第十四話 瞬殺

 

「な、何なり、お前達は!? いや、お前達の顔は見たことがあるなり! ま、まさか星守一族の!?」


 真夜達の登場に悪斗は動揺したように叫ぶ。真夜や明乃の顔はあらかじめ知っていたのか、真夜の事はわかったようだ。


 善も真夜の登場に驚いた顔をしている。


「待たせたな、二人とも。四人には悪いが一緒に来てもらった。まだどう転ぶかわからなかったし、俺達と一緒の方が安全だと思ったんでな」

「それはそうね。玲奈達も大変な目に遭ったわね。黒幕の犯人はあいつらしいから、今からきっちりシメてやるから」


 悪斗を無視するかのように四人の友人を連れてきた事情を説明する真夜に、朱音は納得し安心させるように四人に言う。四人も朱音や渚の無事な姿も確認し、どこか余裕のある雰囲気に多少緊張が和らいだ。


 もちろん、この場の誰もが油断もなく、悪斗や岩嶽丸にきちんんと注意を向けている。


「渚も悪いな。状況は渚の式神を通じておおよそ把握してる」

「いえ。真夜君の霊符のおかげもあります。流石に強化されていなければ、この結界の外の式神と情報のやりとりは出来ませんでした」


 真夜達が情報をある程度掴んでいるのは、渚の式神のおかげである。渚は隙を見て、強化したツバメ型の式神を外へと飛ばしていた。


 悪斗の結界は確かに強力であったが力押しで粗が目立ち、小さな穴であれば空けられると判断した渚が情報共有のため、真夜達に式神を飛ばして話を伝えていたのだ。


 だからほとんどの情報を真夜や明乃は共有している。


「いや、謙遜することは無い。強化ありとは言え大した物だ。おかげでこうやって犯人を追い詰められた」


 明乃も渚への賞賛を口にする。以前から明乃の渚への評価は高かったが、今回の事でより一層、明乃の中で渚の株が上がったようだ。星守や真夜のためにもこれから明乃が直接鍛えて、後継にしたいとまで考えるほどに。


「なっ! いや、このボクチンを無視するな! いや、それよりもなんでここにいるなりか!? あいつはどうしたなり!? 自爆させたはずなり! まさか他の退魔師がいたなりか!?」

「ああ、あいつか。自爆なんてさせるわけ無いだろ? それらしい術式が刻まれてるのはわかってたからな。起動させないように封印させてもらった」

「この面子で、見落とすなどありえん。私達を甘く見すぎたな」


 慌てふためく悪斗に真夜と明乃が事実を突きつける。その後ろではルフと鞍馬天狗も首肯し、八咫烏も相手を馬鹿にするかのようにカァッと甲高く鳴くと、背に隠していたドサリと拘束された大男を地面に落とした。


「ふふん。調子に乗ってた割に、大したことないわね。あっ、玲奈達はちょっと離れてて。あと真夜か渚は玲奈達が嫌な物みないように結界張ってあげて」

「えっ、今から割とグロい事になんのか?」

「ふっ。お前はビビりなのですねぇ。僕は全然平気なのですよ」

「いや、お前。俺の腕に抱きついてガクガク足震わせてるんじゃ、説得力ねぇだろ」


 朱音の言葉に卓と可子が反応するが、一般人にはあまりお勧めできないことは確かであり、渚も同意見なのか、結界の構築を始める。


「この中にいれば安心です。終わり次第、結界を解きます。皆さんに絶対に危険が及ばないようにします」


 渚が結界を構築し、真夜が念のため霊符を一枚さらに展開して強化していく。


「皆さん、気をつけてくださいね」

「ご武運をでござる」


 玲奈や景吾も不安や不満はなく、むしろ真夜達の身を案じ励ましの言葉を送る。


「ええ、任せといて。すぐ終わらせるから」

「はい。ではまた後で」


 結界を展開し、皆の安全とこれから起こることを見させないようにすると、真夜達は改めて悪斗達に向き直る。


「さてと。とっとと終わらせるか」

「そうだな。この程度の相手に手こずるのも問題だ。周囲への影響もある。時間をかけずに手早く終わらせよう」


 真夜も明乃も悪斗と岩嶽丸を脅威とは見なしていなかった。隙とも思われる先ほどの玲奈達のやりとりも、真夜だけでなく、ルフや鞍馬天狗が睨みを利かせていたので動けなかったのだ。


 そもそも超級クラスのルフや鞍馬天狗の方が圧倒的に格上なのだ。その上、真夜や明乃までいる状況では迂闊に動くことも出来ない。


「くっ! ボクチンを甘く見るななり! それにこっちには人質もいるなりよ!? お前達退魔師は同じ退魔師を見殺しにするなりか!?」

「三下のような台詞だな。いや、まあ見殺しにするのは流石に寝覚めが悪いよな」


 色々と因縁が出来た相手だったが、真夜も見殺しにする気も、妖魔にさせる気も無い。


「つうかこの状況でよくまだ自分の方が勝ち目があるって思うよな」

「黙るなり! 落ちこぼれの分際で! このボクチンの全力に怯えるなり!」


 妖気を解放し、悪斗は周囲を威圧する。特級上位の妖気は伊達ではなく、六家でも霊器持ちでも気圧されるほどの圧を出している。


 だが次の瞬間、岩嶽丸の善を掴んでいたハサミの腕が切り飛ばされる。目にも止まらぬ速さで、鞍馬天狗が刀を用いて腕を切断していた。ハサミに捕まれていた善はそのまま勢いよく空へと放り出されたが、ルフが空中でお姫様のようにキャッチした。抱き留められた善はルフに対して、僅かに顔を赤らめ見惚れているようだった。


 ついでにいつの間にか移動していた真夜の霊符が、善の中にある悪斗により仕込まれた物を浄化していく。


 斬!


 鞍馬天狗の力が増すと、刀を振り上げ岩嶽丸の身体を縦に真っ二つに切り裂いた。


 ルフとの手合わせで、鞍馬天狗自身の強さも技術も高まっていた。超級の彼からすれば、特級でも格下であり知能の低い岩嶽丸など敵では無い。


 美しい切断面の一文字切り。そこへと真夜の霊符により強化された明乃と八咫烏が天照明鴉の炎を放ち、岩嶽丸の身体を焼き尽くす。


「なっ! なっ!? っ!?」


 岩嶽丸が一瞬にしてやられた事に狼狽した悪斗は致命的な隙を見せた。真夜も渚が聞きたいことを聞いてくれていたので、これ以上問答する意味も無かった。


 それに悪斗のせいで事件に巻き込まれ、面倒なことになったのだ。さらに友人達をも危険に晒した。


 当然、悪斗に対して激しい怒りを覚えていた。


 自分よりも大切な人や友人が傷つく事の方が、真夜にとっては許しがたい事だった。


 それも自らの醜い欲望のためにこのような事をしでかした輩に対し、真夜が手心を加えてやる必要もなかった。


 真夜は一瞬で距離を詰めると、左手で悪斗の腹に消し飛ばない程度の一撃を叩き込む。鬼の肉体は鋼のように硬く、霊力の纏った武器でさえも弾くほどに強靱であり、特級クラスともなれば素手で攻撃するなど無謀も良いところだが、真夜の拳は問題なく悪斗の防御を突破し、その肉体に致命的なまでのダメージを与える。


 腹から背中まで突き抜けるような痛みが悪斗を襲う。実際、真夜が手加減していなければ、拳と衝撃により腹から背中まで突き破るほどだった。


 悪斗の身体が地面から浮き上がり、空高く飛び上がる刹那のタイミング。そこへ真夜は追撃をかけた。右手の拳が悪斗の顔面に突き刺さる。


 メキリと悪斗の顔面が音を立てながら陥没すると、そのまま勢いよく後方へときりもみしながら飛んでいく。


 地面を幾度も削りながらバウンドし、最後は転がるように数十メートル先で止まった。


「仕上げだ」


 真夜は朱音達に預けていた分も含め四枚の霊符を手元に戻すと、悪斗へと術を施す。


 弱体化と封印の術式。弱体化は時間制限もあるが、封印の術式はかなり高度な物だ。そこへ善を明乃達へと預けたルフもやって来て、真夜を補助するかのように強化と重ねがけを行う。


 悪斗の身体の妖気を浄化し、その状態で固定する。鬼本来の力を封じ込め、人間の姿に固定化する。


 人化の術とは異なり、あくまで人間の姿をした鬼の状態にしか出来ないが、鬼本来の力や妖気を封じそれを永続的に続けるように術式を刻んでいく。


 ルフの本体を縛る術式に酷似しており、真夜でなければ解除できないように霊力の刻印が悪斗の身体に施されていく。


 気絶したままの悪斗の姿が人間の物へと変わっていく。


 顔は見るも無惨に陥没し赤く腫れており、身体もあちこちがボロボロで見るも痛々しいが、悪党に対する情けは持ち合わせていない。


 出来ればこのまま始末しても良いが、どうしても真夜には気になることがあった。


「……終わったぞ。俺とルフの封印の二重がけだ。弱体化させた上に、鬼の力も使えなくした。六道幻那でもなけりゃ、破れないだろうし破られたらルフが気づく。ついでにルフが追跡の術式も組み込んでくれたから、万が一逃げ出してもすぐわかる」


 術を施した後、悪斗の首根っこを捕まえて引きずりながら帰ってきた真夜は皆に告げると、朱音や渚は微妙な顔をしている。


「……うん。いや、まあそうなるのはわかってたんだけど、何ともやるせないわよね」

「……はい。出来れば私達だけでと思っていたのですが。理解していてもこうも格の違いや力の差を見せつけられては」

「渚はまだ良いわよ。式神で活躍してるし、情報もきちんと引き出してるんだから。あたしなんて、見てるだけだったのよ? このやるせなさは無いわ」


 特級二体に怯まなかったが、人質もあり硬直状態に陥っていたのに、真夜達はそんな自分達が出来なかった事をあっさりやってのけた事で、どこかやるせない気持ちだった。


 特に朱音は渚と違って本当に何もしていないので、余計にいたたまれない気持ちだった。


 前にもこんなことがあり、そこから頑張っていたはずなのだが、成長できていないみたいで二人はショックだった。


 善など悪斗と岩嶽丸があっさりと倒された事に、ぽかんと口を大きく開けて驚愕を露わにしている。


「そう落ち込むな。お前達がきちんと対処してくれたからこそ、私達も手こずること無く終わらせられた」

「婆さんの言うとおりだ。周辺への被害もなく終わらせられたのは、朱音と渚のおかげだ」


 明乃は一部二人の気持ちがわかるだけに、落ち込まないように言う。罪業衆の鵺との戦いではまさに己自身がそんな状態だったのだ。


 真夜も適材適所であり、状況が違えば心配にはなるが、二人に特級の相手をさせることに何の懸念も無くなっていた。


「……ありがとうございます。そうですね。落ち込んでいても始まりません。今後も精進しましょう、朱音さん」

「うん。と言うか、あたしはもう少し渚に色々と習うわ。強さもだけど、そっち方面も鍛えないと」

「朱音は朱音らしくでも良いと思うけどな。二人だとバランスが良いだろうし」

「それ、あたしを馬鹿にしてるでしょ! あたしが道化を演じて、渚が色々と誘導する役なのはわかってるけど、あたしだって渚みたいな知的な事もしたいのよ!」


 真夜も貶めているつもりはないが、朱音としては色々と不満だった。強さでは自分の方が渚より上でも、こう言った策士のような事も憧れがあり、出来るようになりたいと思っている。


 ぷんすか怒る朱音を真夜が宥めるのを見つつ、明乃は何をやっているのだとため息をつくのだった。


 ◆◆◆


 闇の中、蠢く影がある。


 その影を近くで見据える一対の目。それは黒いフクロウだった。


 フクロウは悪斗の気配と繋がりが完全に消えた事を感じ取り、彼が敗北したのを悟った。


 使えない奴だ。フクロウはそう感じた。


 怒り、憎しみ、恨みが湧き上がる。


 だが同時に、悪斗が不幸になったのならばそれはそれで喜ばしいことだ。


 幸せになるのが赦せない。特に子供達が、その親が幸せであることが、笑顔になることが憎らしい。クリスマスなど虫唾が走る。


 良い子にしていれば、サンタクロースがプレゼントを持ってきてくれると無邪気にはしゃぐ子供。


 子供のために奔走し、家族で幸せなパーティーを開く親。


 お互いに愛を深め合う恋人達。


 多くの者達が幸せな時間を過ごす。


 フクロウにはそれが我慢ならなかった。


 自分はそんな幸せなど得ることが出来なかった。


 子供の幸せも、家族の愛も、恋人同士の蜜月も、何一つ得ることも出来ずに殺された。


 親に祝福され、大切にされ、幸せになるために生まれてきた命。


 だがその命は、幸せは、未来は奪われた。他ならぬ親に。


 みんなの幸せを見ているだけで、イライラする。


 自分とは違い、幸せそうに、のうのうと生きている子供に。子供を愛する親に。お互いを大切に思い合い、新たな命を育もうとする恋人達に。


 だからフクロウ――たたりもっけ――はすべてを怨む。


 親に殺された子供の怨念がフクロウに宿った妖怪。それがたたりもっけである。


 だがこのたたりもっけは複数の子供の怨念の集合体であり、罪業衆の九十九才蔵がベースとなるたたりもっけに、日本中の親に虐待され殺された子供や、いじめに遭い自殺した子供などの魂や怨念を取り込ませ存在だった。


 たたりもっけも悪斗とともに罪業衆から逃げ出し、そして悪斗を利用した。


 鬼の方が種族的な強さは上だったが、たたりもっけは逃走してからも行く先々の子供達の負の怨念を取り込み続けた。


 子供達の社会や大人への閉塞感やいじめなどの負の感情。


 親だけでなく、同年代からのいじめなどの理不尽な仕打ち。


 親に殺された者、いじめにより自殺に追いやられた者。そんな魂がたたりもっけに引き寄せられ、次々に融合していった。


 あまりにもむごく、親とは、同じ人間とは思えぬ仕打ちをされた子供達の無念や悲しみ、苦しみは同じ仕打ちをされた者にしかわからない。


 最悪な事はそれらの魂や恨み辛みの怨念に遭遇したのが、才蔵により改造されたたたりもっけだった事。


 その恨み、憎しみ、苦しみを向ける相手が自分達を苦しめ、殺した特定の存在では無く、幸せを謳歌しているすべての者になったのは才蔵の改造のせいなのか、はたまたクリスマスという自分達には縁もゆかりも無かったイベントに浮かれる世間への嫉妬かはわからない。


 悪斗が上手くいけば、それを利用して悪斗を中心に、多くの不幸を、祟りをこの国に広めるつもりだった。悪斗を使い、多くの人間の幸せを壊す。


 赦さない、赦さない、赦さない。


 フクロウの額に、禍々しい第三の目が現れた。


 いつしか悪斗を超えるほどの力を得ていたたたりもっけは、この目を使い悪斗を洗脳していた。


 自分の思うように動かせるように。


 しかしそれも頓挫した。また新しい駒を探すにも、たたりもっけはもはや限界だった。


 負の感情が暴走を始めたのだ。


 クリスマスという、世間の幸せな姿と暖かい正の感情が増えてきた事に、恨み辛みを抑えられなくなった。


 ―――こんな世界、壊してやる―――


 幸せな者達を不幸にする。祟ってやる。目に映る者に呪いと祟りを。


 たたりもっけは目の前に蠢く闇に近づき、嘴を口が割れるほどに開くと一呑みで食らいつくした。闇の正体は悪斗が罪業衆より持ち出した最上級妖魔と九曜が作り出した、妖魔を強化させる術式。


 ドクン、ドクン、ドクン


 たたりもっけが大きく脈動すると、その身体が巨大化していく。翼が二対になり、足の数も六本に増えた。


 顔には八つの瞳が表れ、額からは鬼のような長い角も伸びている。


 体長十メートルに達するほどの巨体と超級上位に比肩する妖気。


 巨大な怨念の怪鳥となったたたりもっけは、巨大な翼を広げ空へと飛翔するのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る