第15話  「 博ノート」を渡される

翌日の午前。弘樹と綾香は美久台市役所へ徒歩で向かっていた。

地方都市らしく道路は車の往来が激しい。

「悪いですね。市役所に付き合っていただいて・・」

「いいのよ。昨日私も決めた。市職員になると。そう決めたら違和感なくなったから」

「でも他に観光地に行くとおっしゃっていましたが・・・」

「ええ、でも今日は趣旨を切り替える。昨日ちょっとあの後・・・」

表情を一瞬曇らせた綾香を弘樹は見逃さなかった。

「あの後?シャトルバス乗り場で別れた後、何かあったんですか?」

「ううん、何でもない。今のは聞き逃して」

「・・・・・・・」

追及されたくないという顔をしている。まあ、黙っておくか。

「見えてきたわ。ここが美久台市役所ね」

ひときわ大きくて白い建物が目に入る。目立つなあ。

納税週間やら○○高校の○○選手、全国大会出場の垂れ幕がかかっている。

「綾香さんは時々ここへ通われているんですよね?」

「ええ、観光情報の共有やイベント時の行動確認などでね」

「では行ってきます。すぐ戻ってきます」

「ゆっくり見回ってね。行ってらっしゃい」

綾香さんからしたら「バイト先の職場」だもんなあ。「同僚の目」が怖いもんな。変装だってバレるだろう。さすがに一緒に市役所に入るわけにはいかない。

しかし昨日何があったんだ?

まあいい。見学とパンフレットの収集だ。

受付の女性の明るい雰囲気が好感を持てる。

一階の市民サービス関連の窓口の職員のキビキビとした対応もよろしい。

学生の身分である自分が判定できる筋合いはないんだけどね。

その後、観光や市の情報パンフレットも複数頂戴して市役所を出た。

東京の自治体のパンフレットはすべて所持しているし。

訪れた街のパンフが欲しいなんてな。空き缶拾いにしてもそう。

我ながら変な「性癖」だよな。思わず苦笑いが出る。博さん譲りなのかな。


その後は意外にも美久台市内にある大規模なニュータウンの見学を行った。

「この住宅地は勾配がありますね」

「地域全体が大きな坂となっている美久台ならではよ。でもここはまだ軽いよ。私の通っている大学のある街のニュータウンは更なる急勾配で足が痛くなるくらい」

「これからニュータウンの高齢化が進行します。公共交通機関の整備が必要ですね」

「そうね。路線バスの新設や増設が必須だけどうまくいかない現実もある」

「中心市街地から遠いですもんね。高齢者だけでない、車を運転できない学生らの生活にも関わる問題です」

「そのために同時に『ミニ中心地』の整備も必要なのかなと」

将来は行政に携わる仕事を志望している若者らの意見交換が続いた。


夕方。「特急みくだい」に乗り込もうと美久台駅の改札を通過しホームへと足を運ぶ。

綾香も続く。発車まで少しだけ時間がある。

スーツケースだけでなく地元お菓子などの土産を買い込んで荷物がかさむ。

特に親父に頼まれた銘水を使って仕込んだウイスキーが更に荷物を重くする。

「美久台の魅力は一泊だけでは分からないわ。ぜひ何度も足を運んでね」

「はい、もちろん!とても気に入りました。何度でも行きますよ。博さんのお墓参りにも行きたいですし」

「叔父さんも喜ぶと思うわ。あっそうそう。実は渡したい物があってね・・」

綾香は自分のカバンから大きな封筒を取り出した。糊付けで封がされていた。

封筒には「まだ見ぬ若人への遺言 田上博」とマジックペンで書かれていた。

「これは・・・?」

「叔父さんからのメッセージね。中にはノートが入っていると思う。夢の中で言われたの。今度会う弘樹君に渡してくれと。祖母の自宅で見つけたの。私は中身を見ていないけど」

「・・・分かりました。受け取ります。後でじっくりと目を通してみますよ。博さんのメッセージ、興味あります。何が書いてあるんだろう」

「うん、叔父さんもそれを望んでる。ではまたね。さようならとは言わない。だって私たちは友人同士になったのだから。連絡はいつでもとれるし」

「自宅に着いたらLIMEを送りますよ。昨日今日と色々ありがとうございました」

「連絡よろしくね」

まもなく発車時刻だ。マリンブルーの列車に乗り込む。

この番号の席か。窓際の席に座る。窓の外から綾香が笑顔で手を振っている。

弘樹も笑顔で小さく手を振る。そしてゆっくりと列車が動き出し速度を上げてゆく。

沿線の住宅地がしばらく続く。

ありがとう、美久台。綾香さん、そして博さん。

「さて、西中岡に帰ったら今度は中学校同窓会の準備で忙しいな・・雅敏君と美帆子、大詰めだな。まあ中学校時代は生徒会長として心残りなこともあった」

思わずつぶやく。

美久台旅行は確かに楽しかった。しかし、にわかには信じられないことだらけだった。

美久台に着いてから観光地よりも先にフラフラと墓地に行ってしまったり。

そこで見知らぬ若い女性に話しかけられて仲良くなって観光地巡りをしたり。

そしてこのノート?を渡されたり。

封筒を見つめてみる。何が入っているのか。

今、開けてみようか?封筒を思い切って開けてみた。思い切りが大切だ。

二冊のノートが出てきた。同じ種類だけど薄いブルーとピンクのノートが一冊づつだ。

書いてある内容が微妙に違うのだろうか。

まずブルーの表紙のノート。

「私の体験を反面教師にせよ。俺みたいになるな」

次にピンクの表紙のノート。

「教訓を次に伝える。俺みたいになるな」

マジックペンで書き込んである。

読んでみるか。

まずはブルーのノートのページをおそるおそるめくってみた。














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