第3話 英雄になりたかった小麦粉引き③

「君は英雄ハールンデッドが好きなんだね」


 ローゼットとマルクは、学校から逃げて、都市の外れまで来ていた。城塞に囲まれた都市ではあるのだが、ここまで来ると閑散としている。


「うん、大好きだよ、あんなに強くなれればって思う」


「たしかにすごい強いよね」


「だろー! あんなのがいればケモノだって怖くないよ」


 城塞は基本ちゃんと管理されているのだが、数日前に少し崩れたのか、穴が空いていた。

 マルクは土をえぐるように蹴飛ばす。


「ここさぁ、早く埋めてくんないかなって思う。俺たちくらいの子供だったら通れちゃうぜ」


「そうだね……大人たちは気づいてないだろうか」


「さぁ、わかんないけど……母ちゃんに言うべきかな……」


 ふたりでうーんと唸ってみたが、子供の二人が急に何かを思いつくわけでもなく、だんだん考えることにも飽きてくる。マルクは、近くにある廃墟に行くことを思いついた。


「えっ。危なくないの?」


 提案すると開口一番ローゼットは怪訝そうな表情を浮かべた。マルクはいやいやと頭を横にふる。


「いやいや、探検するって言ってもちょっとだけだし!もし探検したら、なにかいいものを見つけられるかも」


「まあ、ここにいても日が落ちてくばかりだけど……」


 そうそうとマルクは、ローゼットの言葉を頷いた。一人で行くのに、薄暗く勇気が出なかったが。同じ英雄を好きな同士、ローゼットとなら行ける気がした。なんせ、好きな話が出来るのは初めてだったのだ。


「ここで家とか帰れるけどさ、そしたらなんか……また話せない気がして。俺、お前ともうちょっと話したいんだよ」


 マルクは眉根を寄せて、ずいっと前に出る。考えてみれば、人と異なりたい、特別でありたいとおもっているのに、もしかしたらもしかしたらだけど、寂しくないと言えば嘘なのかもしれない。話の合う人と、関わりたいと思うのも、本当だった。


 ローゼットはマルクの様子を見て、目を丸くしたが

小さく笑った。


「私といたいって……君は変わっているなぁ」


「へへへ、いいじゃん、いいじゃん、さあ、行こう!」


 マルクとローゼットは廃墟に向かって駆け出した。



 もともとうらぶれた売春宿の跡の廃墟なのだが、マルクもそこで具体的に何があったのか、幼さゆえにわかってないところがあった。随分ベッドがあるなとか、埃っぽさの中にタバコと化粧の匂いが壁に染み付いている。


「くっさーなんだよここ」


「窓に柵までつけられて……入り口以外、本当密室だったんだろうね……逃さないためかな」


「バイシュンヤドって聞いてるから、宿の一種なんだろうけどねぇ」


 床に広がるカーテンらしい布を踏みつけながら、あたりを見回していると……なぜか唸り声が聞こえてきた。聞いたことのない唸り声だった。野犬の鳴き声と違う。その得体のしれない鳴き声を聞くだけでゾクリとした。

 とてもやばいものに目をつけられているのかもしれない。ローゼットは警戒するように周囲を見る。


「マルク、さっき、穴があったよね。子供なら通れるってくらいの……」


「うん……まさかっ」


「……モンスターが入り込んでいるのかもしれない」


「えっ」


 仰天するマルクに、ローゼットは静かに腰元から剣を引き抜き、構えた。

 そしてマルクに耳打ちする。


「入り口の広いところへ! 狭いところでは剣が振るえないっ」


 マルクが駆け出した途端、唸り声が響くように強まっていった。心の底をぎゅっと掴んでくるような、殺意に満ち溢れた唸り声だった。

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