第8話 私のことはデイジーでいいわよ
ハリス侯爵家に突入したヘイズ王国警察によって、ハリス侯爵は逮捕された。逮捕容疑は人身売買と横領だ。ヘイズ王国では奴隷制度が廃止されたものの、奴隷が欲しい貴族を相手にした人身売買が後を絶たなかった。ヘイズ王国警察は人身売買を追っていたものの、証拠なく貴族の屋敷に立ち入ることができず、捜査は難航していたようだ。
そこに私の父(ウィリアムズ公爵)から持ち込まれた情報によって大規模捜索が開始され、人身売買組織の摘発が行わることになった。私が意図したものではないが、ヘイズ王国警察の捜査に協力した形だ。
その後、ハリス侯爵家は人身売買と横領の罪によって有罪となり、身分を貴族から平民へ降格させられた。ハリス侯爵家が貴族ではなくなったから、私とハーバートの婚約は自動的に解消された。
――やっと婚約解消できた!
無事に婚約解消できた私の興味は、ヘイズ王立魔法学園の学園祭の準備へと移っていった。
***
学園祭の準備は順調に進んでいた。ロベールはいつも親切・丁寧に仕事をしていたから、学園祭の準備を通して生徒会メンバーはロベールに一目置くようになっていた。
私が生徒会室に入ると、生徒会メンバーのメアリがロベールと一緒に作業していた。
「ロベール、ここの飾り付けはどちらがいいかしら?」
「ここは、こっちの方がいいですよ。ほら、看板が目立って通行人から見えやすくなります」
「まあ! なんてすばらしい。ロベール、ありがとう!」
ロベールとメアリが楽しそうに話しているのを横目に見ている私。
――ちょっと、もう少しロベールから離れなさいよ……
これ以上二人の世界に入らせてはいけない。
私は「ロベール、こっちを手伝って!」と言って、ロベールを呼んだ。
「マーガレット様、かしこまりました。メアリ、また後でね」
――ん?
私は重要なことに気付いた。
ロベールはメアリを『メアリ』と呼ぶのに、私を『マーガレット様』と呼ぶ。
『様』が付いている時点で、私とロベールの間に目に見えない壁を感じる。
――メアリよりも私の方がロベールと親しいはずよね?
私とロベールの間にそびえ立つ見えない壁。それを取り払うためには、まず『様』を捨てさせることが必要だ。
それに、私の愛称は『デイジー』だ。家族や仲の良い友人は、そもそも私のことを『マーガレット』とは呼ばない。
※Margaret(マーガレット)の愛称は Daisy(デイジー)やMaggie(マギー)などです。
だから、私はロベールに私のことを『デイジー』と呼ばせることにした。
「そういえば、私のことは『マーガレット様』ではなく『デイジー』と呼んでもいいわよ」
「本当ですか?」
「当然よ。わ、私たち……、と、友達ですもの……」
「僕を友達と思ってくれているのですか。うれしいです。では、デイジー……なんか照れますね」
ロベールは満面の笑みを浮かべて私を見てきたのだが、私はロベールの顔を直視できなかった。きっと私の顔は赤くなっていたはずだから。
私は話題を学園祭の競技会に変えた。
「ロベール、あなたは競技会に参加するの?」
「はい、参加します。クラスのミーティングで決まりました。僕はあまり戦いが好きではないのですが。デイジーは?」
「私も出場するの。あ、いいことを考えた」
「何ですか?」
「賭けをしない? 競技会で私たちが対戦することになったら、敗者は勝者の言うことを1つ聴く。というのはどう?」
「敗者は勝者の言うことを聴く、ですか?」
「そう。ちなみに「死ね」とかはナシよ」
「はあ、分かりました」
「じゃあ、決まり!」
――ふふふ、引っかかったわね……
私はロベールに気付かれないように、笑いを噛み殺す。
***
学園祭当日を迎えた。生徒会メンバーは実行委員として忙しく学園中を飛び回っている。
ヘイズ王立魔法学園の生徒は貴族だけだが、貴族と平民との交流を深めるために、私は積極的に貴族以外の来場者を集めた。これは私の父(ウィリアムズ公爵)が進めようとしている融和政策の一環でもある。工業化が進むヘイズ王国では、雇用者である貴族と労働者の対立を避けるために融和政策が重要になっているのだ。
私たちが周辺に住む平民を招待したことから、学園祭には貴族以外の来場者が殺到しイベントや屋台は大盛況となった。
もちろん、私は孤児院の子供たちも学園際に招待した。
孤児院の子供たちがロベールに連れられて学園際にやってきたから、私は子供たちをゲートまで迎えに行った。私がゲートに着くと、寄付で貰った服を着ておめかしをした孤児院の子供たちがいた。
「マーガレットお姉ちゃん!」
ハリス侯爵から救出されたサラが私に抱きついて言った。
「サラ、体調は大丈夫?」
「うん」
「元気になったみたいで、良かったね」
私はそう言ってサラの頭を撫でた。
他の子供たちも学園際の屋台を興味津々で見ている。食べ物の屋台がたくさんあることに興奮しているようだ。
「食べたいものがあったら、お姉さんが買ってあげるから言うのよ」
「はーい」
私が子供たちの手を引いて屋台を回っていたら、コソコソと話をしている生徒の声が聞こえてきた。
「マーガレット様が小汚い子供たちと喋っていらっしゃるわ。どうしたのかしら?」
「本当。しかも楽しそう。珍しく笑っていらっしゃるわ」
他の生徒は怪訝そうに私と子供たちを見て噂している。
私は常に公爵令嬢としての威厳を保ちつつ行動している。つまり、いつも笑顔を見せず、気を張って過ごしている。だから、他の生徒には私と子供たちの会話が奇妙に映っているのだ。
――私の笑顔がそんなに珍しいかな?
私は他の生徒にどう見られているのか、何となく理解した。
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