第十一章 火野一族編
プロローグ
夜の闇が広がり、大半の者が寝静まった丑三つ時。
関東地方のとある山の麓に寂れた寺があった。住職はいるものの、住んでいる場所は違うのか今はこの寺には誰もいない。
そこへ二人組の男達が侵入しようとしていた。
「兄者よ、ここで間違いないのか?」
「間違いないぞ、弟よ。ここにあるはずだ」
山伏の格好をした二人の男が、懐中電灯を片手に何かを探していた。
「戦国時代の高名な退魔師が使役したとされる式神。それが封じられた霊符が本当にこんな所にあるのか?」
「あまり知れ渡っていないが、この巻物の通りなら、この寺の本堂の仏像の中に隠されているとある。それさえ手に入れれば、大もうけできるぞ」
この二人はもぐりの退魔師であったのだが、腕はからっきしでかつては六家への弟子入りも門前払いされるほどに才能がなかった。
しかし生半可な知識を得ていたため、何か大もうけできないかと考えていた。
そこに風の噂で、最近は六家や他の退魔師の一族が強い式神を求めていると言う話を聞いた。
何でもどこかの家の次期当主や落ちこぼれと言われた男が、強大な力を持つ式神を使役した、一目置かれるようになったと。
そのため強い式神の価値が高まったのだが、強大な妖魔や式神の封印の大半は六家が管轄しており、六家以外の一族が強い式神を手に入れる、または作成する機会はほとんど無い。
そもそも封印されている妖魔は危険すぎるので、復活させて式神として使役するのは難しい。
だが強い式神を手に入れ、使役することができれば六家にも肉薄できる。それこそ星守のような一族として名を馳せることが出来る。そう考える者達が少なくなく、そのため六家が管理していない式神を求めるゴールドラッシュの様相が始まっていた。
強い式神を宿した霊符はそれだけで金になる。
裏ルートでは上級クラスでも数千万単位で取引されており、最上級クラスともなれば最低でも数億、特級以上ともなれば最低十億はくだらない。
この二人もそんな大金に目がくらみ、この寺の住職も知らなかった仏像に隠された式神の霊符を盗もうとしていた。
屋内を物色していると、二人は本堂の奥に高さ五十センチほどの仏像を見つける。
「あれか、兄者?」
「そうだ。この巻物の通りだ。ようやくこんな生活ともおさらば出来るぞ。巻物には特級の式神とあるからな」
男の持つ巻き物は、所々痛んでおり、読めなくなっている文字もあったが、特級の式神を封じていると言う部分がかろうじて読めた。
「特級ともなれば億単位で売れるな兄者! これで貧乏な生活ともおさらばだ!」
「その通りだ、弟よ! ではさっそく頂いていくとしよう」
男が仏像に手を伸ばし仏像を持つ。大きさの割には軽く、中に空洞があるようであった。床に置き、持ってきていた修験者の武器の一つである独鈷(どっこ)を勢いよく仏像の頭に突き立てる。
「おおっ!」
仏像が縦に割れ半分になると、中の空洞が露わになる。そこには確かに霊符があった。霊力を纏っており、男達はその霊符が式神の霊符であることを確信する。
「これが特級の霊符!」
初めて見る強大な力を有した霊符に興奮する二人だが、霊符が僅かに黒く染まっていることに気づく。
「兄者よ。この霊符は少し黒くなってないか?」
「そうだな。まあ問題ないであろう」
二人は霊符を保管用のケースに入れると、そのまま割れた仏像を元の位置に戻してこの場を後にする。
しかし二人が去った後に、この寺の奥でどす黒い気配が目覚めたことを、一度だけドクンと霊符が鼓動したことを二人は最後まで気づくことは無かったのだった。
◆◆◆
「明けましておめでとう。今年も皆、よろしく頼む」
「「「「「「明けましておめでとうございます」」」」」
クリスマスも終わり、大晦日とせわしなく過ぎ去った年明け、新年の元旦。
星守朝陽の挨拶と共に大勢が新年の挨拶を行う。
星守一族の本邸の大広間では先日の渚が星守に養子入りした顔合わせぶりに、一族全員が集まる新年の会合。
毎年恒例の集まりには当然真夜も渚も、昨日のうちに星守と帰省して、本日の集まりを迎えた。
ただ朱音は真夜と婚約したようなものだが、残念ながら火野の方の新年の集まりに参加しており不在である。尤も数年後には彼女も新年の集まりではこの場にいることになるだろう。
(毎年嫌で嫌で仕方なかった集まりだけど、去年に色々とあったおかげで今年は全然気にならないな)
真夜的には去年の新年は体感的に五年も前の話になるのだが、本当に色々とあったなとしみじみと思う。
中学卒業から一人暮らし。そこからの異世界召喚と四年の歳月。
帰還してからも厄介な事件が目白押しで、死にかけもした。朱音や渚とも恋人になった。
この世界での一年で言えば、怒濤の一年とも言える。
(確かに異世界のでの四年も濃密だったが、こっちでも割と色々な事件に遭遇したな。そのおかげで、今年の新年は和やかに過ごせるんだが)
去年の新年は十二歳の頃から続く肩身が狭く、非常に居心地が悪かったし、空気もギスギスしていた。
しかし本年はその空気を出す筆頭であった明乃の変化や、時雨がすっかり大人しくなった上に、真夜の評価ががらりと変わったことで、昨年まであった雰囲気は影も形も無い。
宗家も真昼と真夜が和解し、ギスギスした関係は無くなり、海や空、陸もまた二人との関係は良好になった。
分家も交流会以降、全員が真昼の立ち会いの下、真夜にこれまでの態度や言動などを謝罪し、真夜も水に流すと受け入れた事で関係の修復を行った。
真夜も真昼を支えると言った手前、分家との関係の改善を行う必要はあった。いくら真夜が謝罪前も分家に対して過去の事は割り切っていても、分家としては明乃がけじめを付けた手前、自分達が何もしないのはマズイと思ったのもあるだろう。
真夜も後々の事や一族内の不和の解消を考えた結果、朝陽や明乃とも相談した上で、最善の形を取るために動いた事で、多少のぎこちない空気はあるが、現在の星守はそれまでに無いほどに平穏なものだ。
「真夜! 前は馬鹿にして悪かった! だが絶対に俺はもっと強くなるからな! 覚えておけ!」
「わかったわかった。いや、酒の匂いで酔うとかどうなんだ? ほら、水飲め、水を」
大和はどこか顔を赤くして、真夜に絡んでいる。最初に手元に回された御神酒を二十歳未満の子供組は口を付ける真似だけをしたのだが、大和は強烈な酒の匂いだけで半分酔っ払ってしまった。
どれだけ酒に弱いんだと真夜は思わなくも無かったが、自分も異世界では酒関係で色々な目に遭ったり、やらかしたことを思い出し、大和を責める気にもなれなかった。
(いや、俺も異世界ではな……。忘れよう。つうか、絶対知られるわけにはいかねえ)
と言うよりも、異世界での酒関連の醜態は大和よりも酷いものがあったので、絶対に墓場まで持って行こうと心に決める。
退魔師ならばアルコールを分解するのも一般人よりも早く分解できるが、これだけ酒に弱いとすぐには無理だろう。真夜も経験がある。
そんな大和の姿に弟の武尊は青い顔をしているし、大和の醜態に何をやっているんだと父親の武蔵は頭を抱えている。
「ははは。まあまあ武蔵も気にしなくていい。真夜も私も気にしていないから。母様もそうでしょ?」
「正月の祝いの場で目くじらを立てるつもりもない。しかし子供達への酒は真似事とは言え、来年からは控えさせるか、もっと弱い酒にするべきかもしれんな」
朝陽も明乃もとやかく言うつもりは無かった。間違って酒を飲んだのならばまだしも、匂いに当てられた程度でとやかく言うつもりは無い。体質的に弱い人間はいる。ただ、今後は退魔の現場で起こってはマズイ失態なので、慣れさせたりする訓練はさせないといけないとは思ったが。
「真夜、真夜! 時間があれば、私と手合わせをお願いします! 私ももっと強くならなければなりませんから! それに見てください! 流樹からの年賀状です。また手合わせをする事にもなりましたからね。次は負けません!」
海も以前と同じように元気だった。しかもなぜか流樹からえらく達筆な年賀状を貰ったようで、真夜に見せてくる。ちなみに本邸には真夜にも流樹からの年賀状は届いていたが、海ほど気合いを入れた物では無かった。
とはいえ、色々と書いておりいつかお前や真昼をいつか超えると書かれていた。
「へえ。あの流樹がね」
「はい! 真昼とは時間があれば手合わせをお願いしていますが、やはり別の相手ともした方がいいですからね!」
あの交流会以降、連絡先を交換していたらしい流樹と海。星守との次世代の繋がりも確保しておきたい思惑もあるのだろうが、何だかんだと馬が合ったようだ。
それに海も最近は吹っ切れたようで、さらに強くなっていると真昼からも聞いている。
「ああ、四日まではこっちにいるし、手合わせもできるだろ。俺も頼む」
「海だけズルいな。真夜、僕ともお願いね」
真夜の隣に座る真昼も話に混ざってくる。真昼も真夜との手合わせを楽しみにしていた。
「そうだな。兄貴との手合わせも面白そうだからな」
真昼は彰との勝負以降、真夜だけで無く彰にも影響を受けていると朝陽から真夜は聞いていた。真昼はまだ次期当主候補だが、ほとんど当主になる事が決定しているようなものだ。
そんな中、真昼が敗北しかねないほどの相手であり、すでに当主としての手腕を振るい始めている彰は、真夜とはまた別のライバルとして勝ちたい相手と見ているようだった。
真夜も彰の活躍ぶりは聞き及んでいる。彰の成長速度は異常と言える。どこまで伸びしろがあるのかわからないが、真夜も弱体化中ではいつ先を行かれるかわかったものではない。
ルフがいるとは言え、戦えばどうなるかわからない。
真夜も強くなるためには、真昼との手合わせもしていくのは悪くは無い。
(しっかし弱体化もいつまで続くのやら。早く元の状態に戻りたいんだが、こればっかりは望みすぎか)
クリスマスでも超級のたたりもっけ相手に、あわや大惨事を引き起こされそうになった。
結果だけ見れば被害はほとんど出ずに、朱音や渚の成長に繋がったのだが、十二星霊符がすべて使えていれば、もっと楽になっていたはずだ。
それは星守での交流会での事でも言える。
(いや、力を制限されているとは言え、ルフを今まで以上に簡単に呼び出せるようになった事を考えれば、かなりマシなんだが)
真夜も色々な事があり、弱体化に焦りを覚えていた。異世界の神が聞けば、『お前、贅沢言いすぎ』と一蹴されるだろう。
(俺も改めて鍛え直しだな。今年の新年の目標も決まったな)
と、そんな事を考えていると隣に座る渚がどこか楽しそうに笑っている姿を視界に納める。
「どうかしたか、渚?」
「いえ。京極との違いに驚いているだけです。向こうはその、あまり言いたくはありませんが、雰囲気がその……」
「ああ、まあ何となく想像できるな。つっても去年まではこっちも俺のせいで似たような物だったぞ」
最後の方がこの場の雰囲気が悪くならないように、小声で渚にだけ聞こえるように耳打ちする。すると渚はクスリと笑った。
「でも今年は違いますね」
「まあな。けど京極の方は去年に色々とあったからな。祝いの席とは言えないな」
「はい。父も苦労しているようです。ですが、風通しはよくなったと言っていました」
「あっちは喪中だが、きちんと挨拶にはいかないといけないな。渚が行けば、親父さんも喜ぶだろうよ」
「そうだと嬉しいですね」
昨年の六道幻那の事件で、京極家は壊滅的な被害を受けた。生き残った者も現役に復帰できない者もいたり、後遺症が続く者もいる。京極家の新年の挨拶は別の意味で大変になりそうだ。
(まあ俺も今年は色々と渚達との関係を進めたいとは思ってるからな)
渚を見つつ、強くなることとは別に渚と朱音との関係も継続しつつ、色々と進展させなければと思う。
(キスは何とかなったから次は……。いや、元旦に考えることじゃねえな)
用意されていたジュースを飲みつつ、邪な考えを振り払う。
「どうかされましたか?」
「いや、なんでもねえよ。それよりも明日はまた大変だな」
「そうですね。私もご一緒させてもらいますが、真夜君も緊張していますか?」
「緊張……、緊張って言うのかな。朱音の親父さん達には話をしてるからそこは大丈夫だと思うが」
渚の言葉に真夜は何とも言えない顔をする。
「あっ、そういえば真夜達は明日は出かけるんだっけ?」
「ああ、親父達と一緒にちょっと……火野へ挨拶にな」
真昼の問いかけに真夜は苦笑しながら答えるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます