第7話 意外な説教
「売店にでも行くか」
足をくるっと返すと学食などがある学生生活棟へと歩きはじめる。
既に学食は昨日で営業を終えている。売店は今日までだ。パンでも買うか。高校生みたいだな。
学生生活棟に入り営業終了の札が掛けられている学食の前を通り過ぎると売店が見えた。
いかにも昔からある売店って感じ。今では結構な数の大学が学内にコンビニをオープンさせているのにまだ西中岡大学では頑張っている存在なのだ。
数人の学生がいる。もうすでに今年の講義は終了しているので所要の用事がある学生がついでに利用している位なのだ。
少しばかりの日用品や文房具など学生に必須の物品やちょっとしたパンやおにぎり、ペットボトルのお茶などを販売している。コンビニを更に小さくした地味な店だ。
店にいた学生らが会計を済ませて出てきた。
「こんにちわ。今年の終わりですね」
店員の小奇麗な中年女性に話しかける。
「あら、弘樹君じゃないの。いらっしゃい」
「パンを買いに来ました」
「こんな寂れた店をよく利用してくれてありがとう。大学の外にはコンビニやらスーパー、ドラッグストアが沢山あるのにね」
「こういう庶民的な店を出来るだけ利用して残ってほしいと思います。活気ある街づくりとはチェーン店ばかりを誘致することばかりではありませんから」
「そう言っていただけると有難いんだけど。この売店ももうすぐでコンビニに衣替えすると見ているよ。この売店はキャッシュレスも通用しないし導入する予定も聞いていない。もうすぐ閉鎖させるつもりじゃない?これも時代の流れ。仕方がない。その時は店員を辞めて隠居するよ」
CASH ONLYの札の横にあるレジの前で店を見渡し笑顔を見せる女性。
この女性は村田澄子。かつては弘樹の高校の売店の名物おばちゃんだった。売店に
殺到する高校生にパンをテキパキと売りさばいていたことを思い出す。
弘樹ともよく雑談をしたものだった。
皆から惜しまれつつ定年退職をして、なんと再雇用でこの大学の売店に再就職したのだ。非正規の臨時職員だ。
「この大学へ入学して村田さんを売店で見かけた時はビックリしましたよ」
「弘樹君に会いたくて再就職したんだよw」
「ハハハ」
「冗談よw」
笑顔で雑談を交わす。さてパンを買わないと。パンの棚を探す。棚はガラガラだ。
さすがにパンもおにぎりも少ないな。時期だけに仕方ないか。
あるものを買うしかない。何にしようかと迷った。う~ん。
「ねえ、弘樹君」
急に真面目な顔をした村田が話しかける。
「はい、何でしょう」
「・・弘樹君は今、幸せの海に溺れていない?」
村田さん、何を言い出すんだ。あっけにとられる。棚に手を伸ばした手が止まる。
「ええっと、それはどういう意味ですか?・・」
思わず振り向く。
「幸せ過ぎてこのまま溺れて沈んでしまうのか心配でね。目を覚まして我に返って泳ぎ出せばいいんだけど」
「・・・・」
体を村田の方に向ける。
「あなたを見ていると思う。今、ちょっと有頂天になっているな、と」
「つまりはおごらずにもっと謙虚になれと・・」
下を向く。
「そうね。それもあるんだけどね。今の幸せがあって当たり前だと思っていない?」
「・・すみません、私も至らないところがあります。気をつけたいです・・」
「ごめん、責めている訳でなくて。長年の女の勘っていうか、思いというか・・。あなたは自分だけでなく他の人も幸せに出来る人だと思う。ぜひ行動してほしい」
「・・・・」
「あ、気にしないで。商品決まったら教えてね」
「はい」
残り少ないパンの棚から残り一個のあんパンを手に取り村田に手渡し小銭をトレイに差し出す。
「ありがとうございました。来年も良いお年を」
「良いお年を」
売店を出る。生活棟を出る。歩きながら考える。
村田から思わぬ説教を受けてムッとした?全くしなかったといえば嘘になる。
説教というほどキツイものではない。むしろやんわりとした物言いだった。
でも分からない。僕は傲慢な態度を出しているわけでもない。今の地位を当たり前だと思ってもいない。ましてや他人に対しても穏健に接してきたつもりだし。何でだろ?
ましてや、他人を傷つけるというなどということは・・・
「??」
そう思った瞬間、妙な感覚に襲われた。
グワングワンという感覚と共に、悪寒がした。
「助けてくれ・・・助けてくれ・・・」
そんな声が聞こえてきたのだ。
何だ・・・?同時に聞こえる。苦しんでいる人影が見えるような見えないような。
幻覚なのか。
「助けてやってくれ・・・彼を俺と同じ・・過ちを・・繰り返させるな・・・」
思わず走り出す。
うああ!!
大学の正門を出る。何ともない。なんだ今のは。
ハアハアと息を切らす。全く気味が悪い。とにかく走ろう。
小走りで駅へ向かう。
ショッピングモールを抜けて西中岡駅の自由通路を抜けて南口へ出る。
よかった。さっきの悪寒はもうない。
「なんなんだよ・・・本屋にでも入るか」
大型書店に入る。
斎藤教授に言われた通り、年明け早々に旅行にでも行こうと思っていたところだ。
旅行地図コーナーへ歩みを進める。
弘樹は書店には度々足を運ぶのだ。書店というのは暇つぶしだけでなく知識の宝庫なのだ。図書館と変わりがない。むしろ最新の情報が書店には詰まっているから重宝している。古書店は古い文献を探すという点でも同じく重宝しているけどね。
「さて、どこの街がいいかなあ」
漠然と棚に並べられている観光情報本を見つめる。
ふと、目に留まった。
「吉岡県 美久台市 高原観光都市」
美久台市か・・・強い惹かれる思いを感じて本を手に取った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます