第十五話 たたりもっけ
悪斗は見るも無惨に顔面がボロボロで、ギャグ顔のように潰れているがこれでも一応、必要最低限の治療はしているので死ぬことはない。
真夜の封印術と弱体化の術ですでに鬼どころか一般人相手でも簡単に敗北する程度の力しか出せないため、完全に無力化されている。今は結界の外にいたSCDの沢木や他の職員が悪斗を護送している。
岩嶽丸も討伐し、危険が去ったと見なされたので、真夜の友人達の物も含めすべての結界を解除し、警察やSCDが改めて現場検証も再開した。
また鞍馬天狗は一度報告と、朝陽の消耗を考えこの場から朝陽の下へ、ルフも真夜の消耗や分体の顕現の継続時間の問題があったので、封印状態へと戻っている。分体とは言え、数時間も出続けるのは無理であったようだ。
「悪かったな、みんな。面倒だけどももう少し我慢してくれ。それと俺達の問題に巻き込んじまったみたいですまん」
後の処理を大人達に任せた真夜は友人達に謝罪を行う。朱音も渚も同じだ。悪斗が四人を狙ったのは真夜達の友人だった事が原因だったためだ。
「いえいえ。気になさらないでください。三人が悪いわけではありませんわ」
「うむ。天野殿の言うとおりでござるよ。悪いのは犯人であって、真夜殿達ではござらんよ」
玲奈も、一番被害を受けた景吾も真夜達を別段責めようとは思わない。悪いのは犯人である悪斗であって、真夜達を責めるのはお門違いだとわかっている。
「そう言うこった。やばかったけど、こいつのガクブルを見れたし、俺らもみんな無事で事件も解決したからいいんじゃね?」
「お前、趣味が悪いのですよ! て言うか、お前もガクガクブルブル、子鹿みたいにビビり散らしてやがったのですよ!」
「えー? 俺が何時何分何秒にそんな事になってましたか~? そんな俺にくっついて離れなかったのは、どこの誰だったかな~」
「むきぃー!」
卓と可子はいつものように平常運転であり、その様子に真夜達は思わず苦笑してしまった。
「まあまあお二人ともそのくらいで。ですが無事事件も解決したのですから、朱音さん達もこれでクリスマスパーティーを気兼ねなく楽しめますね」
玲奈は夫婦喧嘩のようなじゃれ合いをする二人を宥めつつ、真夜達がパーティーに参加出来る事を喜んでいた。
「そうね。黒幕っぽいあいつも捕まったし。仮に他の黒幕がいても、あいつから情報を聞き出せばすぐでしょうしね。だから渚も色々聞いてんでしょうし、真夜も無力化して捕まえたんでしょ?」
「はい。彼はあまりにも小物過ぎましたからね。黒幕がいると考える方が自然です。もちろん、いない可能性もありますが」
「ああ。全容解明は必要だし、罪業衆がらみだと他にも面倒な裏がある可能性もあるからな。ただこっからは全面的に婆さんや親父の仕事だ。罪業衆の負の遺産なら、他の六家も動く必要があるからな。まっ、それはしばらく先だろうよ。こんだけ派手に動いたんだ。各方面も本格的に動くから、しばらくは暇が出来るだろうよ」
朱音も真夜達の意図を察していた。彼女も悪斗があまりにも小物過ぎて、もっと大物がいる可能性を思い浮かべていた。それこそ六道幻那のように。
しかし真夜の言うとおり、そうなれば話は自分達の手に収まらない。戦力という面で言えば真夜を含め朱音や渚は必要とされるだろうが、事が事だけに六家や星守全体が警戒し、動く案件へとなっていた。
もし六道幻那のような存在が暗躍していたなら、また六家の一角の陥落や族滅の可能性もあるし、そうなれば六家全体だけでなく日本そのものが、混乱に陥る可能性がある。
「俺達の仕事は一旦終わりだ。だからクリスマスパーティーを楽しむさ」
「良かったな、真夜。つうかマジで色々と頑張れよ」
「うむ。どうにも天野殿達にも色々伝わっているようでござるよ。ここで男を見せないと、さらに厄介な事になるかもしれぬ」
「……ああ。死ぬ気で頑張る」
真夜に近づき、ひそひそと会話をする卓と景吾。真夜も本気で心配されている事がわかっているので、素直に返す。と言うか、真夜もこんな事件よりもそっちの方が重要案件なため、気合いを入れ直す。
ただし、問題を解決するための妙案も何もないと言う完全にお手上げな状態であったが。
「二人ともファイトなのですよ! と言うよりもそろそろ小学生の恋愛から卒業しろってんですよ!」
「まあまあ、可子さん。人それぞれですから。でもわたくしもお二人から素敵なお話が聞けることを期待してますわ」
「うっ、プレッシャーが凄い」
「が、頑張ります!」
可子と玲奈に再び色々と言われる朱音と渚。ちらちらと真夜の方を見るので、真夜の方は気が気では無い。
先ほどまでの圧倒的な強さを見せたのが、嘘のように冷や汗をかいている。
そんな真夜達が友人達と戯れている様子を、明乃は遠目でどこか微笑ましく見ながら、警察と共に事後処理を行っていた。
岩嶽丸の件もあり、事件はこの街の騒動だけには収まらなくなった。特定の一族が封印していた妖魔を討伐した事もあるが、発端が悪斗による物だと判明した事も問題になる。
明乃は渚にもだが、真夜や朱音にもこのような処理の経験を積ませたいとは思っているものの、友人達がいるので明乃自身がこの場のすべてを対応している。
かつての明乃ならば、そんなことお構いなしに実務経験を積ませるために真夜達に学ばせるように行動していただろうが、友人達との語らいの邪魔はすまいと、すべて自分が引き受けた。
もし朝陽や結衣がこの場にいれば、凄く丸くなったなと微笑ましく明乃を見ていただろう。
またその近くでは、意識を失った悪斗が連行されていく様を眺めながら、善は何とも言えない顔をしている。真夜達に何かを言いたくとも、友人同士で楽しく語らっているのを見て近づけなかったのだ。
どうして自分はあんな友人がいないのか。悪斗と友達だと思っていたのに。
(俺は、どうして……)
虚無感ややるせなさが善の胸中に渦巻いている。羨ましいとも思った。
もっと自分がしっかりと周りを見ていれば、悪斗の事を見て知ろうとすれば、違った結末になったのだろうか。
「俺は、俺も……」
思わず真夜達の方へと手を伸ばそうとした。
その直後、弾かれるように真夜や明乃、朱音や渚も含め退魔師達全員が離れた場所を見る。
「えっ?」
善も釣られるようにその方向を見て、その表情を驚愕に変える。
遠目だが、善も含め退魔師達は全員がその存在を視界に納め、その力に顔をしかめる。
離れていても感じる力。隠そうともしない、むしろ自らの存在を誇示するかのように、その力を解放し続ける、巨大なフクロウの怪鳥が空高く飛翔したのだった。
◆◆◆
街はクリスマスが近いことで、クリスマスの前準備やクリスマスの事を話し合う人々があふれていた。
街ゆく人々は色とりどりに輝くイルミネーションや、クリスマスイベントやクリスマスケーキの予約の告知など、クリスマスムード一色だった。
だがそんな街ゆく人々達に悪意が近づいていた。
「?」
空から大きな羽が街に落ちてくる。
「なんだ、あれ?」
一人が気づくと、一人、また一人と空を見上げる。そこには巨大な怪鳥が存在していた。
たたりもっけは空高く飛翔すると妖気や怨念をまき散らす。
フクロウの声のはずなのに、それは人々を恐怖に叩き込む呪いに似た声だった。
超級クラスの妖気が空から声や羽により広範囲にまき散らされる。
妖気に触れることで、人々は苦しみ出す。うめき声を上げて胸を抑え倒れる者。突然の熱に苦しむ者。息苦しくなる者。
子供の泣き声があちこちで響く。大人の苦しそうな声があちこちからする。子供を心配する親の声がする。親の苦しそうな姿を見て、叫ぶ子供の声がする。恋人が突然倒れ、慌てふためく声がする。
―――苦しめ、苦しめ、苦しめ! もっと、もっと!―――
たたりもっけは人々の悲痛な声を聞き、感情に触れながら、自分達が受けた苦しみはこんな物では無かったと、もっともっと苦しかった、苦しんだ末に殺された、死ぬしかなかったと、怨念をばらまき続ける。
まだ死者は出ていない。たたりもっけはただ殺すことが目的では無いからだ。
長く生かして生き地獄を味合わせる。不幸にするのが目的であり、ただあっさり殺したのではたたりもっけの憎しみは消えることも少なくなることもない。
だからたたりもっけは街中を飛び回り、呪いをまき散らす。多くの人間が苦しむように。
死ぬよりもずっと苦しい思いをさせる。
この憎しみを、恨みを、怒りを、妬みを、祟りをまき散らす。
一人でも多くの人間を祟ってやる。恨み続ける。
たたりもっけはこの街の人々を呪い終えれば、次の街へと向かうつもりだった。
赦せなかった。自分達を殺した、殺す原因を作った者が、者達が。自分が得ることが出来なかった幸せを得ている人々が、この世界その物が。
だが世界を怨む者がいれば、その怨みを祓おうとする者もいる。
「!?」
たたりもっけの周辺に何かが出現する。たたりもっけを取り囲むように展開する五枚の霊符。
そしてたたりもっけは見つける。近くの高層ビルの屋上から自分を見据える少年――真夜の姿を。
五枚の霊符はたたりもっけの呪いや祟りを、これ以上広げないために五芒星の結界の中に閉じ込める。
―――邪魔をするな!―――
だがたたりもっけの抵抗は激しかった。超級上位クラスの力を押さえ込むには、今の弱体化した真夜では荷が重い。
(ちっ! いきなりこんな奴が現れるなんて想定外すぎる!! 気配からして超級上位クラスの上に、この呪いや祟り、怨念はあの黒龍神に匹敵しかねないぞ!?)
真夜に余裕はほとんど無かった。全力で浄化の霊術を発動しているが、浄化しきれない。今は拮抗状態を保っているが、どこまで持つかわからない。
さらに先ほどまでのルフの展開や封印などの術の行使で、真夜は無視できない消耗もしていた。
―――天照明鴉!―――
八咫烏の背に乗った明乃が、八咫烏と共に攻撃を放った。拮抗している所へ明乃達の最大の一撃が攻撃が直撃すると、たたりもっけは僅かに体勢を崩した。
ギョロリ。
たたりもっけの三つ目の瞳が明乃を見据えると、明乃と八咫烏は言い知れぬ悪寒に襲われた。
魔眼とも言うべき第三の瞳は、相手へと直接呪いを叩き込む。真夜の浄化の陣で影響の大半は消失したが、それでも明乃達に無視できない影響を与えた。
「婆さん、離れろ!」
「くっ! すまん!」
真夜は明乃が危険だと判断し、離脱するように叫ぶ。
真夜の霊符の強化や守りが無い今、明乃と言えどもたたりもっけの呪いは手に負えないレベルだった。一度距離を取り、仕切り直しを行う。
しかし明乃も大技を今のですでに三度も放っている。さらに真夜の霊符の強化は凄まじいが、その分、使用後の反動で使用者に少なくない疲労が起こる。
無論、疲労困憊ではなく多少休めば回復するが、立て続けに大技を放っては明乃も疲労が蓄積している。
さらに相手は格上だ。
「朝陽と真昼に救援要請は出したが、朝陽はすぐには来れん上に、真昼は別件で出払っている!」
「なら、今いる俺達で何とかするしかねえだろ! こいつを放置すりゃ、ヤバい被害が出る!」
明乃の言葉に真夜は叫ぶように言う。
いつもならば鞍馬天狗を使って、半時間もせずに朝陽は来れるだろう。
だが鞍馬天狗を連日召喚し続けていた事で、朝陽も万全の状態では無い。鞍馬天狗も消耗しており、朝陽や真昼をこちらに運ぶのも、いつものようにとはいかない。
また真昼は現在、他の案件で留守にしているようで、戦力として期待できるのは朝陽しかいない。
ホーホー!
たたりもっけの瞳が、真夜を見据える。霊符の防御がないため、自らの霊力を全開にして防御しているが、気を抜けば呪いが真夜の防御を突破して降りかかる。
(こいつ、なんつう祟りや呪いを纏ってやがる!? 覇級の黒龍神の成れの果てならわかるが、いきなりこんな奴が街中に現れるなんて……。それに黒龍神よりも感情の種類や質が悪すぎる!)
霊符を通して真夜に伝わるたたりもっけの負の感情。
黒龍神は真夜への怒りと憎しみ、殺意が主だったもので、怨嗟の叫びであったのに対して、たたりもっけの呪いは、数多の感情を内包していた。
苦しみ、悲しみ、絶望、恐怖、怨み、憎しみ……。それだけではない。他者や世界に対する怒り、焦燥、不安、孤独、劣等、後悔、嫌悪、殺意、憧憬、空虚、殺意、無念……。
呪いをまき散らす、たたりもっけを構成することになった者達の魂の叫びが、真夜へと押し寄せてくる。
(っ! こいつ、俺の感情を揺さぶってやがる!?)
親への感情、身内への感情、周囲への感情。
物心ついた幼い子供達の感情が、多感な思春期の子供達の感情が、真夜の中へと流れ込んでくる。
真夜にも覚えがあった感情。異世界に渡る前に抱いていた感情。
今は感じることも無くなっていた感情を、たたりもっけの呪いは揺さぶっていく。
黒龍神の時にはなかった感情の呼応。それはたたりもっけの感情が真夜にも理解できてしまったが故の弊害。
また黒龍神の時とは違い、真夜は今弱体化しており、十二星霊符も五枚しか展開できず、ルフもいない状態で同格以上の相手の呪いをまともに受け止めてしまった。
(ルフを呼び出せりゃ何とかなるが、霊符が発動しない!)
十三番目の霊符の使用限界時間が来たのか、あるいは別の要因か。それとも何かに阻害されているのか。
その間も真夜の中にたたりもっけの感情が流れ込んでくる。
―――誰も何もしてくれなかった。誰も助けてはくれなかった。誰も守ってはくれなかった。誰も救ってはくれなかった―――
闇が深くなる。霊符の結界によって外に漏れることが無いはずの呪いが、真夜の周囲に黒い靄として集まり出す。まるで真夜をたたりもっけ側が取り込もうとしているかのようだった。
「真夜!」
「真夜君!」
地上でたたりもっけの呪いの対処に当たっていた朱音と渚が浄化を行い、遅れて真夜のいるビルの屋上にやって来たが、二人が目にしたのは闇に纏わり付かれている真夜の姿だった。
「来るな! 朱音! 渚!」
二人に叫んだ瞬間、真夜は闇に飲み込まれるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます