第10話

 気が付くと動物園の最寄りの駅についていて、慌てて電車を降りる。駅からは徒歩十分もかからない位の距離で、先輩は私の手を繋ぎながら歩いていく。


 拒否するのも悪いし、何より迷子になりたくないため私は振りほどくことなくそのまま歩いていた。


人だかりがあるコーナーは有名な動物がいることが多い。動物園の人気と言えばパンダとライオン。動物園にはパンダはいない。ホワイトタイガーが確かいたはずだ。


 各々が連れと楽しそうに動物を眺めている。小さい子供のはしゃいだ声、仲良く肩を抱き合うカップルもいる。

 先輩はライオンの展示の前で足を止めてしまった。眺めている人々に興味のなさそうな表情をしているライオン。日向ぼっこが気持ちいいのか、寝そべったまま、周囲を見ていた。


「先輩ライオン好きなんですか」


「ネコ科の動物が好きなんだ」


 猫じゃらしで遊んでみたらどんなことになるのかな。先輩の瞳は釘づけだ。


 普段見られない先輩を、可愛いと思う。そんな先輩を私は心のスケッチブックに沢山メモしていた。



***



 俺はデートに誘ったつもりだったの、気が付いていない気がする。


 歩きながら小山田の話を少し聞けたのは嬉しかった。俺だけが一方的に言っていると思われたくないから。偶然見つけた展覧会。俺の描いた絵が寡作で入賞したから記念に観に行ったときに飾ってあった、年下の女の子の絵。一年しか違わないのに俺よりも十分にうまくて、でもそれは賞に出したものじゃないから記念で飾られていただけ。


 男の子と犬が寄り添っている。目が離せない。


 高校になって後輩として入ってくるって知ったときにびっくりした。どこかの有名私立に行ってエスカレート式で美大とかに行くものだと思っていた。あのときの少女と一緒の学校に通えると思ったら胸が躍った。


 美術部に入部はしたけど展覧会には一切出さないというのが彼女のポリシーらしい。委員会も異なり接点がない中で、やっとつかんだきっかけ。


「君の絵を描かせてよ」


 どんな絵を描くのか気になっていた少女は僕のことを描きたいと言い出した。窓ガラスを割ったしまったことに混乱し詳しいことは聞けないまま気が付けばモデルとして絵うようになった。


 他人と距離を置き深入りしない姿。同級生の女の子は仲良く話しているのに、彼女からは絵の具の匂いがした。こっそりと香水をつけてきたり制汗スプレーの匂いじゃない。


 ぷにぷにと頬を触られた。さわり返してやりたい衝動を堪えながらデートに話を持って行った。少しでも長く一緒に居れば俺のこと気にしてくれるかな。興味の対象に入れるかな。仲良くしている男子を見たことは無いので大丈夫だと思うけど、彼女は実は隠れファンが多い。本人は気が付いていないし、告白も告白と気が付かれない人が何人かいた。同じ轍を踏まないように慎重に小山田に近づいて行く。


 まずは絵のモデルじゃなくて一人の人として見てもらいたい。後一年ちょっとしか一緒に居られないんだ。進路で時間がさけなくなる前に、神様がくれたチャンスを生かさないと。



***



 動物園に行った後から先輩は他の部の手伝いもあり週に一回くらいしか足を運べないことに頭を下げていた。


「大丈夫です」


「でもまだ完成していないんだろう」


 私が描きたいのは先輩であって先輩じゃない。先輩自信を描きたいのであればすでに十分な時間はもらっている。


「時間はいつでも見つけます」


 先輩には内緒で放課後の部活動のスケッチをする。美術室で学べることも多いけど躍動感溢れる絵を描きたいのであれば動いている人事態を描かなければ。


 私が初めて見たときと同じように今日はサッカー部のお手伝いをしていた。他の選手を相手どり先輩はやすやすとその間を潜り抜けてゴールを決めていく。他の生徒たちも見に来ているのが分かる。どこに居てもひときわ目立つ先輩。人気が高いのに彼女が居ないというのが不思議だ。


「ちょっと、また来てるよ」


「絵なんか広げちゃって」


 言われるのはあまり気にしないようにしていても描かない人からしてみるとこうやって絵を広げていることが不思議なことらしい。どこにでも溢れているモデルをその時の表情を治めたくて追いかけているのに。


 先輩は動いているときの方が一番キラキラしている。それを知っているから美術室で二人きりでいるよりもこうして外に出ているときの方が私の求めている表情がつかめるから。

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