第十七話 キス
真夜達の活躍により、事件は収束することになる。
たたりもっけの呪いの影響は真夜達の迅速な動きと、たたりもっけを浄化した際のルフを含めた浄化の
力を解放した結果、深刻な被害が出ることもなく、むしろ大勢の人々に幸福感を抱かせることになった。
首謀者とおぼしき悪斗は、SCDが厳重に拘束した上で局長である枢木隼人まで出向き取り調べが始まった。
その際、万が一の事態を想定して星守朝陽も同席する事となり、力を完全に封じられた悪斗からすれば蛇に睨まれた蛙の状態だった。
罪業衆がらみの案件だけに、六家もSCDも適当な対応は出来ず類似事件が発生しないように、悪斗の背後関係やまだ判明していなかった拠点を徹底的な調べ直している。
ただ特級どころか超級妖魔が出現したことで、SCDどころか近隣の氷室、水波、京極まで緊張が走ることになる。もしかすれば、自分達のお膝元でもそのような妖魔が出現するのでは無いかと、危惧するのは当然だろう。特級ならばまだしも、超級以上となれば今の六家でも手を焼く可能性が高い。
星守での覇級妖魔に続き、強力な妖魔の出現が相次いでいることで、改めてSCDを中心に六家や星守で緊急の会合を開くことも決まっている。
他にも利用されたとはいえ、善の処遇も問題になる。こちらもSCD預かりで話が進むことになるだろう。
尤も真夜達はすでにお役御免となった。
朱音が大技を使って寝込んでしまったのもあるが、真夜も渚も呪いの影響で万全とは言えない状態となったので、休養を取るように明乃に厳命された。
朝陽の他にも各家から数人の腕利きが派遣されることになり、万全で無い真夜達がいるよりは少しでも休んで、回復を優先させた方が効率がいいと判断した。
真夜も朱音が寝込んだ事で、一人で放置するつもりもなかったので、渚と一緒に看病するためにも明乃の申し出はありがたかったし、あとはすべて明乃が引き受けると言ったことでその言葉に甘える形になった。
「ごめん。結局良いところ無しで、寝込んで迷惑かけただけだったわね」
「んな事はねえよ。朱音のおかげで最後は楽に浄化できたんだ。もっと誇れよ」
自室のベッドで横になっている朱音に、床に座った真夜は労いの言葉をかける。その隣には渚もいる。
「弱体化前の俺とルフならともかく、今の俺だとルフがいてもあいつを浄化するのはかなり骨が折れただろうからな。朱音が致命傷を負わせてくれてたから、すぐに浄化できた。感謝してる」
「朱音さんのあの攻撃は本当に凄かったですよ。とてもじゃないですが、私には出来ないです」
「俺も見たかったな。婆さんも絶賛してたぞ」
「え、えへへ。そ、そう?」
褒められて満更でも無いのか、朱音は嬉しそうな顔をする。真夜だけでなく、気難しい明乃まで賞賛するほどだ。
「でもあの術の難点は準備に時間がかかることと、こんな風に反動で動けなくなる事なのよね。お父様の場合、そこまででもないらしいんだけどね」
紅也が生み出した超級以上の妖魔用の必殺技。しかしその反動は凄まじく、肉体的な負担が大きく、紅也も寝込むほどでは無いが、使った後は疲労困憊でしばらくまともに動けなくなるほどなので、女性の身体では負担がさらに大きくなる。また扱うのも才能もいるらしく、火野の中でも霊器使いのみが発動できる技である。
「それでも使えるのと使えないのじゃ全然違うだろ? 俺の霊符の強化があれば威力も上がるだろうし、身体への反動も少なくなるかもしれないしな」
「そうね。今度試して見ようかな。でもちょっとは真夜の役に立てて良かったわ。渚が活躍してるのに、あたしが何も出来なかったんじゃ、立つ瀬無いもん」
「いえ、私などただ相手と会話をしただけです。朱音さんの方がずっと凄いですよ」
渚が時間稼ぎをしつつ、悪斗から情報を引き抜いた活躍があっただけに、朱音も自分も何か真夜の役に立ちたいと思っていたため、最後に活躍できた事で安堵していた。
また渚も活躍したとは言え、悪斗とはただ会話をしていただけであるし、朱音を守り切ったがそれも渚で無ければ出来なかったかと言えば、そうではないと言える。
結局、朱音も渚もお互いに自分の持っていない物を持っていて、それを羨んでいるだけとも言える。
「あんまりお互いを比べるなよ。朱音は朱音。渚は渚。どっちが上とかねえよ。それと自分を卑下して追い込む必要もねえ」
「わかってるわよ。あたしだって無駄に渚と張り合おうとか思ってないわ」
「私もです」
朱音にも渚にもそんなつもりはない。二人はお互いのことを大切な友人だと思っている。
ただそれはそれとして、朱音も渚も真夜の役に立ちたいという気持ちはあるし、お互いに負けたくない気持ちはある。それは悪い意味では無く、良い意味でのライバル関係と言えた。
「はぁ。でも前は真夜を二人で看病して、今回はあたしがされる番になるなんてね」
星守の交流会では真夜が倒れたため、朱音と渚は真夜を看病していたが、まさか自分もそんな事になるとは、あの時の朱音は想像もしていなかった。
「そうだな。今回は俺が看病してやるよ。まあ朱音みたいにうまい料理は出来ないから、そこは期待しないでもらいたいが」
「ううん。近くにいてくれるだけでいいわよ。やっぱり誰かは側にいてくれるのは安心するし、真夜と渚がいてくれたら、心強いから」
心から信頼する二人が側にいるだけで朱音は何の心配もなく、両親が近くにいてくれるのと同じくらい安心できた。
「そっか。まあして欲しいことがあれば言えよ。俺が出来ることなら、何でもしてやるからよ」
「うん。ありがとう、真夜。大好き」
心の底から嬉しそうな笑みを浮かべ告げる朱音に、真夜は思わずドキリとする。弱っていたからこそ朱音は不意に、意図せずにそんな言葉が口から出たのだろう。
そんないつもは見せない純粋な笑みを見て、真夜は無意識に動いた。動いてしまった。
その行動は真夜の願い。欲望とも言えるものだった。人は時に、意図せず、驚くほどの行動に出ることがある。
真夜は朱音の事を今まで以上に愛おしいと思った。朱音だけでは無い。渚もだ。
散々悩んだ事で、またたたりもっけの呪いと言う感情に触れたことで、自らの願いもより強まった。
事件が自分の手を離れたことで、真夜の心が緩んだのもあるだろう。
真夜の顔が朱音の顔に近づく。朱音は最初、真夜の意図がわからなかった。
しかしそれもすぐに理解する。真夜の唇が朱音の唇に触れる。
「!?」
突然のキスに朱音は目を見開き、それを見ていた渚も驚愕に両手で口もとを抑えた。
触れあっていたのは、ほんの数秒程度だっただろうが、朱音の体感ではもっと長く感じた。
真夜は半ば放心する朱音から唇を離すと、そのまま振り返り今度は渚の方へと近づく。
「えっ、あっ、真夜、君? んっ!」
真夜はそのまま渚の唇にも口づけをする。渚とも数秒の口づけを終えると、真夜は唇を離す。
朱音も渚も顔を赤くして放心しているが、それ以上に真夜の顔は真っ赤だった。
「………ああ、その、なんだ」
まともに二人の顔が見れず、真夜は片手で顔を抑え下を向く。ここで謝罪の言葉は口に出来ない。出来るはずも無く、してはいけないと真夜は思っている。すればキスをしたこと自体が悪いと言う事になる。
後悔はしてない。勢いに任せたキスとは言え、自分の感情に嘘は無い。どちらも愛おしく思っていたからこその行動である。
ただ順番に関しては、もうやり直しは利かない。仮に渚から文句を言われても、甘んじて受け入れる。
「あ、改めて言わせてくれ。前にも言ったが、俺は二人を本当に大切だと思ってる。朱音も渚も好きだ。その、本当はクリスマスにキスをと思ってたんだ。二人に喜んでもらえるムードで、その……」
後半は半ば言い訳がましくなってきていた。真夜もかなりテンパっており、自分でも何を言って良いのかわからなくなっている。
「お、俺も色々と悩んだんだ。朱音も渚も大切だから、どっちからすれば良いのかって! 朱音を先にしたのは決して朱音の方が大切ってわけじゃなくて、渚ももちろん大切でだな」
いつもの真夜らしからぬ態度と言動。ここに真夜を知る第三者がいれば、そのテンパり具合に驚いたことだろう。そんな狼狽える真夜に渚は僅かに俯いたまま近づいていく。
「な、渚?」
恐る恐る真夜は渚の名を呼ぶが、彼女は無言のまま、真夜の身体に自分の身体を近づけ上目遣いでその顔を見ると、真夜の唇に自らの唇を押し当てた。
「っ!」
今度は真夜が驚愕する番だった。朱音はと言うと、放心状態だったが真夜と渚が再びキスをするのを見て、一時的に意識を取り戻し、えっえっと顔を赤くしている。
「……本当に真夜君はズルいですね。別に私は先にしてもらえなくても拗ねてませんよ。でもあまりにもいきなりだったので、お返しに私の方からもキスをさせてもらいました。それに朱音さんにも言いましたが、私はどちらかと言うと、キスされるよりもしたい方なんです」
一度唇を離すと、渚は真夜に少し悪戯っぽく言う。
渚もキスの順番を気にしていなかったわけでは無いが、それよりもキスしてもらえたと言う事の方が大きかった。ただあまりにも突然であり、余韻も何もなかったので、渚は改めて自らキスをした。
キスすることに憧れていた事も在るし、朱音と同じで真夜の事が大好きな渚は、二度目のキスをしたことで、今までに無いほどの幸福感に満たされていた。
「……私も真夜君の事が大好きです」
渚は朱音が真夜に告げたように、自分の気持ちを口にする。キスをした渚は真夜と同じように耳まで真っ赤にして、正座しながら右手で自らの唇を押さえている。
真夜はその普段とは違う積極的な態度の渚に面をくらいつつ、そのギャップにまたもドキリとする。
「ちょっ、ちょっと! あたしもいきなりの事でその! う、嬉しいのは嬉しいんだけど、余韻とか感動とか頭真っ白になって何が何だか! それと渚は二回目までしてズルい!」
まともに動けないので、朱音は見ているしか出来ないので、渚のようにもう一度真夜にキスをすることが出来ない。
いや、ファーストキスだったし、嬉しかったし、自分の方が先にしてもらったとか、真夜とキス出来たとか、やったーと飛び跳ねたい気持ちもあるが、渚が二回目までしてるのに、自分が一回なのはズルい、自分もまたしたいと、どことなく不公平ではないのかと内心思ってしまった。
朱音は動けるなら、即座に動いたかも知れない。しかし残念ながら、まともに動けないので、ベッドの上で羨ましそうに見ているだけしか出来ない。
「えっ、あ、ああ……」
「し、真夜君。そ、その……わ、私は二度しましたので、朱音さんにも、ど、どうぞ……」
動揺している真夜に、渚も自らを落ち着ける時間が欲しいのかそんな事を言い放つ。渚の心臓はこの間もバクバクと激しく震動しており、キスした事を思い返すとそれだけで一層動悸が進み、顔も茹でたこのようになる。
真夜は渚を見つつ、朱音に視線を向ける。目と目が合うと、朱音は顔を真っ赤にして布団をかぶり隠れてしまった。ただ少しすると、顔の口から上だけを布団から出す。
「あ、あたしはその、渚とは違ってキスは……相手からしてもらいたい方なの……」
朱音は目をぎゅっとつぶると、布団から顔を完全に出す。真夜にまたキスして欲しいとねだっている姿は、勝ち気な朱音とは似ても似つかず、それゆえに真夜の感情を大きく揺さぶる。
「……わかった」
真夜も今度は少し落ち着いて朱音とキスをする。あまり長い時間ではなかったが、二度目のキスを朱音は幸せな気分で受け入れる。
「……えへへ。真夜と、キスしちゃった」
朱音も再び真夜とキスが出来たことが嬉しいのか、どこか心ここに在らずと言った表情を浮かべている。
「真夜君。私もキスはする方が好きと言いましたが、真夜君からしてくれるのが嬉しいんですよ。そこの所は間違えないでください」
「そうね。あたしもされるのが好きって言ったけど、するのもいいかもね」
渚にじりじりと詰め寄られ、朱音の寝ているベッド横に追い詰められる真夜の服の裾を、朱音はベッドから手を出し捕まえる。
「と言うことで、真夜君。今まで待たされたので、もう一度お願いします」
「あたしもあたしも! これで玲奈や可子に良い報告ができるわね」
なんだか変なスイッチを入れてしまったかと冷や汗をかく真夜だが、釣った魚に餌をあげなかったのは真夜なので文句は言えない。
(まあ、俺もなんだかんだ、朱音や渚とキスはしたいからな)
これまで悩んでいた事が解消されたため、真夜もホッと胸をなで下ろしつつ、友人達に良い報告が出来ると安堵する。しかしそれはまた明日だ。今はもう一度、朱音や渚とキスする方が先だ。
真夜は苦笑しつつも、どこか晴れやかな気持ちで二人と三度目のキスを交わすのだった。
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