第16話 ミスと準ミス <綾香視点>

弘樹の乗ったシャトルバスが美久台駅に向けて出発しビール園の敷地を出て道路に入り、視界から消えた。

それまでニコニコしていた綾香はふうっと肩の力を抜いてつぶやいた。

「やっぱり好青年系のイケメンはカッコいい・・・・」

観光客が行き交う色とりどりのイルミネーションの下、歩きながら思いを巡らす。

こりゃ可愛い弟ができたみたいで嬉しい。しかし彼が言うには彼女がいる。残念。

頼み込んで手をつないで良かった。イケメンの手の感触がまだ残っている。

右手を見つめてしみじみと感じる。

それに完璧すぎないイケメンってところが良い。

ちょっとオドオドしたりキョドるところがちょっと可愛い。上から目線で尊大な奴よりは一万倍も良い。彼女いて当たり前か。

私?ミス美久台に選ばれる前に彼氏に逃げられた。些細なことで喧嘩して別れた。

私がミスに選ばれた事実を元カレは何を思うのだろう。連絡も取っていないし元カレも連絡してこない。彼もまた弘樹と雰囲気は似ていた。さぞかしモテるのだろう。

新しい彼女はできたのかな?彼は今何をしている?

そんなの関係ない!今は今だ!ブンブンと首を振って未練を吹き飛ばす。

それにしても・・・このビール園の温泉に混浴があったならば・・・。

裸身にバスタオルを巻いてそろりそろりと混浴エリアに入る自分。

そこに待ち構えている笑顔のイケメンの青年弘樹。

腰にバスタオルを巻いているが上半身は逞しく腹部は6つにきれいに割れている。

鍛え上げた細マッチョの弘樹は綾香を始めとする女性陣を魅了した。

「綾香さん、湯舟に一緒に入りませんか?」

「・・・うん・・」

湯船の近くまで行くとお互いにバスタオルを外して・・・

そんな想像とともに綾香の顔が緩む。

「何ニヤニヤしているの?綾香さん」

ハッと我に返る。この声は・・・・!!!

綾香と同じく伊達メガネをかけた同じく薄い茶髪のショートパーマの若い女性が目の前に立っている。

「あっ、由香里さん!あなたもイルミを見に来たの?」

勝又由香里。小悪魔的な雰囲気を醸し出している彼女は準ミス美久台だ。

勝間田と勝又。同じ「カツマタ」だが此処の地方に多い苗字なのだ。

私はこの子は決して嫌いではない。しかし何か苦手だ。

彼女は私に対して対抗心を燃やしているからだろうか。

「今の男性誰?もしかして彼氏?」

ぶっきらぼうに腕を組みながら問いかけてくる。

「彼氏じゃないけれど、東京の人で。ちょっとしたことで知り合って。美久台を観光案内していたの。それだけ」

困った人に出会った。それに叔父さんの夢のお告げで出会ったなんて言えない。

言ったところで頭のおかしい女と思われるだけだ。

「へえ東京?どうやって知り合ったの?まさか、言えないような出会いかな~?」

「・・・それは・・それは勝手でしょ。由香里さん、あなたは彼氏いるでしょ。人の交友関係に余計な詮索はしないで」

「そりゃどーも。でも仲良かったよねえ。一緒にビールを飲んでさ」

「観光案内の一環で飲んだだけよ」

見られていたか。

「ツリーの前で手まで繋いじゃってさ」

「!!」

「彼氏じゃなくて何?名言できない関係なんでしょ。まあ色々と遊びたい年だしねえ。気持ちは分からないまでもないけどさあ・・・」

「・・・・」

「自分の立場分かっている?ミス美久台だよ。市の顔なんだよ。どこの馬の骨とも分からない男と深い関係になって・・トラブルになったらどうするの?」

「・・・・」

「不祥事になったら美久台市に泥を塗るわ。全国ゴシップニュースにもなるわ。

・・・何をやっているのかしらね」

何も言い返せない。関係が一線を越えていないとはいえ、手を繋いでいるところを見られていたなら言い訳はできない。

「これからは気を付けるわ。由香里さん、ごめんなさい」

「せいぜい気を付けてね。美久台に迷惑だけはかけないように」

ぷいっと綾香に背を向けるとイルミネーション下の群衆の中に消えていった。


しばらく呆然とする私。何をしているんだろう。

彼女の言うことは正論だ。

「・・・さて、帰るとするか」

ビール園を出て自宅がある富丘駅の付近へと歩いてゆく。

由香里さんとは仕事は一緒にこなしている。仕事はできる人だ。

イベントでは一緒に並んで笑顔を振りまいている。

でも彼女は私に対していい気分を抱いていない。詳しい理由は分からない。

自分が準ミスだからか?

一年近く前、市民会館の大ホールで最終選考が行われた。

私がグランプリ。由香里さんは準グランプリ。

私は彼女の納得いかないという表情を一瞬だけど見逃さなかった。

理由はそれ?

・・・そんなことはない!決めつけるな!彼女はれっきとした「仲間」だろ!

首を激しく降る。

富丘駅前を通りかかった。ビール園帰りの酔った観光客でごった返していた。田舎の小さい駅だというのに。

東京か・・・大都会の駅は人が凄いんだろうな。

自分の住んでいる住宅地に入る。

明日も弘樹君と会わなければならない。

今度は軽率な行動をとるのはやめよう。ちょっとお堅い感じでいくか。

「少し飲みすぎたかな」

自宅の敷地の門をくぐった。







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る