第15話 最終話


【 先輩へ

 次の土曜日お時間ありますか。一緒に来て欲しいところがあります。】


 シンプルなメール。ドキドキして文面を何回も考えたけど、シンプルなものを意識した。先輩からの返事は直ぐに来た。


【 分かった。場所はどこに行けばいい。  】


 先輩とのもしかしたら最後のお出かけになるかもしれない。

 それでも私は完成させたかったの。







「どこに行くんだ」


「先輩と一緒にいきたかったところ」

 私はおじい様の美術館の前に来ていた。本日定休日の看板がかけてあり入り口は塞いであるが中からは光が見えた。


「今日休みなんじゃ」


 振り返る先輩をよそに私は正面玄関より右に曲がる。


「大丈夫です」


 手を引いて歩く。私は始めて先輩と手を繋ぐ。前にもこうやって手を引いて歩いたことがあるのかな。私が前を歩いているのでどんな顔をしているのか見えない。借りている合鍵で中に入る。誰も居ない事務室を横切り、電気を付ける。


 私が書いた先輩が一面に並んでいた。二十枚ほど並ぶ絵のサイズは大小さまざまで、リビングに飾ってあった天使の絵も運び込んでいた。


「これは」


 ゴクリと唾を飲み込む音がする。先輩は握っていた手をほどき、事務所の入り口から出ると近くにあった子犬と戯れる天使の絵に近づいた。


「私が書いた先輩です。おばあ様にお願いして一日貸し切りにしてもらったんです」


 準備のために仕上げに取り掛かった絵、どの配置にするかも念入りに考えた。一日貸し切ることになったけど、準備のために一昨日から美術室の方は休館にしていた。一人で準備するつもりだったけど、美術館の人達も手伝ってくれた。条件としてこの中の絵から一つ寄贈してほしいとのことだったので、私は、一番気に入っているこの子犬と天使の絵を寄贈することにした。


「全部俺なのか」


 絵を指さしながら先輩は聞く。モデルをしてもらっていてもハッキリと私が書いていた絵を見せたことは無かったかもしれない。デッサンをした絵はあくまで先輩のイメージを掴みたいものだったから、モチーフにしているとは思っていなかったのだろう。


 そのままの人の輝きを描きたかったけど、それじゃ私は先輩を描き切れない。


「はい。先輩のイメージからくみ取ったものは天使などのモチーフに書いているんですけど」


 食い入るように先輩は見ていく。裏口から入ったため、事務所入り口が一番最初に目にする絵だったので、私は気合を入れた作品を展示していた。


「入り口の方にあるのは前の私が書いたものです。半分からこっちは最近描いたもの何ですけど」


 昔の自分がどんなイメージを掴んで描いたのか分からないものを完成させるのは戸惑った。「今」の私の作品になってしまうことは変わりないから、あまり手を入れていない。


「ありがとう」


 先輩の目からは涙が流れていて慌てて袖で拭こうとしたので、私はハンカチを先輩に手渡した。


「お礼を言うのは私の方です」


 閉じ込めたいという気持ちは分からない。一緒に色々な風景を見ていければいい。もう少し大人になったら先輩の方が私を重荷に感じるかもしれない。


 学生時代に進路で別れるのは一生の別れになることもあると母さんは言っていた。取り巻く環境が変われば隣に居られなくなることもあると。


「正直、描き切れてないんです」


 毎日見せてくれる表情が変わるから、私の心の中にポッと光がと持つような感覚で。表現してもすぐに違う色を塗りたくなる。黄色で表したいときもあらば赤も混ぜたくなる。天使で表しているときもあるけど、先輩が悪魔のように怒り狂う時もあるのだとしたらその姿も見て見たくて。


 時間が足りない。一生かけても先輩を掴み切る事なんかできないのかもしれない。


「じゃぁ、まだ一緒に居てもいいんだな」


 嬉しそうに私に抱き着く先輩。ふわりと石鹸のいい香りがする。


「一緒に居ていいんですか」


 自然と私も先輩に腕を回す。おでこをくっつけて先輩は今までにないほどのキラキラした笑顔を私に向けた。


「君に捕まったんだ。簡単には離れてたまるか」


「しつこい位に一緒に居ます」


 昨日より今日の君が輝く。


 君はきっと私を飽きさせない。


 それ以上にわたしは君を愛してしまったから、手放さないよ。


 先輩。

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放課後美術室で待ってるから 綾瀬 りょう @masagow

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