第6話  「前世」を意識し始める

翌日27日。少し遅い午前の時間帯、弘樹は今年最後の大学への通学を行っていた。春奈は高校が冬休みだし、雅敏も今日が今年最後だけどゼミの事について跡片付けがあるというが午後からなので弘樹一人の通学であった。西中岡北口を出る。駅前広場のベンチの近くに空き缶が落ちていた。

「よいしょ」

いつもの通りに空き缶を拾うと近くの缶入れに入れる。

我ながら思う。これは癖なのかな。善行には違いがないのだけれども普通の人はあまりやらないよな。第三者から見れば変に思われているのかもしれない。

「・・お陰で今年の初夏のあたりに‥ちょっと面倒なことになったよな・・」

天を仰ぎ、独り言をつぶやき自嘲する。

「さて行くか・・」

足を速め、次第に駆け足でショッピングモールを通過し大学正門をくぐる。

向かった先は大学教授らの研究室が集まる研究室棟だ。

雅敏と同じくゼミのことについて今年最後の確認や教授と話をするためだ。

研究室棟に入る。教室などのある棟に比べて雰囲気が厳かで静かなのだ。

廊下や壁の色も深い色でやや薄暗い。教授や講師という権威というものなのか。

3階だったな。軽快に階段を駆け上がる。エレベーターもあるが若者だったら足腰を鍛えないといけない。階段を上り終えたところでノートや本を抱えた女子学生二人とすれ違う。お互いににっこりと笑って会釈する。

『斎藤富治 研究室』という札のかかった一室の前で止まる。一息入れるとドアをノックする。

「どうぞ、入りたまえ」

「失礼します」

ドアを開けると小さな研究室の一室はいかにも教授の部屋という感じだった。

入口に向けておいてある重厚な椅子と机。背後にはびっしりと本が並べられた本棚。

壁には都市研究の専門家らしく東京都や西中岡市の都市地図が張り付けてある。その横には色々なグラフの入った大きな張り紙。斎藤教授は研究者として一線にいた。

真っ白い髪や深い顔の皺。それでいて細身な体。苦労人であろうことは想像できた。

「コーヒーでいいかい?インスタントだけどな。いつものブラックだね?」

「はい、いただきます」

「では、椅子に掛けたまえ。少し待ってくれ」

斎藤の机の前に応接室のように低いテーブルと両脇にソファーが置いてあった。

弘樹は静かに腰を下ろして部屋を見渡す。

「熱いぞ、気をつけてな」

「いただきます」

コーヒーを口に含んでふうっと息をつく。

「田中君、昨日の市民会議。ご苦労だった。出席者の皆は太鼓判を押してたぞ。さすが私の秘蔵っ子だ」

「何とか無事に乗り切れて良かったです」

「道路や線路は都市や地域にとって血管だ。車両は酸素を運ぶ赤血球だ。だから交通機関を軽視して都市という強靭な体は維持できない」

「おっしゃる通りです。例えが秀逸であります。私もアスリートとしてそう思うのであります」

コーヒーを口に運ぶ。

「血管を作る場所を間違えたり、血流の流れが悪くなると体調も悪くなる」

「逆に絶妙な場所に血管があり、血流の流れが良いと体調もぐんと良くなりますよね」

「その通りだ。しかし都市にも色々あってな。人間にも色々とあるように。千差万別なのだ」

斎藤はそう言うとソファーから立ち上がると窓際から窓を眺める。

「はい」

斎藤は両手を大きく広げて外を見る。

「善人、悪人、健康人、病人、多忙な人、暇な人、高尚な趣味を持っている人、反対に低俗な趣味を持っている人、体格の大きい人、小さい人・・・。田中君、分かるね?」

「分かります。都市と人を重ね合わせているんですよね?様々な人がいるように様々な都市があると」

「そうなんだ。田中君、その『色々な人たち』を自分の目で直に確かめてみたくはないか?」

斎藤は弘樹の方へ体を向けて問う。

「・・つまりは旅行。つまり色々と旅に出るべきということですね?」

「よく気が付いた。なるべく色々な街に出かけなさい。この目でその街の風景や実情、市民をよく観察し交流しなさい。自分の目で街を確かめることが大事なんだ。基本だ」

「机にしがみついてパソコン、書籍を見るだけでは分からないことだらけですもんね」

「善は急げだ、年明けにでもどこか気になった街があれば旅行にいったらどうかな?

日帰りでも構わないが出来ることなら一泊位したほうがじっくりと観察できるよ」

「検討してみます」

「旅行は楽しいぞ。観光地を巡るのも悪くないけど行政を見学するのも一考だ」

「なるほど・・」

斎藤との会話が弾む。その後、来年のゼミの話などをして研究室を出た。


「おう、雅敏君か。君も今日は研究室に用事があるんだってな」

「ああ弘樹君、僕はこれからだよ。ゼミのプリントやらを整理しないといけなくて・・はあ、気が滅入る。結構乱雑になっているんだよ」

「大変だな、まあ僕のことは気にしなくてもじっくり作業してくれ。後でLIMEしてくれれば・・・ん?」

二人は中庭で出会い、一緒に歩いていたが、例の如く空き缶が転がっているのを見つけた。

さっと駆け寄って拾う。

雅敏がその様子を見て少し顔をこわばらせた。

「弘樹君・・ちょっとだけ言わせてもらうよ。あまりそういう行為は人に見られちゃいけないと思うんだ。夏前にもあったろ?お陰で変な宗教団体に絡まれて・・・」

あった。空き缶を拾っていたら新興宗教の構成員にしつこく話しかけられたことが・・・。

「ゴメン、雅敏君。気をつける」

「うん・・」

雅敏と研究室棟の前で別れると弘樹は自己嫌悪に陥った。

「マズイマズイ、あんなことがあったんだよな。気をつけなきゃ。これからは人に見られないように拾おう・・・」

頭を抱えた。雅敏に心配をかけたことも後悔してしまった。

昨日、皆で学食で前世の事を一瞬考えたことを思い出した。

前世か・・僕の前世もこうやって空き缶を拾いまくっていたんだろうか。

「さて、どこの街に旅行へ行こうか・・」

気を取り直して、キャンパスを歩く弘樹であった。









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