第12話
どうしてこんなにも年下の女の子に振り回される自分がいるのか分からない位に俺はあの子に夢中になっていた。今までは誰にも深入りしないよう気を付けながら遊んでいた。
半分そのせいで遊び人と呼ばれるようになっていた。本当の俺を知って幻滅されたくない。だから最初から距離を置いていれば深入りされることも何もないからと割り切っていた。
「そういえば後輩ちゃん大丈夫なの」
お昼休み売店で買い物をしてきて食パンにかじりついていた友人が心配そうにしていた。俺は口に運びかけていたジャムぱんにかじり損ねてしまった。
「何が」
聞いていない。そもそもここ一週間で会っていない。クラスに会いに行っていいのか悩んでいて行動できていなかった。いつも美術室で会っていたからその場所以外で会いに行っていいのか分からなかった。学校では彼女の方が俺を描きに来てくれていたから自分から誘った動物園以外は中々声を掛けられないでいた。
いつもはもっと気軽に女の子と遊んでいたのに、あの子が前だと調子が狂う。どうするのが自分にとって一番なのか分からない。どうすれば振り向いてもらえるのか考えていた。
先日で仲良くなった気がしている。一週間会えていないのは避けられているからだと思った。
「知らないのか」
意外そうに友人は二口目のパンをかじっていた。
「だから何をだ」
手にしていたパンを俺は握りしめていた。友人は一呼吸おいて俺の目を真っ直ぐと見てたいた。
「彼女交通事故にあったんだよ」
確かに一週間くらい前に一年の中で子供をかばい交通事故にあったって言っていた。
「本当、か」
名前を出されていなかったので気にして居なあった。偶然休みなのだと思っていた。
「本当だって」
「容体は」
「詳しくは。担任の先生に直接聞いてみた方がいいんじゃない」
「そうする」
***
教えてくれたのは美術の顧問の先生だった。担任の先生は俺に言うのをどこかためらっているように見えた。
市で一番大きな病院に一人部屋。会いに行ったことを後悔するかもしれないと言われた。会うか会わないかは自分で決めろと。
面会は家族の方だけでと言われ僕は入り口で途方に暮れていた。知らない。俺は信じない。昨日笑っていただろう。君の方が俺に抱き着いてきてくれただろう。
なのに、君はもう俺に笑いかけてくれないのか。
「光樹君」
反射で振り返るとそこに居るのは彼女によく似た女性だった。
「やっぱり、光樹君。お見舞いに来てくれたの」
「あの」
「わたしあの子の母親です。いつも楽しそうに貴女の話をして絵を描いていたから。もう面会時間終わっちゃったから明日来れる。でも学校があるわよね?」
「来られます」
「じゃぁ、まずは腹ごしらえと行きますか」
「ちょっと」
「大丈夫。あの子は今戦ってるの。わたし達もめげてちゃダメじゃない」
その笑顔が、きっと郁香が笑ったらこんな顔なのかなと、思ってしまった。花が咲いたように笑ってくれた事は一度もないけど、とても、似ている。
「似ていますね」
「いつもは似てないって言われるのに、ごはんご馳走してあげる」
ふんわりと笑うその笑顔が彼女のものに似ているから僕は頬を伝う涙を拭うことが出来なかった。
「泣いているの」
しゃがみ込む彼女のお母さんは僕にハンカチを差し出してくれた。
「思っていたより泣き虫さんなのね。大丈夫」
確信に満ちた表情。
「簡単にあの子が負けるはずないわ。だってわたしの子供だもの」
***
それから毎日のように彼女の病室に通うようになった。小学生の子供をかばって彼女は交通事故にあってしまい、守った子は軽傷で済んだらしい。
一人部屋で彼女の体には管が沢山繋がれている。意識が戻るかどうかの山場の一週間を過ぎてしまい、この後目覚める可能性は低いと言われている。
「俺をまだ描き切っていないだろう」
俺を描きたくて声を掛けて来たのに。まだ終わっていない。それなのに勝手に辞めるだなんて許さない。やっと近づいてこれたと思ったのに。
日差しが入る日曜日。彼女と会ってからちょうど半年目の記念日。気が付けば俺は三年生に進級していた。彼女は一年生のまま。出席日数が足りなくて留年してしまった。在籍するか学校側と相談したと聞いている。
ゆっくりと瞼が揺れる。
起き上がれるようになったと聞いて俺はなんて声を掛けていいか悩みながら病室に足を踏み入れた。目を覚ました直ぐは色々あったので病室に近寄れなかったけど。
「貴女、誰」
無垢な瞳に何度もなんども僕は見つめられて全てをさらけ出そうと見つけ出そうとしていた彼女の瞳に僕は映っていない。
意識を取り戻してすぐ、先生に検査が終わった後説明に同席させてもらった。母親は凛としていてそばに居る僕の方が心配を隠しきれていない。
少し困ったように先生は診断結果を照らし合わせながら話してくれた。
「記憶喪失、彼女の場合は中学校くらいにさかのぼってしまっていますね」
記憶をなくすと言っても全てを忘れるわけではないらしい。本人が戻りたい所まで記憶がさかのぼることがあるらしい。彼女の場合はおじいさんが生きていた時に戻っているとのことだ。
「治るんですか」
普段の陽気な雰囲気とは変わり力のない声。母親はギュッと握っているこぶしをほどくことはしなかった。
「治るかどうかは、彼女の心次第ってのもありますからね。こればかりは」
薬で直るわけでもない、ある日突然に戻ることもある。判断が難しいと言っていた。
「ご家族の方には普段通りに接してほしい。本人が一番混乱していますから」
「分かりました」
髪の毛に隠れて見えなかった表情。俺は支えるようにして病室を後にした。
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