エピローグ
街を騒がせた事件から三日後の12月24日、クリスマスイブ。
私立天ノ丘学園では盛大なクリスマスパーティーが催されていた。
学校全体がお祭り騒ぎ。教師達は念のため、羽目を外しすぎないか監視もしているが、生徒達の自主性を信じ、基本的に見守る立場である。
校内の何カ所かでは、有名人や芸人、アーティストなどがイベントを開催している。
この日のために、生徒会やOBやOGが協力して伝手などを使って呼んでいることもあり、イベントはどこも盛況だ。他にもビンゴ大会やゲーム大会。カップルで楽しめる物から、友人同士、同性同士で楽しめる催しまで様々。
皆が思い思いのイベントに参加しており、真夜も回復した朱音や渚と朝から参加して、色々な催しを三人で楽しんだ。
(一時はどうなるかと思ったが、懸念事項も無くなって普通に楽しめたのはよかったな)
朝十時からスタートしたパーティーも、すでに夕方の六時。イベントは午後八時にフィナーレの花火で締めくくられるようになっている。
真夜は今、立食パーティーの会場に向かい一人で歩いていた。
朱音と渚は先ほど生徒会の仕事が一段落ついた玲奈と卓と回っていたはずの可子に連れられ、どこかへと行ってしまった。今まで三人で楽しんでいたので、真夜としても別に少しくらい二人と離れても問題なかった。
「おっ、来たな真夜。お疲れさん」
「真夜殿も楽しんでいるでござるか?」
「ああ、二人ともお疲れ。かなり楽しんでる。悩み事も解消したしな」
会場には卓と景吾の二人もやって来ており、真夜も二人の方へと歩いて行くと気軽に挨拶をする。
二人には朱音と渚とキスした翌日には報告をしている。あまり報告する内容でも無いのだが、相談に乗ってもらった手前、気恥ずかしくはあったが言うべきだと考え、お礼もかねて報告した。
「よかったじゃんか。いや~、それにしてもやりますね、真夜君」
卓が真夜の肩に腕を回して少し茶化してくる。二人同時に付き合ってキスも無事にして、今までと仲の良い雰囲気を崩していない事に、卓は感心すると共に散々やきもきとヒヤヒヤさせられた故に、こうして悪絡みをしてしまう。
真夜も自覚はあるし、ある意味で迷惑をかけたので苦笑するだけで何も言い返せない。
「まあまあ卓殿。そのくらいにするでござるよ。それにしても本当によかったでござる」
「本当に二人には迷惑かけた。悪かった」
「まっ、良いって事よ。それに俺らもアドバイスらしいアドバイスも出来なかったし」
「いや、結局勢い任せだったよ。そのおかげで上手くいったようなもんだ。二人が正しかったわけだ」
何だかんだ、やはりムードというか勢いというか、その場のノリというか。あの行動は今思えば最善だったと、勢いに流された自分を褒めてやりたい。
もしあそこでキスをしていなければ、今日のクリスマスパーティーを三人でこれほどまで楽しめなかっただろう。
「で、二人はどうなんだ? 景吾は生徒会の仕事の手伝いだったけど、天野と回ったんだろ? 卓は毎回のように早乙女と回ってたし、少しは進展したのか?」
自分が進展したので、今度は真夜が二人に聞く番だった。
この二人も割とラブコメ作品のような関係をしているので、真夜としても気になってはいた。
決して、自分だけが揶揄われるのが嫌で、二人に話を振ったわけでは無い。
「ばっ、真夜、お前よ。俺とあいつはそんな関係じゃねぇっての! 今日だってあいつがボッチになるのが可哀想だから、仕方なく誘っただけでだな」
「むむむ。拙者としても思うところは色々あれど、こればかりは難しい問題でござるからな」
顔を赤くしてムキになる卓と困り顔をする景吾。真夜は自分の事を応援してもらったり、話を聞いてもらったりしてくれた友人達にも幸せになってもらいたいと思っていた。
(卓と早乙女は両片思いってか、素直になれないだけだしな。景吾の場合、天野の方に気があっても、本人に何かしらの事情があるだろうからな)
ただ卓はともかく、景吾は色々と事情がありそうなので強引な事は出来ない。
「いや、悪い。野暮な事を聞いた。とにかく、俺が言いたいのは何かあったら力になるって話だ。その時は遠慮無く言ってくれ。俺が出来ることなら協力するから」
ただ友人として二人の力になりたい。退魔師としての力だけでない。異世界で自分の心を救ってくれた仲間達のように、自分も友人達の手助けをしたい。その気持ちからだ。
「まっ、その時が来たら助けてくれ。あとあいつとはそんな関係じゃないから相談することはないと思うぜ」
「ありがとうでござるよ、真夜殿。その時はよろしくお願いするでござる」
「ああ。気軽に言ってくれ」
三人はそんな風にしばらく雑談に興じていると、彼らに近づく影があった。三人が彼女達を視界に収めると思わず意識を硬直させる。
「あらあら。どうされましたか、三人とも?」
「ぷくく。アホづらしてやがりますね。この僕の魅力的な姿に言葉もないみたいなのですよ」
「えっと、どうかな、真夜?」
「似合いますか?」
そこには玲奈、可子、朱音、渚の四人がいたのだが、彼女達は先ほどまで来ていた学園の制服姿では無く、サンタクロースの衣装に身を包んでいた。
しかもミニスカサンタと男心をくすぐる服装であり、四人の姿に気づいた周囲も密かに動揺しているようであった。
「あ、朱音、渚。その衣装はどうした?」
「これ? 生徒会が用意してた貸し出し用の衣装らしいわよ。あたし達以外にも着てる子がちらほらいるでしょ?」
朱音に言われて周囲を見渡せば、確かにサンタやトナカイのコスプレをした女子生徒がいる。男もサンタやトナカイ、果ては雪だるまの衣装を着ている者もいる。
「玲奈さんに誘われて着てみました。真夜君はこう言う衣装はお嫌いですか?」
「あっ、いや。そんなことは無いぞ。渚も朱音も似合ってる」
制服のスカートとそんなに変わらない丈のはずなのだが、サンタのブーツからの生足が妙な色気がある。
この間も星守の交流会で着物姿の渚や朱音に心奪われたというのに、今回も二人の衣装にドギマギしている。本当にチョロすぎると真夜は内心で頭を抱えた。
これで胸の上や肩がはだけた衣装だと、おそらく真夜は色々な意味で理性が崩壊していただろう。
ちなみに、生徒会の一部生徒がそのような衣装も申請していたらしいが、流石に自由な気風なこの学園でも、その衣装の許可は下りなかったようで、妥協してミニスカサンタになったという裏事情があるとかないとか。
(……今度俺の家で色々と着てもらうか?)
真夜はこんなことなら他の衣装も着てもらいたい衝動に駆られるが、その姿を他の男に見せるのは嫌だった。独占欲や嫉妬心が出てしまう。
「やっぱりクリスマスと言えばサンタ衣装ね。真夜も後で着てみる?」
「クリスマスプレゼントもちゃんと用意してますから、楽しみにしてくださいね」
「そうだな。俺も後で着てみるか。それと俺もクリスマスプレゼントはちゃんと用意してる。ただ二人が喜んでくれるかは心配だけどな」
クリスマスプレゼントの交換は家に帰ってから。真夜も二人のために割と金をかけたのだが、やはり渡すまで喜んでくれるか心配ではある。
しかし朱音も渚もどんな物であろうとも、真夜がくれるなら喜ぶのは間違いない。
「ふふふ。ドッキリ成功ですね」
「天野殿。心臓に悪いでござるよ。それとよく似合っているでござる」
「ありがとうございます。そう言われてホッとしましたわ」
景吾は苦笑しながら返答するとどこか嬉しそうに朗らかに玲奈は笑った。
「くくくく。どうなのですか、ヒョロチンパンジー。ようやくこの僕の魅力が理解できたですか?」
ほれほれとスカートの裾を僅かに持ち上げて、可子は卓を挑発する。
「ばっ、お前よ。その程度でどうにも思うわけないだろ」
「言ってて顔が赤いのですよ。素直に可愛いと褒めてもいいですよ」
ぷくくと口に手を当てながらあおり散らす可子だが、本人の顔も赤くなっている。少しは恥ずかしいようだ。
そんな光景を楽しそうに眺めつつ、真夜は不意に会場の窓の外を見る。
「おっ、雪だ」
「本当だ。そこそこ降ってるわね」
「なんだか普通の雪とは少し違うようですね。微弱ですが霊力を感じます。ですが嫌な気配はしませんね」
「どっちかって言うと優しい? 違うわね。なんて言ったら良いのか……」
窓の近くに近づいた真夜の隣で朱音と渚が雪を見ながら言う。
(……祝福か。いや、この場合、謝罪なのかな?)
雪の霊力は数日前に空へと昇って逝った無数の魂達の霊力の残滓。それらがこの間の事件の事を謝るかのように、雪としてこの街へと降り注いだ。
人々の心に寄り添うように。人々の幸せを祈るように。
「綺麗ね」
「はい、とても」
朱音と渚の言葉に真夜も同意する。真夜達だけでは無く、玲奈達や他の大勢の生徒、この街に住む者達が空を見上げ、雪の美しさを目に焼き付ける。
「メリークリスマス」
真夜は小さく呟くと、空に還った魂達や最愛の恋人である二人、そして大切な友人達の事を想いながら、自らの幸福をかみしめたのだった。
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