第17話 博の地獄の人生
めくってみたブルーのノートにはボールペンの手書きの文字がびっしりと埋まっていた。お世辞にも字はきれいとは言わない。それでも一行感覚で書いてあり読みやすいのかな、と感じた。
ええっと・・・。心の中で読み上げてみる。
はじめに。
私、田上博は美久台市に生まれ育った。地方小都市在住の田舎者である。
いい年した独身で女なしの屑である。
幼い頃は体が弱く体格も貧弱だった。体格だけでない。心も弱かった。
だから舐められやすかったんだろう。
物心ついたときから近所の悪ガキどもに蹴っ飛ばされた記憶しかない。
幼稚園でも他の園児たちに小突かれ回されてよく泣いていたらしい。
小学校一年生の頃だったか。校庭で他の保護者の女性に静かに言われた。
今でも印象に残っている。
「あなた、因縁重いね・・・・」
因縁。これから始まる私の地獄のような人生の始まりだった。
いや、既に地獄は始まっていたんだが。
単刀直入に書く。私の人生はいじめと人間関係で人生を大きく狂ってしまったのだ。
生きていて幸せだと感じたことは一度もなかった。この世の地獄だった。
幼・小・中・高・大・社と人生どの時代も気が休まることもなく痛めつけられた。
原因は私に人を見る目がなかったことである。
次に嫌なものは嫌だと言えなかった弱い性格だったからである。
そして悪い輩に目を付けられやすい人間だったからである。
このノートに書いてあることは私、田上博の惨めで情けない人生の記録である。
ノートを読んでくれた人に望むこと。私を反面教師にしてもらいたい。
そして何らかの形でその教訓を生かしてもらいたい。私みたいな人間をこれ以上出さないように。
私と似た境遇の人がいたら助けてやってほしい。
では次のページから心して読んでほしい。
ゴクリ。
弘樹は息を飲む。いじめか・・・。深刻な社会問題になってることは百も承知。
自分は幼少の頃からあまりいじめを受けた記憶がない。そればかりか楽しくて充実した人間関係を謳歌してきたと思っている。ま、とにかく読んでみよう。
次ページをめくる。読み進めてみる。衝撃の内容の連続だった。
内容を要約する。
博はとにかく友人に恵まれなかった。人生を通して。
友人は一応できた。向こうから話しかけてきてくれた。
唯一の友人は始めは友好的に接してくれたが次第に化けの皮が剥がれて意地悪な側面を出していった。
小学校の頃は友人を家に上げれば自分の部屋を物色されて荒らされた。
小突かれる。眼鏡を取り上げられる、からかわれる、は日常茶飯事。
中学に入るとさらにエスカレート。
唯一の友人は悪い連中とも付き合いを始め一緒になって博をいじめて痛めつけた。
おかしいと思った時にはもう遅い。逃れられなかった。卒業するまで。
休みの日は絶えず呼び出された。呼び出しの電話の音が苦痛だった。
呼び出された悪党どもの家では絶えず殴る蹴るの暴行を受けた。
学内でも暴力を受けた。自分の鉛筆は連中に絶えず折られてしまう。
暴力により顔面を負傷し学校中で問題になった。
教師連中は被害者である博を問題児のように蔑んで見下した。
複数の男性教師によって刑事ドラマの取り調べのような尋問を受けた。
自分が弱いことを責められ続けられた。
自分は被害者なのに。
加害者連中が親と一緒に自宅に謝りに来た。この惨めさは当事者でないと分からない。
高校時代も馬鹿にされまくり。根暗そのものだった。恋愛?そんなもの縁がなかった。
なんと大学時代も同様だった!大学に入ってまでいじめ??
またしても友人選びを間違えた。そいつは最初は明朗な好漢だと思っていた。
案の定、悪い輩とつるみ始め一緒になって博を殴り続けた。
昼も夜も安心できなかった。呼び出しに応じなければアパートに押し掛けて暴れた。
大家にも他の住人にも迷惑をかけた。
悪党連中のアパートでは地獄だった。殴る蹴る、いじるの様子を録音されて連中の楽しみとなった。
おかげで人間が歪んだ。大学生のくせに恋愛一つできなかった。
大卒の学歴が欲しくて歯を食いしばって我慢して卒業したけど。
社会人になっても同じだった。介護の仕事に就いた。
まあ、同じことを何度も繰り返すもんだ。
またしても友人選びを間違えた。もちろん奴も最初は悪くなかった。
次第に悪の自己中な正体を出していった。
まず、他人の時間を大切にしない。会うにしても人の都合を考えずいきなり電話で呼び出してくる。非常識な時間帯にもかかわらず。
翌日の仕事が早いのに深夜に呼び出して長時間拘束する。
そして趣味のある公営ギャンブルを次第に押しつけがましく博に強要していった。
夢とロマンがどうのこうの。ギャンブルにそんなものないのに。
ギャンブル券の買い出しを強要し続けた。
奴は次第に博に自分のギャンブル代をせびる様になった。色々と理由をつけて。
金貸してくれと。
その執拗さは常軌を逸していた。昼夜問わず携帯で呼び出してくる。
博の自宅の周りを絶えず徘徊する。異動した新しい職場にも押しかけてくる。
奴と一緒になれば金を出さない限り、まとわりついてくるから仕方なく金を出す。
当然金は返してくれない。
意を決して奴と絶交するべく徹底的に無視を決行した。
奴はしつこく何年にも渡りまとわりついてきた。
そしてやっと奴との縁が切れたと思ったらもういい年。恋愛も結婚もできなかった。
人を見抜く目がなく、嫌なことは嫌と言えず、悪い連中に目を付けられやすい自分という惨めで情けない人間の末路。
今では残された人生を消化試合のような生活をしている。
せめて来世では普通の人生を歩めるように徳を積むべく空き缶拾いに明け暮れている。
弘樹は厳しい目をしてノートを読み進めていた。顔面には汗がだらだらと垂れていた。空調の効いているはずの特急列車内にも関わらず。
降車駅である九由里駅が近づいてきた。
ノートを静かに閉じた。顔面をくしゃくしゃにしてガクガクと震えだした。
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