第14話
学校に来て最初の頃は心配して何人かの子が声を掛けてくれたけど、その後は特別親しくしなかった様子からするに、きっと友達じゃなかったんだよなって思いなおす。
中学時代と同じで特別仲の良い子がいないだけ。
じゃぁ、どうして私は先輩とあそこまで距離を無くしていたのかな。
放課後、美術室で絵を描いている。
先輩がひょっこり顔を出した。
「ホームルーム終わってすぐに教室向かったのに、美術室に来るの早すぎないか」
どこか嬉しそうな先輩。母さんが心配していた原因は数日後には判明した。先輩を脅している動画を発見した。ガラスを割った先輩を脅して、モデルを頼んでいただけなのに、それなのに先輩は私のことを軽蔑するわけではなく、協力してくれていた。多少引いていた様子も見て取れない訳じゃなかったけど。
「君を描かせてよ」
動画に残されていたセリフ。家に帰ると描きかけの絵もほとんどが先輩がモデルのものばかりだった。描きたいのに、掴み切れていなくて、描くほどに分からなくなっている自分。好きとか嫌いとかじゃなくて純粋に描きたいと思う人。
「窓ガラス割ってないのに」
小さすぎて聞き取れないほどの声。病室に毎日来ていたけどどこか心配そうな表情をずっとしていた。
「うん。先輩じゃなきゃやっぱりだめだ」
目覚めてからもずっと絵のことを考えていた。お見舞いに初めて来たときは戸惑いしかなかったけど、時間が経つにつれて目が離せなくなる。明日また来てくれるのか、不安になる。他愛のない話だけど、それがとてもうれしかったから。学年が違うから分からないことの方が多いはずなのに、それでもほぼ毎日会いに来てくれたから。
家に帰って貴女を描こうとしている自分がいたことに驚いた。そしてどんな絵を描きたいかも、掴み切れていないのは私の感情がハッキリさせるのを恐れていたからなんだって。先輩を独り占めしたくて、出来なくて言葉に表していたのかは分からないけど、病室に来てくれている先輩の雰囲気からしてきっと恋人関係にはない。それなのに足蹴もなく来てくれる。
「どんな俺を描きたい」
表現者は表現する媒体を人それぞれ選んでいる。音楽で表す人、言葉で記す人。私は絵としてこの世に感情を浮き彫りにさせている。他の選択肢を選べるほどに器用じゃない。
「書いたらそれが最後」
ハッキリさせたい。先輩に対するそれが礼儀だと思うから。大好きを絵で表したいと思うようになるなんて思わなかった。天使で表現したり試行錯誤している昔の自分。今の私ならどうやって彼を表現する?
「どうして」
戸惑いを隠しきれていない先輩。泣きそうな子どものような顔をしている。年上の男の人に言っては失礼かもしれないけど。
「好きでした。今でも大好きです。先輩には幸せになって欲しい」
ありきたりのセリフ。おじい様はどうやっておばあ様を幸せにしたのかな。絵を描くことでしか呼吸が出来なかったおじい様。天才は孤独と隣り合わせ。理解してもらえないこともある。
理解してほしいのは当然だ。一人は寂しいから。破天荒だったおじい様がおばあ様を残して先に逝くとは思わなくて、でもおばあ様はそれを理解していたのか、何処か誇らしげだった。
「どうして一緒に歩むっていう選択肢が無いんだ」
先輩はその場に鞄を落とす。どうしてここまで仲良くなれたのかな。
「私はきっと先輩を失望させますよ」
「大丈夫」
「絵に囚われているんです。又先輩を描きたいのも昔の自分が先輩に興味を持っていたからだからどうしてなのか知りたいんです」
モデルを断ればもう僕の前には表れてくれないような気がした。窓ガラスを割らなければ彼女を知ることは無かったかもしれない。ただモデルを頼まれただけだったかここまで彼女に執着しないかもしれない。
「それが全てじゃない」
彼女の一部だから。嫌いになるのであれば彼女自身を受け入れないこととなる。
「絵を描くこと以外空っぽなんですよ。女としての魅力もなくしているのに」
「君を手放すより辛いことなんてない」
「他の人にも使ってるセリフですか」
「初めて使った」
僕と彼女はこうしてまた放課後美術室に集まる様になった。
そして数か月が過ぎてまた彼女は学校に来なくなってしまった。
忘れてしまっていたのに「先輩」は毎日のようにお見舞いに来てくれて、私は彼とどんな関係性だったのかとても不思議だった。十人並みの容姿、彼以外にお見舞いに来てくれたのは家族以外には居なかった。
思い出そうとしても中学校までの友人関係しか思い出せず、思い出したとしても特別親しい人はいない学生時代。高校には通っていたのに覚えている顔ぶれは居ない。それなのに授業にはついていける違和感。ただ私一人に割り当てられている美術室だけとても懐かしい。絵の具の匂いがそうさせているのかもしれないけど。
「無理しなくていいんだからね」
「無理はしてない。ねぇ、母さん私はどうして人物画を描いているの」
捕えたい人が居ないから描いていないはずだったのに、私のスケッチブックや下書きには一人の人が多く登場している。その人と分かるような絵もあれば天使に置き換えてみたり動物で表現してみたりと色々あったが、それでも私が書いているのは一人の人だった。
「毎日お見舞いに来てくれてた男の子いたでしょう。その人にモデル頼んでたのよ。携帯に動画残っていない」
言われて私は動画を探していた。置いてきぼりの感覚が怖くて画像データなどは何も見てはいなかった。
その中の一つに自分が絵を描いていたところにサッカーボールが飛んできて窓ガラスを割る動画があった。途中からポケットにしまってしまい音声だけ。
「私はこの人を脅してモデルをしてもらっていたの」
出会うきっかけが無かったのかもしれない。正面からお願いをしようと思わなかった自分が恐ろしい。
母さんが戸惑ったように頬を描いていた。
「見せてくれた時にわたしが同じこと言ったのに、どうしても描きたくて正直にモデルを頼めなくてその方法を取ったって言っていたわよ」
戸惑った表情にもキラキラとして温かさを感じる。表現したくても出来なくてだから私は動物にしたり天使に例えたりしていたんだ。
それでも先輩からにじみ出る魅力をとらえきることが出来ていない。
「母さん、私って絵ばっかりで取りえないのにどうして先輩はお見舞い来てくれていたのかな」
事故のせいで覚えていないからと言って私は彼に「貴方誰」と言ってしまった。それなのに先輩は毎日来てくれた。学年が違うから私の学年でのことは分からないみたいだけど先生のこと。これから進級していく上での注意点。
親しくしていたのか分からないから、少し距離を置いている私に寂しそうな顔を向けてくるのが印象的だった。
「弱気になるなんてらしくないわね。貴女らしく、生きてる証拠じゃない」
「私、先輩を描きたい」
忘れる前ずっとずっと追いかけていた人。私が描くにはもったいないくらいの人。
でも私は彼を描きたい。
「協力してくれるかな」
「毎日お見舞いに来てくれていたんだもの。それが応えでしょう」
「ねぇ、母さん一つお願いがあるの」
内緒話をすると母さんはにっこりと笑った。
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