礼して立ち去る。

ハアハアと呼吸を整える。よし、もう大丈夫だ。

「兄ちゃん、大変だねえ。何があったか分からないが無理すんなよ」

通路を挟んで真横の窓際の席に座っていた中年男性が声をかける。

「お気遣いいただきありがとうございます」

そういえば行きの列車内でも挙動不審だったよなあ。

苦笑いが出てきた。

特急「みくだい」は九由里駅に到着した。車両から降りるとホームのベンチにどっかりと腰を下ろした。

多くの乗客がホームを行き来している。

さっきは参ったな。でも博さんの悲惨な半生を知って何も感じないはずはない。

「兄ちゃん、ちょっといいかな」

さっき声をかけてきた中年男性が話しかけてきた。彼も弘樹の隣に腰を下ろす。

ハンチング帽をかぶり年齢は50代から60代くらいだろうか。

美久台駅から乗車してきたことは確認している。地ビールと駅弁を堪能していた。

「先程はありがとうございました。もう気分は大丈夫です」

「なーに気にするな。で美久台駅で一緒にいた女の子は君のコレかい?」

男性は小指を立てて笑顔で問いかける。つまりは君の彼女なのか?ということだ。

「いえ!違いますよ。ただの女友達であって。それも昨日知り合ったばかりで・・」

ビックリとしてオドオドとキョドってしまう。

「そうなんだ。君はイケメンでモテそうだしな。ま、とにかく多くの女性から好かれることはいい事だよ。女性に限らない。人に好かれるということはそれだけでも大きな財産なんだ。金やモノには代えられないってやつでさ」

「そうなんですか」

多くの知り合いがいることは悪い事ではないし。むしろいい事だ。

しかし量より質なんだ。良い人間関係でなければ意味がない。

中年男性と少しばかり雑談を続けた。

「へえ、西中岡市?大学生か。近くだな。僕は隣の千多市に住んでいるんだ。今は無職だけどさ。こうして色々な街を旅行して今更ながら見聞を広めているわけよ。もしかしたら人生最後の御奉公ってことで自分の生まれた千多に恩返しできるかもしれないんだ」

千多市。西中岡市に隣接し大規模ニュータウンを抱える点など共通点も多い。何かとライバル関係などと言われる両市なのだ。

「最後の御奉公とは?」

「今は秘密だな。見てからのお楽しみよ。そういえばこれ飲むかい?お土産でも良いよ」

男性はバッグから缶ビールを2缶取り出した。美久台地ビールだ。

「え?いただいてよろしいんですか?」

「ここの地ビールは絶品だよ。久しぶりに美久台に行って買い込んできた。気にすんな。他にも買ってあるから」

「恐れ入ります。いただきます。両親へのお土産とします」

「そうだね。親御さんも喜ぶね」

一瞬迷った。さっきの件もあったことだしグイッとそのまま飲んでしまうか?と。

いや、もう少しで成人するとはいえ、まだ未成年だ。このような公共の場所では飲めない。

「お達者でな。お隣だし。また会えるかもしれない。でも、もしかしたら気軽には会えなくなるかもしれないがね。僕は用事があって九由里駅で降りるから」

「・・ありがとうございました」

男性の含みを持たせる言い方に少し引っかかったが。気にすることはないか。

男性と別れて堀境田駅に向かうべく路線を乗り換える。

「何だ?」

またしても違和感を覚えた。・・旅疲れなんだよ。多分。

違和感を振り払うべく列車に乗り込む。そして考える。

今回の旅行は綾香さんとの出会いも強烈だったが博さんという存在の大きさに気付いたのだった。

僕は幼少の頃から良好な人間関係を築いてきた。

明らかにヤバイというような奴やグループからは距離を置いてきた。

もちろん彼らを邪険に扱うとかではなく、適当にあしらって敵対関係までは持っていかなかった。だから彼らも僕に敵意を持つことなく見逃してくれた。

鋭い勘が働いたかどうかは分からないが自然と人を見る目があったのかもしれない。

そして自分を高めてくれる人やグループとは自然と縁が出来たものだった。

とても充実した学生生活だった。小学時代、中学時代、高校時代と良き人間関係に恵まれて此処まで来た。青春そのものだった。

これも博さんの過ごした地獄の人間関係を教訓にして現世では反面教師とされているのか。博さんの苦労が僕の人生に役立ってるということか。

いじめ問題にもっと関心を持たなければ。

彼の遺志を継いでいきたい。そしてもう一冊のピンクのノートも読んでみるか。

幼少のころ、妹の春奈が信じられないことを口走った。

「この前にね、お兄ちゃんは言ったよ。『僕はここに来る前はとてもつらい目にあって大変だったんだ』って」

覚えている。でも僕は嘘だろ~って否定したけれど・・・。

博さんが僕の前世?信じられないかもしれないが信じてみよう。

綾香さんにもLIMEで自宅に着いたと連絡するか。

さて、次は同窓会の準備で忙しくなるぞ。

そっと田中家の門をくぐった。


「うわっ、苦っ!」

自室にてこっそり地ビールを口に含んで吐き出した。

ビールってこんなに苦かったのか。あまりおいしくない。

やっぱりまだ飲めないや。どうする?捨てるか。

残り1缶はウイスキーと一緒に親父にお土産としてあげた。

慣れれば美味しく飲めるんだろうけど。

やれやれといった弘樹であった。







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