第6話 愛人につぎ込んでいるようです
孤児院の外に出た私は「フィリップ、こちらへ!」と従者を呼んだ。私が呼ぶとほぼ同時に現れたフィリップにロベールは驚いている。
「マーガレット様、こちらは?」
「私の護衛兼従者のフィリップです。周りにあと4人いますが、気付かれないように隠れています」
「ああ、そうですか……」ロベールは昨日も従者が隠れていたから、それほど驚いた様子はない。
私が外出時に従者を連れている目的は大きく、護衛と調査だ。ちなみに、護衛任務は私を敵から守るためではない。私が戦闘した場合、正当防衛であっても公爵令嬢がヘイズ国民を死亡させると面倒が発生する。だから、私の代わりに敵と戦うのがフィリップたちの護衛任務だ。
待機しているフィリップは「お嬢様。ご指示を!」と言った。
「ハリス侯爵家が人身売買に関与していないか、調べてほしいの」
「ハリス侯爵家ですか? 何か不審な点があったのでしょうか?」
「昨日、孤児院からサラという子供が、ハリス侯爵家の者にさらわれたらしいの。孤児を誘拐しても政治利用はできないし、身代金も期待できない。人身売買のために誘拐したと考えるのが自然だわ」
「そういうことですか。畏(かしこ)まりました」
フィリップはそう言うと、私たちの前から姿を消した。
ヘイズ王国には5年前まで奴隷制度があったのだが、私の父(ウィリアムズ公爵)が先導して奴隷禁止法が成立した。この奴隷禁止法によってヘイズ王国から表面的には奴隷がいなくなったはずだが、実際には裏社会で奴隷売買は行われている。貴族の中には奴隷を買いたいものもいて、闇市場では高額で取引されている。
ハリス侯爵家はウィリアムズ公爵家の派閥に属する貴族だ。もしハリス侯爵家が孤児院から子供を誘拐して奴隷として売り飛ばしているような事実が発覚すれば、奴隷禁止法の成立させたウィリアムズ公爵家の威信に関わる。
私はこの件を父の耳に入れておくべきだと考えた。
***
ロベールは私を屋敷に送り届ける道中、孤児院の状況について私に話してくれた。
「あの孤児院はハリス侯爵家からの寄付金で運営されているのですが、そのハリス侯爵が孤児院への寄付金の打ち切りを検討しているらしいのです」
「え? あの孤児院はハリス侯爵の管轄だったの?」
「ええ、そうです。ハリス侯爵からは孤児院の運営費用を賄える金額の寄付をしていただけなくて……」
「え? その寄付金はハリス侯爵個人のお金じゃなくて、ヘイズ王国がハリス侯爵に預けているお金よ。孤児院の運営費用を十分賄える金額を国から払っていると思うんだけど……」
私がそう言うと、ロベールは言い難そうに答えた。
「あくまで噂ですが……。ハリス侯爵には愛人が10人いて、孤児院への寄付金を愛人につぎ込んでいるようです」
「まあ、孤児院の運営資金を愛人につかうなんて……」
「牧師が国に訴えたのですが、聞き入れてもらえませんでした」
「本当に呆れるわね。人身売買も愛人のためかしら? 今からお父様に相談します。事情を説明するために、あなたも一緒に来て下さい」
「ありがとうございます。でもマーガレット様にご迷惑が掛かるなら、この話は聞かなかったことに……」
「あら、私に気を遣ってくれているのね?」
「当たり前ではないですか。マーガレット様にご迷惑はお掛けできません」
***
私は屋敷に戻るとロベールを連れて父の執務室へ向かった。
「お父様。少しお話があるのですが、よろしいでしょうか?」
「どうした? それにその男性は?」
「こちらはヘイズ王立魔法学園の同級生のロベールです。ハリス侯爵家の件で少し気になることを聞いたものですから、一緒に来てもらいました」
「そうか。それで、気になることとは?」
「2点あります。まず、昨日、孤児院の子供がハリス侯爵家の者にさらわれたらしいのです。孤児を誘拐する理由は人身売買以外にありませんから、フィリップに調べてもらっています」
「ハリス侯爵家が人身売買を?」
「フィリップに調べさせている最中なので、まだ真偽のほどは分かりません。しかし、もしハリス侯爵家が関与していたとしたら、他の派閥に知られる前に処理すべきです」
「そうだな。他の派閥の貴族に知られる前に何とかする必要があるな。それでもう一つは?」
「ヘイズ王国からハリス侯爵に支払われている孤児院の運営費用です。噂では孤児院への寄付金を愛人につぎ込んでいるようで、孤児院の運営に支障が出ています」
「人身売買に汚職か……」
「まだ証拠を掴んでいませんが、何か出てきたらお知らせします」
「そうか」
「私が再三申し上げたように、ハリス侯爵家とは手を切るべきでしたね」
私はそう言うと、父の執務室を退出した。
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