第七話 介入


「まったく。お前は何をやっているんだ」

「俺のせいじゃねえよ。けど悪いな、婆さん。わざわざ来て貰ってよ」

「構わん。結衣も行くと駄々をこねていたが、私の方が話を通しやすいと言って置いてきた。あとで連絡してやれ」


 警察署の一室で呆れたように言う明乃に、真夜は反論しながらも感謝を述べる。


 すでに各方面に根回しをしていたのか、明乃が到着する前から警察署内は慌ただしくなっていた。


 おそらく使えるコネをフル活用したのだろう。


 以前の明乃ならともかく、本人も無自覚だが朝陽や結衣からすればかなり孫馬鹿になっている今の彼女からすれば、冤罪で真夜が被害を被ることにかなり腹を立てている様子が見て取れる。


 下手をすれば大物政治家を動かしている可能性まである。


 同席していた沢木など冷や汗をかいて、しきりに恐縮している。彼もSCD所属の人間として、星守明乃の女傑ぶりを聞き及んでおり、その本人がやってくるなど思いもしなかったのだろう。


「わかった。母さんにも迷惑と心配をかけたからな。で、親父はなんか言ってたか?」

「朝陽は今は警察庁で情報収集をしていて、まだ何も言ってきてはいない。動くにも情報がなければ動けないからな。それにお前が関わる事件の場合、大事になる可能性が高い。星守としても最優先に動く必要がある」

「ひでぇ言い様だな」

「ふん。これまでの事を胸に手を当てて考えてみろ」


 明乃の言葉に真夜は肩をすくめ、ため息をつく。明乃の言うとおり、真夜が関わる事件は割と洒落にならない物が多い。


 異世界からの帰還の後に起こった事件の数々を考えれば、明乃の言うことは的を射ている。


「あ、あの。星守明乃様……」

「そう恐縮する事は無い。真夜の事情は聞き及んでいる。現場の対応に不満があるわけでもないし、いちいち大層な対応をするつもりもない」


 恐縮どころか青い顔をしている沢木に、明乃は僅かに険しい表情を緩めて答える。


 沢木からすれば、本来であれば対応する事も無い超大物を自分のような木っ端な一刑事が相手にしなければならないのだ。


 さらに理由が星守の御曹司とも言うべき真夜への嫌疑をかけたことによる物であり、その嫌疑自体も冤罪の可能性が高い。対応を間違えれば、より大事になりかねないので緊張と不安が大きくなるのは当然だ。


「心配せずとも星守として、現場などの処分を求めることなどしない。真夜もそれで構わんな?」

「ああ。俺も別に事を荒立てたいわけじゃないからな。今は、とっとと帰りたい」

「と言うことだ。確認の要る書類があるならば今すぐ書くので用意して欲しい。他に必要なことがあれば私が対応しよう。真夜を先に帰しても問題ないか?」

「えっ、あっ、はい。それは問題ないかと」

「真夜は先に戻っていろ。表に車を待たせている。渚の方には私からも連絡を入れてある。私もこちらの用が済めば、後からお前の家に向かう。それと結衣への連絡は忘れるなよ」


 二人も心配しているだろうから、先に戻って安心させてやれとどこか柔らかい笑みを浮かべる明乃。


 最近の明乃は以前よりもさらに憑き物が落ちたように、時折笑みを浮かべる事が増えてきた。


 特に真夜との墓参り以降は顕著で、昔から星守に勤めている家人達もそんな明乃の変化に驚いていると朝陽や結衣がこっそりと教えてくれた。


「何から何まで悪いな、婆さん」

「構わんさ。こう言う仕事は私達の領分だ。どの道、お前にはこの事件で色々と動いてもらう必要がある。お前もこのままでは腹の虫も収まらんだろ?」


 どこか挑発するかのように言う明乃。もし朝陽がこの場にいれば、本当に真夜とそっくりですねと苦笑いしていただろう。


「ああ。情報が手に入ったら俺にもくれ。それと婆さんは飯はどうする? 何なら、用意してもらっとくが」

「私がいてはあの二人も気が休まらんだろ。気持ちだけ受け取っておく。お前達は先に済ませていてもいい」

「わかった。じゃあこの場は頼む」

「任せておけ」


 明乃に面倒ごとを任せると、真夜はそのまま警察署を後にするのだった。


 ◆◆◆


「お疲れ様です。真夜君」

「ほんと。真夜って面倒ごとに巻き込まれる事多いわよね」

「うるせえよ。俺だって面倒ごとはごめんなんだよ」


 送迎の車の中で、結衣に電話を終わらせマンションに戻ってきた後、学校から帰ってきた二人に出迎えられると、真夜の部屋のリビングに移動した。


 二人に簡単なあらましだけ伝えると、残りは明乃が帰ってきて詳しい情報を得てから話すことにした。


 明乃が来ることを聞いて、朱音はキッチンに赴き夕食をもう一人分用意すると言い出した。


「別に三人分も四人分も変わらないし。それにせっかく来てくれて色々してくれてるんだから、用意くらいはね」

「はい。それに私達も色々とお話を聞きたいですし」


 夕食の食材は真夜が買っていたからまだ何の準備もできていないので、渚も朱音と一緒に夕食作りを始める。


 二人はそれぞれにエプロンを着て、料理に取りかかる。


 その後ろ姿を見ながら、真夜は先ほどまであった嫌な思いが吹き飛んでいく。


 美少女二人に夕食を作ってもらう。それもほぼ毎日だ。これを羨まぬ男などいないだろうし、嫌がる男もいないだろう。


 真夜も手伝おうかと聞いたが、二人に口をそろえて座って待っていてくれと言われては、素直に従うしかない。大人しくリビングで待つことにする。


 二人のエプロン姿の後ろ姿を見ながら、頬がにやけそうになるのを何とか抑える。このままだとまたどっちから先にキスをするかで悩みそうだったからだ。


 意識を切り替えるためにも、今日の事件の事やそれに関する事を考えることにした。


(あの魔法陣、召喚陣って話だがあんなに堂々と描いて、結局どうする気だったんだ? 目立ちすぎて見つけてくれと言ってるようなもんだ。もしくはそれが目的か? 陽動や他の目的を露見させないための布石)


 だが何かしっくりこない。何か目的があっての事だろうが、あんな事をすれば警戒されるし調査が進めば犯人にたどり着く可能性は高くなる。


 日本の警察は優秀だし、SCDが本格的に捜査に加われば犯人が特定されるのも時間の問題だ。しかも危険な召喚魔法陣を街中に描く行為はかなりの重罪に問われる。


(婆さんの言う通り、俺が絡むと面倒ごとになる事が多いからな。だから親父も婆さんも動いたんだろうし)


 あの二人が動くと言うことは、それだけこの事件を重く見ていると言うこと。本格的に星守が捜査に加われば、万が一の時の戦力という意味では破格だ。


 警察も面子があるとはいえ、SCDは六家や星守との協力関係を結んでいる。SCDから要請することもあれば、逆もあり、星守からの正式要請であれば、向こうも無碍に出来ない。


 星守の参戦はこの犯人も予想外の事であろう。焦って尻尾を出してくれればすぐに解決出来る。


 クリスマスまでもう時間も無い。できる限り早く解決したい。


「何難しい顔してるの? もうご飯できるわよ」

「運びますね。今日はパスタにしてみました。和風と海鮮もあります」

「明乃様ってこういうの食べるのかな? 一応、他にも何品か用意したけど」


 パスタにサラダ、スープとイタリアンなメニューだ。良い香りが鼻を刺激する。


「まあ婆さんは出された物は食べるだろうよ。おっ、噂をすれば来たみたいだぜ」


 気配を察したのだろうか。真夜がそう呟くと玄関のチャイムの音がする。真夜はそのまま玄関に行き、明乃を出迎えると、そのまま夕食に招待する。


「私に気を遣うなと言っただろうに」


 苦笑する明乃だが、悪い気はしないのか、せっかく用意してくれたのだから頂くと真夜達に促され席に着く。


「こうやっていつも真夜は、二人に料理をしてもらっているのか?」

「まあな。朱音の料理は中々だろ? 渚も上達したんだぜ」


 二人の料理を他人に褒める機会があまりなかった真夜は、ここぞとばかりに二人の事を褒める。


「ほう」

「い、いえ! そんなことないです。あたしなんてまだまだですし」

「私も朱音さんと比べるとまだまだです。それに朱音さんはレパートリーも多いですから」


 どこか面白そうに朱音と渚を見る明乃に、朱音はしどろもどろになり、渚は自分も努力しますと言う。


「いや、その年で大した物だ。この料理も大変美味しい」


 素直に賞賛を口にした。


 明乃自身、最低限の料理は出来るが、退魔師や当主の仕事を優先するあまり、朝陽達に手料理を振る舞った事があまり無かった。明乃がこの年代の頃など、料理などほとんどしたこともなかったので、二人が退魔師として優秀な事も在りある意味朱音や渚は尊敬に値するとまで思っていた。


「婆さんが人を素直に褒めるのも珍しいな」

「茶化すな。まったく、お前という奴は……」


 出された熱いお茶を口にしつつ、真夜を窘める明乃。しばらく料理を食べつつ、適当な雑談をしていたが、料理も終わりにさしかかると、明乃は今回の事件についての話をし始めた。


「今回の件は正式に星守も事件解決に協力する。そのことで真夜と渚は学校が終わった放課後を中心に捜査協力をして貰いたい。星守からも別に人員を出す」

「あ、あの。あたしもそれに参加してもいいですか? あたし一人何も出来ないってのはちょっと」

「そう言うと思って、念のため申請はしておいた。火野の方には朝陽が事前に話を通すだろうし、報酬も出す」


 明乃は事前に朱音の行動を読んでいたのか、すでに準備を調えていたようだ。ホッとしたような顔をする朱音に、真夜も流石と明乃を賞賛する。


「これくらいはな。それと星守からの人員だが、しばらくは私と鞍馬天狗が担う。生憎と日中動かせる人間がほとんどいないのでな。と言うよりも万が一を考えれば、それなりに腕の立つ人間が必要だ」


 星守一族の人数が少ない弊害でもあるが、朝陽と明乃は最悪の事態も想定して動くことにしていた。


 六道幻那や黒龍神、罪業衆、高野山の超級妖魔、果ては交流会での覇級妖魔など、真夜の巻き込まれる事件はとにかく、星守や六家から見ても本来ならあり得ないほどの高位の妖魔と遭遇する。


 今回もそうなのではないかという懸念から、明乃や朝陽は下手な人員を送り込めないと判断したのだ。夕香達も遠方の仕事が多いので、これ以上面倒ごとを任せるわけにはいかない。


 朝陽も自身の仕事が多く、真夜の件にばかり集中してもいられないので、鞍馬天狗に頼んでその都度、こちらとあちらを行き来するらしい。鞍馬天狗に取っては面倒かも知れないが、そのたびにルフとの手合わせを所望しているとのこと。


 真夜はこれには二つ返事をする。出来れば真夜も鞍馬天狗とは手合わせしてもらいたい。


「いや、けど俺のせいじゃないだろ」

「わかっている。だがお前が関わる事件に関しては最大限に警戒しておいた方がいいというだけだ。甘く見て被害を拡大させるわけにもいかんし、星守の貴重な人員を失うわけにもいかん」


 明乃の言葉に朱音と渚は激しく同意しているのを見て、真夜は愕然とする。


 行く先々で厄介ごとを巻き起こす問題児のような事を言われるのは心外である。


 しかし真夜としても明乃や鞍馬天狗が協力してくれるのなら助かる。戦力もだが、現場での対応も明乃がいる方が何倍も助かる。現場の警察官や指揮する人間は、かなりのストレスとプレッシャーを受けることになるだろうが。


「来る前に朝陽とも電話で少し話をしたが、この事件以外にも厄介な事件は起こっているようだ。それも含めて星守として解決に向けて動く」


 そう言うと三人は明乃に強く頷くのだった。


 ◆◆◆


「はぁ……」


 黒い学生服の少年が机に突っ伏したまま、激しいため息をつく。


 彼の名は柊木善。前日に真夜ともめ事を起こした張本人である。


 しかし本人はあの場面では真夜が犯人だと思った。思い込んだ。そのため突っ走ってしまった。


 その結果、父にこっぴどく怒られた。


 父の友人の署長は庇ってくれたが、それでももう少し考えて行動しろと言われた。


「はぁ……」


 再びのため息。どうにも上手くいかない。先日は突然妖魔が現れた場所に居合わせ、それを何とか退治することが出来た。その時に助けた人から感謝された。


 人を助けられる、守れる人になりなさい。退魔師だった亡くなった母に言われた言葉。


 母に憧れ、退魔師を目指した。


 母に手ほどきを受け、力を付けていった。一年前に母が亡くなる頃には、その母に並ぶほどに強くなっていた。フリーの退魔師として、何度か事件を解決した事もあった。


 今回も自分達が住む街で悪さをする奴がいる。そう思うといても立ってもいられず、犯人を捜した。


 確かに善も相手の話を聞かずに行動したのは悪かった。最近はどうにも感情が抑えきれない事が多くなった。


 母が死んだことが、いや、最近になって殺されたと知った事が原因だろうか。


 ぎりっと歯をこすり合わせる。怒りがわき上がる。抑えきれない衝動が、湧き上がってくる。


「ぐふふふ。どうしたなり、善。そんな風に突っ伏して」


 と、そんな善に声がかけられる。善は突っ伏していた顔を上げると見知った顔があった


「ん。ああ、悪人(あくと)か。いや、ちょっと色々とあって」

「このボクチンが相談に乗ってあげようか? 君の友人として」


 そこには茶色がかった黒髪を坊ちゃん刈りにした、黒い学生服を着た小太りの少年がいたのだった。

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(コミックス二巻5/8発売!)落ちこぼれ退魔師は異世界帰りで最強となる 秀是 @hideyuki5914

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