第7話 気のせいよ。忘れなさい

 私は父への説明が終わったので、応接室でロベールと紅茶を飲んでいた。ロベールは出されたカップの装飾が気になるのか、僅かに手が震えているように見える。『落として割ってしまったら弁償させられる!』とでも考えているのだろうか?


 それにしても、以前からハリス侯爵には悪い噂が絶えなかった。さらに、5年前に私の父に取り入って息子のハーバートを私と婚約させたころから、派閥内でも度々問題を起こすようになった。派閥の他の貴族との関係もあることから、ハリス侯爵は早めに排除するべきだ。


 私がそう思いながら紅茶を飲んでいたら、フィリップが音もなく現れた。


 私はいつものことだから気にしないが、フィリップの突然の出現に驚くロベール。

「わっ、ビックリした」


「あ、失礼いたしました」とフィリップは言った。


「それで、どうだったの?」


「お嬢様の推測通りでした。ハリス侯爵家にある小屋に鎖で繋がれた子供たちがおりました」


「そう。じゃあ、お父様にそのことを伝えて頂けるかしら?」


「畏(かしこ)まりました。お嬢様はどうするおつもりで?」


「私は先に子供たちを助けにいくから、部下を何人か貸して下さる?」


「承知いたしました」

 フィリップはそう言うと、音もなくその場からいなくなった。


 ***


 私、ロベールと従者4名は飛行魔法でハリス侯爵家に向かっている。

 ロベールは飛行魔法が得意ではないようで、私のスピードについてこられない。


「マーガレット様、ちょっと待ってください!」


「急ぎなさいよ。置いて行くわよ!」


 私とロベールがしばらく飛行するとハリス侯爵家の上空に着いた。フィリップの話では、本館から離れた小屋に誘拐された子供たちがいるらしい。


 私たちが上空から小屋に近づいたところで、小屋の中からハリス侯爵家の守衛が出てきた。


「何者?」


 守衛がそう言った瞬間、ロベールが手刀で守衛を気絶させた。


「マーガレット様、ここは私に任せて下さい」


「私を守っていただけるのかしら?」私はロベールに意地悪く聞いた。


「いえ、そういう意味ではなく。マーガレット様が攻撃するとややこしいことに……」


「まっ、ややこしいですって?」


「何と言うか、手加減を知らないといいますか……」


「『小屋ごと焼き尽くす』とでも言いたいわけ?」


「いえ、そこまでは……」


 ロベールが小屋の中に入ると、5人の子供が鎖に繋がれた状態で発見された。

 ロベールはその中の一人を見つけると「サラ!」と叫んだ。名前を呼ばれた少女は「ロベール……」と言って泣きながらロベールに抱きついた。

 きっと、怖い思いをしていたのだろう。


 ロベールがサラを落ち着かせている間に、私と従者は他の子供たちを繋がれた鎖から解放した。


 私たちが小屋から出ようとすると「何者だ?」と声が聞こえた。

 目の前にはハリス侯爵家の守衛が3人立っている。小屋を警備していた守衛と連絡が取れないから、本館から出てきたようだ。


 ここで騒がれると困る。私はとっさに火属性魔法を無詠唱で発動しようとした。


(ヘルズ……)


 その瞬間、フィリップの声が聞こえた。


「お嬢様!」


「あら、フィリップ。ごきげんよう」私は誤魔化した。


「お嬢様、上級魔法をこんな場所で使ってはいけません。今しがた助けた子供たちを黒焦げにするおつもりですか?」


 守衛を無視して口論している私とフィリップ。それに困惑している守衛たち。

 その隙をついて、ロベールが手際よく守衛3人を気絶させた。


「お見事です。ロベール様!」とフィリップは言った。


 ロベールは褒められてまんざらでもない顔をしている。


――褒められて嬉しそう……


 私は悟った。ロベールは褒められると喜ぶらしい。

 とりあえず私はロベールを褒めてみることにした。


「さすがロベール! すごかったわ!」


 ロベールは嬉しそうな顔をしている。

 私は更にロベールを褒めてみた。


「カッコイイ!」


 ロベールは嬉しそうな顔をしている。

 私は更にロベールを褒めてみた。


<中略>


「ところでマーガレット様。さっき『ヘルズ』って聞こえたような気が……」


「気のせいよ。忘れなさい。ロベール、あなたは何も聞かなかったのよ」


「そうですよね。こんな場所でヘルズ・フレイム(地獄の烈火)を使うわけありませんよね」


「だから、使わないって!」


「僕とフィリップさんは何とかキャンセルできると思いますが、他の人だと難しいでしょう。マーガレット様、僕かフィリップさんがいないときに魔法を使わないでくださいね」


――ん?


 ロベールはさっき『僕がいないときに魔法を使わないで』と言った。

 言い換えれば『魔法を使うときは僕が横にいます』だ。

 もう少し踏み込めば『いつ魔法を使うか分からないから、僕が隣にいます』と同義。


――これって、プロポーズ?


 いやいや、落ち着け。


 ハリス侯爵家の本館の方を見ると、数十人のヘイズ王国警察の職員が取り囲んでいるのが見えた。やっと父が動いたようだ。


 私はプロポーズ?の余韻に浸りながら、ボーっとその光景を見ていた。

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