第5話  街づくりについて激論する

夕方の5時過ぎ。西中岡市民文化センターの机と椅子が仰々しく並べられた会議室の一室。

木原や弘樹をはじめとした西中岡大学からも数名参加していた。他大学学生や市民団体や市民有志の姿や自治会長の須藤や市の担当者も見える。

マスコミ関係者も一部会場の片隅にて陣取っていた。

「あのテレビ局は地方局だな。地方ニュースで一瞬だけ取り上げられるだけかな」

「でも一瞬取り上げられるだけでも儲けものかもしれませんよ」

指導ソフトテニス部だが本当に手短に終了した。少しストレッチと軽く打ち込みをしたら来年度の連絡をして終わり。麻美と雅敏はすぐに大学を後にした。

「大変長らくお待たせしました。では西中岡市街づくり市民会議を今から始めます。今日のテーマは『ニュータウンにおける交通機関とは』についてです。自由闊達な発言を歓迎いたします」

司会の女性が開会を宣言する。

まず、市の担当者がプロジェクターを使い、モノレール延伸計画や構想を説明していく。住宅地がひしめき、大学も多い東京西部では重要な交通機関だ。

その後の市民らの討論では混迷を極めた。

「私はモノレールのこれ以上の延伸は断固反対します。そもそも採算がとれる確証がありません。建設費だけで何千億円もかかる。これから高齢化と人口減少が始まろうとしているのに。西中岡にモノレールなんて反対です」

「しかし公共交通機関の整備は必要です。高齢化が進行しているとはいえ高齢者にとっては重要な足です。高齢者の運転免許返納が叫ばれているからこそですよ」

「だったらバスやタクシーがあるではないか。それらの活躍の場を奪ってしまうよ」

「今はバスやタクシーの運転手のなり手が少なくなりつつありますから。悲惨なバス事故や労働環境を見て運転手になりたいという人は減るでしょうし。だからこそモノレールなどの整備は必要だと思います。採算採算と言っては進歩がありません」

「モノレール建設のためには用地買収が必要だしモノレールの真下を通る道路だって今のままでは通せない。路面電車でも同じだ。道路拡張とかやって何十年かかるとでも・・」

「起伏が多く山がちで人口が多い東京西部は縦横無尽なモノレール網の整備が必要です。現在、鉄道のない市だってある。鉄道敷設など現実的でない以上モノレールしかない」

「では採算が取れなかったらモノレールの巨大な橋脚などはどうなる?廃線したら野ざらしか?解体費用も税金か?だったら既存のバスを活用するしかない」

「でも利便性には代えられない。遅延の少ない鉄道の利点を・・」

「他の鉄道会社と競合してしまうよ。現実的ではない」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

市民らが喧々諤々とした議論を繰り広げていた。

そして弘樹も発言の機会を与えられた。マイクを手に持つ。

「初めまして、西中岡大学の田中です。皆さんの意見は正論です。ごもっともだと思うんです。しかし私が感じたのは採算が合う合わないなどの両極端な議論に終始していると思うんです。モノレールにしても『プチ延伸』とかはできないものなのでしょうか。その場合も市民の足にとって必要な路線を厳選すべきです。確かに先程説明された延伸計画をすべて実行なんて絶対にできません。莫大な年月、費用、労力がかかりますし様々な問題が浮上します。沿線の人口分布や年齢構成も変化するでしょう。

他交通機関との競合だってあります。沿線の施設などだってどうなるか分からない。

しかし一切取りやめてしまえとは少々乱暴です。ニュータウン内とか居住地域に限って何か公共交通機関をもっと整備できないものかと素人的には思うのです。モノレールに限らずバスなどでもです。これから高齢者が多くなります。足腰が弱くなります。遠出が難しくなります。高齢者が車を運転するのが難しい時代になりつつあります。高齢者に限った話ではありません。現役世代でも子供でも気軽に利用できる交通機関があれば行動の範囲が広がります。車の交通事故の心配をせずに。それは地域の発展にもつながります。『単なる折衷案』だという批判は甘んじて受けるつもりです。ありがとうございました」

静かにマイクを置く。

「うまくまとめたな。さすがチトシ学科の得意分野だ」

木原が腕を組みつつ頷く。

ほほう、と感心する声が出席者から漏れた。

「私も必要な延伸は歓迎しますよ。鉄道空白区の市町にも早く鉄道が通ってほしいですよ。住民の利便につながります。自治会を運営している者として思います」

須藤も同調する。

さらに少し議論を重ねて市民会議は終了した。


「先ほどはお疲れ様でした」

西中岡駅近くの居酒屋。懇親会が行われていた。

「いや~皆さん、実に雄弁でしたね。特に田中君。君の話はもっともだと思ったよ」

すでに酒で顔を赤くしている須藤が日本酒のお猪口を含む。

「いえいえ、緊張しましたが何とか頑張れました」

「彼は西中岡大学の誇りですよ。」

同じく顔を赤くしている木原がビールジョッキを片手に弘樹を持ち上げる。

「やめて下さいよ・・まだまだ私は一年坊で・・」

「照れんなよ。ハハハ」

同じくでき上っている他学生もちょっかいを出す。

唯一のまだ未成年である弘樹はソフトドリンクで我慢していた。

酒って美味しいのかな?興味はある。

「田中君って将来の西中岡の市長にいずれ就任するんじゃない?私はそう思う」

「え?私はそんな器ではないし・・・」

「そういう器だと思うよ~。既に市長の風格が漂ってきている。間違いないぞ」

「『田中弘樹市長』うん、違和感ない!」

まいったな・・・少し困惑してきた。

出席者達の弘樹持ち上げは止まらない。

「田中君なら西中岡にとどまらず都知事だって狙えるぞ」

「都知事?やめてよ~。都知事なんて今はタレント、アナウンサー上がりばかりじゃないの。田中君にはそういう世界には出てほしくないなあ」

「やはり地元の西中岡市か隣の千多市とかがいいよ」

「いや、やはり東京都の代表になってもらいたい」

「でも・・・」

「だって・・」

完全に蚊帳の外に弘樹は置かれていた。苦笑いするしかなかった。

未成年である弘樹は先に帰宅することになった。

他の出席者は引き続きどんちゃん騒ぎを繰り広げていた。

「失礼します!今日はありがとうございました!」

「元気でな~」

店の出口に向かう弘樹の後ろ姿を見て、木原が呟いた。

「あいつは絶対に大物になる・・・絶対に」





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