第十三話 暴露
勝ち誇った悪斗の言葉に、朱音と渚はより白けた目を向けた。
二人にしてみれば、真夜とルフがそんなトラップに気づかないはずが無いという確信があり、仮に爆発を許したとしても無傷で切り抜けるだろうと言う信頼があった。
また明乃や八咫烏、鞍馬天狗までいるならばそんなミスは絶対にないと言い切れた。
だが調子に乗ってくれているのは好都合だった。
「仲間を犠牲にしてこちらの戦力を削ったという事ですか」
「その通りなり。あいつを倒せるほどの術者ならそれなりの使い手だろうけど、仕込んでおいた術式は強力なりよ。ただの爆発じゃ無いなり! あいつの身体は泥で出来ていて、弾けることで周囲の生き物を取り込み、吸収して分解するんだ! 特級クラスでも逃れることは不可能! この意味がわかるかなぁ?」
「あんた、そんなもん街中で発動させんじゃないわよ!」
「関係ないなり。それに他人がどうなろうと知ったことじゃない」
悪斗の言葉に朱音は苛立ちを見せる。今すぐにでも槍を突き立てたい衝動に襲われるが、無闇に飛び出すような事はしない。
「貴方は先ほど、そこの柊木善の知り合いのような会話をしていましたが、正体を隠して彼に近づき利用していたと言うことですか」
渚はそんな朱音に変わり、悪斗に向かい疑問を投げかける。
「ぐふふふ。時間稼ぎなりか? まあ教えてやってもいいか。そうなりよ。善の事はあらかじめ調べていたなりよ。この街の退魔師の情報も含めて。ボクチンはあの罪業衆の後継者なり!」
悪斗はどこか自慢げに語り始める。どうやら自分の策がうまくいっていると思い、優越感からか自分語りをしたいようだ。
「奴らの知識や技術はボクチンが継承したなり。奴らの調べていた資料にこの街の退魔師の事も書かれていたなりよ。そう、お前達の事もなり。火野朱音、京極渚」
名前を呼ばれた二人は思わず顔を強張らせた。まさか自分達の情報を掴んでいるとは思っていなかったのだ。だが渚は悪斗が自分の事を星守では無く、京極と呼んだことに違和感を覚えた。
「あんた、あたし達の事を……。じゃあ真夜の事も」
「当然なり! まあそいつは星守の落ちこぼれのようだから、本当は善よりもそいつを手駒にしたかったなりが、お前達がいたから善で我慢したなりよ」
悪斗は言う。フリーの退魔師の善ではなく、本来は落ちこぼれの真夜を狙いたかったが、朱音や渚の存在があり、手を出さなかったのだと。
「まあ色々騒ぎを起こして、この街を混乱させようとしたんだけど、思ったようにはいかないなりね。善ももう少し役に立つかと思って、色々とお膳立てしてやったのに」
「悪斗、お前!」
「そもそも悪斗なんて名前、本名だとでも思ったなりか? お馬鹿さんなりねぇ。そんなのだから、俺の特性ジュースを疑いも無く飲んで、お前の中に妖魔召喚用の仕込みもされるなり。まあそうなるように誘導したんだけど。ついでに言うと、俺が合図すれば、お前はあのジュースの影響で妖魔化するなり」
どこまでもゲスな事を言う悪斗に善は顔を歪める。
「ボクチンはね、罪業衆よりももっと強くて大きな組織を作って、そこに君臨するために手駒が欲しいなりよ。あの酒呑童子みたいな、世に名を轟かせるほどの力と配下が欲しいなり。人間の時は使えない奴だったけど、善も妖魔化すれば少しは使えるようになるかもしれないなりよ。まあ周りに侍らせるなら、可愛い女の子がいいなりね」
悪斗はさらに厭らしい笑みを浮かべ、二人をなめ回すように見ると朱音達は一層不快感を強める。
「ああ、もう最悪な奴ね。こんな奴が近くにいると思うだけでも虫唾が走るわ」
「同感ですね。ですが、この街に魔法陣を無数に描いたのも、その目的のためですか。岩嶽丸の封印が解けた事に関しても、このような事をしでかすほどですから、逃げていた所を偶然見つけたのでは無く、貴方が関与して、封印を解いたといったところですか?」
「そうなりよ。魔法陣が広まれば、この街の退魔師達が動くのはわかっていたなり。でもその場合、戦力も分散されるなり。そうなったら、こちらの目的も達成しやすくなるなり。こっちには岩嶽丸もいるし。お前の言うとおり、岩嶽丸はボクチンが封印を解いたなりよ」
悪斗は話しても問題ないとばかりにベラベラと色々なことを口にする。
「えっ、でも報告書ではそんな証言書いてなかったわよね?」
「おそらく偽装したのでしょう。生存者に暗示や催眠をかけて、虚偽をすり込んだ。特級クラスで妖術が使えるなら、力押しでどうにか出来るでしょうから」
朱音の疑問に渚が自分の考えを述べる。しかし報告を受けたSCDの退魔師の目を誤魔化す程だ。かなり厄介な能力と見るべきだ。
「その通り! お前も頭がいいなりね。益々手駒に加えたいなり」
「てことは、玲奈達を狙ったのも、偶然じゃない。まさかあたし達に対する人質にしようとしてたってこと!?」
「正解なり! ぐふふふ。まあそっちは失敗したけど。もうどうでもいいなり。ここでお前らを手駒に加えられれば、何も問題ないなり」
朱音は槍を握る手に力が入る。目の前の相手のせいで、自分の大切な友人達が危ない目にあったのだ。決して赦せることでは無い。
「本当に腹の立つ奴ね! 言っとくけど、あたし達を簡単にどうにかできると思ってるなら大間違いよ! 玲奈達の分まで、ここであんたをぶっ飛ばすわ!」
「威勢がいいなりね。でもわかってるなりかな~。ボクチンと岩嶽丸は特級の強さがあるなりよ。それに善もボクチンが合図すれば、即座に妖魔に変わるなり」
ついでに援軍も期待できないと悪斗は付け加える。
「悪斗! お前は俺を利用したってのか!? 俺はお前の事、友達だと思ってたのに!?」
「友達? どうしてボクチンがお前みたいな雑魚の退魔師を友達だと思うなりか? お前みたいな猪突猛進のような奴はボクチンの下僕がお似合いなり。ちなみにお前の母親を殺したのは、罪業衆だったみたいなりよ。ボクチンの資料に書いてあったなり。実験用の妖魔に襲われたと。まあだからお前の事も書いてあったし、丁度よく利用できると思ったなりが、どうにも期待外れだったなりよ」
「なっ、なんだと!? 悪斗、お前って奴は!」
善は今までの事が仕組まれていた事だと知り、さらに母親が殺されていた事も暴露されたことで怒り狂い、必死に岩嶽丸の拘束を破り飛びかかろうとするが、逆に拘束する力を強められうめき声を漏らした。
「……なるほど。確かに特級二体ではこちらも分が悪いどころの話ではありませんね。そこに妖魔化した人間が一人加われば、こちらの勝ち目はないでしょう」
「渚!?」
そんな善を無視するかのように、弱気な発言をする渚に朱音は思わず視線を向ける。目が合うとここは私に任せてくださいと、朱音は渚に無言で訴えているようだった。
だから朱音も渚に何も言わず、この場を任せることにした。
「貴方は私を京極渚と呼んだ。確かに私は京極一族の生まれ。ですが今は星守の養子となり、星守姓を名乗っています。貴方の情報は、少し古いものですね」
渚の指摘に悪斗は僅かに表情を変えた。
「先ほど貴方は罪業衆の調べた資料を利用したと言いましたが、おそらくそれは半年ほど前までの情報ですね。そこから貴方は新しく情報を集めていない。確かに半年程度しか経っていないのなら、新たに調べる事もないと思ったのでしょう。実際、柊木善に関してはその情報通りだった。だから行動に移した」
渚は先ほどの悪斗の情報から、以前に自分達を襲撃した罪業衆の九曜が集めていた物だと想像した。
あの時も九曜の一人の九十九才蔵は渚と朱音の名前を呼んだ。名が知れていた朱音はともかく、京極一族とは言え、そこまで名前は知れ渡っていなかった渚の名前までだ。
とすれば、彼らが星守への攻撃を仕掛ける前に事前に情報を集めていたのだろう。その過程で真夜周辺の人間関係やこの街の退魔師の情報も調べており、それを悪斗が入手したとすれば彼の持つ情報と今の情報が違うという説明がつく。
特に真夜を星守の落ちこぼれと言った。確かにまだ大々的に広まっているわけでは無いが、耳ざとい者ならばすでに真夜が落ちこぼれでは無く、星守の名を名乗るに恥じぬどころか先代当主を下すほどの力を得ていると知っている.
にもかかわらず、真夜のことを大した相手ではないと見ている所に、悪斗の詰めの甘さが見て取れる。
「とは言え、確かに貴方の策は今の所うまく運んでいますね。岩嶽丸の件は貴方が起こしたとは思われていない。この騒動に関しても目的が私や朱音さん、真夜君だとすれば、付喪神の件で注意をそちらに向かわせれば、私達の友人の拉致を考えているなど思われない。他の退魔師も魔法陣の捜査もあり、そちらに目を向ける。そして陽動に使った存在でそちらに向かった退魔師を排除し、ここで私達を手に入れると」
最近はそんな特級をあっさりと倒す若手やらヤバい奴等と遭遇することが多いので、そこまで脅威に思っていない朱音と渚だが、特級が二体ならば大多数の、それこそ六家のベテランでも単独での対処は難しい。
「その通りなり! 援軍が来てもボクチン達ならば蹴散らせるし、この街にはお前らよりも強い退魔師はいない。岩嶽丸を封じていた一族はどいつもこいつも弱い奴ばかりで、下僕にふさわしくなかったなり。その点、罪業衆の資料にあったお前達はボクチンの下僕にするのにふさわしいなり」
おそらく悪斗がこの街を狙ったのは、ここがどの六家の管轄でもない空白地帯に近い場所でもあるからだ。
霊的に安定しており、妖魔の自然発生や妖魔が集まりにくい土地柄のため、どの家もベテランを配置していない。だからいかに霊器使いでもまだ若手の朱音や渚なら、どうにでも出来ると悪斗は判断した。
また派遣されてくるのも低級がメインの召喚陣ならば、そこまで強い術者は来ないと踏んだのだろう。
「それにこの筆もただの陽動じゃ無いなり。こいつで召喚される妖魔は確かに低級以下しかいないけど、ボクチンが少し付け足すだけで、他の強力な妖魔も召喚できるなり! そしてここでお前らを手に入れてまた他でも同じ事をしていけば、ボクチンの天下はすぐ来るなり!」
有頂天になっている悪斗に朱音はいい加減に黙らせたい気分だったが、渚はまだですと小声で訴える。
「なるほど。では貴方が黒幕で間違いないですか。てっきり私は貴方は誰かに踊らされていると思ったのですが」
「このボクチンがそんな間抜けなはず無いなり。すべてはボクチンの掌の上」
「わかりました。では貴方を拘束、あるいは討伐すればこの事件は解決ですね」
「ぐふふふ。このボクチン達に勝つつもりなりか? 賢いかと思ったけど馬鹿なりね。それにさっきも言ったけど、ボクチンが呼び出せる奴は他にもいるなりよ。この筆があれば簡単なり」
見せびらかすように回収した筆を手の中でくるくると回す。
「そうですか。では証明してください。もっとも大言壮語で結局は中級程度が関の山かもしれませんが」
どこか挑発するように言う渚に悪斗は苛立ちを露わにする。
「今の言葉、かなりムカつくなり。そこまで言うなら見せてやるなり! これがボクチンのもう一つの切り札なり!」
筆を走らせ、地面に魔法陣を描こうとする。朱音はその行為を止めようとするが、渚は改めて手で制した。
「渚!?」
「もう少し待ってください」
渚の行動に疑問符を浮かべたが、朱音は言われたとおり攻撃をやめる。渚が何の考えも無しにこんなことを言うとは思わないという信頼もあった。
その意味はすぐにわかることになる。
「な、なんで魔法陣が描けないなり!?」
慌てふためく悪斗。それもそのはず。筆の付喪神が魔法陣を描かないのだ。
「まさか封印されているのはわかってたなりが、このボクチンが力尽くでも破れないなんて!?」
「無駄です。いくら特級妖魔と言えども、その封印は簡単には解けません」
狼狽する悪斗だが、渚は当然とばかりに言い放つ。弱体化していようとも、特級以上の力を持つ真夜が施した封印だ。外からの干渉にも対応できるようにはしているだろう。
「こ、こんなものこのボクチンが力尽くで破ってやるなりぃっ!」
全力で妖気を解放すると、それをそのまま注ぎ込んでいく。びきびきびきと筆が悲鳴を上げるかのように音を立てる。
「うおぉぉぉぉっっ!」
だが悪斗が妖気を注ぎ込んでいると、先に筆の方が限界を迎えたかのようにばきりと中心部分から真っ二つに折れた。
「なっ!?」
どうやら悪斗の妖気が強すぎて、封印どころか本体まで破壊したようだ。
「くっ、くそっ! しかしまだボクチンには岩嶽丸もいるなりよ!」
「マジで言うことが一々小物よね、あんた。だから特級って言っても恐ろしいって感じないのかしら? で、もう聞くことは聞いたの渚?」
「はい。概ね聞けましたが、あちらの岩嶽丸はこの場で討伐するとして、彼にはまだ確認したいことは残っているので、出来れば生け捕りが望ましいですね」
「このボクチンをあまり舐めるんじゃないなり。お前らなんて、その気になれば切り札を切らなくても勝てるなりよ」
まだまだ強気の悪斗だったが、渚と朱音は気圧された風でも無く、むしろどこか余裕があるようだった。
「そうですか。残念ですが私達はそちらに合わせる気はありません」
「切り札じゃ無いけど、もう十分時間は稼いだでしょうからね。あーあ、どうせならあたし達だけで何とかしたかったわね」
何を言っていると悪斗が聞き返そうとした瞬間、周囲に異変が訪れる。悪斗が張った結界が瞬く間に消滅したかと思うと、新たな結界が展開された。
「なっ!?」
驚く悪斗の視線の先に複数の人物が見えた。星守明乃と八咫烏。鞍馬天狗にその後ろには玲奈や可子、卓や景吾。
「悪いがここまでだ。俺達の友人達に手を出したんだ。それ相応の報いは覚悟してもらおうか」
そしてどこか怒りを感じさせる声色で、背後にルフを従えた真夜がそう告げたのだった。
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