第八話 友人

 

 警察署で事情聴取を受けてから一夜明け、学校の食堂で真夜は友人達と昼食を取っていた。


「しかし真夜も面倒な事に巻き込まれたんだな」

「ああ。不幸な偶然の積み重ねではあるけどな。面倒な事にはなった」

「ドンマイでござる。しかし疑いは晴れたのでござろう? それはよかったでござる」

「けど真犯人捜しをすることにはなった。学校が終わったら、渚と朱音と一緒に警察に協力する」

「んじゃ、真夜達はしばらくの間、放課後は忙しいんだな?」

「ああ、悪いけど学校の委員会とかは頼む」


 友人の卓と景吾も大変だったんだなと労らってくれた。真夜は事件の詳細こそ言えないが、星守として事件解決に動くと友人達に告げる。


「そう言うこと。あたし達も協力することになったわ。流石にそっち系の事件で悪質性がある案件だから、早く犯人を逮捕しないと厄介な事になるだろうしね」

「警察や星守が本腰を入れれば、あまり時間をかけずに犯人にたどり着けると思いますが、ただ今日明日で解決できるかはわかりません」


 朱音も渚も玲奈や可子に説明すると、二人はどこか心配そうな顔をしていた。


「皆さんも大変ですわね。せっかくのクリスマスイベントの前だというのに、何かと物騒ですわね」

「まったくなのです。こっちも色々と忙しい上に、テストも終わってみんなで遊びに行こうと思ってたって言うのに、最悪なのですよ」


 退魔師とは言え学生の身で、放課後に警察と協力して事件の解決に当たらなければならない事件だと思い、玲奈はどこか不安げに、また可子は苛立ちを抑えられずに呟いた。


「しかし天野殿ではないが、本当に物騒でござるな。ちなみに真夜殿。答えられなければ構わないでござるが、この学園の生徒などに被害が及ぶ可能性はあるでござるか?」


 真剣な表情で景吾が真夜に問いかけた。その視線は一瞬だが、玲奈の方へと向けられていた。


「いや、まだ確実な事は言えねえが、人が多い場所なら大丈夫だとは思う。ただあまり遅い時間やひとけの無い場所には極力近づかない方がいい。特に路地裏とかな」

「げっ、マジかよ。めちゃヤバい事件に聞こえてくるじゃんか」

「ふむ。そうなると天野殿も早乙女殿も、あまり遅くなる前に帰る方がよいでござるな。もしあまり遅くなるようなら、誰かしらに迎えに来て貰う方がいいでござる」


 嫌な顔をする卓に、景吾も真剣な顔で考え込んでいる。


「でしたら、服部君に送って貰いますわ。ちょうど家も近くですし。最悪は家からお迎えを寄越してもらいますので。もちろん時間がよろしければ、可子さんもお送りいたしますわ」

「おっ、いいじゃねえか。お前、見た目はか弱そうだからな。実際は全然か弱くないけど」

「どう言う意味ですか、このヒョロチンパンジー! こんな可憐で可愛い僕に対してその言い草!」

「まあまあ。お二人とも。近藤君も可子さんがご心配でしたら、一緒に送って行ってあげてください。その方が安心でしょうし、可子さんも喜びますよ」

「玲奈! 誰がこんな奴と一緒で喜ぶってんですか! こんな奴、こっちから願い下げですよ!」

「そりゃこっちの台詞だ!」


 ぎゃあぎゃあといつものように騒ぐ二人を、その場の皆は温かい目で見守る。


「けどまあ俺達も被害が出ない内に解決させるつもりだ。警察も本気で動くだろうし、星守が働きかけてる以上、職務怠慢もないだろうよ」


 真夜は友人達を安心させるように言う。


 警察が何らかの事情で事件解決に消極的になる事もある。身内の不祥事や外国人犯罪や、政治家など上の圧力など、明るみに出ないでもみ消されたり、証拠不十分を理由に不起訴や明らかな犯罪行為なのに警察が動かなかった事件は少なくない。


 しかし星守が動き、先代当主の明乃が現場入りしたことで、警察も全力で動かざるを得ない。


 何らかの理由で行動しないのならば、そこを徹底的に探られるし、権力という点では星守は上位に位置する存在だ。明乃の威光も凄まじく、地方の県警の上層部にも融通が利く。


 と言うよりも、早く明乃にお帰り願いたいので、急いで事件解決を行おうとするだろう。


 その場合、冤罪の可能性もあるが真夜の件もあるのでその辺りは慎重にするはずだ。


「そうそう。あたしはこう言うの苦手だけど、捜索とか探知が得意な術者もいるしね。渚も出来るでしょ?」

「はい。一流とは言えませんが、それなりに出来るとは思います」


 式神の応用もそうだが、渚は京極家でかなりの数の術を習得している。習熟度には差があるが、真夜の霊符の補助もあれば、かなりの事が出来るはずだ。


「はぁ。お前らはやっぱり凄いんだな。けどよ、あんまり無理すんなよ? クリスマスも目前なんだし」


 卓は真夜に色々と他にもやることがあるだろと言うと、真夜は苦笑するしかない。こっちでも迷惑や心配をかけていたようだ。


「委員会などの事は心配せずとも、拙者らが頑張るでござるよ」

「そう言うこった。火野と星守の分は俺も手伝うからよ」

「まあ仕方が無いのですよ。こっちは任せて、さっさと解決してくるです」

「では解決したら皆さんで、打ち上げでもしましょうか。クリスマス会のお疲れ様会でも良いですわね」


 友人達の温かい言葉に真夜と朱音、渚は顔を見合わせると、強く頷く。


「おう。とっとと解決してくる」

「悪いけどこっちはお願いね」

「終わり次第、お手伝いします。打ち上げも楽しみにしていますね」


 たわいのない学生同士の約束。非日常の世界に生きる真夜達の日常であった。


 ◆◆◆


「まあ立ち話も何だし、いつものこれでも飲むなり。美味しいし、元気になるなりよ」


 学校の放課後、善は友人の悪斗に体育館裏で話を聞いてもらっていた。悪斗は労いということで、あらかじめ用意していたペットボトルのジュースを渡してきた。


「ああ。いつもおごってもらって悪いな。これ、俺好きなんだよな」


 手渡されたジュースを善はキャップを開けて飲む。このジュースは美味しくてやみつきになる。何でも悪斗特性の健康にいいジュースだそうだ。


「ぐふふふ。で、何を悩んでいたなりか?」


「……俺フリーの退魔師としてこの一年、修行を積んできたつもりなんだけど、どうにも空回りしているような気がして」


 昨日の事件の話やその際に星守の人間を犯人扱いしたことを。


 星守の名を聞いて、悪斗は一瞬驚いた顔をするが、すぐに笑みを浮かべ直すと善に話の続きを促した。


「それで父さんには警察や星守が事件の捜査をするから、お前は大人しくしてろって言われて」

「仲の良い署長さんはなんて言ってたなり?」

「署長も色々とあって、俺に協力は出来ないみたいなんだ。上からの圧力があったとか」

「なるほどなるほど。しかしそうなると、上の方がきな臭い感じがしないなりか?」

「えっ?」

「その星守が圧力をかけたんじゃないのかな? よくドラマとかであるなり。上が犯罪をしていて、それで捜査圧力をかけてるとか、古い家の面子とかで現場や警察を下に見ているとか」


 悪斗は善に今の警察の一部は腐っている、退魔師も六家や星守は選民思想の塊で、他の退魔師達を見下してると告げる。


「なんだよ。じゃあやっぱりあいつが怪しいのか?」

「さあ? それはわからないなり。でも善はこのままでいいのかなり? ボクチンは善でなきゃ出来ないことがあると思うし、善もこのまま事件を指をくわえて見ているだけでいいなりか?」


 悪斗は善が今すべきことは、危険にさらされてるであろうこの街の人々を守ること。そのために何としても犯人を捕まえることが大切だと語る。


「汚名返上。名誉挽回なりよ。大丈夫なり。善が頑張っていることも、凄いこともボクチンはよく知っているなり。だから難しく考えずに行動あるのみなり」


 善はその言葉に励まされるかのように闘志がわいてくる。だがそれは闘志と言うよりも怒りに近かった。


 そうだ。自分が何もしないことで、被害に遭う人がいるかもしれない。事件を早く解決できるかも知れない。今は悩んでいる場合ではない。父に言われたことでも大人しくなんてしていられない。


「ありがとうな! 聞いてもらってよかった! 俺、もう行くよ!」

「ぐふふふ。気にすることはないなり。ボクチン達、友達だろ?」

「ああ! じゃあ次は事件を解決したって報告できるようにするからさ!」


 そう言うと善は手を上げて勢いよく走って行くと、悪斗は手を振りながら見送る。


 善の姿が見えなくなると、バサリと悪斗の肩に一羽のフクロウが舞い降りてきて、ホーホーと短く声を上げた。


「ぐふふふ。順調なようなりね。準備も整ってきてるなり。しかしあいつも馬鹿なりね~」


 上機嫌で呟く少年はフクロウに話しかけると、フクロウもホーホーと頷く。彼らの言うあいつとはもちろん善の事である。


「で、次の場所の準備は出来たなりか?」

「ホーホー」

「良い感じに進んでるし、あいつの出番ももうすぐなり。楽しみなりね~」


 もうすぐ準備が整う。ここまで仕込みは色々としてきた。


「あいつらに捕まった時はどうしようかと焦ったなりが、消えてくれて清々したなり。まあ出来ればボクチンの手で潰したかったけど」


 忌々しい連中だった。人間の分際でこの自分を捕らえ、あまつさえ実験と称して色々といじくり回してくれた。


 あの九曜の一人だという眼鏡の男。あいつは自分の手で殺したかったが、死んでしまってはそれも果たせない。


 怒りのあまり、本性が隠せなくなる。ニョキりと悪斗の額から一本の短い角が現れる。


「おっと。これはまずいなり。ふぅっ。落ち着くなり。まああいつらのおかげで新しい力も手に入ったし、強い下僕も面白い玩具も手に入ったなり」


 脳裏に浮かぶ巨漢の男と封印されていた特級妖魔。そして真っ直ぐすぎる、自分を友人だと思いこんでいる哀れな少年。


 本来は持ち得なかった力を手に入れたことで、彼は浮かれていた。しかし本来の目的も忘れていない。


「さてと。本命はもうすぐなり。クリスマスイブにはボクチンが盛大なプレゼントをあげるなり」


 笑う悪斗に合わせるように、その肩に乗るフクロウもホーホーと楽しそうに羽を広げて鳴く。


 だがフクロウの口が、不気味に大きく三日月のように開いている事に、悪斗は気づくことはなかったのだった。


 ◆◆◆


「で、どうやって犯人を探す?」


 朱音が机に広げられた資料や地図を見ながら問いかける。


 放課後になり、真夜達は一度家に戻って作戦会議をしていた。


 日中の捜査状況などは明乃からすでに送られてきており、朝陽が取り寄せた事件の詳細なども鞍馬天狗経由で手元にある。


「考えてるのは渚の式神や鞍馬天狗の遠見の神通力とかだな。一応、今のルフも索敵の術は使えるみたいだから、そっちに頼ってもいい」


 使える手は多い。この事件の犯人は素人とは思えないが、警察に加えてこれらの要素が加われば、犯人を見つけ出すのは難しくないはずだ。


 特に本気になった鞍馬天狗やルフの目をかいくぐるのは難しいだろう。


 とは言え、鞍馬天狗も過去視を出来るわけでもないので、すでに去った犯人を見つけ出すのは簡単ではないかもしれない。


「本来のルフなら、あの魔法陣に触れれば犯人を辿るのも出来なくはなかったかもしれねえが、流石に本体に出張ってきてもらうわけにもいかないからな」


 世界への影響を考えれば、緊急事態でも無い限りは極力しない方が良い。それに分体のルフでもやりようはある。


「……ですが、厄介な事件が重なっているようですね。送られてきた資料には関連があるかどうかわかりませんが、関西圏で特級妖魔が封印を解いて姿を消したとありますし」


 朝陽から送られてきた資料に目を通しながら、渚は難しい顔をしている。


「そうね。今のあたし達なら、真夜の霊符の補助があれば確実に倒せる相手だけど、六家でも結構大がかりに対処しないといけない相手だもんね」

「交流会に来てた連中なら、兄貴や雷坂以外でも一族がバックアップすりゃ、よほどの事が無い限り負けないだろうよ」


 真昼や彰は別格であり、すでに単独で特級を仕留めることが出来る。


 また流樹や海も同じように余裕とまではいかないが、単独で勝つことも出来るだろう。他にも優秀な術者は多いので、発見さえすれば対処は難しくないだろう。


「問題は特級妖魔が未だに発見されていないって事だ。岩嶽丸はそこまで知能の高い妖魔じゃない。むしろ低い方のはずなのに、暴れ回ってもいなくて、何の被害も出てないのが不可解だな」


 岩嶽丸とは、伝承では千年を生きて鬼になった蟹の化け物と言われている。目が蟹のように飛び出ており口がさけ、頭からは角を生やし十本の長い手足を持っていると言われている。


 千年も生きたことで、その力はかなり高いのだろうが、知能は獣同然のようだ。


 しかしそんな妖魔が封印から解き放たれたというのに、被害の報告がないのは逆に不気味だった。


「それって本当に封印が解けたの?」

「報告書では、封印を担っていた一族に多数の死者や重軽傷者が出ているようです。封印の祠も破壊されているのが確認されてますね」


 報告書の証言では突然封印が破れ、岩嶽丸が姿を現し一族の者を虐殺したとされている。


「厄介ね。しかも死傷者多数とか、なんで今まで大きな騒ぎにならなかったのよ?」

「どうにも一族の恥とかで隠蔽しようとしてたみたいですね。ですが隠しきれなくなってSCDに報告したようです」

「馬鹿ね。面子にこだわって被害が拡大したら意味ないでしょうに」


 朱音が呆れたように言うが、真夜は何か考えているようで、難しい顔をしている。


「どうしたの? 何か気になることでも?」

「いや。どういう経緯であれ、特級が解き放たれたってのは事実だろうから、もし見つけたら対処すれば良いんだろうが、親父がこの資料を一緒に送ってきた意図がな」


 確かに真夜達の住んでいる街も関西圏であり、封印が解かれた場所から極端に遠いというわけではないが、今抱えている事件と関係があるとは思えない。


「妖魔の封印が解けたのは、報告書を読む限りでは偶発的とのことですし、真夜君の巻き込まれた事件は人為的な物です。まさか解放された岩嶽丸が描いたということもないでしょうし」

「それはそうだろうけど、親父の事だ。この間の星守での交流会みたいに、俺が強い妖魔を引き寄せるんじゃないかって考えてそうだからよ」

「あー、確かに」

「言われてみれば。その懸念は十分にありますね」

「ちょっと待て。お前ら納得しすぎだ。婆さんといい、親父といい、俺を何だと思ってやがる」


 呆れるような、納得するかのような表情を浮かべる二人に、真夜は思わず文句を言う。


「だってあの交流会でも、真夜が一番あの覇級妖魔に目の敵にされてたじゃない」

「だからって俺は妖魔ホイホイかよ。ったく」

「しかし警戒するのに越したことはありません。万全の状態の真夜君なら問題ないでしょうし、今はルフさんもいますが、真夜君がいない時に私達が出会えば、勝つのは難しいでしょうからね。それに特級妖魔の出現は大きな被害をもたらします」

「そこは一緒に行動するか、別行動になる場合は霊符を預けるさ。俺にはルフもいるからな。二人に何かある方が問題だ」


 真夜は朱音と渚に何かある方が問題だし心配になる。信用して信頼もしているが、やはり自分の好いた女性達が危険に晒されるのは我慢ならない。


「心配しなくても大丈夫よ。無茶な事はしないし、今回は捜査だけでしょ? 仮に現れても時間稼ぎくらいは出来るから」

「まっ、親父の考えすぎだとは思うしな。とにかく今はこっちの事件に集中するぞ。卓達にも約束したし。打ち上げもクリスマス会も楽しみたいからな」


 真夜も早く解決させ、本命の問題に取りかかりたい。


「でだ。話は戻すが今までに描かれた魔法陣の場所。警察も規則性がないか調べているが、今のところバラバラ。五カ所を結んでみたが、五芒星や六芒星になるでもないし、円形になってもいない」

「他の可能性は? 何かの星座とか?」

「その可能性も視野に入れて、色々と組み合わせていますが、どれも違いますね。場所も離れていますし」

「規則性や何やらを描くようであれば次を予想できたが、それがないとするとやっぱり現場に行って調べる必要があるな。魔法陣もペンキだったしな」


 血で描いていたのであれば、その血が人間の物か、それとも動物の物かを調べてそこから辿ることも出来たが、どこにでも売っているペンキとなると、警察による量販店などの販売実績などを辿るしかない。


 しかし大量購入でもネットの通販や業務用で手に入れてるとなると、捜査に時間がかかるのは間違いない。


「じゃあ現場に行きましょう! 何事も身体を動かさないと! 事件は会議室にいるだけじゃ解決しないわ!」

「まっ、朱音の言うとおりだな。婆さんに連絡して、現場に行くか」

「はい。一刻も早く解決しましょう」


 三人は頷きあうと、現場へと向かうのだった。

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