第十一話 捕縛
大男と対峙する明乃は周囲を観察しながら、ゆっくりと歩みを進める。
真夜達からの連絡を受け、現場へと向かおうとしていた矢先、警戒を続けていた鞍馬天狗や八咫烏が突如展開された結界を探知した。
結界は並の退魔師ならば破壊できないほどに強固であり、気づくことさえなかっただろうが、鞍馬天狗達に言わせればお粗末な作りであったため、神通力で内部を盗み見ることが出来た。
内部では学生が明らかに不審者に襲われており、鞍馬天狗は明乃にその事実を伝えた。
そこからの明乃の行動は早く、八咫烏を伴い、即座に現場に駆けつけ、鞍馬天狗が結界を破壊して内部へと侵入した。
大男は先ほどとは違い、明乃達に最大級の警戒を行っていた。逃げようにもすでに明乃が新しい結界を構築しており、景吾と卓を玲奈達の所に移動させた鞍馬天狗が逃走させないように牽制していた。
また明乃自身、大男を逃がすつもりはなかった。
「色々と聞きたいことはあるが、先に聞いておこう。無駄な抵抗をせず、大人しく……」
明乃が言い切る前に、先手必勝とばかりに大男が動いた。巨体とは思えぬ速さで明乃に肉薄し、その豪腕を振り下ろした。
ドンッ!
アスファルトの地面が陥没し、周囲に破片が飛び散る。
「ふむ。速さはそれなりか。身体能力強化の術式……、いや、少し違うな。人間のように見えて、そうではないか」
しかし明乃はそんな大男の攻撃を余裕を持って回避しており、いつの間にか男の背後に回り込んでいた。
「それなりに強いようだが、あいつに比べればなんてことは無い。いや、比べるのが間違っていたな」
「っ!」
大男は確かに強いだろう。霊力も最上級に匹敵するほど高い。だが真夜に比べれば明らかに弱い。
単純な腕力や速度も真夜より遅い上に、真夜にはあった恐ろしさがない。
あの交流会での真夜との一戦により、明乃はこの年になってもさらに強くなっていた。
(とは言え、どのような術を使うかも未知数。油断するつもりも、相手に主導権を握らせるつもりもない。だからこそ、何もさせずに終わらせる。時間をかけるつもりもない。一気に終わらせる)
これは試合や手合わせではない。実戦において、明乃は真夜と同じように抜け目なく、またリアリストであった。それに先ほども大男のに言ったように、子供をいたぶる輩に容赦をするつもりもなかった。
「ごがぁぁっっ!」
明乃が攻撃を仕掛けてくることがわかったのだろう。大男は全力で霊力を高める。大男の筋肉がさらに膨れ上がり、肌の色が浅黒くなっていく。さらに懐から黒い球体を取り出すと、大男は右手で握りつぶした。
すると地面に巨大な鉄の塊が地面に落ちると、地面に深く突き刺さった。それは巨大な金棒。重量も数百キロはあるだろう。
だが大男はそんな金棒を片手で軽々と持ち上げると、簡単に振り回した。
かすっただけでも衝撃と風圧で吹き飛ばされるだろう。直撃すればどうなるかなど、考えるだけで恐ろしい。
「もう少し早く行動に移るんだったな」
「!?」
明乃がそう口にすると、大男の身体に何かが巻き付いていく。霊力で作られた縄。見ればいつの間にか、霊符の着いたクナイのような短刀が無数に地面や壁に突き刺さっており、そこから大男に向かい拘束術式が展開していた。
手足だけではなく、身体まで巻き付き、大男の動きを止める。
「ぐ、ぐがぁぁぁぁっ!!」
大男も全力でもがく。拘束術式が軋み、一部が破壊されていく。
ニヤリと大男は笑う。このまま引きちぎって明乃に攻撃するつもりだった。
だが彼の目の前に巨大な炎の怪鳥が現れた。
―――天照明鴉(てんしょうあけがらす―――
明乃と八咫烏の最強の攻撃技が大男を襲う。灼熱の炎が大男を包み込み、彼を焼き付くさんと轟々と燃え上がる。
「がっ、がぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!」
拘束が解けきらない間にまともに攻撃を食らい防御も間に合わず。だが霊力を全開に解放して、大男は炎を吹き飛ばした。
「これで終わりだ」
「っ!?」
炎が消えた矢先、目の前に明乃がいた。彼女はどこまでも底冷えするような目で、大男を見据えている。
明乃は至近距離で攻撃を大男に叩き込む。拳による霊的急所と暗器を使った急所を外した攻撃。
四肢の付け根や間接に短刀を突き刺し、内蔵や丹田などの部分には霊力を内部浸透させる攻撃を放つ。
巨体であるが故に、生命力は高いであろうという目算による物だが、宣言通り一切の容赦をしない攻撃だった。
瞬く間に繰り出される明乃の連続攻撃は、相手に息つく暇さえも与えずに無慈悲に完遂された。
普通ならばこれで勝負あっただろう。
だが明乃は感じた手応えに違和感を覚え、攻撃が終わった瞬間に残心を解かずに大きく後ろに飛び退いた。
直後、あれだけの攻撃を受けたはずの大男は、金棒を力任せに振り下ろした。関節や肩などを潰し、とてもではないが物など握れないはずなのに行われた攻撃は、地面を剔り地震のように周囲を激しく振動させた。
「……ほう。人間ではないと思っていたが、まさか昔話のような存在に出会えるとはな」
感心するかのように言う明乃は、大男の傷口から流れる物を見ながら呟いた。大男の傷口から流れているのは血ではなく、褐色の垢のような物であった。
昔話にこんび太郎と言う物語がある。ある老夫婦の垢から生まれた人間で、大の力持ちで鬼退治をする物語。
その結末はいくつかあり、鬼を退治して庄屋の娘と結婚した物や、鬼退治をして村に戻ってきた時、老夫婦にお風呂に入れてもらって、身体が溶けて垢に戻ってしまったと言う悲しい物まである。
明乃が対峙している大男は、そんな昔話の存在だった。
(問題はこいつが自分の意思を持って行動しているのか、それとも黒幕がいるのかどうか)
出自も問題だが、明乃にしてみればこの大男が昔話のこんび太郎のように自分の意思で行動しているのか、それとも何者かによって操られているのか。
(どちらにしてもこいつを作った存在はいるだろう。偶然生まれたのか、それとも罪業衆に所属していたような妖術師が作ったのか。どの道、こいつを拘束し調べてみればわかるか)
しかし明乃でもあの攻撃でも動ける輩を拘束するのは簡単ではない。拘束の術式は破られたし、痛めつけて所ですぐに倒れるとは限らない。下手をすればそのまま自己崩壊をしかねない。
「私ではお前を倒すことは出来ても、拘束するのは骨が折れそうだ。と言うわけだ。後はお前に任せるとしよう。頼んだぞ」
誰かに呟くように語る明乃に訝しげに見ていた大男だったが、すぐにその意味を理解することになる。
「ああ。任された」
「!?」
第三者の声に大男が振り返ると、そこには真夜が立っていた。真夜の背後にはルフの姿もある。
その顔はどこか怒りを宿しているかのようだった。
真夜が腕を振るうと、三枚の霊符が大男を取り囲み術式を展開していく。さらにルフも同じように拘束のために霊力の鎖を生み出し、大男を縛り上げていく。
大男は抵抗するが、明乃以上の術を扱う真夜とルフの前に為す術は無い。大男は地面に倒れると身動きが取れなくなった。
「流石だな。お前達二人がかりであれば、このクラスでも余裕か」
明乃が張っていた結界は即席とは言えかなり高度な物であり、真夜など一部の味方ならば素通り出来る物だった。
しかしどうして真夜がこの場に現れたのかがわからない。連絡はしていなかったはずだが。
「ルフが嫌な気配を感じて調べたら、ここで俺の友達が襲われてるって。だから急いで来た。まあ先に婆さんが駆けつけてくれたのだが」
「なるほど。私の場合はほとんど偶然だ。そちらに向かう途中で鞍馬天狗がこの結界に気づいた。見た限り、三人は無傷だが、一人はわからん。すまん、私がもう少し早く来ていれば」
「いや、婆さんのせいじゃねえよ。……こっちは任せて良いか?」
「ああ。早く行ってやれ。あと向こうは問題ないのだな?」
「大丈夫だ。朱音と渚に任せてきたし、お守りに霊符も持たせた。なんかあったら連絡が来るだろうし、よほどの事が無い限りは時間稼ぎはできるはずだ。ルフも気にかけてくれてるしな」
取り押さえた付喪神の憑いた筆や善などは朱音と渚に任せてきた。朱音達も友人達の心配はしていたが、ルフと真夜の二人の方が早くたどり着けるのと、向こうでの対処に人を残す必要がある。
一人だけだと何があった時に対処が難しくなるため、申し訳ないが二人で残ってもらった。
「そうか。ではここは私に任せておけ」
真夜は手短に明乃に礼を言うと急いで景吾や卓の所へと向かった。
「真夜!」
「景吾はすぐに回復させる」
鞍馬天狗に玲奈や可子の近くに降ろされ横になっていた景吾は、玲奈に手を握られていたが、意識がもうろうとしていた。真夜はすぐに霊符で景吾の治療を行った。見た限り外傷はあまりないが、脳しんとうや何かしらの内部のダメージがある可能性がある。
「う、ううっ……」
「服部君!? 大丈夫ですか!?」
「むむ。どうやら皆無事でござるな」
「いや、お前! 自分の心配をしろよ! 心配したんだぜ!」
「そうですわ! お一人で無茶をして!」
「そうなのですよ! 無茶しすぎなのですよ!」
皆に責められて肩身の狭い思いをする景吾であるが、それは真夜も同じであった。
「悪い。もっと早く来てりゃよかったんだが」
もう少し早く気づき駆けつけていれば、景吾が傷つくこともなかったと真夜は忸怩たる思いだった。
「いや、真夜殿は何も悪くないでござる。拙者が勝手にしたことであり、悪いのは全部犯人の方でござるよ」
「つか、あいつ何なんだよ! どう見てもヤバいやつじゃねえか!」
「ホントなのですよ! さっさと警察に連絡して連れて行ってもらえです!」
「でも服部君も、今後は危ない行動は慎んでくださいね」
大男が拘束され、知り合いの真夜が来たことで四人も調子を取り戻したのか、いつものような雰囲気になる。
真夜はその様子を見て、安心したように表情を緩めると、すぐに心配しているであろう朱音達にスマホで連絡を入れる。
「ああ、こっちは終わったぞ。大丈夫だ。全員無事だ。そっちも問題ないな?」
『はい。こちらも問題ありません。警察やSCDの方達も到着して、現場検証などを行っています』
「そうか。俺はみんなを送り届けてからそっちに戻る。その間は頼んだ。あと、天野達にも変わるから、時間に余裕があるなら朱音も一緒に話して安心させてやってくれ」
真夜はそう言うと、スマホを玲奈達に渡す。景吾や卓には、少し向こうと話をしてくると言うと、明乃の方へと移動する。
「もう良いのか?」
「あとでもう一回話をするつもりだが、先にこっちをと思ってな。警察とSCDへの連絡は?」
「もう済ませたし、朝陽にも念のため報告は入れた。予想通り、面倒な事になったようだな」
真夜も付喪神だけならともかく、こんな大男まで暗躍していたならば話は別だ。
真夜も甘く見ていたつもりはないが、自分だけが巻き込まれただけではなく、友人達にまで被害が及んだことでより一層警戒度を上げた。
「罪業衆の残党か、それに近い奴か?」
「どうだろうな。調べてみなければ何もわからんが、この大男を捕らえたと言って、まだ終わったと判断するのは早いだろう。考えたくはないが、お前が倒した六道幻那クラスが暗躍していないとも限らん」
真夜の懸念に明乃は当初からもそれを想定して動いていたのだが、この大男を背後から動かしている存在がいるなら、さらに上の存在がいると見るべきだと判断した。
六道幻那は罪業衆の頂点であった四罪をも凌駕する恐るべき術者であり、京極の事件後に改めて発見された彼の拠点からは、罪業衆に匹敵、あるいは勝るほどの研究まで為されていた証拠が見つかっている。
さらに六道幻那は弱体化前の真夜とルフを条件を整えたとは言え、圧倒するほどの力を持っていた。
そんな相手が国内に何人もいるとは考えたくもないが、最悪を想定しておかなければ、もしその状況になった時に慌てふためくだけになってしまう。
「あいつみたいな奴は早々いないと思いたいけどな」
「私とて同感だ。そうなった場合、今のお前の状態を考えれば、朝陽や真昼を呼んで何とか対処できるかと言ったところか。いや、念のため呼び出した方がいいかもしれん」
「過剰戦力って笑い話で終わればいいんだけどな」
「まったくだ」
二人はしばらくの今後の事について話し合う。
ちなみに、彼らから少し離れた場所ではなぜか鞍馬天狗がどや顔を浮かべ、ルフがぷくーっと頬を膨らませていたのだった。
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