第六話 とばっちり

※色々とご意見とご指摘を受けて、前回の真夜の扱いを勾留→重要参考人としての事情聴取に変更しました。





 警察署の一室で、真夜は重要参考人として任意聴取を受けていた。


 真夜はできる限り平静を装い、警察官と話をしていたが内心ではかなり不機嫌だった。


 嫌な予感はしていたが、まさかこんな事になるとは思ってもいなかった真夜は、幸せが逃げていくと思いながらも大きなため息をついた。


 現場にはあれから多くのパトカーと警察官、さらにSCD所属の刑事が何人かやって来た。


 そこからは真夜は現場検証の後、詳しく事情聴取を行いたいと言われ、警察署まで来た。


(これもそれも、こんな街中に魔法陣を描いた奴と、あいつのせいだ)


 真夜が思い出すのは、同年代と思われる黒い学生服を着たくせ毛の少年。あの話を聞かない少年のせいで、余計にややこしくなった。


「ええと、改めて星守真夜君で間違いないね?」

「はい。学生証に星守一族として取得している退魔師の登録証も提示しました。確認してもらえれば、本人であるとすぐにわかるはずです」


 事件現場で顔写真の入った身分証を提示すると、警察官の対応も幾分か柔らかくなった。妖魔関連の事件において、六家と星守の名は絶大だ。


 現場に出る彼らもすべての退魔師の血族を知っているわけではないが、とりわけ六家と星守の名は常識として叩き込まれている。


 退魔師の登録証はカードサイズの物で、以前は明乃との険悪な関係や、退魔師としての行動が認められていなかったため、実家の方に保管されていたが、黒龍神の事件の後に朝陽がこっそりと真夜に渡していた。


 無論、今は明乃も認めており星守でも真夜の実力が知れ渡っているので、携帯する事に文句を付ける者は皆無である。


 そのおかげか、きちんと話を聞いてもらえる状況になり、今もSCDの人間と思われるくたびれた中年の刑事が真夜の担当をしている。


 しかし真夜が気になったのは、あの少年の方も現場では警察官がペコペコしており、何か事情がありそうな雰囲気ではあった事だ。


「こちらの方、確認が取れたよ。いや、あの星守の退魔師とは知らずに済まなかった」


 身分証と登録証を真夜に渡すと、刑事は恐縮したように頭を下げる。


「いえ。怪しい相手に対する行動としては当然ですし、見ただけならこっちが犯人と思われても仕方がありません。現場の警官の皆さんは悪くありません」


 対応してくれた現場の警察官は割とベテランのようで、身分証などを提示したら終始丁寧に話を聞いてくれたし、扱いも悪くなかった。


「そう言ってくれると助かる。正直、上も現場も星守といらない軋轢を生みたくはないからね」


 ちなみに私は君のお父さんのファンなんだと、どこかフレンドリーに話をしてくる。


「俺も自分のせいで両方に迷惑をかけたくないですからね。穏便に話が出来るのなら、そうしたいところです」

「助かるよ。ああ、自己紹介が遅くなってすまない。私はSCDの地方局所属の沢木渉(さわき わたる)、階級は警部だ。さて申し訳ないが、君は事件の重要参考人と言うことになっている。SCDとしては疑いたくないんだけど、どうにもここの警察署長がね……」

「あー、何か事情があるんですか?」


 身分を提示したのにも関わらず、重要参考人としての扱い。容疑者や被疑者にされていないだけマシだが、それでも割と異例な気がする。


「うん。あまりこう言う事を言うのはダメなんだが、君が拘束していた少年がいるだろ? 彼がね、どうにもここの警察署長と仲がいい、高等裁判所の裁判官の息子のようでね。しかも以前フリーの退魔師としていくつか事件を解決している実績もあって、余計に話がややこしくなったみたいなんだ。だから彼からの通報と言うこともあって……」


 沢木は言葉を濁すと真夜から顔を背けてしまった。真夜もその話を聞いて割と頭を抱えたくなった。


 彼は人の話を聞かないと言うか、自分の正義に酔って、自分がこうだと決めたら周りが見えなくなってしまうタイプのようだ。だから真夜を犯人と思い込み、そのまま暴走したのだろう。


「けどそれだと俺もですが、あいつも魔法陣を描いた犯人の可能性はありませんか? あの魔法陣はすでに乾いていた。時間にして数時間は経過している。その時間、俺は学園にいてアリバイがあります」

「うん。そこの所はこれからの捜査で詳しく調べるから。あと君が怪しいと思われていたのは、到着した警官が彼を君が術で拘束しているところを目撃したからだ。人を傷つける可能性のある術の行使を緊急時でもないのに使用すれば、軽犯罪に該当するからね」


 式神や結界の術はその限りではないが、これも悪用する目的で使用すれば犯罪となる。


 以前の渚の真夜を追跡する式神行使や、朱音のマンションでの結界の使用も、他の犯罪を犯すことに使用する目的なら、軽犯罪として逮捕される事もある。


 渚のストーカー的な式神の使用は、尾行程度なのでギリギリグレーゾーンである。でなければ興信所などでの浮気調査などをする場合の式神使用も禁止されるからである。


 もっともその後に何かしらの犯罪行為をすれば、余計に罪が加算されるが。


 真夜の場合は、拘束の術式だったが、一般的な警察官ならば見ただけでどんな術か判断できない。そのため真夜を危険な退魔師と認識し、マニュアルに従った対応を取った。


 それが曲がり伝わったのか、件の少年に縁がある警察署長のところにまで話が回りこのような真夜を重要参考人と扱う状況となったようだ。


「まあお互いの言い分が少し食い違っているからね。彼の方ももちろん事件の参考人として対応する。現場検証や捜査の進み具合だが、君には今後も事情聴取を行う事になるだろう」


 真夜としては果てしなく面倒だと思ってしまうが、身の潔白を証明するためには事情聴取に応じるしかないだろう。


 それはそれとして、真夜として気になる事は他にもある。


「わかりました。捜査の協力は惜しみません。ただ、この事件の概要や捜査情報は教えてもらえるんですか? 個人での要請が無理なら、正式に星守として父や祖母を通しての要請を出しますが」


 真夜は事件に巻き込まれた手前、何が何でも自分の手で解決とは言わないが、警察の調査が難航するようなら証言だけでなく、実際に警察に協力して犯人逮捕を目指すつもりだった。


(クリスマスも近いのに、たびたび呼び出されてたんじゃ十分に楽しめないし、渚や朱音にも悪いからな。それにあの魔法陣は素人が描いたとも思えねえ。やばい奴がこの街に潜んでる可能性もある)


 あの魔法陣を描いた犯人の狙いはわからないが、妖魔の召喚の陣ならば大きな混乱と被害が予想される。


 クリスマスイベントも中止に追い込まれるかも知れない。そうなるとまた二人とキスする機会が遠のく。


(我ながら不純な動機だが、こっちとしては今はそれ以上に、解決しないといけない問題なんてないからな)


 心配をかけると思ったので、渚と朱音の二人には用事が出来たから帰りが少し遅くなると連絡は入れたが、今のこの時間すらも真夜にとっては煩わしい。買い物した冷蔵商品が痛んでしまうし、そろそろ二人も帰宅の時間だ。


 いつまでもこんな事に使う時間はないのだ。


「いや、ほんとすまない。出来れば星守からの正式な要請をお願いしたい。私個人としては教えても良いんだが、上やここの警察署長がうるさいだろうからね」


 沢木警部は本当に申し訳なさそうに真夜に頭を下げる。顔にしわも多いので、この人も苦労してるんだろうなと真夜は内心で同情する。


 だが真夜はまだ知らなかった。沢木警部がさらに苦労する事態が起こることを。


 それはこの件がすでに星守や渚や朱音の方にも伝わり、大きな騒ぎになっていることを。


 そしてすでに朝陽がSCDに、明乃がこの警察署に向かっていることを真夜は思っても見なかったのだった。


 ◆◆◆


 全国の警察を管理運営する警察庁の応接室にて、二人の男が向き合っていた。


 一人は星守一族当主・星守朝陽、もう一人はSCD局長・枢木隼人。


 朝陽は柔和な笑みを浮かべているが、隼人は困惑と疲れた顔をしている。


 隼人の下に朝陽から直接連絡が入り、真夜の件を知ることになった。即座に確認を取ったが、まさかそんな事が起こっているとは思わず、先日の星守の交流会で覇級妖魔が出現した時のように、一瞬だが茫然自失と化してしまった。


 しかし若くして局長の地位にまで上り詰めたエリート。即座に再起動を果たすと、すぐに対応を始める。


 隼人に取って最悪だったのは、朝陽が時間をおかずに事情を聞くために警察庁に出向くと伝えてきたことだろう。


 公私混同と思われなくもないが、真夜が先に朝陽に連絡していた事が裏目に出た形だ。


 何の前情報も無ければ、朝陽もここまで強引に動かなかっただろうが、真夜が関わる事件は何かしらの大事件が多いため、早い目に動く方が良いと判断した。


 隼人も大抵の相手ならばお引き取り願うのだが、六家や星守の当主クラスは別だ。


「先日ぶりだね。今日は急な訪問を受け入れてくれて感謝している。それと私の息子が何やら迷惑をかけたようで、こちらの件も謝罪したい」


 朝陽も夜分の急な来訪に謝罪を行い頭を下げる。


「いえ。まだ詳細は詳しくわかっていませんが、どうやらご子息はただその場に居合わせて、巻き込まれたという話ですので」

「私も息子から話が来てね。どうやら面倒な事件が起こっているようだね」

「……ええ。あまり内部資料を公表するわけには行きませんが、星守ならば正規の手続きを踏めば問題ないでしょう。ここ最近、ご子息の暮らす街で起こっている事件の概要を取り急ぎ纏めています」


 隼人は朝陽が来る前に何とか取り寄せた資料を朝陽に渡す。地方都市のそこまで大きな事件でもなかったため、隼人も先ほどまでは知らなかった事だ。


 それに隼人は今、別件で忙しかった。来訪したのが朝陽でなければ、別の人間に対応させたい所だった。


 渡された資料に朝陽は目を通していく。


「ほう。真夜が連絡をくれた場所だけでなく、すでに数カ所も同じ魔法陣が」

「はい。県警の報告書ではここ数週間で、合計五カ所。今回の発見で六カ所目と言うことです」

「ただのいたずらにしては、あまりにも精密な魔法陣だ。それに報告書では、召喚陣とのことだね」

「調査の結果、すべて同じ魔法陣で内容も、妖魔などを召喚する物だと解析の結果が出ています」

「未だに犯人はわからずか。警戒中の警察官がピリピリするのもわかるね」

「実際に三カ所目では下級や最下級の妖魔が召喚されていたようです」


 報告書には三カ所目で、下級や最下級の妖魔が出現し、通行人が襲われる被害が出たようだ。


「そしてその妖魔を討伐したのが……」

「はい。ご子息と揉めた少年です。名前は柊木善(ひいらぎ ぜん)。父親は高等裁判所の裁判官。母親は死別していますが、どうやら退魔師だったようです。そのため息子も霊力持ちで登録がありました」

「なるほど。彼に関しての調書は?」

「もちろん行っています。ですが今回の事で、こちらももう一度調べ直す必要があるかもしれませんね」


 報告書では柊木善は偶然近くを通っただけとされているが、隼人はもう一度調べ直すべきかと考えていた。


 疑いたくはないが、二度の現場遭遇は怪しいと感じてしまうし、一度目の調書の際も彼の父親やその父親と仲の良い警察署長の圧力が無かったかも確認する必要がある。


 SCDとしては高等裁判所の裁判官や地方警察署の一署長と揉めるよりも、星守一族の当主と揉める方がマイナス要素が強すぎる。


 特に朝陽は他の六家の当主との繋がりも強い。権力も星守の方が上であるから、当然の帰結でもある。


「こちらもいたずらに騒ぎを大きくしたくはない。出来れば穏便に終わらせたい。しかしこの魔法陣の作成者は、一体何を考えているのやら」

「素人でないとすれば、目的が読めません。それとこの魔法陣は上級を喚び出せる可能性があるそうです」

「上級か。六家ならば問題ないが、一般的な個人の退魔師達では荷が重いね」


 朝陽の言葉に隼人は深々と頷く。SCD所属の退魔師も単独で上級を相手に出来る術者が何人もいるが、その絶対数は多くは無い。


 最上級以上となるとSCDでもかなり手に余るし、特級以上ならば六家や星守に協力要請を出す必要がある。


「しかしそうなると本当に犯人の目的がわからないね。上級ならば面倒だが、六家の術者ならば対処はそこまで難しくはない。愉快犯の可能性もあるが、これだけの魔法陣を描ける術者ならば、明確な目的の下に動いていると考える方が良い」

「ええ。そのため今は地方職員だけではなく、本庁からも応援の人員を送る手はずになっています」


 国内最大の妖術師の集団の罪業衆が潰え、その残党のほとんどが逮捕か始末された事で、その方面を監視する人員に余裕が生まれた。


 尤も罪業衆が消えた後の空白地帯に入り込み、勢力を拡大しているヤクザや半グレ、海外系のマフィアが現れているため、楽観視できないのが歯がゆいところである。


「それに現状、もう一つ厄介な事件が明るみに出ました。これをご覧ください」


 隼人から渡された別の資料。その表題にはこう書かれていた。


 特級妖魔・岩嶽丸(いわたけまる)の封印が解け、何処かへと姿を消したと。

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