第九話 実行犯
※前々回から出た善の友人の名前、読みにくいとご指摘受けたので、悪人→悪斗に変更しました。
「やっぱりこれだけじゃ何もわからねえか」
すっかりと日も落ちて暗くなった街の裏路地。真夜が魔法陣を発見した場所に三人は足を運んでいた。
すでに警察の実況見分も終わり、警察の姿はないものの立ち入り禁止とテープが張られている。真夜達は結界を張ってその中に入り、現場を確認していた。
「見たところ、かなり正確に描かれていますね」
渚もライトを当てて、しっかりと観察する。魔法陣の大きさは直径一メートルほど。よく不良などが壁に落書きするペイントのようだが、六芒星だけでなく綺麗に描かれた三重の円と梵字が、ただの悪戯でないことを物語ってる。これは術式を詳しく知っている者でしか用意できない。
「でも裏路地って言っても、こんなに堂々と描くなんて一体何考えてるのかしら? 召喚に使うにしても、もっと目立たない所はたくさんあるでしょうに」
朱音も呆れたように呟く。彼女の言うとおり、これでは見つけてくれと言っているような物だ。
「朱音の言うとおり、犯人の目的が今ひとつわからないのが気になるが、捕まえて吐かせりゃいいだけだ」
「それもそうね。で、渚はこれの犯人を見つけられそう?」
「難しいですね。妖気などの痕跡でもあれば可能ですが、あまりにも希薄すぎて私の式神では追い切れないと思います」
「婆さんや鞍馬天狗もすでにやっているだろうけど、俺達も試す価値はあるだろ」
明乃や鞍馬天狗はすでに捜索を開始しているようだが、まだ完全に犯人を特定できていない。
捜索の途中で見つけた優先度は低いが、放置していてはマズイような悪霊や下級妖魔、果ては妖気に取り付かれている人間を見つけて対処しているようで、中々進展はしていないようだ。
いかに霊的に安定した土地でも、未練や恨みを抱いて死んだ人間や動物が浮遊霊や悪霊になることはあるので、どこでもこのような事は起こりえる。
とは言え、明乃達のそうした除霊などの行動が今後無駄にはならないので、役所などに報酬を約束させて処理に当たっているようだ。
無論、念のため氷室や京極への連絡や情報の共有は行っており、後から問題になることもないだろう。
真夜は十三枚目の霊符を顕現されると、ルフを召喚した。霊符を起点に現れるルフは、いつものように微笑を浮かべ、三人に手を振る。
分体とは言え、以前よりも手軽に出てこれるようになったことで、ルフもかなりご満悦のようだ。鞍馬天狗との手合わせも、最近は彼女の楽しみの一つのようだ。
「ルフ。こいつを描いた奴を探せるか?」
真夜の問いかけに、ルフは魔法陣を見ながら軽く右手を当てる。
「Aaaaaaaaaa~」
彼女の口から美声が響くと、霊力が周囲に溶け込んでいく。壁だけでなく、地面やあちこちに溶け込んだ霊力は何かしらの術式を発動したのか、彼女の左手に何らかの魔法陣が現れる。それはまるで羅針盤のようであった。
壁に描かれていた魔法陣から、羅針盤に何かが取り込まれていき、くるくると霊力で出来た針が勢いよく回り出すと、しばらくして在る方向にピタリと止まる。
「見つけたの?」
「Aaaa」
朱音の言葉にルフは頷くと、真夜に何かしらを告げた。
「ルフが言うには一応痕跡は見つけたみたいで、おそらく犯人にたどり着けるってよ」
「どうやって見つけたのですか? まさかあの希薄な霊力から探し出したんですか?」
「あー、なんかそれだけじゃなくて、霊力とか臭いとか含めて全部を総合して辿る術式を作ったんだとよ。ついでに妖気も感じるんだってよ」
すべての人間は必ず霊力を持つ。魂がある限り、それは絶対であり、一つとして同じ霊力はない。
ルフはここに来た人間の、それもこの魔法陣を描いた人間の霊力が陣から僅かに感じられたと言う。それだけではなく、この場に残された人間や路地裏から出て行く人間やペンキの臭い、あとは普通では見えない足跡などを総合的に辿って、犯人のいる場所の痕跡を辿る術式のようだ。
しかも微弱ながら妖気も含まれていると言う。
「凄いですね」
「ただ時間が経ちすぎてたり、雨が降ったりして臭いが消えてたら無理だってよ。あと犯人らしき奴を見つけたら、婆さん経由で警察に街中の防犯カメラをチェックしてもらう。そこで証拠が固まれば、逮捕できるだろうよ」
あくまで真夜達がするのは犯人の特定であり、絞り込みさえすればあとは警察が容疑を固めて身柄を確保してくれる。
「婆さんと鞍馬天狗は新しい魔法陣が描かれないか監視してるらしいからな。俺達はこっち方面のアプローチだな」
「上手くいけば、事件現場に遭遇できるかもね」
「現場を押さえれば、言い逃れできませんからね」
三人の言葉にルフも頷く。隠形の術を使い、ルフも周囲から姿を見せないようにして真夜達に着いていく。
今の分体ならば真夜の負担を考えても、戦闘をしなければ二時間は顕現しておける。
ルフに導かれるように街の中を進んでいく。
途中、羅針盤の針が別の方向を向く。ルフは羅針盤を真夜達に見せる。
「この先に何かあるってよ」
表情を引き締めた真夜に、朱音と渚も緊張感を纏う。ルフもいるので超級どころか覇級妖魔でも無い限り、敗北はあり得ないのだが、どんな事態に遭遇するかわからないので、霊器こそ出していないが、いつでも召喚できるように注意を配る。
三人とルフが進んだ先は、ひとけの少ない寂れた古い集合団地だった。
公営団地として建てられた物の、すでに老朽化が進んでおり、人もほとんど住んでいないような場所だ。いくつもの建物があるが街灯も少なく、うち捨てられたようにひっそりとしている。
と、そんな中を進んでいくと、真夜は何か違和感のような物を感じた。
「妖気だな」
「はい。最下級か低級でしょうか? かなり接近しないとわからない上に、意図的に隠蔽していますね」
「えっ? あっ、本当だ。この距離だとあたしだと言われないと気づかなかったわ」
探知能力の低い朱音ではわからない程度に、この先にいる相手は妖気を隠すのが上手いようだ。
「気づかれないように進むぞ」
真夜は十二星霊符を展開すると、自らも含め隠形術で姿と気配を完全に隠匿すると、気配の方へと近づいていく。
「いひ。いひひひひ。ひひひひ……」
団地と団地の間。さらに暗くなった場所に、スーツを着た中年のサラリーマン風の男がいた。しかし口からは奇妙な言葉を漏らし、目を充血させながら、一心不乱に団地の建物の壁に何かを描いている。
「どう見ても、妖魔か何かに取り憑かれてるな」
周囲に僅かに街頭はあるが薄暗い中、ほとんど何も見えない状態で手に持った筆で迷いなく描いている。
それは描きかけではあるが、真夜達が見た魔法陣と同じであった。
「ビンゴね。流石」
朱音も早々に犯人を見つけることが出来たことで上機嫌だ。
「幸い、気づかれていませんね。どうしますか?」
「すぐに終わらせることも出来るが、昨日の二の舞はごめんだ。警察と婆さんに連絡してから動くぞ。朱音は婆さんに、渚は警察に連絡してくれ。俺はあいつを見張ってる。魔法陣もまだ完成するまで時間があるから、多少の余裕はあるはずだ。それに逃走しても逃がすつもりもないし、ルフもいるから逃げられることはないだろうよ」
「そうね。じゃあそうしましょう。渚もお願いね」
「はい。すぐ連絡します」
二人は即座にスマホを取り出し、目的の相手にかける。その間も真夜は相手を観察する。
(妖魔が取り憑いてるにしても、魔法陣を描く手際が良すぎる。取り憑いてる奴の知能が高いのか? それにしちゃ、妖気が低すぎる。いや妖気の流れが少し違う。となると……)
高度な妖魔ほど知能が高く、それに合わせて妖気も強くなる。確かに弱くとも知能の高い妖魔はいるが、どここか真夜は違和感を覚えた。だからさらに詳しく観察し、妖気の出所を正確に調べる。
(なるほどな。これなら素人でも正確な魔法陣が描けるか。だがそうなるとアレは……ん?)
と、真夜が考え込んでいるとこちらに凄い速さでやってくる気配を感じた。
しかもその気配は昨日も感じたものであった。
(まさか……)
嫌な予感がしていると、段々とその懸念が現実の物になってきた。
(柊木善……)
昨日、真夜が揉めた相手。今は謹慎していると言う話だったはずだが。しかもどうしてこの場所にいるのか。
(ここはルフが突き止めた場所だ。偶然居合わせるって言っても限度があるだろ。いやまさかあいつが黒幕か? それとも仲間だったのか?)
あまりにもできすぎていて、真夜は善を疑い始めた。明乃や朝陽から送られてきていた調査報告書では、今のところ白となっていたが、こうなるとその認識を改めなければならない。
「ちょっと。何よ、あいつ?」
「あいつは昨日俺が揉めた奴だ」
「彼が報告書にあった柊木善ですか。しかしなぜその彼がここに?」
「まさかあいつ、この事件の犯人側じゃないないでしょうね? どうする、真夜?」
報告書で名前は把握できていたものの、生憎と顔写真まではなかったので、二人にしてみれば初見だったが、真夜と同じように疑いの目を向けている。
「……念のため様子見だ。あいつが犯人側なら、同時に抑えれば良い。警察や婆さんにも連絡したから、遠からずここに来るしな」
昨日のような轍は踏まない。昨日と違い、隠形していて相手からは姿が見えない。幻那クラスでもなければ、見破るのは難しいだろう。
様子見に徹していると、善はそのまま魔法陣を書いている相手へと向かっていく。
また彼を先導するかのように、白い鴉が彼の前を飛んでいる。どうやら式神のようで、中級クラスの力があるようだ。
カァカァと甲高く鴉が鳴くと、サラリーマン風の男は手を止め、ギョロリと善の方へとその目を向ける。
「あんた、こんな所で何やってるんだ!?」
善は大声で叫ぶが、男は何も答えず、ただいひいひと笑うだけだった。
「お前がここ最近、魔法陣を描いている犯人か! 何を考えてるんだ!?」
明らかに相手は操られているのに、善はそれに気づいていない様子だった。
「きひ。いひいひひ。いひひひ!」
男は狂ったように笑うと、持っていた筆を叩きつけるように走らせた。
ブゥンッと壁から音が鳴る。それを見届けた男はひとしきり笑った後、どさりと糸の切れた人形のように地面に倒れ込んだ。
すると魔法陣に変化が訪れる。今までペンキで描かれていた箇所がどろりと溶け、地面に流れ出す。
流れ落ちた赤いペンキはまるで生き物のようにうねうねと動くと姿を変えていく。
それは体長一メートルほどの猿のような姿だった。しかし猿とは違い、翼のような物がある。身体の色も赤から黒へと変わった。
キキキキキ。
不気味に嗤う猿は、善の方へと狙いを定めているようだ。
「妖魔か! だが俺は負けない!」
覚悟を決め、妖魔に挑もうとする善だが彼の脇を一枚の霊符と霊力の矢のような物が通り過ぎる。
霊符は倒れている男に張り付くと、彼の身体を浄化し、霊力の矢は妖魔の猿へと命中する。
ギギャァ!
短い断末魔の悲鳴を上げながら、猿の身体は霧散した。
「一体何が……」
何が起こったのかわからない善は霊符や矢が飛んで来た方を見るが、何かを見つけることは出来なかった。
「がっ!」
だがその直後、善は鈍い痛みを首筋に感じたと思うと、そのまま意識を手放した。ドサリと倒れそうになる身体を、姿を現したルフが片手で抱き留めると、そのまま地面へとゆっくりと寝かせた。
カァカァと式神が鳴いているが、ルフはそちらも軽くトンッと指先を当てると、簡単に霊符の状態に戻した。
「背後から一撃で昏倒させたのですか」
「まあな。ルフなら簡単だからな。つうか、こいつが起きてたら、余計に話がややこしくなりそうだったからな」
善が意識を失ったのを確認した真夜達は、隠形を解除して姿を現した。
「それにしても何なのよ、こいつ。見てた感じ、仲間って感じじゃ無さそうだったけど、ここにたどり着くってそれだけで怪しいわよ」
「それは言えてるが、後にするぞ。婆さん達が来てから尋問する。その前にあっちを片付けるぞ」
「あっち?」
「ああ。報告書を読んでて不思議に思ってたんだ。魔法陣はあまりにも正確に描かれていた。素人が描いたにしては精巧すぎるって」
朱音の言葉に答えつつ、真夜は警戒を解かずに、ゆっくりと倒れた男の方へと進んでいく。
「犯人はそれなりの実力がある術者。そう思っていたが、今回の犯人を見て、それが違うとわかった」
どう見てもサラリーマン風の男。何かに操られるように魔法陣を描いていた。ならば操る存在がいると言う事。
「取り憑かれているのは間違いないが、その取り憑いてる奴の本体はそれだ」
真夜が指さす先には魔法陣を描いていた筆がある。朱音も渚もその筆を注視する。
ギギィッ。ギギガガガァ!
筆が声を発すると同時に、微弱ながら妖気があふれ出る。
しかし真夜はそれを物ともせずひょいとつまみ上げると、霊符を使って簡易的な封印を施す。証拠になる物なので、真夜は敢えて浄化せずに留めていた。
浄化してしまえば、調べたくても調べることが出来ない事もある。簡易的とは言え真夜の封印は強固だ。長い年月が経つか、外部から強引に破壊しない限り、解けることはないだろう。
「付喪神の一種だとは思うが、たぶん持ち主を取っ替え引っ返してあちこちに描いてたんだと思う」
「なるほどね。けどわからないことはまだあるわよ。この筆はどうして、あんな魔法陣を描いていたのとか、この筆はどこから来たのかとか」
「他にもこの筆が自らの意思で行動していたのか、あるいは何者かの手による物なのかも調べる必要はありますね」
朱音も渚も興味深げに筆を眺める。付喪神が憑いた品物は歴史を紐解けばそれなりの数になるし、人間に対して悪戯や被害を出した例も無数にあるが、魔法陣を描いたなどという伝承は聞いたことがなかった。
「まっ、それは警察やSCDの仕事だ。こいつの事も含めて、色々と調べてもらおうぜ」
真夜達は話し合いを続けながら、警察や明乃の到着を待つことにする。
だが不意に、ルフが何かに気づいたかのように、視線を向けるのだった。
◆◆◆
「すみまんせん、皆さん。わざわざ送って頂いて」
「気にすんなって、天野ちゃん。どうせたいした手間じゃねえんだし」
「卓殿の言うとおりでござるよ。それに夜道は物騒なので、男手はいた方がいいでござるよ」
「そうそう。玲奈は気にする必要はないのですよ。こいつなら好きに使っても問題ないですからね」
「おいこら、そりゃどういう意味だ。ていうか、そんな事言ってんと、この後送って行ってやらねえぞ」
「玲奈、聞いたですか? こいつ、こんなに可愛くてか弱い僕を見捨てるとか、どれだけ鬼畜なんですかね」
真夜達の友人である四人は、学校での委員会の用事が終わった後、玲奈が必要な物があると言うことで買い物をすることになり、それならばと三人が着いてきていた。
買い物も終え、ついでに買い食いをしてから玲奈を送るために帰路についていた。
「まあまあ。お二人ともそのくらいで。それよりもクリスマス会、楽しみですわね」
「そうでござるな。真夜殿達も早く事件が解決して参加できればよいでござるが」
「そうだな。つうか、あいつらも色々と大変だけどな」
「いや、話聞いてたら小学生レベルなのですよ。逆の意味で心配になるのです」
四人は色々とこの場にいない真夜達の事も含めて、たわいのない会話を続ける。
しかしそんな彼らに、背後から黒い影が近づいてくるのだった。
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